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第十九章

19-25.お揃い

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「それじゃあ、仁くんも一緒に行けるんだね」
「うん」

 長老の館を辞した仁がオニキス伝いに一角馬ユニコーンの子供たちに確認したところ、玲奈たちと一緒でも問題ないとの回答を貰った。と言っても、メルニール組に合わせた行軍速度になるだけで明日出発することに変わりはなく、一角馬ユニコーンたちにはそのままエルフの里の厩舎や広場で休んでもらうことになった。

 まだ小柄な一角馬ユニコーンはエルフの子供たちにも大人気で、何頭かはその背にエルフの女の子を乗せて遊んでいた。ちなみに、男の子は少し離れたところで双角馬バイコーンの子供に乗せてもらっている。

 どうやら、オニキスやガーネット、パールの影響で人を乗せることに興味を持つようになったのは一角馬ユニコーンの子供たちも同じようだった。そんな様子を仁が微笑ましい思いで見守っているところに、ダンジョンから戻ってきた玲奈たちが仁の帰還を知って訪ねて来たのだった。

「ジンお兄ちゃんと一緒で嬉しいの!」

 ミルがニコニコ顔で仁を見上げ、仁はその小麦色の頭を優しく撫でる。仁としても最近は玲奈やミルとの時間が少なくなっていたこともあり、ロゼッタを一人で待たせてしまうのを申し訳なく思いながらも二人と一緒にラインヴェルト城へ向かえることを嬉しく思っていた。

「グルゥ!」

 イムが自分の存在を主張するかのように、仁の頭の上に勢いよく着地した。今回に関しては、イムは爪を立てておらず、仁は特に文句は言わないで肩を竦めるに留める。

「イムも忘れてないって」

 仁が苦笑いを浮かべると、イムはそういうわけではないと否定するかの如く足踏みした。

「イムちゃんが照れてるの!」
「グルグルッ!」

 イムが慌てたように首をぶんぶんと横に振るのに合わせて足を踏みしめる速度も上がり、仁は堪らず頭上のイムを両手で掴んで胸元に下ろした。仁が腹の前で抱き抱えると、イムは全身を左右にくねらせ、抜け出さんと試みる。

「待った、イム。お父さんから伝言があるんだけど」
「グ、グルッ!?」

 イムがピタッと動きを止め、長い首を捻って仁を見上げた。どことなく不安げな様子に仁は内心で苦笑するが、機嫌を損ねられないように顔には出さない。

「これは俺からのお願いでもあるんだけど――」

 仁は玲奈とミルに顔を向けた後、イムに視線を戻し、白い海の魔物の子供を保護したこと今後の世話について説明した。最後に隻眼の炎竜からイムへの言葉を伝えると、要領を得ていないのか、首を傾げて「グ、グルゥ……?」と小さく鳴いた。

「難しく考えなくても、成長した肉食暴君鰐ミートクロコダイル・タイラントが自衛はともかく、無秩序に暴れ回ったり、獲物を乱獲しすぎて極端に生態系を乱したり、後はそうだな……。例えば、戦争で片側に肩入れして大陸の勢力図を大きく変えたりとか……」

 仁は白い幼生体が成長し、メルニールの外壁に取り付いている様を想像する。親の暴れっぷりを考えれば、メルニール規模の街は1体で落とせそうだし、巨体を誇る雷蜥蜴サンダーリザードとも対等以上に戦えそうだった。

 しかし、おそらくそれをすれば炎竜が黙っていないように仁には思えた。仮にイムが黙認したとしても、隻眼の炎竜はイムをしかって肉食暴君鰐ミートクロコダイル・タイラントを滅ぼし、仁たちとの友好的な関係も終わりを告げる未来が見えた。

 とはいえ、少なくとも仁にその気はない。魔王妃の眷属の魔物たちを思えば戦力はいくらあっても足りないくらいではあるが、仁としては白い肉食暴君鰐ミートクロコダイル・タイラントには湖の守り主として、穏やかに暮らしてほしいと思っている。

そもそも、魔王妃との戦いは既に始まっていて、幼生体が成体となるまで待ってはいられない。

「たぶんそんなことにはならないだろうけど」

 仁がそう締めくくると、イムは小さく頷いた。続いて仁が感謝を伝えた途端、イムがハッと何かを思い出したかのように一鳴きして再び暴れ出し、仁の手の中を脱してミルの傍らに飛んでいく。

「ワニの魔物ってちょっと怖そうだけど、仲良くなれるかな?」
「俺も爬虫類ってあまり馴染みがなかったけど、足元にすり寄ってきたりするのは子犬みたいで可愛かったよ」

 今の時点で1.5メートルもある鰐型の魔物を小犬に例えるのはどうかと思いながらも、仁が率直な感想を伝えると、玲奈は心配そうな顔に安堵の色を浮かべた。ちなみに仁は「まあ、爬虫類という意味ではイムも似たようなものだし」と心の中で付け加えたのだが、何か感じ取ったのか、イムがキッと鋭い目つきで仁を見ていた。

「ジンお兄ちゃん。その子のお名前は何て言うの?」

 ミルが仁の袖を引っ張りながら、仁を見上げる。

「え、名前? 名前かー……」

 仁が右手の人差し指で頬を掻く。実のところ、仁は炎竜のお墨付きを貰ってからこっそり考えてはいたのだが、何というか名付けにはその人のセンスが現れるような気がして、嬉々として口にするには気恥ずかしさがあった。

「仁くん。その顔は何か考えているっていう顔だね?」
「う、うん。あくまで候補としては、だけどね」

 玲奈たちの意見はもちろん、ロゼッタの意思も確認しなければ決定できないと仁は考えていた。

「教えてほしいの!」
「え。う、うん……」

 期待に満ちたミルの丸い目で見つめられ、玲奈も同じ様子であれば、仁は逃げ道などないと察する。仁はあくまで候補だからと強調し、ゴクリと喉を鳴らしてから口を開く。

「えっと。ルビー……なんてどうかなって……」
「ルビー? その子って白いんだよね? あ、目が赤いのかな?」

 玲奈が小首を傾げた。仁は若干目を泳がせる。

「目は赤っていうより、ピンクっぽかったかな」
「そうなんだ。でも、ピンク色のルビーもあるよね。うん、いいと思う」

 玲奈が微笑み、ミルにルビーが元の世界の宝石の名前であると伝えると、ミルも笑顔を浮かべて「ルビーちゃん、ルビーちゃん」と連呼を始めた。

「まあ、その、みんな宝石の名前も芸がないかなとは思ったんだけど……」

 これまで、オニキスとパールは毛の色から、ガーネットは目の色から名前を取ったが、オニキスからの流れで、皆、宝石の名前となっている。

「統一感があっていいんじゃない?」
「ミルもいいと思うの!」
「そ、そうかな……」

 仁が照れて逸らしていた視線を皆に向けると、ふと、イムが不機嫌そうにそっぽを向いていることに気付いた。

「あ。イムは種族名からミルが付けてくれたんだっけ」

 仁の言葉に、玲奈とミルが慌ててイムに目を向けた。

「仲間外れっていう意味じゃないよ!」
「イムちゃんも宝石の名前が良かった……?」

 ミルが不安げに見つめれば、今度はイムが慌てて、首を千切れんばかりに勢いよく左右に振った。

「あー、イム。その、結果的にルビーが候補にはなったけど、実は目の色から宝石の名前を考えたわけじゃないんだ。だから別に仲間外れっていうわけじゃないぞ」
「え、そうなの?」

 玲奈が再び可愛らしく小首を傾げ、ミルとイムがどういうことなのか視線で問いかける。

「むしろ、名付け方としてはイム寄りっていうか、ミルの真似をしたっていうか……」

 歯切れの悪い仁に、イムが催促するように一鳴きした。

「えっと。アルビ・・ノだから、ルビー……みたいな?」

 仁はアルビノが白い個体を指す言葉だと早口で説明し、窺うように3人を見る。玲奈とミルは目を丸くしていたが、すぐに目を柔らかに細め、温かな微笑みを浮かべた。

「イムちゃんとルビーちゃんはお揃いなの!」

 イムは戸惑ったように視線を泳がせていたが、仁と玲奈は顔を見合わせ、イムの機嫌が直ったことに安堵の息を吐く。

「まあ、アルビノは種族名じゃないんだけど」

 仁がボソッと付け加えると、イムがスッと目を細め、音もなく仁の頭の後ろに移動して、その後頭部を思いっきり蹴りつけた。

「痛っ!」
「グルッ!」

 仁が抗議の声を上げてイムに手を伸ばすが、イムは上空へ逃れ、すぐにミルの頭の横へ戻った。

「仁くん。一言余計だよ……」

 恨みがましい目をイムに向ける仁に、玲奈が溜息交じりに肩を落としたのだった。
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