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第十八章
18-24.危惧
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「使命ですか?」
ロゼッタと並んでドラゴンと向かい合う仁が、目をパチパチと瞬かせる。
この地を訪れて肉食暴君鰐を攻撃した理由を問う仁に、イムの父親たる炎竜は使命を果たしに来たのだと荘厳な声で答えた。
隻眼のドラゴンは多くは語らなかったが、先ほどの白炎で灰燼に帰した巨大なワニの魔物は、最近、炎竜の一族がほとんど総出で滅ぼした群れの生き残りなのだという。
仁は「あんなのが群れでいるのか」と驚愕するが、隻眼のドラゴンは基本的には海に近付かなければ襲われる心配はないと告げた。
ドラゴンが“基本的に”と付け加えたのは、今回のような例外が極稀にあるからということらしい。
仁はこの世界の海には強力な魔物が多く巣くっているという話を思い出し、その一種が肉食暴君鰐であり、もしかすると湖の主と思しき首長竜の魔物もそうなのかもしれないと当たりを付ける。
仁は絶対に海には近付かないでおこうと心に決めつつ、真剣な表情で首長竜もドラゴンの標的だったのか尋ねた。
話に聞いてきただけの仁とは違い、湖の主に実際に湖や仲間を救われて崇拝してきた魚人族たちがドラゴンをどう思うか心配だった。
結果として巻き込んでしまったのか、端から敵対する存在だったのか、その違いにどれだけ意味があるかはわからないが、仁はどんな答えを期待しているのかわからないまま疑問をぶつける。
一応は炎竜の一族の庇護下にあると言えるエルフ族と、湖の守り神と言っても過言ではない湖の主をドラゴンの手で殺された魚人族。仁は今回の件で両者の間に確執ができてしまうのではないかと危惧していた。
仁は固唾を呑んで隻眼のドラゴンの返答を待つ。状況のすべてを理解しているわけではないだろうが、神妙な仁の様子から、ロゼッタも同様の様子で成り行きを見守っている。オニキスとガーネットは仁とロゼッタの後ろで怯えた目をしていたが、その視線はドラゴンに向いていた。
「無論――と言いたいところだが、実のところ、奴の存在は予定外だった。されど、奴がこの地にいる以上、我らの使命の対象となることは間違いない。まとめて屠ることができたのは僥倖と言えよう」
「そうですか……」
仁はそれ以上何と言っていいのかわからず、口を噤む。仁としては、今後、魚人族とドラゴン、延いてはエルフ族が可能な限り争いにならないように尽力するしかなかった。
隻眼のドラゴンは最後に仁の獲物を奪ってしまったことを謝罪し、再び大空に舞い上がった。紅いドラゴンが背の両翼をゆっくり羽ばたかせて高度を上げる。
炎竜は結果的だけを見れば湖の主を殺してしまったが、肉食暴君鰐を倒して仁たちや魚人族を救ったことに変わりはなく、仁は礼をもって見送った。
紅い点が空の彼方で黒い点に変わった頃、仁の耳が複数の水音を捉えた。仁が音のした方を向くと、湖面から魚人族の男女が顔を出していた。
仁はオニキスとガーネットを下がらせ、ロゼッタを背にして両者と向かい合う。仁の記憶が確かならば、女性の方はメーアの母のはずだ。
仁は武器を抜かないまでも、警戒を強める。湖の主の最期を知られているのであれば、湖の主の敵と会話していた仁に対して悪感情を抱いていてもおかしくない。誤解があるとはいえ、元々、初対面から良い感情を持たれていないのだから、なおさらだ。
『ジン、大丈夫だべ。巫女様はジンと話がしたいだけだべ』
男性の魚人族が訛り交じりに告げ、仁は少しだけ肩の力を抜いた。仁に自分を信じてくれた魚人族の友を疑うつもりはない。
仁が殺人鰐がどうなったか尋ねると、巨大なワニの魔物が負けた時点で四散し、今は魚人族の戦士たちが追撃しているところだとハギールが答えた。加えて、この場が襲われないように魚人族が守っていると知り、仁は安堵の息を吐いた。
仁は跡形もなくなった桟橋跡で、湖面から上半身を露出させたメーアの母と対面した。黄金の髪の美しい人魚は眉間に深い皺を刻んでいたが、思いの外、険を感じさせない声音で言葉を発した。
『そなたには申し訳ないことをしました』
昨夜、メーアから仁について話を聞いたという湖の主の巫女は、自分が間違っていたと謝罪する。
『妾はそなたを敵と断じたにもかかわらず、そなたは自ら危険に身を投じ、我らと共に戦ってくれたと聞き及んでいます』
メーアの母が謝罪に感謝を重ねる。仁がその謝罪を受け入れ、肉食暴君鰐を陸に押し戻して湖と魚人族を救った首長竜の魔物が湖の主で間違いないか尋ねると、美しい人魚は目を伏せながら肯定の言葉を返した。
仁が唇を引き結び、辺りに静寂が訪れる。半ば確信していたとはいえ、首長竜が湖の主ではないかもしれないという一縷の望みも潰えてしまった。
仁は奥歯を強く噛みしめながら、メーアの母の顔色を窺う。重苦しい空気が流れる中、黄金髪の人魚が大きく息を吐き出した。美しい人魚が顔を上げ、仁を真っ直ぐに見上げた。いつの間にか、眉間の皺が消えていた。
『妾の一存では決められぬことではありますが、そなたらの意に沿えるよう尽力することを約束しましょう』
一瞬、仁は何を言われているのか分からずに呆けてしまうが、他言語理解の特殊技能はメーアの母の言葉を正しく翻訳していて、仁は目を丸くした。
『何を驚いているのです。主様とそなた、それにあの炎竜がおらねば、妾も同胞たちも、あの憎き魔物の腹の中でしょう。恩に報いるのは当然でしょう。それとも、陸人は違うのですか?』
『その、違わないと思いますけど……。あの、その、あなたはドラゴンが憎くないのですか? 俺たちはドラゴンと友好関係にありますし、この場にはいませんけど、俺の仲間にはドラゴンの子供もいるのですが……』
仁はそう尋ねずにはいられなかった。確執を抱えたままの関係では、いつか破綻してしまうように思えた。仁の願いはエルフ族をはじめ、この地で暮らすことを望む人々が魚人族と共存し、末永く平和に暮らすことだ。そして、その中にはミルやロゼッタ、イムたちが含まれるかもしれない。
仁は真摯な瞳を魚人族の女性に向けた。美しき人魚は言葉を選ぶように、ゆっくり口を開く。
『妾の中に全くそのような感情がないと言えば嘘になってしまうでしょう。しかし、他ならぬ主様が、それを望んでおられぬのです』
そう言って、メーアの母は巫女故に知り得た事実と、肉食暴君鰐の奇襲を受けて目覚めた湖の主の最期の言葉を語り始めたのだった。
ロゼッタと並んでドラゴンと向かい合う仁が、目をパチパチと瞬かせる。
この地を訪れて肉食暴君鰐を攻撃した理由を問う仁に、イムの父親たる炎竜は使命を果たしに来たのだと荘厳な声で答えた。
隻眼のドラゴンは多くは語らなかったが、先ほどの白炎で灰燼に帰した巨大なワニの魔物は、最近、炎竜の一族がほとんど総出で滅ぼした群れの生き残りなのだという。
仁は「あんなのが群れでいるのか」と驚愕するが、隻眼のドラゴンは基本的には海に近付かなければ襲われる心配はないと告げた。
ドラゴンが“基本的に”と付け加えたのは、今回のような例外が極稀にあるからということらしい。
仁はこの世界の海には強力な魔物が多く巣くっているという話を思い出し、その一種が肉食暴君鰐であり、もしかすると湖の主と思しき首長竜の魔物もそうなのかもしれないと当たりを付ける。
仁は絶対に海には近付かないでおこうと心に決めつつ、真剣な表情で首長竜もドラゴンの標的だったのか尋ねた。
話に聞いてきただけの仁とは違い、湖の主に実際に湖や仲間を救われて崇拝してきた魚人族たちがドラゴンをどう思うか心配だった。
結果として巻き込んでしまったのか、端から敵対する存在だったのか、その違いにどれだけ意味があるかはわからないが、仁はどんな答えを期待しているのかわからないまま疑問をぶつける。
一応は炎竜の一族の庇護下にあると言えるエルフ族と、湖の守り神と言っても過言ではない湖の主をドラゴンの手で殺された魚人族。仁は今回の件で両者の間に確執ができてしまうのではないかと危惧していた。
仁は固唾を呑んで隻眼のドラゴンの返答を待つ。状況のすべてを理解しているわけではないだろうが、神妙な仁の様子から、ロゼッタも同様の様子で成り行きを見守っている。オニキスとガーネットは仁とロゼッタの後ろで怯えた目をしていたが、その視線はドラゴンに向いていた。
「無論――と言いたいところだが、実のところ、奴の存在は予定外だった。されど、奴がこの地にいる以上、我らの使命の対象となることは間違いない。まとめて屠ることができたのは僥倖と言えよう」
「そうですか……」
仁はそれ以上何と言っていいのかわからず、口を噤む。仁としては、今後、魚人族とドラゴン、延いてはエルフ族が可能な限り争いにならないように尽力するしかなかった。
隻眼のドラゴンは最後に仁の獲物を奪ってしまったことを謝罪し、再び大空に舞い上がった。紅いドラゴンが背の両翼をゆっくり羽ばたかせて高度を上げる。
炎竜は結果的だけを見れば湖の主を殺してしまったが、肉食暴君鰐を倒して仁たちや魚人族を救ったことに変わりはなく、仁は礼をもって見送った。
紅い点が空の彼方で黒い点に変わった頃、仁の耳が複数の水音を捉えた。仁が音のした方を向くと、湖面から魚人族の男女が顔を出していた。
仁はオニキスとガーネットを下がらせ、ロゼッタを背にして両者と向かい合う。仁の記憶が確かならば、女性の方はメーアの母のはずだ。
仁は武器を抜かないまでも、警戒を強める。湖の主の最期を知られているのであれば、湖の主の敵と会話していた仁に対して悪感情を抱いていてもおかしくない。誤解があるとはいえ、元々、初対面から良い感情を持たれていないのだから、なおさらだ。
『ジン、大丈夫だべ。巫女様はジンと話がしたいだけだべ』
男性の魚人族が訛り交じりに告げ、仁は少しだけ肩の力を抜いた。仁に自分を信じてくれた魚人族の友を疑うつもりはない。
仁が殺人鰐がどうなったか尋ねると、巨大なワニの魔物が負けた時点で四散し、今は魚人族の戦士たちが追撃しているところだとハギールが答えた。加えて、この場が襲われないように魚人族が守っていると知り、仁は安堵の息を吐いた。
仁は跡形もなくなった桟橋跡で、湖面から上半身を露出させたメーアの母と対面した。黄金の髪の美しい人魚は眉間に深い皺を刻んでいたが、思いの外、険を感じさせない声音で言葉を発した。
『そなたには申し訳ないことをしました』
昨夜、メーアから仁について話を聞いたという湖の主の巫女は、自分が間違っていたと謝罪する。
『妾はそなたを敵と断じたにもかかわらず、そなたは自ら危険に身を投じ、我らと共に戦ってくれたと聞き及んでいます』
メーアの母が謝罪に感謝を重ねる。仁がその謝罪を受け入れ、肉食暴君鰐を陸に押し戻して湖と魚人族を救った首長竜の魔物が湖の主で間違いないか尋ねると、美しい人魚は目を伏せながら肯定の言葉を返した。
仁が唇を引き結び、辺りに静寂が訪れる。半ば確信していたとはいえ、首長竜が湖の主ではないかもしれないという一縷の望みも潰えてしまった。
仁は奥歯を強く噛みしめながら、メーアの母の顔色を窺う。重苦しい空気が流れる中、黄金髪の人魚が大きく息を吐き出した。美しい人魚が顔を上げ、仁を真っ直ぐに見上げた。いつの間にか、眉間の皺が消えていた。
『妾の一存では決められぬことではありますが、そなたらの意に沿えるよう尽力することを約束しましょう』
一瞬、仁は何を言われているのか分からずに呆けてしまうが、他言語理解の特殊技能はメーアの母の言葉を正しく翻訳していて、仁は目を丸くした。
『何を驚いているのです。主様とそなた、それにあの炎竜がおらねば、妾も同胞たちも、あの憎き魔物の腹の中でしょう。恩に報いるのは当然でしょう。それとも、陸人は違うのですか?』
『その、違わないと思いますけど……。あの、その、あなたはドラゴンが憎くないのですか? 俺たちはドラゴンと友好関係にありますし、この場にはいませんけど、俺の仲間にはドラゴンの子供もいるのですが……』
仁はそう尋ねずにはいられなかった。確執を抱えたままの関係では、いつか破綻してしまうように思えた。仁の願いはエルフ族をはじめ、この地で暮らすことを望む人々が魚人族と共存し、末永く平和に暮らすことだ。そして、その中にはミルやロゼッタ、イムたちが含まれるかもしれない。
仁は真摯な瞳を魚人族の女性に向けた。美しき人魚は言葉を選ぶように、ゆっくり口を開く。
『妾の中に全くそのような感情がないと言えば嘘になってしまうでしょう。しかし、他ならぬ主様が、それを望んでおられぬのです』
そう言って、メーアの母は巫女故に知り得た事実と、肉食暴君鰐の奇襲を受けて目覚めた湖の主の最期の言葉を語り始めたのだった。
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