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第十九章
19-4.会敵
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魔の森を、一角馬が駆ける。その背の一人用の鞍に小柄のミルと細身の玲奈が前後に跨り、イムはミルの腕の中に抱かれていた。
目指すはパールが感じたという気配の持ち主の元。ただし、対象が移動している可能性が極めて高いため、ある程度の目星を付けつつ、常時警戒は欠かせない。パールはオニキスほど索敵範囲が広くないことを謝っていたが、当然そのことに文句を言うようなものはいなかった。
玲奈はミルが振り落とされないように後ろからしっかり抱き抱えながら、目標の魔物について思索を巡らす。
アシュレイの読み通り魔王妃が偵察に放ったのであれば恐るべき鉤爪の線が濃厚だが、玲奈は対象が単体行動をとっていたことが気になっていた。玲奈の知るところでは恐るべき鉤爪は複数で行動していることが多い。もしかすると、これまでの戦いで数を減らせたのではないかと考えるが、玲奈は小さく首を振って希望的観測を追い出した。
「どうしたの?」
それまで迷いなく駆け続けていたパールが速度を落とし、素早く首を回した。玲奈が白い鬣の揺れる様を眺めていると、愛馬から念話が届く。
「え? 人……?」
思わず玲奈が呟いた。パールが言うには、目標と思われる魔物の他に、魔物ではない気配を2つ見つけたらしい。パールがどうするのかと念話で問うが、玲奈は答えに窮す。
その二人が、例えばメルニールからの避難民や森に迷い込んだだけの人ならば手伝えることがあるかもしれないが、敵の可能性もあるのだ。むしろ、魔物を連れた帝国兵の斥候だと考えた方が自然だ。
「魔物とは離れているの?」
玲奈の問いに、パールはそれほど離れてはいないと返した。玲奈は眉間に皺を寄せる。どうするにせよ、あまり悩んではいられない。
「まずはその二人の近くまでお願い」
玲奈の下した決断を受け、パールが再び速度を上げる。
「イムちゃん。申し訳ないんだけど、近くまで行ったら上空から様子を見てきてくれる?」
「グルゥ」
イムは基本的にミルの指示を優先するが、戦闘時やそれに準じた場面では仁や玲奈の指示に従うようになっていた。もちろん自己の判断で動くこともあるが、無意味に反論したり、無駄にミルを介したりすることもない。
「それじゃあ、よろしくね」
「いってらっしゃいなの!」
もうしばらく森を進んだところでパールが足を止め、ミルの腕の中からイムが飛び立った。玲奈は出会った頃から少し大きくなった小さな仲間が木々の向こうへ消えていくのを見送り、今後に備えて考えを巡らせる。
パールによると、二人と魔物は付かず離れずの距離を保っているようだった。もし味方か中立的な立場の人たちであれば襲われずに良かったと思うが、魔物の意図がわからない。気付いていないにしては進む方向も速度も似すぎているように思えた。
「後をつけられているか、やっぱり帝国の……?」
玲奈が小さく呟き、唇を一文字にきつく結ぶ。
もし帝国兵だった場合、自分はちゃんと戦えるのか。玲奈は自身の心に問いかける。
覚悟なら、とうの昔にしたはずだった。しかし、結局のところ、今の今まで玲奈が人をその手にかけたことはない。
相手が少数で実力も自身より格段に劣っているのなら捕らえる選択肢も取れるが、いつもそうとは限らない。自分が躊躇したばかりに大切な人たちを危険に晒すようなことはあってはならないのだ。
玲奈の心臓が早鐘のように激しく打っていた。玲奈は深呼吸を繰り返す。
「レナお姉ちゃん?」
「ううん。何でもないよ」
心配そうに真後ろを見上げるミルに、玲奈は大丈夫だと返した。
「大丈夫」
再度口にした言葉は、自身に言い聞かせるためのものだった。玲奈はこれまでどれだけ仁や周りの人たちに助けられてきたのか再確認し、今度こそはと強く思う。
以前のメルニールでの戦いで、玲奈はエルヴィナから覚悟のなさを突かれてピンチを招いたが、二度と繰り返さないと心に誓った。
玲奈が知らず知らずのうちに手綱を強く握りしめていると、パールがビクッと顔を跳ね上げた。
「パール――」
「グルゥ!」
どうしたのかと玲奈が尋ねるより早く、前方上空でイムが大声で鳴いた。それと同時に、パールから魔物が急に速度を上げたと念話で報告が入った。玲奈は即座に指示を出し、パールをイムの元に、2つの気配の元へと進ませる。
鬱蒼とした木々の向こうから、焦りを感じさせる男女の声と、玲奈たちを呼ぶイムの鳴き声が聞こえ、更には木々を薙ぎ倒すかのような轟音が近付いてくる。
玲奈はミルに手綱を預け、両の手のひらに魔力を集める。揺れる馬上で手を離すのは簡単なことではないが、玲奈は鍛え抜かれたバランス感覚で体勢を保ち、光の弓に魔法の矢を番えた。
自身にでき得る最大の攻撃を放つ準備をした玲奈を乗せたパールが、2つの気配を挟んで魔物と一直線になるように回り込む。その間もパールの報告は続き、一人が魔物の前に立ち塞がるように足を止め、逃げ出すように動くもう一人の傍にイムがいるらしいことがわかる。
玲奈は二人が敵ではないと確信し、どこかホッとしつつも迫り来るだろう魔物へと意識を集中させた。
「レナ! ミル!」
木々の作る狭い道で、純白の一角馬がイムを従えた気品溢れる少女とすれ違う。
玲奈は風に靡く銀髪を横目に、驚く気持ちを静めて前を見据える。パールが少女を庇うように僅かに馬首を変えて足を止めた。
「ミルちゃん!」
玲奈が叫び、ミルが飛び降りる。玲奈の視線の先、見覚えのある長い斧槍を手にした偉丈夫の背中の向こうから、強大な気配がヒシヒシと伝わってきた。玲奈が光の矢を引き絞る。
地響きが近付き、衝突音と共に太い木の幹が撓り、根元にひびが入った。
直後、悍ましい叫び声が轟き、木々が三本の鋭利な何かで根元に向けて斜めに切断される。3分割された木の大部分を占める一番上の部位が滑り落ちる途中で倒れ、その陰から魔物が姿を見せた。
“刈り取り蜥蜴”
玲奈はそう認識した瞬間、迷いなく光の矢を放つ。凄まじい魔力の込められた魔法の矢が男の頭上を越え、空を切り裂き一直線に魔物の灰色の胸元に迫る。
かつて同種の魔物を屠った高速の一矢が、あっという間に彼我の距離をゼロにした。
魔の森に、破裂音が響き渡った。
目指すはパールが感じたという気配の持ち主の元。ただし、対象が移動している可能性が極めて高いため、ある程度の目星を付けつつ、常時警戒は欠かせない。パールはオニキスほど索敵範囲が広くないことを謝っていたが、当然そのことに文句を言うようなものはいなかった。
玲奈はミルが振り落とされないように後ろからしっかり抱き抱えながら、目標の魔物について思索を巡らす。
アシュレイの読み通り魔王妃が偵察に放ったのであれば恐るべき鉤爪の線が濃厚だが、玲奈は対象が単体行動をとっていたことが気になっていた。玲奈の知るところでは恐るべき鉤爪は複数で行動していることが多い。もしかすると、これまでの戦いで数を減らせたのではないかと考えるが、玲奈は小さく首を振って希望的観測を追い出した。
「どうしたの?」
それまで迷いなく駆け続けていたパールが速度を落とし、素早く首を回した。玲奈が白い鬣の揺れる様を眺めていると、愛馬から念話が届く。
「え? 人……?」
思わず玲奈が呟いた。パールが言うには、目標と思われる魔物の他に、魔物ではない気配を2つ見つけたらしい。パールがどうするのかと念話で問うが、玲奈は答えに窮す。
その二人が、例えばメルニールからの避難民や森に迷い込んだだけの人ならば手伝えることがあるかもしれないが、敵の可能性もあるのだ。むしろ、魔物を連れた帝国兵の斥候だと考えた方が自然だ。
「魔物とは離れているの?」
玲奈の問いに、パールはそれほど離れてはいないと返した。玲奈は眉間に皺を寄せる。どうするにせよ、あまり悩んではいられない。
「まずはその二人の近くまでお願い」
玲奈の下した決断を受け、パールが再び速度を上げる。
「イムちゃん。申し訳ないんだけど、近くまで行ったら上空から様子を見てきてくれる?」
「グルゥ」
イムは基本的にミルの指示を優先するが、戦闘時やそれに準じた場面では仁や玲奈の指示に従うようになっていた。もちろん自己の判断で動くこともあるが、無意味に反論したり、無駄にミルを介したりすることもない。
「それじゃあ、よろしくね」
「いってらっしゃいなの!」
もうしばらく森を進んだところでパールが足を止め、ミルの腕の中からイムが飛び立った。玲奈は出会った頃から少し大きくなった小さな仲間が木々の向こうへ消えていくのを見送り、今後に備えて考えを巡らせる。
パールによると、二人と魔物は付かず離れずの距離を保っているようだった。もし味方か中立的な立場の人たちであれば襲われずに良かったと思うが、魔物の意図がわからない。気付いていないにしては進む方向も速度も似すぎているように思えた。
「後をつけられているか、やっぱり帝国の……?」
玲奈が小さく呟き、唇を一文字にきつく結ぶ。
もし帝国兵だった場合、自分はちゃんと戦えるのか。玲奈は自身の心に問いかける。
覚悟なら、とうの昔にしたはずだった。しかし、結局のところ、今の今まで玲奈が人をその手にかけたことはない。
相手が少数で実力も自身より格段に劣っているのなら捕らえる選択肢も取れるが、いつもそうとは限らない。自分が躊躇したばかりに大切な人たちを危険に晒すようなことはあってはならないのだ。
玲奈の心臓が早鐘のように激しく打っていた。玲奈は深呼吸を繰り返す。
「レナお姉ちゃん?」
「ううん。何でもないよ」
心配そうに真後ろを見上げるミルに、玲奈は大丈夫だと返した。
「大丈夫」
再度口にした言葉は、自身に言い聞かせるためのものだった。玲奈はこれまでどれだけ仁や周りの人たちに助けられてきたのか再確認し、今度こそはと強く思う。
以前のメルニールでの戦いで、玲奈はエルヴィナから覚悟のなさを突かれてピンチを招いたが、二度と繰り返さないと心に誓った。
玲奈が知らず知らずのうちに手綱を強く握りしめていると、パールがビクッと顔を跳ね上げた。
「パール――」
「グルゥ!」
どうしたのかと玲奈が尋ねるより早く、前方上空でイムが大声で鳴いた。それと同時に、パールから魔物が急に速度を上げたと念話で報告が入った。玲奈は即座に指示を出し、パールをイムの元に、2つの気配の元へと進ませる。
鬱蒼とした木々の向こうから、焦りを感じさせる男女の声と、玲奈たちを呼ぶイムの鳴き声が聞こえ、更には木々を薙ぎ倒すかのような轟音が近付いてくる。
玲奈はミルに手綱を預け、両の手のひらに魔力を集める。揺れる馬上で手を離すのは簡単なことではないが、玲奈は鍛え抜かれたバランス感覚で体勢を保ち、光の弓に魔法の矢を番えた。
自身にでき得る最大の攻撃を放つ準備をした玲奈を乗せたパールが、2つの気配を挟んで魔物と一直線になるように回り込む。その間もパールの報告は続き、一人が魔物の前に立ち塞がるように足を止め、逃げ出すように動くもう一人の傍にイムがいるらしいことがわかる。
玲奈は二人が敵ではないと確信し、どこかホッとしつつも迫り来るだろう魔物へと意識を集中させた。
「レナ! ミル!」
木々の作る狭い道で、純白の一角馬がイムを従えた気品溢れる少女とすれ違う。
玲奈は風に靡く銀髪を横目に、驚く気持ちを静めて前を見据える。パールが少女を庇うように僅かに馬首を変えて足を止めた。
「ミルちゃん!」
玲奈が叫び、ミルが飛び降りる。玲奈の視線の先、見覚えのある長い斧槍を手にした偉丈夫の背中の向こうから、強大な気配がヒシヒシと伝わってきた。玲奈が光の矢を引き絞る。
地響きが近付き、衝突音と共に太い木の幹が撓り、根元にひびが入った。
直後、悍ましい叫び声が轟き、木々が三本の鋭利な何かで根元に向けて斜めに切断される。3分割された木の大部分を占める一番上の部位が滑り落ちる途中で倒れ、その陰から魔物が姿を見せた。
“刈り取り蜥蜴”
玲奈はそう認識した瞬間、迷いなく光の矢を放つ。凄まじい魔力の込められた魔法の矢が男の頭上を越え、空を切り裂き一直線に魔物の灰色の胸元に迫る。
かつて同種の魔物を屠った高速の一矢が、あっという間に彼我の距離をゼロにした。
魔の森に、破裂音が響き渡った。
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