上 下
497 / 616
第二十章

20-12.禁忌

しおりを挟む
「うーん……」

 ダンジョンから戻った仁が、一人呻る。何かあったのかと不安げな受付の孤児たちに、仁は何でもないと安心させるように微笑んでからその場を後にする。

 今、仁の頭を悩ませているのは戦闘用魔導人形バトルゴーレムの情報のなさだった。

これまで、ダンジョンのボスや魔物の情報はダンジョン核からある程度把握することができた。しかし、所謂隠しボスという扱いだからか、戦闘用魔導人形バトルゴーレムに関しての情報はほとんど得られなかった。

 仁は魔物が体内に魔石を持つのと同様に、戦闘用魔導人形バトルゴーレムの中には魔導石があると半ば確信しているため、早々に討伐したいと考えたのだが、何の情報もないまま戦いに赴くのにはリスクを感じていた。

 ダンジョン転移を使える仁であれば、試しに挑んでみて危険を感じたら即時撤退という手法を取ることもできるが、戦闘用魔導人形バトルゴーレムの情報がダンジョンマスターである仁にも秘匿されていることに不安を覚える。

 万が一にもダンジョン転移が使えないようなことがあれば、一人での戦いを強いられることになるのだ。そして、もし戦闘用魔導人形バトルゴーレムがとても倒せるような相手ではなかった場合、その先に待っているのは“死”だ。

 玲奈たちを巻き込むよりは余程マシとはいえ、仁とて死は恐ろしい。故に、可能な限りの安全マージンを取った上で挑みたいと思うのは自然なことだった。

「あ、仁くん」

 仁がどうしたものかと考え込みながら冒険者ギルドの解体場に赴くと、その脇で笑顔の玲奈が出迎えた。その隣にはミルとイム、ロゼッタの姿もあった。

「お帰り」
「ただいま」

 仁は玲奈に続いてミルたちとも挨拶を交わし、解体場の中央に目を向ける。そこでは今もガロンやカティアたちが解体に勤しんでいた。

「順番に休憩中なの!」

 ミルが元気に告げ、仁は仲間たちに労いの言葉をかけた。仁は先ほどまでの悩みを一旦保留にして解体に加わろうとするが、玲奈が「もうすぐ休憩が終わるから、その後で一緒に」ととどめる。

「それで仁くん。何か困ったことでもあった?」

 玲奈が心配そうに仁を見つめる。仁は良い報告でもあると前置きした上で、戦闘用魔導人形バトルゴーレムについて話して聞かせた。その後、仁は何か知っていることはないかと仲間たちに尋ねた。

「ミルも聞いたことないの」

 仁が申し訳なさそうにしているミルから隣に視線を移すと、ロゼッタも首を横に振った。当然、この世界の住人ではない玲奈も知るはずもなく、他の人たちにも聞いてみるしかないという結論に至る。ちなみに、イムは我関せずとミルの傍らで丸くなっていた。

「アシュレイさんなら何か知っているかも?」

 玲奈たちはこの場は自分たちに任せて話を聞いてくるように仁に勧めるが、一分一秒を争うようなことではないため、仁は皆に感謝しつつもこの場に留まることにした。

 ほどなくしてカティアやエリーネら奴隷騎士たちと交代する形で、戦乙女の翼ヴァルクリーウイングの面々は揃って解体の現場へと向かったのだった。



「カルムンさん。戦闘用魔導人形バトルゴーレムって聞いたことありますか?」

 その晩、仁は酒盛りをするドワーフたちの元を訪れていた。アシュレイに解体で得られた魔石の報告のついでに戦闘用魔導人形バトルゴーレムについて尋ねたところ、聞き覚えがないとのことで、ドワーフたちに聞いてみてはどうかと勧められたのだ。

 仁は、酒を浴びるかのように飲みながらも全く酔っぱらった気配を見せないドワーフたちのリーダー格の答えを待つ。

 エルフほどではないにしても人族と比べて長命だというドワーフ族。その一団の中で最も年長のカルムンが豊かな顎髭あごひげをごつごつした手で撫でながら、仁の真意を窺うような鋭い視線を向けた。

「勇者殿。その名をどこで?」

 先ほどまで陽気な様子で仁を歓迎していたカルムンの変調に、仁はゴクリと喉を鳴らす。他のドワーフたちは仁たちの会話が聞こえていないのか、それまでと変わらず騒いでいたが、仁は自分とカルムンの周囲だけ気温が下がったような気がした。

 仁は何かまずいことを言ってしまったかと内心で焦りながら、ルーナリアから帰還を実現するために魔導石を求められ、ダンジョンのボスの中にそれと似た名前を持つものを見つけたと、これまでの経緯を簡潔に説明する。

 話を終えて仁が様子を窺うと、カルムンは刃のような視線の鋭さを僅かに収め、何かに惑うように再び自身の顎髭を片手で撫でつけた。

「勇者殿。場所を変えるぞい」

 仁が頷くと、カルムンはゆっくりと腰を上げてドワーフたちに宛がわれた集会場の個室に移動した。

 カルムンに促されるまま、仁はソファに深く臀部を沈める。対面に座るカルムンはドワーフ特有のずんぐりとした体形故に人族用のソファとはサイズが合っていなかったが、そのアンバランスさに意識が向かないほど緊迫した空気が流れていた。

「勇者殿。儂はエルフィーナ殿より、お主が信頼に足る者じゃと聞いておる。故に、儂もお主を信じ、忠言させてもらうぞい」
「はい」

 仁は神妙に頷く。カルムンは真っ直ぐに仁を見つめ、しばしの沈黙の後、ぼさぼさの口髭の間から重々しい声を発した。

「“それ”の名を口にしてはならん」

 鬼気迫るようなカルムンの様子に、仁は生唾を飲み込む。“それ”が戦闘用魔導人形バトルゴーレムであることは想像に難くない。しかし、その理由がわからない。

「勇者殿は“それ”がどのようなものか知っておるかの?」
「はっきりとはわかりません」

 仁はそう前置きした上で、自身が召喚される前の世界の作り話に、もしかしたら似たものかもしれない存在が登場すると告げる。仁はカルムンに促され、ダンジョン内で思い浮かべたのと同じ、“ゴーレム”という単語から自身の想像するものについて語った。

「儂らドワーフには、“その名”を口にしてはならぬという教えと同じように、禁忌とされることがあるのじゃ」
「禁忌ですか」

 仁がオウム返しにすると、カルムンが深々と首肯した。仁はカルムンが再び口を開くのを、じっと待つ。

如何様いかような理由があれど、物に命を吹き込むようなことは決してしてはならぬ。それが何代前やもわからぬご先祖様より受け継がれてきた教えじゃ」

 重々しい空気の中、仁とカルムンは真っすぐに視線を交わせ続ける。耳の痛くなるような静寂が、辺りを支配していた。

「勇者殿。“それ”の名を儂の他に告げた者はおるかの?」
「……あ」

 ドワーフ族に禁忌とされる戦闘用魔導人形バトルゴーレムの名を、仁は気軽に口にしていたことを思い出す。

 結局のところ、禁忌とされる理由はドワーフ族にも伝わっていないようだが、カルムンは2つの教えを結び付け、無機物に命を吹き込まれたものが戦闘用魔導人形バトルゴーレムで、それが過去に何らかの悲劇を生んだのではないかと考えているようだった。

「えっと。話をしたのは俺の心から信頼している数人だけですので、俺の方で事情を伝えて口止めしておきます」

 仁はカルムンに感謝の言葉を告げてその場を後にする。

 戦闘用魔導人形バトルゴーレムがおそらく仁の知識の中の“ゴーレム”と同様なものであることと、どうも危険なものらしいということはわかったが、それ以上の情報はどこからも得られそうになかった。

 ドワーフが禁忌とし、エルフ族にも獣人族にもその存在すら伝わっていない戦闘用魔導人形バトルゴーレム

 仁は偶然にも得られた手掛かりが砂上の楼閣に変わっていくように感じながら、まだ寂しさを感じさせる夜の街を進んでいった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】ご都合主義で生きてます。-ストレージは最強の防御魔法。生活魔法を工夫し創生魔法で乗り切る-

ジェルミ
ファンタジー
鑑定サーチ?ストレージで防御?生活魔法を工夫し最強に!! 28歳でこの世を去った佐藤は、異世界の女神により転移を誘われる。 しかし授かったのは鑑定や生活魔法など戦闘向きではなかった。 しかし生きていくために生活魔法を組合せ、工夫を重ね創生魔法に進化させ成り上がっていく。 え、鑑定サーチてなに? ストレージで収納防御て? お馬鹿な男と、それを支えるヒロインになれない3人の女性達。 スキルを試行錯誤で工夫し、お馬鹿な男女が幸せを掴むまでを描く。 ※この作品は「ご都合主義で生きてます。商売の力で世界を変える」を、もしも冒険者だったら、として内容を大きく変えスキルも制限し一部文章を流用し前作を読まなくても楽しめるように書いています。 またカクヨム様にも掲載しております。

田舎暮らしと思ったら、異世界暮らしだった。

けむし
ファンタジー
突然の異世界転移とともに魔法が使えるようになった青年の、ほぼ手に汗握らない物語。 日本と異世界を行き来する転移魔法、物を複製する魔法。 あらゆる魔法を使えるようになった主人公は異世界で、そして日本でチート能力を発揮・・・するの? ゆる~くのんびり進む物語です。読者の皆様ものんびりお付き合いください。 感想などお待ちしております。

ぐ~たら第三王子、牧場でスローライフ始めるってよ

雑木林
ファンタジー
 現代日本で草臥れたサラリーマンをやっていた俺は、過労死した後に何の脈絡もなく異世界転生を果たした。  第二の人生で新たに得た俺の身分は、とある王国の第三王子だ。  この世界では神様が人々に天職を授けると言われており、俺の父親である国王は【軍神】で、長男の第一王子が【剣聖】、それから次男の第二王子が【賢者】という天職を授かっている。  そんなエリートな王族の末席に加わった俺は、当然のように周囲から期待されていたが……しかし、俺が授かった天職は、なんと【牧場主】だった。  畜産業は人類の食文化を支える素晴らしいものだが、王族が従事する仕事としては相応しくない。  斯くして、父親に失望された俺は王城から追放され、辺境の片隅でひっそりとスローライフを始めることになる。

平凡冒険者のスローライフ

上田なごむ
ファンタジー
26歳独身動物好きの主人公大和希は、神様によって魔物・魔法・獣人等ファンタジーな世界観の異世界に転移させられる。 平凡な能力値、野望など抱いていない彼は、冒険者としてスローライフを目標に日々を過ごしていく。 果たして、彼を待ち受ける出会いや試練は如何なるものか…… ファンタジー世界に向き合う、平凡な冒険者の物語。

若返ったおっさん、第2の人生は異世界無双

たまゆら
ファンタジー
事故で死んだネトゲ廃人のおっさん主人公が、ネトゲと酷似した異世界に転移。 ゲームの知識を活かして成り上がります。 圧倒的効率で金を稼ぎ、レベルを上げ、無双します。

祝・定年退職!? 10歳からの異世界生活

空の雲
ファンタジー
中田 祐一郎(なかたゆういちろう)60歳。長年勤めた会社を退職。 最後の勤めを終え、通い慣れた電車で帰宅途中、突然の衝撃をうける。 ――気付けば、幼い子供の姿で見覚えのない森の中に…… どうすればいいのか困惑する中、冒険者バルトジャンと出会う。 顔はいかついが気のいいバルトジャンは、行き場のない子供――中田祐一郎(ユーチ)の保護を申し出る。 魔法や魔物の存在する、この世界の知識がないユーチは、迷いながらもその言葉に甘えることにした。 こうして始まったユーチの異世界生活は、愛用の腕時計から、なぜか地球の道具が取り出せたり、彼の使う魔法が他人とちょっと違っていたりと、出会った人たちを驚かせつつ、ゆっくり動き出す―― ※2月25日、書籍部分がレンタルになりました。

役立たずと言われダンジョンで殺されかけたが、実は最強で万能スキルでした !

本条蒼依
ファンタジー
地球とは違う異世界シンアースでの物語。  主人公マルクは神聖の儀で何にも反応しないスキルを貰い、絶望の淵へと叩き込まれる。 その役に立たないスキルで冒険者になるが、役立たずと言われダンジョンで殺されかけるが、そのスキルは唯一無二の万能スキルだった。  そのスキルで成り上がり、ダンジョンで裏切った人間は落ちぶれざまあ展開。 主人公マルクは、そのスキルで色んなことを解決し幸せになる。  ハーレム要素はしばらくありません。

キャンピングカーで往く異世界徒然紀行

タジリユウ
ファンタジー
《第4回次世代ファンタジーカップ 面白スキル賞》 【書籍化!】 コツコツとお金を貯めて念願のキャンピングカーを手に入れた主人公。 早速キャンピングカーで初めてのキャンプをしたのだが、次の日目が覚めるとそこは異世界であった。 そしていつの間にかキャンピングカーにはナビゲーション機能、自動修復機能、燃料補給機能など様々な機能を拡張できるようになっていた。 道中で出会ったもふもふの魔物やちょっと残念なエルフを仲間に加えて、キャンピングカーで異世界をのんびりと旅したいのだが… ※旧題)チートなキャンピングカーで旅する異世界徒然紀行〜もふもふと愉快な仲間を添えて〜 ※カクヨム様でも投稿をしております

処理中です...