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第十八章

18-22.陸上戦

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 黒雷の翼を生やした仁は重戦車のように迫り来る肉食暴君鰐ミートクロコダイル・タイラントの回避をオニキスに任せ、攻撃に専念する。流石に激しく揺れるオニキスの背で手綱を放すわけにはいかず、仁は魂喰らいの魔剣ソウルイーターをアイテムリングに収納し、代わりに黒雷刀を作り出した。

 ラインヴェルト城の城壁と湖の狭間の陸地ではオニキスのスピードを十全に活かすことはできないが、それは巨大ワニにも同じことが言える。むしろ、肉食暴君鰐ミートクロコダイル・タイラントが巨躯を誇るだけに、小回りの利くオニキスの方が有利であるように思われた。

 懸念があるとすれば巨大なワニの魔物が仁とオニキスを仕留めるのを諦めて湖に戻ってしまうことだ。怒りに満ちた咆哮を度々轟かせている間は大丈夫かもしれないが、それがいつまで続くかわからない。

 仁は漆黒の翼の裏側から黒雷の矢を背後に向けて撃ち出し続ける。

「オニキス、いい感じ!」

 オニキスは仁の指示を忠実に守り、跳んでは駆けてを繰り返して逃げ回りながら、敵との距離をある程度一定に保っていた。

黒雷槍ダークライトニングジャベリン!」

 遠隔魔法で放った漆黒の雷槍が、肉食暴君鰐ミートクロコダイル・タイラントの目を狙う。黒雷の矢と槍は的確に照準を捉えるが、上下の瞼とは別に左右から半透明の膜が閉じて、巨大ワニの眼球を守り続ける。

 仁はおぼろげな知識で、爬虫類などには水中で目を開けたままにするための膜が備わっていることを思い出す。役割が役割だけに陸上で閉じっぱなしにするとは思えないが、逆に言えば目を狙われている現状で敢えて開く必要もないように思えた。

 とはいえ、効率的にダメージを与える方法が見つからない今の仁には、瞬膜と呼ばれる薄膜が瞼の鱗よりも柔いと信じて攻撃を続けるしかなかった。

 しかし、肉食暴君鰐ミートクロコダイル・タイラントも黙って喰らい続けるようなことはしない。巨大なワニの魔物は仁の身長を軽く超える長い顔を左右に振って、目を狙った攻撃魔法を弾き飛ばす。それはそれで攻撃が伝わっていないわけではないだろうが、致命傷に至るとは到底思えなかった。

 貫通力より持続性。そう判断を下した仁は黒雷の矢の射出を止め、代わりに両翼から無数の黒雷の鞭を触手のように伸ばす。仁はその一本一本の動きを制御し、巨大ワニの口先や足、胴体に巻き付けた。

 それにより巨体の動きを止めるには至らなかったが、黒雷の鞭の触れた部分の全てから継続して雷撃が送り込まれ、肉食暴君鰐ミートクロコダイル・タイラントは悲鳴混じりの咆哮を上げた。

 仁は巨大ワニの追走が緩んだ隙を見逃さず、魔物の直下から石槍を撃ち出す。辺り一帯に鈍い衝突音が響くが、硬い鱗を穿つことはできない。巨大なワニの魔物が身の毛もよだつ咆哮を上げながら口先の拘束を解くと、地表を滑るように体をくねらせる動きを激しくし、黒雷の鞭による全身の拘束と石槍を同時に破壊した。

 仁は元の世界のテレビ番組か何かで、ワニの噛む力は非常に強く、反対に口を開く力は弱いと聞いた覚えがあったが、それはあくまで噛む力に比べてに過ぎないことを知った。

「オニキス!」

 仁の指示でオニキスが湖に背を向ける。オニキスはそのまま半壊した門を目指していた。振り向くまでもなく、仁は背後から怒りに燃える気配が猛然と追ってくるのを感じた。

「今!」

 オニキスがギアを一段上げたかのように加速する。

黒炎地獄ダークインフェルノ!」

 瞬間的な速度差で生まれた空間に、仁が得意の魔法を放つ。仁と巨大ワニのちょうど中間。半壊した門の中央に赤黒い球体が現れた。水中では使えなかった広範囲殲滅用の魔法の核に、肉食暴君鰐ミートクロコダイル・タイラントが鼻先から突っ込む。

 その瞬間、黒炎の球体が一気に弾けて円状に広がり、巨大なワニの魔物を呑み込んだ。全速力で距離をとった仁とオニキスの元にも熱風が伝わってくるが、仁は愛馬共々、黒炎の膜で覆うことでやり過ごす。

 門を支えるべき城壁の下部が焼け溶け、残された上部が崩れ落ちた。次々に落下する破片が黒炎の地獄の残り火で形を変え、その上に残骸を積み重ねていく。

「どうだ!?」

 少し離れた場所で、足を止めたオニキスの馬上で仁が振り返る。既に半壊し、魔法による強固な守りが薄れていたとはいえ、かつて守れなかった、守るべき城の一部を自らの手で破壊してしまったことに心を痛めながら、仁は期待と不安のい交ぜになった眼差しで見つめた。

 直後、爆発でも起こったように残骸が弾け飛んだ。仁は砲弾のように迫り来る瓦礫を黒雷刀で防ぐ。そんな仁の視線の先で、地獄の跡地を、焼け焦げた大地を、巨体が這っていた。

「ダメか……!」

 単純な火力不足か、それとも火属性魔法への耐性を有しているのか。どちらにせよ、仁の切り札的魔法も肉食暴君鰐ミートクロコダイル・タイラントには通じなかった。

「どうすれば――」

 思わず弱音を漏らしそうになった仁が、バッと上空を仰ぎ見た。

 遥か遠方より、凄まじい存在感が高速で迫ってきていた。そのプレッシャーは圧倒的で、物理的な圧力を感じてしまいそうになるほどだった。

『あ、ああああああるじ……!』

 オニキスの驚愕と恐怖に満ちた感情が、仁の胸中で同期する。主従が揃って近くの敵から目を離してしまったが、そのことはさして問題にはならなかった。

 仁がハッとして目を向けると、巨大なワニの魔物も動きを止め、仁たち同様に上空を見上げていたのだ。鋭い上下の歯と牙の隙間から漏れ出た低い唸り声は恐怖を孕んでいるようにも聞こえ、仁は驚愕と共に再び空に目を向けた。

 彼方の黒い点が高速で近づくと共に、その色が黒ではなく、赤、いや、あかいことがわかる。

 仁が目を見開く。仁の遥か直上で、この地にいるはずのない存在が、その背の巨大な一対の翼を羽ばたかせた。熱を帯びた風が地面に吹き下ろされ、砂埃が巻き上がる。

 爬虫類を思わせる顔と長い首。翼とは別に2本の手を持ち、巨体からは強靭そうな尾と2本の脚が伸びている。

 圧倒的な存在感を放つそれは、この世界でも元の世界でも、等しくドラゴンと称されるものだった。それも、真紅の鱗を持つドラゴン。

「あれは、まさか……!?」

 遠目ではっきりしたことは言えない。しかし、仁は悠然と見下ろすあかいドラゴンと一瞬だけ目が合ったような気がした。

 そのドラゴンは、隻眼だった。
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