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第十九章
19-23.見解
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翌日、ラインヴェルト湖の畔で魚人族の街、リガー村、エルフの里の代表者による第一回の会合が行われた。魚人族の街からは人族との窓口のメーア、リガー村からは村長のゲルト、そしてエルフの里からはアシュレイの代理としてやってきたイラックが、仁の通訳を介して話し合った。
ちなみに、黒装束の精兵の一人であるイラックが選ばれた理由の一つに、リリーらをエルフの里に案内するなどを通してメルニール組との親交があることが挙げられる。
メルニール組が今後どういう道を進んでいくかは定かではないが、メルニールが帝国の、魔王妃の手に落ち、ダンジョンが仁の手元にある上は、共にラインヴェルト城に腰を落ち着ける可能性も視野に入れ、メルニールからの移住希望者の代表が決まって会合に参加するまで多少なりともその意思も反映できればというアシュレイからの配慮だった。
もちろん、イラック自身がアシュレイからの厚い信頼と、それに応えるだけの実力を有していると判断されての選出であるのは言うまでもない。
そうして行われた第一回目の会合だが、具体的な調整は後に回し、今回は人族のラインヴェルト城への移住と魚人族との相互協力の確認を主に、仁から一角馬の湖畔への移住の可能性、加えて肉食暴君鰐の白い幼生体の件についての報告と相談がなされた。
海の魔物が皆そうなのかはわからないが、幼い暴君鰐は仁の想像以上に賢く、元の世界のペットの小型犬以上にしっかりと言いつけを守ることができ、当面の間の餌は仁たちから与えられたものとし、人族と魚人族、一角馬を襲わないようにしつけることができた。
同じ海の魔物である母親も殺人鰐を囮に湖の主を急襲するなどの知恵を見せ、湖の主に至っては念話で魚人族と意思の疎通ができるどころか相談役を務めるほどなのだから、ドラゴンと同等の知能を有している可能性もある。
もしそうだとするならば、暴君らしからぬ大人しさと物分かりの良さを感じさせる白い暴君鰐であれば、十分に共生していくことができるのではないかと仁は考えていた。
ただし、可能であることと許せることはイコールではなく、仁は魚人族から反発があるものと思っていたのだが、少なくともメーアは親への恨みを子供に向けるようなことはしなかった。今後、白い幼生体が被害を出さないのなら他の魚人族らも共生相手として受け入れるだろうという話を聞いて、仁は心の底から安堵したのだった。
とはいえ、肉食暴君鰐に関しては隻眼の炎竜にも話を通さなければならず、それ如何では母親や湖の主同様、ドラゴンに命を奪われる可能性もある。
仁としてはロゼッタの恩人でもあり、自分に懐いてくれている幼い魔物を殺されたくはないが、湖の主の最期の言葉を思い出せば、ドラゴンや海の魔物にも仁の知らない事情がありそうだった。
もちろん仁はできる限りのことはするつもりだが、自身のわがままを通すためにドラゴンと争うことはしたくなかった。イムとの関係や、何より玲奈や仲間たちの安全を思えば、たとえ肉食暴君鰐の幼生体を見捨てることになろうとも、それだけは絶対に避けなければならない。
「では、ジン殿。後のことはお任せください」
さらに翌日、一時この地を離れることになった仁がオニキスに跨った。エルフの里への報告はイラックの手の者に任せ、仁はオニキスを駆ってドラゴンの巣と一角馬の群れの棲み処を巡る予定だ。
ちなみに、ラインヴェルト湖の浄化作戦に従事した一角馬たちは昨日オニキスとガーネットの案内で湖畔の環境を見て回った結果、移住に前向きな結論を出し、群れへの報告をオニキスに託した。
「うん。ロゼ、後はよろしく」
ロゼッタはしばらく、ガーネットと白い肉食暴君鰐の子供と共に湖畔に滞在してもらうことになっている。仁としてはリガー村で待っていてほしかったが、万一のことも考えれば村に白い幼生体を入れるのは早急だということもあり、ロゼッタの強い要望もあって仁は受け入れることにしたのだった。
ロゼッタを魔物の傍に置くことに一抹の不安もないではないが、いざとなればガーネットがロゼッタを逃がしてくれるだろうという信頼と、どこか心細そうに仁を見上げる白い鰐型の魔物の子供を見れば、大丈夫だろうと思えてしまう。
「じゃあ、行ってきます」
仁は白い幼生体のつぶらな瞳から目を離し、ドラゴンと上手く話が付くことを祈りつつ、オニキスに出発の合図を出した。
今回は同行者がいないということで、オニキスは他者に合わせることなく軽快に飛ばし、仁との二人旅を思う存分楽しんだ。
そして、時と場所は仁の到着したドラゴンの巣に移り変わる。
「そやつが殊更大陸の事情を大きく掻き乱すようなことがなければ問題ない。その辺りの判断は我が子、イムに任せることにする」
そうイムに伝えるよう告げる隻眼の炎竜を前に、仁は暫し呆けてしまう。
肉食暴君鰐の子供たちの生存と戦い、そして白い幼生体の保護。それらについて、まるで人生の一大決心をするが如く、握手会で玲奈と面と向かう直前のような緊張感の中でカラカラに乾いた口を開いた仁は、あまりにあっけなく望むままの結果が得られたことに拍子抜けするどころか、夢でも見ているような現実感のなさを覚えていた。
「お主が湖の主と呼んでいた存在。あやつに関して思い出したことがある」
ぽかんと口を開けたままの仁に、イムの父竜が語る。
「かつて我が母が健在の折、与えられた役目を放棄してあの辺りに逃げ込んだものがいた。母が単身出向き、問題なく討ち果たしたものだと思っていたが、実はそうではなかったのやもしれぬ」
肉食暴君鰐の生き残りの他にも海の魔物があの地にいたことを炎竜は知らなかった。それは海から離れるのを把握できなかったのではなく、長きに渡り潜伏していたと考えるべきだと炎竜が話す。
頭の回転の戻った仁がそれを裏付ける魚人族から聞いた話を伝えると、炎竜は満足げに首肯した。
「今となっては母の意はわからぬが、あの母のこと。何らかの事情があったのだろう。故に、我もただ駒のように使命を果たすのではなく、我の意志で使命を果たしていこうと思う」
「その、使命とは何かお聞きしても?」
仁が隻眼のドラゴンを見上げながら恐る恐る尋ねると、イムの父竜は暫しの逡巡の後、肯定的な反応を返した。
「お主はイムと関わり深い。仔細は語れずとも、伝えておくべきやもしれぬな」
隻眼の炎竜が遠くに目を遣った後、真摯さを感じさせる瞳で仁を見下ろした。
「我が一族の使命。それはこの大陸を、世界を守護すること。そして、その理から外れたものへの力の行使」
仁は湖の主の最期の言葉の意味をおおよそ理解すると共に、炎竜の一族の使命の大きさに息を呑んだ。
ちなみに、黒装束の精兵の一人であるイラックが選ばれた理由の一つに、リリーらをエルフの里に案内するなどを通してメルニール組との親交があることが挙げられる。
メルニール組が今後どういう道を進んでいくかは定かではないが、メルニールが帝国の、魔王妃の手に落ち、ダンジョンが仁の手元にある上は、共にラインヴェルト城に腰を落ち着ける可能性も視野に入れ、メルニールからの移住希望者の代表が決まって会合に参加するまで多少なりともその意思も反映できればというアシュレイからの配慮だった。
もちろん、イラック自身がアシュレイからの厚い信頼と、それに応えるだけの実力を有していると判断されての選出であるのは言うまでもない。
そうして行われた第一回目の会合だが、具体的な調整は後に回し、今回は人族のラインヴェルト城への移住と魚人族との相互協力の確認を主に、仁から一角馬の湖畔への移住の可能性、加えて肉食暴君鰐の白い幼生体の件についての報告と相談がなされた。
海の魔物が皆そうなのかはわからないが、幼い暴君鰐は仁の想像以上に賢く、元の世界のペットの小型犬以上にしっかりと言いつけを守ることができ、当面の間の餌は仁たちから与えられたものとし、人族と魚人族、一角馬を襲わないようにしつけることができた。
同じ海の魔物である母親も殺人鰐を囮に湖の主を急襲するなどの知恵を見せ、湖の主に至っては念話で魚人族と意思の疎通ができるどころか相談役を務めるほどなのだから、ドラゴンと同等の知能を有している可能性もある。
もしそうだとするならば、暴君らしからぬ大人しさと物分かりの良さを感じさせる白い暴君鰐であれば、十分に共生していくことができるのではないかと仁は考えていた。
ただし、可能であることと許せることはイコールではなく、仁は魚人族から反発があるものと思っていたのだが、少なくともメーアは親への恨みを子供に向けるようなことはしなかった。今後、白い幼生体が被害を出さないのなら他の魚人族らも共生相手として受け入れるだろうという話を聞いて、仁は心の底から安堵したのだった。
とはいえ、肉食暴君鰐に関しては隻眼の炎竜にも話を通さなければならず、それ如何では母親や湖の主同様、ドラゴンに命を奪われる可能性もある。
仁としてはロゼッタの恩人でもあり、自分に懐いてくれている幼い魔物を殺されたくはないが、湖の主の最期の言葉を思い出せば、ドラゴンや海の魔物にも仁の知らない事情がありそうだった。
もちろん仁はできる限りのことはするつもりだが、自身のわがままを通すためにドラゴンと争うことはしたくなかった。イムとの関係や、何より玲奈や仲間たちの安全を思えば、たとえ肉食暴君鰐の幼生体を見捨てることになろうとも、それだけは絶対に避けなければならない。
「では、ジン殿。後のことはお任せください」
さらに翌日、一時この地を離れることになった仁がオニキスに跨った。エルフの里への報告はイラックの手の者に任せ、仁はオニキスを駆ってドラゴンの巣と一角馬の群れの棲み処を巡る予定だ。
ちなみに、ラインヴェルト湖の浄化作戦に従事した一角馬たちは昨日オニキスとガーネットの案内で湖畔の環境を見て回った結果、移住に前向きな結論を出し、群れへの報告をオニキスに託した。
「うん。ロゼ、後はよろしく」
ロゼッタはしばらく、ガーネットと白い肉食暴君鰐の子供と共に湖畔に滞在してもらうことになっている。仁としてはリガー村で待っていてほしかったが、万一のことも考えれば村に白い幼生体を入れるのは早急だということもあり、ロゼッタの強い要望もあって仁は受け入れることにしたのだった。
ロゼッタを魔物の傍に置くことに一抹の不安もないではないが、いざとなればガーネットがロゼッタを逃がしてくれるだろうという信頼と、どこか心細そうに仁を見上げる白い鰐型の魔物の子供を見れば、大丈夫だろうと思えてしまう。
「じゃあ、行ってきます」
仁は白い幼生体のつぶらな瞳から目を離し、ドラゴンと上手く話が付くことを祈りつつ、オニキスに出発の合図を出した。
今回は同行者がいないということで、オニキスは他者に合わせることなく軽快に飛ばし、仁との二人旅を思う存分楽しんだ。
そして、時と場所は仁の到着したドラゴンの巣に移り変わる。
「そやつが殊更大陸の事情を大きく掻き乱すようなことがなければ問題ない。その辺りの判断は我が子、イムに任せることにする」
そうイムに伝えるよう告げる隻眼の炎竜を前に、仁は暫し呆けてしまう。
肉食暴君鰐の子供たちの生存と戦い、そして白い幼生体の保護。それらについて、まるで人生の一大決心をするが如く、握手会で玲奈と面と向かう直前のような緊張感の中でカラカラに乾いた口を開いた仁は、あまりにあっけなく望むままの結果が得られたことに拍子抜けするどころか、夢でも見ているような現実感のなさを覚えていた。
「お主が湖の主と呼んでいた存在。あやつに関して思い出したことがある」
ぽかんと口を開けたままの仁に、イムの父竜が語る。
「かつて我が母が健在の折、与えられた役目を放棄してあの辺りに逃げ込んだものがいた。母が単身出向き、問題なく討ち果たしたものだと思っていたが、実はそうではなかったのやもしれぬ」
肉食暴君鰐の生き残りの他にも海の魔物があの地にいたことを炎竜は知らなかった。それは海から離れるのを把握できなかったのではなく、長きに渡り潜伏していたと考えるべきだと炎竜が話す。
頭の回転の戻った仁がそれを裏付ける魚人族から聞いた話を伝えると、炎竜は満足げに首肯した。
「今となっては母の意はわからぬが、あの母のこと。何らかの事情があったのだろう。故に、我もただ駒のように使命を果たすのではなく、我の意志で使命を果たしていこうと思う」
「その、使命とは何かお聞きしても?」
仁が隻眼のドラゴンを見上げながら恐る恐る尋ねると、イムの父竜は暫しの逡巡の後、肯定的な反応を返した。
「お主はイムと関わり深い。仔細は語れずとも、伝えておくべきやもしれぬな」
隻眼の炎竜が遠くに目を遣った後、真摯さを感じさせる瞳で仁を見下ろした。
「我が一族の使命。それはこの大陸を、世界を守護すること。そして、その理から外れたものへの力の行使」
仁は湖の主の最期の言葉の意味をおおよそ理解すると共に、炎竜の一族の使命の大きさに息を呑んだ。
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