上 下
453 / 616
第十八章

18-28.神話

しおりを挟む
 遥か遥か、太古の昔、神々の世界があった。あるとき、神々は自身に似せて人族を、そして更にいくつかの種族を作ると、彼らに世界を委ねていずこかへ去っていった。

 その後、神々のいなくなった世界は繁栄を極めるが、やがて悪魔の手によって滅亡の危機を迎えてしまう。

 そんなとき、悠久の時を超えて一柱の神が再臨し、滅び行く世界の人々を新たな世界へと導いた。

「んで、その新たな世界ってのが、この世界ってことらしい」

 ゲルトは村に伝わる神話の大筋を簡潔にまとめて仁とロゼッタに語った。

 グイダの補足によると、この神話はこの大陸でもっともメジャーな神話であり、単純に“神”と言うと大抵はこの神話の神――この世界を作った一柱の神を指すことがほとんどだと思って間違いないらしい。

 ただし、グレンシール帝国などの人族至上主義の国や人が、人族が神に似せて作られたことと、他種族に先んじて人族が作られたという2点をその根拠とすることはあっても、仁の元の世界の○○教といったような宗教にはなっていないようだ。

 その理由を問う仁に、ゲルトがはっきりとした答えを返す。

「この世界の人たちは神がいないことを知っているからな」
「……神がいない?」

 どういうことかと仁が首を傾げると、ゲルトは「もしくは、いてもいつも助けてくれるわけではないか」と付け加えた。

「ジンさんは大昔の魔王を倒した大賢者様の話、聞いたことない?」
「魔王……」

 仁が低い声で呟く。仁の脳裏に、まだ見ぬ敵、魔王妃の姿がユミラと重なって浮かんでいた。

「あ。そ、その、ジンさんのことじゃないよ? ジンさんは勇者様だから! もっと昔の、本当の魔王のことだよ!」

 慌てるトリシャに、仁はハッとして「大丈夫。わかっているよ」と優しく告げた。トリシャが露骨にホッとしたような表情を浮かべ、仁は苦笑する。

「その話は知っているけど、それが何か関係あるの?」
「大ありだぜ、兄貴。なんせ、世界が魔王に滅ぼされそうになっても、神様は助けてくれなかったからな」

 魔王を倒したのは大賢者とその仲間たち。ゲルトたちの言う“その仲間”にエルフ族のシルフィーナが含まれているかどうかはともかく、少なくとも魔王を倒したのが神ではなく広義の意味での“人”であるということは、この大陸では共通の認識といっていいはずだ。

 いにしえの魔王の実在が広く信じられ、魔王と世界の存亡をかけた戦いが事実だとされるこの世界、大陸において、何の手助けもしてくれなかった創世神話の神の威光は地に落ちたと言っても過言ではない。

 神話の“悪魔”が、イコール魔人族ではないかという当時の説の存在もそれに拍車をかけたのではないかとトリシャが補足した。

 ともかく、そうした事情もあって、この世界、少なくともこの大陸では殊更神の存在を意識することは少なく、エルフ族は祖霊を、獣人族は力を信仰の対象とし、人族は人知の及ばない存在に神性を感じるのだという。とはいえ、ステータスを表示する“神の祝福”や神頼みのように、概念としては根付いているようだった。

 仁はこの世界における神とは、無宗教と評されることの多い日本人の言う神と似たようなものだと理解することにした。

「なるほどね。何となく理解はできたけど、結局、湖のぬしの言う神が神話の神かどうかはわからないか……」

 ゲルトたちが一様に申し訳なさそうな表情を浮かべ、仁は慌てて話題を変えることにする。湖の主の言葉は気になったが、どうしてもその意味が知りたければそれこそイムの父竜に尋ねるべきだろうと、仁はこれ以上そのことについて考えることを止めた。

 今、この場ですべき話は別にある。

 仁は腹に力を入れ、表情を改めた。仁の纏う雰囲気の変化から、グイダを筆頭にリガー姓の三人が居住まいを正す。

「ゲルトとトリシャには話しましたが――」

 そう前置きし、仁は自分やエルフ族がラインヴェルト城周辺を訪れることになった理由を話し始めた。



「移住ですか……。湖神様が亡き今、魚人族の方々とよしみを通じられるのであれば、それも可能でしょう」

 グイダが仁の話を吟味するかのように眉間に皺を寄せた。仁の横で、ロゼッタが生唾を飲み込む。

「はい。しかし、如何にアシュレイの一族とはいえ、ラインヴェルト城は元々あなた方の祖先が暮らし、守るために命を賭して戦った地です」

 この村の存在を知った以上、その許しを得ずに移住計画を進めることはエルフ族も望んでいないと仁は告げる。

 ただし、帝国の脅威が切迫する今、他に寄る辺のないエルフ族のために、どうか移住を許可してほしいと仁は訴える。それが再び、かの地にかつての敵を招き入れることに繋がり、そのことでリガー村を巻き込んでしまうかもしれないことを明かして。

 仁が深く頭を下げ、ロゼッタもそれにならった。長いようで短い時が流れる。

「ジン様、ロゼッタ様。おもてを上げてください」

 一拍おいて仁とロゼッタが顔を上げると、先ほどまでとは打って変わったグイダの柔和な顔が出迎えた。仁はグイダの表情の変化の理由がわからないまま、続く言葉を待った。

「ジン様。我々が“命を繋いできた”理由はご存じですね」
「は、はい。ゲルトから聞きました」

 仁が再びこの地に現れた際、その力になる。そのために命を繋いできたのだと、仁にとっては恐れ多いことではあるが、ゲルトは以前、そう語っていた。

 グイダが優しい目はそのままに、満足そうに大きく頷いた。

「我々はあなた方やアシュレイ様と共に、グレンシール王国――帝国と戦いましょう」

 迷いのない力強いグイダの言葉に、仁は目を見開く。まさか即決されるとは思っておらず、仁は言葉にきゅうしてしまう。

「ただ、100年の時が流れ、村の皆が皆、小さな聖女フランを祖とする私たちほど強い意志を継承しているとは言い難く、また私のように老齢の者も多いため、村を挙げてというわけにはいかないことをご了承いただかなければなりません」

 仁は戸惑いながらも、それは当然だと返す。村を巻き込むなと責められかねない状況で移住を認めてもらえるだけでも十分なのに、グイダたちは一緒に戦ってくれると言うのだ。何の文句があると言うのか。

 仁としては平和に暮らしてきたリガー村の人々を帝国との戦いに巻き込んでしまうことを申し訳なく思うが、その一方で味方をしてくれる事実を心強くも感じていた。

 ふと、仁はグイダの眉間に再び深い皺が刻まれたことに気付いた。やはり戦争になるかもしれないということは簡単なことではないのだと、仁はフランの子孫たちの決断を重く受け止める。

「もう何年か早ければ私も……」

 グイダが唸るように言うと、ゲルトが「もう何十年かの間違いじゃね?」とボソッと突っ込む。

 仁は若干肩透かしを食らった気分になるが、直前の自身の考えが間違っているわけではない。

 グイダが一瞬目つきを鋭くした後、笑みを浮かべながらゲルトの背をバシバシと叩いた。

「この老骨の分も、しっかりジン様方のお役に立つんだよ」
「わかってるよ!」

 ゲルトが前傾姿勢になりながら声を張り上げる。ゲルトをき使ってくれて構わない、むしろ扱き使ってくれと告げるグイダに、仁は苦笑いを浮かべたのだった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】ご都合主義で生きてます。-ストレージは最強の防御魔法。生活魔法を工夫し創生魔法で乗り切る-

ジェルミ
ファンタジー
鑑定サーチ?ストレージで防御?生活魔法を工夫し最強に!! 28歳でこの世を去った佐藤は、異世界の女神により転移を誘われる。 しかし授かったのは鑑定や生活魔法など戦闘向きではなかった。 しかし生きていくために生活魔法を組合せ、工夫を重ね創生魔法に進化させ成り上がっていく。 え、鑑定サーチてなに? ストレージで収納防御て? お馬鹿な男と、それを支えるヒロインになれない3人の女性達。 スキルを試行錯誤で工夫し、お馬鹿な男女が幸せを掴むまでを描く。 ※この作品は「ご都合主義で生きてます。商売の力で世界を変える」を、もしも冒険者だったら、として内容を大きく変えスキルも制限し一部文章を流用し前作を読まなくても楽しめるように書いています。 またカクヨム様にも掲載しております。

田舎暮らしと思ったら、異世界暮らしだった。

けむし
ファンタジー
突然の異世界転移とともに魔法が使えるようになった青年の、ほぼ手に汗握らない物語。 日本と異世界を行き来する転移魔法、物を複製する魔法。 あらゆる魔法を使えるようになった主人公は異世界で、そして日本でチート能力を発揮・・・するの? ゆる~くのんびり進む物語です。読者の皆様ものんびりお付き合いください。 感想などお待ちしております。

ぐ~たら第三王子、牧場でスローライフ始めるってよ

雑木林
ファンタジー
 現代日本で草臥れたサラリーマンをやっていた俺は、過労死した後に何の脈絡もなく異世界転生を果たした。  第二の人生で新たに得た俺の身分は、とある王国の第三王子だ。  この世界では神様が人々に天職を授けると言われており、俺の父親である国王は【軍神】で、長男の第一王子が【剣聖】、それから次男の第二王子が【賢者】という天職を授かっている。  そんなエリートな王族の末席に加わった俺は、当然のように周囲から期待されていたが……しかし、俺が授かった天職は、なんと【牧場主】だった。  畜産業は人類の食文化を支える素晴らしいものだが、王族が従事する仕事としては相応しくない。  斯くして、父親に失望された俺は王城から追放され、辺境の片隅でひっそりとスローライフを始めることになる。

平凡冒険者のスローライフ

上田なごむ
ファンタジー
26歳独身動物好きの主人公大和希は、神様によって魔物・魔法・獣人等ファンタジーな世界観の異世界に転移させられる。 平凡な能力値、野望など抱いていない彼は、冒険者としてスローライフを目標に日々を過ごしていく。 果たして、彼を待ち受ける出会いや試練は如何なるものか…… ファンタジー世界に向き合う、平凡な冒険者の物語。

若返ったおっさん、第2の人生は異世界無双

たまゆら
ファンタジー
事故で死んだネトゲ廃人のおっさん主人公が、ネトゲと酷似した異世界に転移。 ゲームの知識を活かして成り上がります。 圧倒的効率で金を稼ぎ、レベルを上げ、無双します。

祝・定年退職!? 10歳からの異世界生活

空の雲
ファンタジー
中田 祐一郎(なかたゆういちろう)60歳。長年勤めた会社を退職。 最後の勤めを終え、通い慣れた電車で帰宅途中、突然の衝撃をうける。 ――気付けば、幼い子供の姿で見覚えのない森の中に…… どうすればいいのか困惑する中、冒険者バルトジャンと出会う。 顔はいかついが気のいいバルトジャンは、行き場のない子供――中田祐一郎(ユーチ)の保護を申し出る。 魔法や魔物の存在する、この世界の知識がないユーチは、迷いながらもその言葉に甘えることにした。 こうして始まったユーチの異世界生活は、愛用の腕時計から、なぜか地球の道具が取り出せたり、彼の使う魔法が他人とちょっと違っていたりと、出会った人たちを驚かせつつ、ゆっくり動き出す―― ※2月25日、書籍部分がレンタルになりました。

役立たずと言われダンジョンで殺されかけたが、実は最強で万能スキルでした !

本条蒼依
ファンタジー
地球とは違う異世界シンアースでの物語。  主人公マルクは神聖の儀で何にも反応しないスキルを貰い、絶望の淵へと叩き込まれる。 その役に立たないスキルで冒険者になるが、役立たずと言われダンジョンで殺されかけるが、そのスキルは唯一無二の万能スキルだった。  そのスキルで成り上がり、ダンジョンで裏切った人間は落ちぶれざまあ展開。 主人公マルクは、そのスキルで色んなことを解決し幸せになる。  ハーレム要素はしばらくありません。

キャンピングカーで往く異世界徒然紀行

タジリユウ
ファンタジー
《第4回次世代ファンタジーカップ 面白スキル賞》 【書籍化!】 コツコツとお金を貯めて念願のキャンピングカーを手に入れた主人公。 早速キャンピングカーで初めてのキャンプをしたのだが、次の日目が覚めるとそこは異世界であった。 そしていつの間にかキャンピングカーにはナビゲーション機能、自動修復機能、燃料補給機能など様々な機能を拡張できるようになっていた。 道中で出会ったもふもふの魔物やちょっと残念なエルフを仲間に加えて、キャンピングカーで異世界をのんびりと旅したいのだが… ※旧題)チートなキャンピングカーで旅する異世界徒然紀行〜もふもふと愉快な仲間を添えて〜 ※カクヨム様でも投稿をしております

処理中です...