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第二十章

20-2.マークソン商会

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「え。マルコさんが?」
「はいっ!」

 リリーが元気よく答える。総じて笑顔のリリーが殊更気持ちの良い笑みを浮かべているのは、メルニールから逃れた人々と連携を取りたいと望むエルフの里の密使がマークソン商会との接触に成功したという知らせが入ったためのようだった。

 親しい商人の伝手を頼って近隣の中規模都市国家に落ち延びたマルコやリリーの両親は、苦楽を共にしてきた従業員たちとその地にマークソン商会の支店を設立した。彼らが新しい本店としなかったのは、いつの日かメルニールを取り戻すという決意の表れだった。

 事前にメルニールからの撤退を視野に入れていたマークソン商会は本店で取り扱っていた多くの品々を数多くの魔法鞄マジックバッグを用いて持ち出していた。食料や野外生活で必要な物資などはメルニールの避難所に提供したが、それでも当面の間、社員とその家族の面倒を見られるくらいの準備はあった。

 とはいえ、元々の主力商品であったダンジョンからの産出品は当然ながらダンジョンがなければ手に入らない。マルコたちが今後の商会の経営方針について議論を重ねていた折、彼らの消息を追っていたエルフの里の密使が訪れたのだった。

 密使に乞われるまでもなく、輸送路の問題はあるにせよ、大切な家族を匿ってくれているエルフの里への物資の融通に尽力したいと考えたマルコとリリーの両親は現在の窮状を正直に告げ、出来得る限りでの協力を申し出た。生活に密着した魔道具の動作に欠かせない魔石についても、現在の在庫をエルフの里に優先的に回すことを約束する彼らに、エルフの密使はマークソン商会を信頼できると認め、里からの本当の依頼を伝えることにした。

 元々、里の英雄である仁たちと親しく、恩人でもあるという彼らに悪印象を持っていなかった密使は、試すようなことをしてしまったことを謝罪すると共に、ダンジョンがメルニールの冒険者ギルド長の許可を得て里に移転して機能していることやラインヴェルト城への移住計画が近々実行されることを告げ、里ではなく移住先との交易を願い出た。

 マルコたちは驚きつつも仁が関わっていることもあってすぐに受け入れ、そういうことならばと、マルコがラインヴェルト城下に自ら出向き、支店を構えることを決めた。密使は再び戦火に塗れる危険性を訴えたが、マルコの意志は変わらなかった。

 そして、信頼できる者の中から志願者を連れていくというマルコは、密使にリリーへの伝言を託した。

 帝国が侵略戦争を続ける限り、遥か遠方にでも逃げない限り、安全な場所はない。そのため、リリーがラインヴェルト城に留まるか両親の元に向かうか、リリーの意志に任せる旨と、マークソン商会の跡取りとして、マルコが到着するまでに支店を構える下準備をしておくようにという指示だった。

「そっか。マルコさんが来てくれるなら頼もしいね」

 仁がそう告げると、リリーが頬を緩めつつも、その瞳に確固たる意志を覗かせる。

「ジンさん、レナさん。わたしはもう逃げたくないです。お爺ちゃんと一緒に、わたしも皆さんと一緒に帝国と戦いますっ!」

 リリーが拳を強く握りしめた。仁としては、もしリリーが安全な場所に避難できるならばそうしてほしい気持ちもあったが、とても口にできる雰囲気ではなかった。それに、魔王妃と帝国の問題を解決しない限り、この大陸のどこにいても安全とは言えない。それならば、マルコやリリーに直接的な戦力ではない形で協力してもらえるのはとても心強く思えた。

「それで、実はお二人に相談があるんですけど……」

 申し訳なさそうに切り出したリリーに、仁と玲奈は一度顔を見合わせてから向き直り、続きを促した。

「これから支店の準備に忙しくなると思うんですけど、わたしは魔法の訓練も続けたいんです。ですから、お二人と時間のあったときだけで構わないので、これまで通り、助言やご助力いただけませんか?」

 リリーが上目遣いで仁と玲奈の反応を窺う。リリーはどこか緊張した様子を見せていたが、仁と玲奈は一つの答えしか持ち合わせてはいなかった。

「もちろん!」
「もちろんだよ!」

 示し合わせるまでもなく二人の声が重なり、リリーがホッと肩の力を抜く。

「お二人ならそう言っていただけると思ってましたっ」
「それにしては、ずいぶん緊張していたようだけど?」

 パッと笑顔を見せるリリーに仁がツッコミを入れると、リリーは「意地悪なジンさんも大好きですよ?」と小悪魔めいた笑みへと表情を転じた。タジタジな様子になった仁に、玲奈が苦笑いを浮かべ、リリーが豊満な胸部を突き出すよう胸を張ってにじり寄る。

「ジンさん」

 思わず後ずさった仁の耳に、玲奈でもリリーでもない声が届き、仁がビクッと身を揺らした。三者が声のした方に一斉に目を向けると、まだ幼さの残る顔が出迎えた。

「ト、トリシャ……!?」

 相変わらず気配を感じさせずに登場したトリシャに、仁は目を丸くする。トリシャは騎馬隊の一部を残してラインヴェルト城周辺の警護に当たっているゲルトの代わりに、リガー村で村人の移住の準備を行っているはずだった。

「仁くん。こちらは……?」

 玲奈とリリーが仁の横に並んでトリシャと向かい合う。仁がトリシャはゲルトの妹だと紹介すると、二人は身を屈めてトリシャと目線を合わせた。

「初めまして。仁くんの仲間の玲奈です」
「はじめまして。ジンさんの側室候補のリリーですっ!」
「はじめまして……って、側室!?」

 トリシャの瞳が大きく見開かれ、リリーから仁へと視線が移動する。スッと細められた目は、とても冷めていた。

「ちょ、リリー。誤解を招く紹介をしないで!」
「そ、そうだよ。仁くんの、そく、側室だなんて……!」

 誤解だと仁がトリシャに訴える。

「ご先祖様を袖にしたのに……?」
「ち、違うから! トリシャ、目が怖いよ!?」

 仁が一歩後退すると、トリシャが唐突に笑い声を上げた。今度は仁が目を丸くしていると、トリシャは年相応の笑顔で、冗談だとわかっていて乗っかってみたのだと告げた。

「お二人のことは兄さんから聞いてるから」
「そ、そっか」

 安堵の息を吐く仁の横で、リリーがボソッと「冗談じゃないのに……」と呟いていたが、仁は聞かなかったことにする。

「それで、トリシャはどうしてここに? リガー村の人たちの移住計画に何か問題でも起こった?」
「ううん。村でちょっと噂を聞いたんだけど――」

 トリシャが真剣な表情で仁を見上げる。仁が「噂?」と小首を傾げると、トリシャが意を決したかのように言葉を続けた。

「ジンさん。ミルって子に……小さな聖女に会わせて!」

 仁が息を呑み、トリシャの真っ直ぐな視線を真っ向から受け止める。約束しているわけではないが、仁はダンジョン探索中のラウルとファムに少し遅くなりそうだと心の中で謝り、トリシャに頷きを返した。
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