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第十九章
19-18.進捗
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仁とロゼッタ、そしてオニキス。その三者が迎え撃つは殺人鰐が十数頭。それらは一丸となって湖に向かっているのではなく、ある程度横に広がって銘々に進んでいた。
仁は鰐型の魔物たちと湖の中間辺りでオニキスの足を止めた。
「3手に分かれて撃退しよう」
仁が仲間たちに指示を出し、即座にオニキスの背から飛び降りる。
「ざっと見たところ大半が手負いみたいだけど、オニキスにも任せて大丈夫だよね?」
殺人鰐は決して弱い魔物ではないが、オニキスは元の世界の神話に出てくる軍馬の名を冠する八脚軍馬なのだ。本人の戦闘経験自体はそれほど多くはないが、魔の森に住まう魔物の中でも随一の戦闘力を有する。
そして、先の魚人族との戦いで負った傷が癒えていないのか、相手の多くは戦う前から負傷している。
そのため仁はオニキスなら大丈夫だろうと思っているが、1対多を強いられる可能性もあり、もし自信がないようならロゼッタのサポートに回ってもらおうと考えていた。
『はい! ちょっと怖いですけど、あの大きな魔物に比べれば、全然大したことないです!』
仁の愛馬として情けない姿は見せられないと意気込むオニキスに、仁は、無理だけはしないよう言い聞かせる。
ちなみに、仁はロゼッタの心配はあまりしていない。仁はハギールたち魚人族の投擲した銛のような槍が殺人鰐を貫くのを目にしていることもあり、成長著しいロゼッタならば十二分以上に渡り合えると確信していた。
そんな仁の想いを知ってか知らずか、ロゼッタは不安げな様を見せることなく、整った顔に闘志を溢れさせていた。
「ジン殿。背中はお任せください」
「うん」
今回は散開して戦う予定のため、厳密には背中を合わせて戦うわけではないが、そんな野暮な指摘を仁はしない。ロゼッタは仁の反応に一瞬だけ笑みを浮かべると、仁の左翼に陣取った。そして、仁を挟んで反対側にオニキスが軽快な足取りで向かう。
「じゃあ、行くよ。黒雷爆!」
漆黒の雷球が弾けるのを合図に、三者が迫り来る殺人鰐に向かって駆け出した。
漆黒の斬撃が飛び交い、金色の一角から放たれる稲妻が轟き、赤い槍が貫く。1対多を物ともせず、戦いの趨勢は、あっという間に決まっていた。
また一頭、逃走を図った殺人鰐の体を仁の黒雷斬が真っ二つに斬り分ける。返す刀でもう一頭に斬撃を飛ばした仁は辺りを一望し、息を吐いた。
既に仁の正面に敵はなく、左右に後何頭か残っているが、そのすべてが戦意を失くしたように散り散りに逃げていく。仁は追いかけるべきか悩むが、すぐに結論を出してロゼッタとオニキスを引き戻した。
仁たちの今の役目は殺人鰐を殲滅することではなく、湖の浄化作業を続ける一角馬たちを守ることだ。追々、湖周辺の安全の確保のために再び相見える可能性はあるが、襲ってさえ来なければ、全滅させようというつもりは仁にはなかった。
殺人鰐を脅威に感じた一角馬や魚人族らが望めばその限りではないが、仁としては殺人鰐に「敵わないから近付かないでおこう」と学習してくれることに期待したい思いだった。
そうして仁たちはしばらくその場で様子見をした後、メーアたちの元へ帰還した。
仁たちが魔物と戦闘している間もその後も、一角馬たちは精力的に働き続けた。最初こそ一斉に湖の毒の浄化に取り掛かった一角馬たちだったが、途中から二組に分かれ、交互に休息を取っていた。
仁が魔物にも効くのか半信半疑ながらも魔力回復薬を提供すると、休憩のために戻ってきた一角馬たちは喜んで飲んだ。
もちろん、仁が自ら飲ませるようなことを一角馬が受け入れるわけがなく、仁の用意した魔力回復薬を入れた樽に順番に顔を突っ込んでいた。当然、仁は数メートル離れたところで見守っていたのだが、どうやら効果はあるようで、ホッと安堵の息を吐いたのだった。
そんなこんなで浄化作戦は滞りなく進んでいった。水深の深い辺りは魚人族たちの協力を得た一角馬がある程度の深さまで潜水して対応するなどの念の入れ具合だったが、それでも日暮れ間近には残すところも後僅かになっていた。
「今日中に何とかなりそうだね」
浄化作戦の進捗状況に合わせて湖の対岸に移動した仁が夕日に顔を向けて言うと、ゲルトが「そうだな」と応じた。何と言ったか問うハギールに、仁は魚人族の言葉で言い直す。
『ジンたちには感謝しかないべ』
『お礼は一角馬たちに言ってほしいな』
ハギールが『それはもちろんだべ』と口角を吊り上げると、仁も柔らかな笑みを見せた。
ちなみに、一緒に見守っているはずの女性陣とオニキスは魔力回復薬の樽の辺りに集まり、休憩に来る一角馬たちを労っている。
そんな中、湖から上がった今回の作戦のリーダーが、メーアを乗せたガーネットに近付いた。顔を突き合わせて何事かのやり取りをしている二頭を仁が眺めていると、リーダーが反転して湖に向かい、その後をガーネットがゆっくりと進んでいく。
その足取りはどこかぎこちなく、仁の目には緊張でもしているように見えた。ガーネットの後ろに、休憩していたすべての一角馬が続いた。
ガーネットが湖にその身を沈めると、メーアが背から下りて母親の元へ泳いでいく。
「ジン殿!」
『主!』
ロゼッタとオニキスが同時に呼びかけ、仁はゲルトとハギールを伴って手招きするロゼッタに歩み寄った。
「どうやら、最後のようです」
湖に視線を戻すロゼッタに釣られるように、男性陣の目が湖を泳いで進むガーネットと一角馬の一団に引き付けられた。
リーダーとオニキスが今も浄化を続けていた仲間たちに合流すると、一角馬はリーダーとオニキスを中心に左右に分かれていき、後から来た残りの者らもそれに倣った。
白きリーダーが誇らしげに嘶く。
それを合図に、ガーネットが、一角馬たちが、一斉に角を湖面に差し入れた。湖が光り輝く。
仁たちと魚人族が固唾を呑んで見守っていると、しばらくして、温かな光が徐々に弱まり、消えた。
静寂の中、黒と白の奇跡の行使者たちがゆっくりと顔を上げる。
今ここに、100年前から続いたラインヴェルト湖の悲劇が、その幕を閉じた。
仁は鰐型の魔物たちと湖の中間辺りでオニキスの足を止めた。
「3手に分かれて撃退しよう」
仁が仲間たちに指示を出し、即座にオニキスの背から飛び降りる。
「ざっと見たところ大半が手負いみたいだけど、オニキスにも任せて大丈夫だよね?」
殺人鰐は決して弱い魔物ではないが、オニキスは元の世界の神話に出てくる軍馬の名を冠する八脚軍馬なのだ。本人の戦闘経験自体はそれほど多くはないが、魔の森に住まう魔物の中でも随一の戦闘力を有する。
そして、先の魚人族との戦いで負った傷が癒えていないのか、相手の多くは戦う前から負傷している。
そのため仁はオニキスなら大丈夫だろうと思っているが、1対多を強いられる可能性もあり、もし自信がないようならロゼッタのサポートに回ってもらおうと考えていた。
『はい! ちょっと怖いですけど、あの大きな魔物に比べれば、全然大したことないです!』
仁の愛馬として情けない姿は見せられないと意気込むオニキスに、仁は、無理だけはしないよう言い聞かせる。
ちなみに、仁はロゼッタの心配はあまりしていない。仁はハギールたち魚人族の投擲した銛のような槍が殺人鰐を貫くのを目にしていることもあり、成長著しいロゼッタならば十二分以上に渡り合えると確信していた。
そんな仁の想いを知ってか知らずか、ロゼッタは不安げな様を見せることなく、整った顔に闘志を溢れさせていた。
「ジン殿。背中はお任せください」
「うん」
今回は散開して戦う予定のため、厳密には背中を合わせて戦うわけではないが、そんな野暮な指摘を仁はしない。ロゼッタは仁の反応に一瞬だけ笑みを浮かべると、仁の左翼に陣取った。そして、仁を挟んで反対側にオニキスが軽快な足取りで向かう。
「じゃあ、行くよ。黒雷爆!」
漆黒の雷球が弾けるのを合図に、三者が迫り来る殺人鰐に向かって駆け出した。
漆黒の斬撃が飛び交い、金色の一角から放たれる稲妻が轟き、赤い槍が貫く。1対多を物ともせず、戦いの趨勢は、あっという間に決まっていた。
また一頭、逃走を図った殺人鰐の体を仁の黒雷斬が真っ二つに斬り分ける。返す刀でもう一頭に斬撃を飛ばした仁は辺りを一望し、息を吐いた。
既に仁の正面に敵はなく、左右に後何頭か残っているが、そのすべてが戦意を失くしたように散り散りに逃げていく。仁は追いかけるべきか悩むが、すぐに結論を出してロゼッタとオニキスを引き戻した。
仁たちの今の役目は殺人鰐を殲滅することではなく、湖の浄化作業を続ける一角馬たちを守ることだ。追々、湖周辺の安全の確保のために再び相見える可能性はあるが、襲ってさえ来なければ、全滅させようというつもりは仁にはなかった。
殺人鰐を脅威に感じた一角馬や魚人族らが望めばその限りではないが、仁としては殺人鰐に「敵わないから近付かないでおこう」と学習してくれることに期待したい思いだった。
そうして仁たちはしばらくその場で様子見をした後、メーアたちの元へ帰還した。
仁たちが魔物と戦闘している間もその後も、一角馬たちは精力的に働き続けた。最初こそ一斉に湖の毒の浄化に取り掛かった一角馬たちだったが、途中から二組に分かれ、交互に休息を取っていた。
仁が魔物にも効くのか半信半疑ながらも魔力回復薬を提供すると、休憩のために戻ってきた一角馬たちは喜んで飲んだ。
もちろん、仁が自ら飲ませるようなことを一角馬が受け入れるわけがなく、仁の用意した魔力回復薬を入れた樽に順番に顔を突っ込んでいた。当然、仁は数メートル離れたところで見守っていたのだが、どうやら効果はあるようで、ホッと安堵の息を吐いたのだった。
そんなこんなで浄化作戦は滞りなく進んでいった。水深の深い辺りは魚人族たちの協力を得た一角馬がある程度の深さまで潜水して対応するなどの念の入れ具合だったが、それでも日暮れ間近には残すところも後僅かになっていた。
「今日中に何とかなりそうだね」
浄化作戦の進捗状況に合わせて湖の対岸に移動した仁が夕日に顔を向けて言うと、ゲルトが「そうだな」と応じた。何と言ったか問うハギールに、仁は魚人族の言葉で言い直す。
『ジンたちには感謝しかないべ』
『お礼は一角馬たちに言ってほしいな』
ハギールが『それはもちろんだべ』と口角を吊り上げると、仁も柔らかな笑みを見せた。
ちなみに、一緒に見守っているはずの女性陣とオニキスは魔力回復薬の樽の辺りに集まり、休憩に来る一角馬たちを労っている。
そんな中、湖から上がった今回の作戦のリーダーが、メーアを乗せたガーネットに近付いた。顔を突き合わせて何事かのやり取りをしている二頭を仁が眺めていると、リーダーが反転して湖に向かい、その後をガーネットがゆっくりと進んでいく。
その足取りはどこかぎこちなく、仁の目には緊張でもしているように見えた。ガーネットの後ろに、休憩していたすべての一角馬が続いた。
ガーネットが湖にその身を沈めると、メーアが背から下りて母親の元へ泳いでいく。
「ジン殿!」
『主!』
ロゼッタとオニキスが同時に呼びかけ、仁はゲルトとハギールを伴って手招きするロゼッタに歩み寄った。
「どうやら、最後のようです」
湖に視線を戻すロゼッタに釣られるように、男性陣の目が湖を泳いで進むガーネットと一角馬の一団に引き付けられた。
リーダーとオニキスが今も浄化を続けていた仲間たちに合流すると、一角馬はリーダーとオニキスを中心に左右に分かれていき、後から来た残りの者らもそれに倣った。
白きリーダーが誇らしげに嘶く。
それを合図に、ガーネットが、一角馬たちが、一斉に角を湖面に差し入れた。湖が光り輝く。
仁たちと魚人族が固唾を呑んで見守っていると、しばらくして、温かな光が徐々に弱まり、消えた。
静寂の中、黒と白の奇跡の行使者たちがゆっくりと顔を上げる。
今ここに、100年前から続いたラインヴェルト湖の悲劇が、その幕を閉じた。
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