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第二十章
20-14.靄
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「じゃあ、仁くん。先に戻ってるね」
今日の分の魔石集め兼レベリングを終えた一行は、ダンジョン核の機能で1階層の入口付近の安全地帯に戻ってきていた。皆を転送した後で仁が合流すると、玲奈が一時の別れの挨拶を口にした。
「うん。俺もそれほど遅くならないように帰るよ」
「わかった。じゃあ、夕食作って待ってるね」
玲奈が小さく手を振り、仁は半ば呆けた顔で手を振り返す。この後マスタールームに戻って調べ物をする予定の仁は、今の玲奈との会話は新婚の夫婦みたいではないかとドキドキしながら、自身を除く戦乙女の翼のメンバーがダンジョンの出口に向かう様を眺める。
仁にとっては非常に恐れ多いことだが、ここ数日、玲奈が夕食の準備を担当するようになっていた。厳密にはメイド見習いのココだけに家事のすべてを任せてしまうのを忍びなく思った玲奈が、時間に余裕のある時は手伝うと申し出たのだった。
これまで、鳳雛亭で宿暮らしをしているときは主に宿の食堂を利用し、メルニールの屋敷に移ってからはサラとシルフィが、エルフの里では長老の館の料理人、メルニール陥落後はリリーやココをはじめとしたメルニールの女性陣が担当してきた。
そして出先などではアイテムリングに保存した出来合いのものを食べていたが、旧王都ラインヴェルトに家を得てからはココを手伝う形で玲奈と、更にそれを手伝いたいと願い出たロゼッタやミルも参加するようになっていた。
玲奈は元の世界で料理好きだと公言していて、自作した料理の写真を度々ブログやSNSに載せていたため、玲奈が料理を得意としていることはファンの間では有名だった。
そのため、ファンの多くは玲奈の手料理を食べてみたいと熱望していたのだが、当然そのような機会などあるはずがなく、夢に見ることしかできなかった。そして、仁もそんなファンの一人だった。
「兄ちゃん」
仁がハッとして振り返ると、ガロンがニヤニヤした笑みを浮かべていた。その背後では、ノクタをはじめ、ガロン以外の戦斧の面々が苦笑いに近い、何とも言えない微妙な表情をしている。
「兄ちゃん。いつの間に嬢ちゃんと結婚したんだ?」
「ななな何を言っているんですか、ガロンさん。けっ結婚なんてしてませんよ!?」
「そうか? それにしては新婚ほやほやの夫婦のやり取りみてえだったが」
仁はガロンに心を読まれたのかと慌てるが、周囲の人からもそう見えたのかと少しだけ嬉しく感じてしまう。そして、そう思ってしまったことが仁の胸中に僅かながら暗い影を落とす。
「兄ちゃん。人間、素直が一番だぜ?」
ガロンが、バシッと仁の肩を叩く。仁は複雑な胸中を隠し、恨みがましい視線を向けようとするが、いつの間にかガロンの顔から揶揄いの色が消えていた。仁は、ハッと息を呑む。
「ガロンさん……」
気遣わし気な視線を送るガロンに、仁は何と言えばいいのかわからず、咄嗟に言葉が出てこない。仁が視線を泳がせていると、ガロンは再びニヤニヤ顔を浮かべた。
「兄ちゃんがいつまでも素直にならねえと、ノクタが無駄な希望を持っちまうかもしれねえからよ、気を付けてくれよ?」
「ノクタさんが……? え?」
仁は肩をポンポンと叩くガロンから目を離し、その背後に視線を向ける。
「なっ! ガ、ガロンさん! な、なな、何を言ってるんですか!?」
「何って、ノクタが嬢ちゃんに惚の字だって話だろ?」
「ちちちち違いますよ! た、確かにレナさんのことは同じ盾使いとして、冒険者として尊敬してますけど、あくまで憧れですから……!」
ノクタがガロンに叫んでから、ビクビクした視線を仁に寄越した。ノクタは顔面を蒼白にして、誤解しないでくださいと仁に訴える。
「エクレアさんがいるのにエルフの女の人に憧れてるガロンさんと同じですから! 僕はレナさんにはジンさんがお似合いだと思ってます!」
「おい! エクレアは関係ねえだろ!」
仁は言い争いを始める二人をどこか呆然と眺めながら、「そりゃ、こっちの世界の人でも玲奈ちゃんに憧れる人はいくらでもいるよね」と考える。
元の世界のように声優という肩書きがなくても、玲奈はメルニールとエルフの里で活躍する勇者なのだ。メルニールでは噂の件があったにせよ、玲奈に憧れ、想いを寄せる人が五万といたところで不思議はない。むしろ、いないと思う方が不自然だ。
仁の胸がズキッと痛んだ。仁はその痛みの正体が独占欲であることに気付き、表情を暗くする。
「おい。ジン殿が困ってるだろ。ガロンもノクタもいい加減にしておけよ」
戦斧の残りの面々がヒートアップしていたガロンとノクタを窘め、二人に謝罪を促す。
「兄ちゃん。騒いじまって悪かったな」
仁は別に謝られることではないと首を横に振る。
「俺の方こそすみません。ちょっと考え込んでしまって」
「ジ、ジンさん。ほ、本当に違いますからね……?」
「はい。俺も玲奈ちゃんに憧れている口なので、ノクタさんの気持ちはわかりますよ」
きっかけや理由がどうあれ、玲奈に憧れていることに違いはない。そう考えた上で仁は本心から口にしたつもりだったが、自身の耳にもあまりに白々しく聞こえ、慌てて「本当です!」と付け加えた。
仁を心から心配するような目を向けるノクタの言葉を疑うつもりは全くない。ただ、仁はもし自分とノクタの立場が逆だったとしたら、何の含みもなく二人がお似合いだと言えるだろうかと思い悩む。
仁は、自身の玲奈に抱く憧れの気持ちが、どこか濁っているように感じられた。
「ジンくん。この後、調べ物があるのだろう? あまり遅くなるとレナさんやミルたちを待たせてしまうよ?」
「あ、そうですね」
それまで静観していたヴィクターの呼びかけが、仁を思考の渦から引っ張り上げた。仁は心配をかけたことを皆に謝り、ガロンとノクタからの謝罪を受け入れる。
仁は上層の浅いエリアを探索中のファムとラウルの様子を見に行くというヴィクターを見送り、マスタールームに転移する。
ガロンたちを頼まれた通りに中層に転送してから、仁は大きく溜息を吐いた。いつものガロンの揶揄いから、まさかここまで心にダメージを負うとは思ってもみなかった。
玲奈と普段通り接せられるようになってから深く考えないようにしていたが、それで自身の悩みが解決したわけではないのだと思い知らされたようだった。
「普段通り、か……」
そもそも玲奈と身近にいられる今の状況が奇跡的だというのに、それを普段通りだと何気なく思ってしまったことに、仁はがっくりと肩を落とす。
「いろいろダメダメだなぁ……」
仁は自身の不甲斐なさをすべて吐き出してしまいたいと思いながら、大きく溜息を吐く。いろいろと悩みは尽きないが、ヴィクターに言われた通り、このままでは玲奈たちを待たせることになってしまうと無理やり気持ちを切り替える。
今考えるべきは、いつでも戦闘用魔導人形に挑めるように力を付けることだ。そして、それはいつ起こってもおかしくはない帝国との、魔王妃との戦いのためでもあるのだ。
仁はダンジョン核に手をかざし、必要な情報を探る。
戦闘用魔導人形がダンジョンの隠しボスだとするならば、最下層のボスたちを倒せなければ話にならない。
そう考えた仁は、近いうちに下層までと同じく10階層ごとに存在するボスを順に倒したいと思っていた。
仁は心の靄から目を逸らし、ダンジョン核から得られるボスの情報に意識を集中させた。
今日の分の魔石集め兼レベリングを終えた一行は、ダンジョン核の機能で1階層の入口付近の安全地帯に戻ってきていた。皆を転送した後で仁が合流すると、玲奈が一時の別れの挨拶を口にした。
「うん。俺もそれほど遅くならないように帰るよ」
「わかった。じゃあ、夕食作って待ってるね」
玲奈が小さく手を振り、仁は半ば呆けた顔で手を振り返す。この後マスタールームに戻って調べ物をする予定の仁は、今の玲奈との会話は新婚の夫婦みたいではないかとドキドキしながら、自身を除く戦乙女の翼のメンバーがダンジョンの出口に向かう様を眺める。
仁にとっては非常に恐れ多いことだが、ここ数日、玲奈が夕食の準備を担当するようになっていた。厳密にはメイド見習いのココだけに家事のすべてを任せてしまうのを忍びなく思った玲奈が、時間に余裕のある時は手伝うと申し出たのだった。
これまで、鳳雛亭で宿暮らしをしているときは主に宿の食堂を利用し、メルニールの屋敷に移ってからはサラとシルフィが、エルフの里では長老の館の料理人、メルニール陥落後はリリーやココをはじめとしたメルニールの女性陣が担当してきた。
そして出先などではアイテムリングに保存した出来合いのものを食べていたが、旧王都ラインヴェルトに家を得てからはココを手伝う形で玲奈と、更にそれを手伝いたいと願い出たロゼッタやミルも参加するようになっていた。
玲奈は元の世界で料理好きだと公言していて、自作した料理の写真を度々ブログやSNSに載せていたため、玲奈が料理を得意としていることはファンの間では有名だった。
そのため、ファンの多くは玲奈の手料理を食べてみたいと熱望していたのだが、当然そのような機会などあるはずがなく、夢に見ることしかできなかった。そして、仁もそんなファンの一人だった。
「兄ちゃん」
仁がハッとして振り返ると、ガロンがニヤニヤした笑みを浮かべていた。その背後では、ノクタをはじめ、ガロン以外の戦斧の面々が苦笑いに近い、何とも言えない微妙な表情をしている。
「兄ちゃん。いつの間に嬢ちゃんと結婚したんだ?」
「ななな何を言っているんですか、ガロンさん。けっ結婚なんてしてませんよ!?」
「そうか? それにしては新婚ほやほやの夫婦のやり取りみてえだったが」
仁はガロンに心を読まれたのかと慌てるが、周囲の人からもそう見えたのかと少しだけ嬉しく感じてしまう。そして、そう思ってしまったことが仁の胸中に僅かながら暗い影を落とす。
「兄ちゃん。人間、素直が一番だぜ?」
ガロンが、バシッと仁の肩を叩く。仁は複雑な胸中を隠し、恨みがましい視線を向けようとするが、いつの間にかガロンの顔から揶揄いの色が消えていた。仁は、ハッと息を呑む。
「ガロンさん……」
気遣わし気な視線を送るガロンに、仁は何と言えばいいのかわからず、咄嗟に言葉が出てこない。仁が視線を泳がせていると、ガロンは再びニヤニヤ顔を浮かべた。
「兄ちゃんがいつまでも素直にならねえと、ノクタが無駄な希望を持っちまうかもしれねえからよ、気を付けてくれよ?」
「ノクタさんが……? え?」
仁は肩をポンポンと叩くガロンから目を離し、その背後に視線を向ける。
「なっ! ガ、ガロンさん! な、なな、何を言ってるんですか!?」
「何って、ノクタが嬢ちゃんに惚の字だって話だろ?」
「ちちちち違いますよ! た、確かにレナさんのことは同じ盾使いとして、冒険者として尊敬してますけど、あくまで憧れですから……!」
ノクタがガロンに叫んでから、ビクビクした視線を仁に寄越した。ノクタは顔面を蒼白にして、誤解しないでくださいと仁に訴える。
「エクレアさんがいるのにエルフの女の人に憧れてるガロンさんと同じですから! 僕はレナさんにはジンさんがお似合いだと思ってます!」
「おい! エクレアは関係ねえだろ!」
仁は言い争いを始める二人をどこか呆然と眺めながら、「そりゃ、こっちの世界の人でも玲奈ちゃんに憧れる人はいくらでもいるよね」と考える。
元の世界のように声優という肩書きがなくても、玲奈はメルニールとエルフの里で活躍する勇者なのだ。メルニールでは噂の件があったにせよ、玲奈に憧れ、想いを寄せる人が五万といたところで不思議はない。むしろ、いないと思う方が不自然だ。
仁の胸がズキッと痛んだ。仁はその痛みの正体が独占欲であることに気付き、表情を暗くする。
「おい。ジン殿が困ってるだろ。ガロンもノクタもいい加減にしておけよ」
戦斧の残りの面々がヒートアップしていたガロンとノクタを窘め、二人に謝罪を促す。
「兄ちゃん。騒いじまって悪かったな」
仁は別に謝られることではないと首を横に振る。
「俺の方こそすみません。ちょっと考え込んでしまって」
「ジ、ジンさん。ほ、本当に違いますからね……?」
「はい。俺も玲奈ちゃんに憧れている口なので、ノクタさんの気持ちはわかりますよ」
きっかけや理由がどうあれ、玲奈に憧れていることに違いはない。そう考えた上で仁は本心から口にしたつもりだったが、自身の耳にもあまりに白々しく聞こえ、慌てて「本当です!」と付け加えた。
仁を心から心配するような目を向けるノクタの言葉を疑うつもりは全くない。ただ、仁はもし自分とノクタの立場が逆だったとしたら、何の含みもなく二人がお似合いだと言えるだろうかと思い悩む。
仁は、自身の玲奈に抱く憧れの気持ちが、どこか濁っているように感じられた。
「ジンくん。この後、調べ物があるのだろう? あまり遅くなるとレナさんやミルたちを待たせてしまうよ?」
「あ、そうですね」
それまで静観していたヴィクターの呼びかけが、仁を思考の渦から引っ張り上げた。仁は心配をかけたことを皆に謝り、ガロンとノクタからの謝罪を受け入れる。
仁は上層の浅いエリアを探索中のファムとラウルの様子を見に行くというヴィクターを見送り、マスタールームに転移する。
ガロンたちを頼まれた通りに中層に転送してから、仁は大きく溜息を吐いた。いつものガロンの揶揄いから、まさかここまで心にダメージを負うとは思ってもみなかった。
玲奈と普段通り接せられるようになってから深く考えないようにしていたが、それで自身の悩みが解決したわけではないのだと思い知らされたようだった。
「普段通り、か……」
そもそも玲奈と身近にいられる今の状況が奇跡的だというのに、それを普段通りだと何気なく思ってしまったことに、仁はがっくりと肩を落とす。
「いろいろダメダメだなぁ……」
仁は自身の不甲斐なさをすべて吐き出してしまいたいと思いながら、大きく溜息を吐く。いろいろと悩みは尽きないが、ヴィクターに言われた通り、このままでは玲奈たちを待たせることになってしまうと無理やり気持ちを切り替える。
今考えるべきは、いつでも戦闘用魔導人形に挑めるように力を付けることだ。そして、それはいつ起こってもおかしくはない帝国との、魔王妃との戦いのためでもあるのだ。
仁はダンジョン核に手をかざし、必要な情報を探る。
戦闘用魔導人形がダンジョンの隠しボスだとするならば、最下層のボスたちを倒せなければ話にならない。
そう考えた仁は、近いうちに下層までと同じく10階層ごとに存在するボスを順に倒したいと思っていた。
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