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第十九章

19-28.雇い主

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「ジン。少し話があるのだけれど、いいかしら」

 朝食を終えて席を立ったところに声を掛けられた仁が振り向くと、コーデリアがカジュアルなドレス姿でセシルとカティアを連れていた。

「コーディー、おはよう。セシルとカティアも」

 コーデリア主従が仁とその隣の玲奈と挨拶を交わす。メルニール組は朝食の片付けに向かっていて、すぐ近くにはいなかった。ミルとイムも、先ほど、巡回中に魔物と戦闘になって怪我をしたというエルフの治療に呼ばれたため、この場には仁と玲奈だけが残っていた。

 ちなみに、相手の魔物は魔王妃の眷属ではなく、怪我も軽傷とのことで、ミルを呼びに来たエルフは恐縮した様子だったが、ミルは嫌な顔一つせず、イムを連れて颯爽と怪我人の元へ向かっていった。

「ジンもレナも、朝からお疲れのようね。何かあったのかしら」

 コーデリアの視線が仁と玲奈の間を行き来する。仁がチラリと玲奈を盗み見ると、玲奈の頬は未だうっすらと朱に染まっていた。仁がコーデリアに視線を戻して何とも言えずに苦笑いを浮かべる中、玲奈はコーデリアに何でもないと返し、話の邪魔になるからと急ぎ足でその場を後にした。

「邪魔してしまったかしら?」
「そ、そういうんじゃないから。そ、それで、俺に話って?」

 仁は深く追及される前に強引に話を逸らしにかかる。そんな仁の意図は見え見えだっただろうが、コーデリアも無為に話を引っ張るつもりはないのか、表情を真面目なものに切り替えた。

「あなたたちは今日、発つじゃない。それで、一緒にカティアを連れて行ってほしいのよ」
「カティアを?」

 仁がコーデリアの後ろに控えるカティアに目を向けると、カティアは相変わらずのほとんど無表情のまま、ペコリと頭を下げた。

 一応、コーデリアと奴隷騎士隊は仁と玲奈に雇われている形になっているため、仁としては一緒にラインヴェルト城に移動するつもりだったのだが、里の戦力の低下を危惧したアシュレイに頼まれたこともあり、しばらく里に留ってもらうことになっていた。戦力という意味ではコーデリアは当てはまらないが、奴隷騎士隊の責任者として共に残るとのことだった。

 副隊長のファレスが、責任者ならば隊長のセシルがいると主張していたようだが、奴隷騎士隊の現状に責任を感じているコーデリアは、我が身の安全のためだけに部下たちの元を離れることを良しとしなかった。

 加えて、過去の帝国の被害者の一族であるリガー村の住人や魚人族たちの前に、追放された身とはいえ、皇女がいきなり姿を見せるのはどうかと諭され、ファレスは渋々引き下がったそうだ。

 仁は可能な限りのフォローをするつもりだったが、事前に話を通しておくのも悪くはないかとその話を受け入れた。

「今後のためにもカティアには向こうでの生活を前もって経験しておいてほしいのよ。いつもあなたやレナさんたちがいてくれるとも限らないし。それに、カティアがしっかり働けば、向こうの人たちの印象も少しは改善されるかもしれないでしょう?」
「魚人族もリガー村の人たちも、現役の帝国軍ならともかく、追放されて俺たちの仲間になったコーディーたちを頭ごなしに否定するようなことはしないと思うけどね」

 それに、コーデリアは今の帝国のあり方を変えるために努力していたし、奴隷騎士隊は結成後まだ日も浅く、魔物の討伐が主な任務で侵略戦争には参加していない。仮に魚人族やリガー村の住人たちが過去の帝国の行いと今の帝国のあり方を同一視したとしても、決定的な溝は埋まれないと仁は思っていた。

 もちろん、今でも帝国を敵だと認識しているリガー村の人たちの中には元帝国人を手放しで歓迎できない人もいるだろうが、そこは誠意をもって接していくしかない。まずは少数でイメージを変えていくというコーデリアの案は悪くないどころか、最善手になり得るかもしれないと仁は考えた。

 仁が了承の意を伝えると、コーデリアは、さも当然と言わんばかりに頷き、カティアに「頼んだわよ」と声をかけた。ほとんど無表情のカティアの顔に委縮した様子が見られ、仁は昔のセシルや記憶を失くしていた頃の自分を思い出し、少しだけ懐かしい気持ちになった。

「とはいえ、私たちの評判はカティアだけにかかっているわけではないのだけれど……」

 仁に向き直ったコーデリアが溜息を吐き、露骨に肩を落とした。

「それはそうなんだけど、たぶんルーナはあまり表に出る気はないと思うよ」

仁はコーデリアに苦笑交じりに返す。実のところ、移住第一陣の帝国関係者はカティアのみではない。既にルーナリアが主従共々、先遣隊に入ることはアシュレイも仁もコーデリアも承知していた。

「あの人、外から帝国をどうにかするしかないと言っておきながら、実のところ、全部私に押し付ける気なんじゃないかって思ってきたわ」

 コーデリアが顔をしかめ、頭痛でもするかのように自身の頭をぐりぐりと押す。

「まぁ、それだけ俺と玲奈ちゃんを召喚したことに罪悪感を抱いてくれているんだろうけど」
「それにしても、あなたとレナさんに雇われた私を差し置いて、自分だけで研究することはないじゃない」

 コーデリアが肩を竦める。仁はルーナリアが以前、妹に託すと言っていたことは告げず、再び溜息を吐くコーデリアを眺めながら、気持ちの良い笑みで仁との同行を申し出たルーナリアを思い出す。

 ルーナリアは召喚魔法陣の研究、即ち、仁と玲奈の帰還の方法の研究を可能な限り早く始めたいと告げ、自分が雇われたのだとコーデリアが主張しても、共同研究を持ちかけても、一切聞く耳を持たず、自分が研究するのだと引かなかった。

 結局、コーデリアには別の何らかの形で仁たちに協力してもらうことにして、魔法陣の研究はルーナリアに一任することになった。

 そして、以前、ラインヴェルト城に腰を落ち着けてから研究してもらうという話をしていたため、その環境作りのためにも、ルーナリアは護衛のヴォルグとメイドのシルフィと共に、第一陣への参加が認められたのだった。

「確かにあの人なら私より適任かもしれないけれど……」

 じろりとコーデリアが仁に半眼を向ける。その視線にはルーナリアに任せることを決めた仁への非難の色がありありと浮かんでいた。

「いや、そんなことはないと思うけど、その、ほら。やっぱりこの世界に俺たちを召喚したのはルーナなわけだし、その責任をコーディーに押し付けるのも悪いかなって……」

 コーデリアのジト目から逃れるように、仁は目を逸らす。

「コーディーは奴隷騎士隊の責任者なんだから、俺としては奴隷騎士隊が協力してくれるだけで十分なんだけど」
「それはそれ、これはこれよ」
「ま、まぁ、そういうことならコーディーに何をしてもらうか、ちゃんと考えておくからさ」
「例えば?」

 仁がその場を取り繕うように言うと、コーデリアが逃がさんとばかりに言葉を連ねた。

「た、例えば……」

 仁は必死に頭を働かせるが、良い考えは一向に浮かんでこなかった。ひたすらに視線を泳がせる仁に、コーデリアは盛大に溜息を吐いた。

「何なら、あなたの望む嫌らしいご奉仕でも致しましょうか? 雇い主様」
「いやいや! と、とりあえず、向こうでコーディーと合流するまでに考えておくから。あ、カティアはまた後で。セシルもコーディーをお願いね」

 仁は早口でまくし立てると、準備があるからとコーデリアの返事を待つことなくその場を逃げ出した。

「まったくあの変態――は、何もしなくても俺が養ってやるくらい言えないのかしら。言われても困るのだけど」

 コーデリアが同意を求めるようにセシルを振り返り、セシルが何とも言えない表情で曖昧に答える。その隣、半歩下がったところで、カティアがコーデリアと目を合わせないようにそっと視線を遠ざける。

 既にこの場を去った仁に、そんな主従のやり取りを知るすべはなかった。
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