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第十八章

18-8.村長

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 その日、仁たちは体調を崩しているというゲルトらの曾祖母への面会は断念し、今日のところは近くの空き家を借りることになった。必要な物資はアイテムリングに蓄えてあるため、諸々の援助の申し出を断り、泊まれる場所だけ提供してもらうことにした。

 トリシャは曾祖母への報告と看病のために家に残り、仁とロゼッタの案内はゲルトが担当している。

 その道すがら話を聞くと、ゲルトら兄妹の父母と祖父母は早世してしまったそうで、その曾祖母がゲルトの成人まで代理の村長を務めていたようだ。曾祖母は村長の座を退いた後も成人して間もないゲルトの補佐をしていたのだが、最近は高齢故に床に臥せることが多くなってきたと、ゲルトは心配していた。

「え。ゲルトって村長だったの?」

 仁は後年のフランを直接知っているという兄妹の曾祖母の快方を願いつつ、率直な疑問をぶつける。ゲルトが騎馬隊のリーダーを務めているらしいことはトリシャと騎馬隊とのやり取りから知っていたが、まさか村長だとは思っていなかった。

「形だけだけどな。実際はひいばあちゃんが取り仕切ってくれてるわけだし。ずっと頼りっぱなしってわけにはいかないのはわかってるけど」

 ゲルトは、村長としてどうしてもエルフの調査隊が村にとって脅威となる存在かどうかを見極めたかったのだという。

 仁は村長ならそれこそ勝手な行動は控えるべきではないかと思ったが、ゲルトなりに必死な思いが空回りしてしまったのだろうと理解する。

 先ほどゲルトは衛兵から雑に扱われていたが、それも親しみを持っているからこそだということは、その後のゲルトの無事を喜ぶ村人たちの姿から明らかだった。振り回されて心配する側は大変だろうが、ゲルトなら皆に慕われる村長になるのではないかと仁は思った。

 仁は話が途切れたところで改めて周囲を見回し、ここがフランの暮らした村かと思いを巡らせる。夕暮れ時で目に映る人々はそれほど多くはないが、落ち着いた雰囲気の中にも活気が感じられた。山間に追いやられ、不自由していないわけではないだろうが、前向きに生きている人々の姿に、仁は救われる思いだった。

 仁の脳裏に浮かぶフランは小さな聖女と呼ばれていた頃のままで、大きくなった姿は想像できないが、苦労ばかりではなく幸せを感じる人生であってほしいと願った。

「兄貴、着いたぜ」

 空き家に着くと、ゲルトは明日のラインヴェルト城への案内を買って出た。仁としては村長であるゲルトの手をわずらわせるのが忍びなかったが、ゲルトは優秀な妹がいるから大丈夫だと笑っていた。

 ゲルトはどうもトリシャが成人したら村長を任せようと企んでいるらしく、看病にかこつけて曾祖母の近くに置き、いろいろ学ばせようとしているようだ。もっとも、今は曾祖母の体調が思いのほか良くなく、それどころではないのだが、客人の相手をするのも村長の務めだと言うゲルトの申し出を受けることにした。

 加えて、エルフの調査隊への使者も用意してくれるようで、仁は感謝の言葉を伝え、家に戻るゲルトを見送った。



 翌日の早朝。仁とロゼッタはゲルトに連れられ、村の奥の牧場に向かった。昨夜、牧場に併設された厩舎のお世話になることになったオニキスとガーネット、そしてゲルトの愛馬であるファイエルを迎えに行くためだ。

 牧場は切り立った崖に囲まれた広々とした場所にあり、そこでは多くの馬たちが朝早くから思い思いに寛いでいた。

『あ。あるじ! おはようございます!』

 仁たちが柵の中に入り、早起きの馬たちに感心しながら近付いていくと、すぐに仁に気付いたオニキスが駆け寄ってくる。ガーネットもそれに続き、仁とロゼッタに向かってこうべを垂れた。

 元気なオニキスと、物静かなガーネット。仁とロゼッタはそれぞれの愛馬を撫で、今日もよろしくとお願いする。

「おーい。ファイエルー!」

 仁とロゼッタがそれぞれの愛馬とコミュニケーションをとっている一方で、ゲルトがファイエルに向かって大きく手を振っていた。

「ファイエルー! おーい!」

 ゲルトが何度も呼びかけるが、ファイエルはゲルトを一瞥いちべつすると、すぐに視線を外し、まったく近寄ってくる気配を見せない。

「なんだよ。兄貴たちの愛馬は呼ばなくても来るのに……」

 ゲルトが不貞腐ふてくされたような顔で呟き、溜息を吐いてからファイエルの方へ歩き始めた。

「許してもらったんじゃなかったの?」
『あの、あるじ。ファイエルくん、ゲルトさんの乗り方は雑だから、やっぱりトリシャの方がいいって言ってました』
「そ、そうなんだ……」

 首を傾げた仁の独り言にオニキスが念話で答え、仁は各所で雑な扱いを受けている弟分に同情の念を抱きつつ、自分はオニキスに見捨てられないように気を付けようと自身に言い聞かせた。

 仁たちがオニキスらに鞍を付けたりしながら待っていると、ようやくご機嫌を取ることに成功したのか、ゲルトがファイエルを連れて戻って来た。仁の目にはファイエルはやや不機嫌そうに映ったが、ゲルトは満足げな表情をしていた。

「じゃあ兄貴、行こうぜ」

 手早く鞍などを取り付けたゲルトがファイエルに跨り、仁とロゼッタもそれにならう。

「ところで、どうやって機嫌を直してもらったの?」
「うん? 後で好物のお菓子をあげるって約束したら、イチコロだったぜ」

 ゲルトが自信ありげに歯を見せた。仁がファイエルに目を向けると、ファイエルはやれやれとでも言わんばかりに鼻息を噴き出した。

「えっと。オニキス?」
『はい。ファイエルくんはお菓子につられたわけではなく、あるじやボクたちを待たせるのが申し訳なかったみたいです』

 仁はオニキスにその念話がゲルトに伝わっていないのを確認し、溜息を吐く。

「ファイエル、ありがとう」
「兄貴、なに言ってんだ?」

 仁が気を使ってくれたファイエルに感謝の言葉を伝えると、ゲルトが怪訝な顔を浮かべた。

「とりあえず、ゲルトはもっとファイエルに感謝すべきだと思う」

 ファイエルが溜息代わりに鼻を鳴らし、その背中でゲルトが首を傾げる中、一行は村を出て、ラインヴェルト城に向けて出発する。

 昨夜の間に仁とロゼッタとその愛馬はゲルトとトリシャの客として村中に周知されていたため、八脚軍馬スレイプニル双角馬バイコーン、そして白虎族であるロゼッタを見ても、村人たちが殊更慌てることはなかった。

 村を出るまで、子供たちにキラキラした目を向けられたロゼッタがむず痒そうにしているのが印象的で、仁は微笑ましく思ったのだった。

「ジン殿。自分を見て笑っていられるのも今の内ですよ。リーゼ様と混同されている自分と違い、ジン殿は言い伝えの勇者様その人なのですから」

 ロゼッタが珍しく拗ねたように言い、仁はこれまた微笑ましく思いながら自分の身に置き換えて想像し、苦笑いを浮かべる。勇者や魔王として多くの人に注目されるのは未だ慣れないが、亡国の勇者として仁は受け入れなければならないと考える。

 仁が望んでしたことではないとはいえ、仁は結果的にはこの村に暮らす人々の先祖を見捨てて元の世界に戻ったのだから、その注目が好意的なものだけだとは思えなかった。

 仁はせめて村人たちを悩ませる湖のぬしとその眷属の問題を解決し、フランの仲間だと認めてもらおうと心に決める。

 この村の人たちがエルフの里の人々と手を取り合ってラインヴェルト城で暮らす様子を夢想しながら、仁は決意を新たにしたのだった。
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