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第十九章

19-24.使命

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「あなた方の一族に使命を与えたのは、その、神様ですか?」

 仁はメーアの母から聞いた湖の主の言葉を脳内で反芻する。

“世のことわりから外れたわれは、竜により生かされた。その我が竜の手で死ぬ。これは神の定めし理である”

 湖のぬしことわりから外れるも、何らかの理由で竜王ヴェルフィーナに生かされ、肉食暴君鰐ミートクロコダイル・タイラントの巻き添えとなる形で隻眼の炎竜によって命を奪われた。これが神の定めし理であるというのであれば、炎竜の一族に使命を与えたのも“神”ということになる。

 ゲルトらへの聞き取りから、この世界の住人の多くは実在する存在としての“神”に否定的だということはわかったが、その一方で、仁から見て超常的な存在に思えるほど強大な力を持つドラゴンや海の魔物が“神”の存在を仄めかす。

 元の世界の創作物、特に異世界転生や異世界転移モノでは度々神が登場するが、実際に2度にわたって異世界転移を経験している仁は神と出会ったこともなければ、その存在の認知もしていない。

 果たしてこの世界に神はいるのか、それともいないのか。仁は僅かばかりの興味が湧いた。

 仁が自身の問いかけの理由として湖の主の最期の言葉を伝えると、隻眼の炎竜は顔を上に向け、言葉選びに時をかけた。

「神ではない。だが、この地に住まう者らにとっては神にも等しい奇跡を起こせし救世主。が一族にはそう伝わっている」
「救世主……」

 仁は炎竜の一族に伝わる話を、ゲルトから聞いたこの世界の神話を照らし合わせる。悪魔の手で滅び行く世界の人々をこの世界に導いたという一柱の神と炎竜の言う救世主。それらが同一の存在なのだろうかと仁が推測していると、イムの父竜は詳細を告げられないことを仁に謝罪した。

 ちなみに、海で生まれた魔物も救世主からある役目を与えられているが、それは海にいなければ果たすことができないため、海を離れた海の魔物は役目を放棄したと見做みなされ、炎竜の討伐対象になるのだそうだ。

 そういう意味では、白い暴君鰐の幼生体は海で生まれた魔物には該当せず、隻眼のドラゴンの一族による積極的な討伐対象にはならないだろうとのことだった。

 仁としては救世主についてや海の魔物の役目など、色々と気になることはあったが、とりあえず白い肉食暴君鰐ミートクロコダイル・タイラントの子供を処分する必要がないという言質が取れたことに満足し、隻眼の炎竜に感謝の意を伝え、竜の巣を後にした。



 その後、予定通り魔の森の一角馬ユニコーンの群れの元を訪れた仁は、まとめ役の純白の一角馬ユニコーンから相談を受け、召喚契約に用いる送還用アーティファクトの回収を行った。ラインヴェルト湖の湖畔に再設置するまでガーネットとパールを群れの元に送還することができなくなるが、当面のところその必要性はないように思えた。

 また、足を悪くしているまとめ役他、数頭は他の個体のように駆けることができないため、仁は子供たちを連れて先行してほしいと依頼された。仁は思うように走れないまとめ役らこそを護衛すべきではないかと考えたが、まとめ役は自分たちで何とかすると言って引かなかった。

 仁はどうしたものかと頭を悩ませるが、オニキスが不安げな眼差しをしつつもまとめ役を信じてほしいと訴え、仁も受け入れることにした。その代わり、子供たちを新天地まで無事送り届けようと意気込みを新たにした。

 とはいえ、子供たちもれっきとした一角馬ユニコーンであることに違いはなく、当然、彼ら彼女らにも好き嫌いはあって仁は悲しみを背負うことになる。

 しかし、ガーネットと同じ数頭の双角馬バイコーンの子供たちは仁を憐れんでか懐いた様子を見せ、仁はその子たちを大いに可愛がることで寂しさを癒し、オニキスに『捨てないでください~』と泣きつかれたのだった。



「ジン、ご苦労だったな。報告は聞いているぞ」

 一角馬ユニコーンの群れの一部を預かった仁がエルフの里に立ち寄ったのは数日後のことだった。仁は翌日まで一角馬ユニコーンの子供たちに休息を取ってもらうことにしてアシュレイに面会を求めたのだが、浄化作戦の成功と第一回の会合については既にイラックから連絡が来ていたようだった。

 そのため、仁は肉食暴君鰐ミートクロコダイル・タイラントの幼生体の生存が炎竜に認められたことと、一角馬ユニコーンたちが移住を開始したことを報告する。

「その白い魔物の子と一角馬ユニコーンらが他の魔物を牽制してくれるのはありがたいな」

 そう言って、アシュレイが満足そうに頷いた。

「ただ、一角馬ユニコーンはともかく、その魔物の子の食糧はどうするつもりだ?」

 常に仁たちが傍にいるわけではないし、いつまでも備蓄を切り崩して与え続けるわけにもいかないだろうとアシュレイが尋ねる。そもそも肉食暴君鰐ミートクロコダイル・タイラントの子供たちが群れの殺人鰐キラークロコダイルを襲い、共食いを始めようとしたのは食糧不足によるものだと推測される。

 沼から離れれば餌となる魔物は生息しているものの、白い幼生体が成長すれば親のように体長10メートルを優に超える巨体となるのだ。その食欲は想像もできず、生態系が維持できるのか疑問が残る。

「それなんだけど、俺はダンジョンを利用しようと思っている」

 ラインヴェルト城にダンジョンを設置し、ラウルたち孤児の冒険者か、後々できるであろう冒険者ギルドのような組織に依頼してもいいと仁は考えていた。そうして得た魔物の肉を湖に運ぶ仕事を含め、白い肉食暴君鰐ミートクロコダイル・タイラントの世話を、非冒険者の孤児たちに任せたいとも思っていた。もちろん無理強いするつもりはないし、そのためには大人しくも強力な暴君鰐をしっかりとしつける必要がある。

「と言っても、メルニールを奪還できた際にはダンジョンをどうするのかっていう問題はあるんだけど」

 ダンジョンマスターは仁であり、バランからもダンジョン核を任された身ではあるが、だからと言って、仁の一存でダンジョンをラインヴェルト城に恒常的に設置するとは決められない。それは元々メルニールのダンジョンがラインヴェルト城にあったものだという事実があっても変わらない。

「ダンジョン核がもう一つあればいいんだけど……」
「私個人の意見としては、メルニールの民もラインヴェルト城で共に暮らすというのも悪くはないと思っているがな」

 メルニールはラストルが造った街だ。その民と、フランの遺志を継ぐリガー村の民、そしてアシュレイの一族。それらが一堂に旧ラインヴェルト王国の王都たるラインヴェルト城に集う。

 仁はその様を想像し、それも悪くないと思った。しかし、故郷を追われたリリーらメルニールの民の心情を思えば、手放しで歓迎することではなかった。

「まあ、その辺りは追々相談するとして――」

 アシュレイが表情を改め、真正面から仁と向かい合う。

「ジンが里に寄ってくれて助かった」
「何かあったの?」

 仁は座ったまま思わず前傾姿勢を取るが、アシュレイが苦笑交じりに表情を和らげたのを見て、再びしっかりと腰を下ろした。

「いや。お前が心配するようなことは起こっていないさ。魔王妃もメルニールで大人しくしているようだしな」

 仁は深刻さを感じさせないアシュレイの物言いに安堵するが、先の言葉の意味が分からず首を捻る。

「ジン。お前にはラインヴェルト城に戻る際に、ついでに荷運びを頼みたい」
「それって――」

 目を見開く仁に、アシュレイが口角を吊り上げる。

「ああ。イラックの報告を受け、第一陣を送ることに決まった。その準備も粗方できている」

 先発隊の派遣。そのための資材や食糧などの運搬を、仁がアイテムリングを用いて請け負うことになっていた。

「レナたちも直にダンジョンから戻る。仲間たちと共に一晩英気を養ってほしい」

 アシュレイはメルニール組の大半も先発隊に組み込みたい意向を示し、玲奈やミル、戦斧バトルアックスの面々にその護衛を頼んでいると告げた。

一角馬ユニコーンらと先行するか、話を通して共に行くか、それはお前に任せる」
「わかった。一角馬ユニコーンに聞いてみるよ」

 仁はそう即答し、アシュレイの瞳を見つめる。アシュレイがその視線を真っ直ぐ受け止めた。

「ジン、いよいよだ。私はあの地に、姫と共にあったあの地に戻る」

 実際にアシュレイが里を離れるのはもうしばらく先になるだろうが、アシュレイの言いたいことは、想いは、仁には手に取るように理解できた。いや、仁にとっては高々数年越しのことだが、アシュレイは違う。そして、仁が暮らしたよりも長く、アシュレイはあの地で暮らしてきたのだ。

 もしかすると、いや、間違いなく自身の思うより遥かに。そう思えば、仁の表情は自然と引き締まった。

「ジン、頼りにしている。これからも頼む」
「ああ」

 仁が力強く頷くと、アシュレイはエルフの中でも整った綺麗な顔に、ガロンでなくとも誰もが見惚れてしまいそうな美しい笑みを浮かべたのだった。
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