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第十七章

17-36.サンドイッチ

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 仁は求められるままアイテムリングから革製のシートと毛布を取り出し、床に敷き詰める。シートの上に毛布1枚だけでは床の硬さが消えないだろうと数枚を重ねて敷くと、リリーが感謝の言葉を投げかけながら寝転がった。リリーは、うつ伏せで両肘を突き、仁を見上げる。

「ほら。ジンさんもレナさんも、早く寝そべってくださいっ」

 所在なげにたたずむ仁と、ソワソワした様子の玲奈を、リリーが急かす。

「えっと。リリーは床でいいの? 俺のベッドでよければ玲奈ちゃんと一緒に使ってくれても構わないけど……」
「それはとっても魅力的な提案ですけど、今夜はみんなでこっちですっ」

 リリーは片腕で上半身を支え、自身の横のスペースをポンポンと叩いた。数枚重ねの毛布がリリーの手の動きに合わせて僅かに沈み込むが、すぐ元に戻る。

「さあ、レナさん。打ち合わせ通りのポジションについてくださいっ」
「う、うん」
「打ち合わせ?」

 玲奈が、おずおずとリリーの横に歩み寄り、同じような体勢をとる。仁の疑問に答える者はいなかった。

「ジンさん、どうぞっ」

 リリーが笑顔で下から見上げる。仁はパジャマパーティーをすると言うリリーが具体的に何をしようとしているのかわからず戸惑うが、自分だけベッドというのが許されない雰囲気であることだけは理解できた。

 仁は恥ずかしそうに上目遣いを送ってくる玲奈にドギマギしながら、玲奈と壁の間に足を向けた。

「ジンさん。そっちじゃないですっ」
「え?」

 仁が首を回してリリーを見ると、リリーは再び自身のすぐ横を二度叩いた。リリーの隣には既に玲奈がいるが、二人の間には人が何とか一人寝そべられるくらいの隙間があると言えなくもない。

「えっと。俺はあっちがいいなーって……」

 仁は半ば無駄な抵抗だろうと理解しながら、玲奈と壁の間を指差す。

「ジンさんっ。わたしの隣が嫌なんですか?」
「そ、そういうわけじゃないんだけど……」

 もちろん仁にそんなつもりはなかったが、そう言われてしまっては強く主張することができない。仁は玲奈の表情から嫌悪の感情が見られないのを確認してから、清水の舞台から飛び降りるような気持ちで二人の間に体を滑り込ませる。

「こ、これで本当にいいの……?」

 仁は顔をどこに向けるべきか判断できず、正面を見据えて尋ねた。二人の隙間は仁が思っていた以上に狭く、仁の体の両側面がリリーと玲奈に密着していた。ネグリジェ姿の露出した両者の肩が、仁の肩に触れている。

 幸か不幸か、仁は鎧の下に着るような厚手の布の服を着ているため、素肌同士が接触するような事態にはならず、そのことだけが仁には救いのように感じられた。

「はいっ。オッケーです」

 リリーが元気よく答え、その一方で玲奈が小さく頷く。玲奈の紅潮した顔がすぐ真横にあるという事実に、仁の心臓が大きな音を立てた。

「わたしがいることを忘れてませんか~?」

 リリーはおどけた調子で言いながら、仁を肩でぐいぐいと押した。不意を突かれた仁は玲奈の側に体重をかけてしまう。すぐに踏みとどまって体勢を維持したが、リリーはもちろん、玲奈との密着度が増し、仁は全身から汗が噴き出すような感覚を覚えた。

 仁がリリーを咎めようと顔を向けると、ふとした瞬間に触れてしまいそうなくらい近くにリリーの顔があり、即座に顔を真正面に戻して固定する。

「そ、それで、これからどうすれば……?」

 二人の体温をその身で感じながら、仁は震える声で尋ねた。

「ジンさんは何がしたいですか?」
「え。何と言われても……」

 質問に質問で返され、仁は戸惑いながら思わずリリーの方を向いた。当り前のことだがすぐ横にはリリーの顔があり、仁は逃れるように視線を下に落とす。すると、そこには見てはいけないものがあった。立っている状態よりも大胆に露出した胸元が、誇らしげに仁を出迎えたのだ。

「あ、ジンさん。エッチなのは、なしですよ。わたしとしてはウェルカムなんですが、レナさんが怒っちゃうので、二人だけの時にしてくださいっ」
「し、しないからねっ?」

 仁はすぐ視線を前に戻したが、リリーにはバレバレだったのではないかと冷や汗が噴き出す。ふと反対側から視線を感じて仁が恐る恐る様子を窺うと、笑顔の中で少しだけ冷めた目をした玲奈と目が合った。間近で見つめ合う形になった仁は即座に目を逸らすが、またしても逸らした場所が悪かった。

「仁くん。どこを見ていたのかな?」

 愚かにも同じ失敗を犯した仁の耳に、とんでもなく可愛い囁き声が届いた。仁はビクンと背筋を伸ばして正面を向く。直後、耳から幸福に包まれた体とは裏腹に、仁の心は玲奈に嫌われてしまったのではないかと後悔が湧き上がるが、玲奈が体を離す気配は感じられなかった。

 それどころか、若干玲奈の側から感じる圧力が増した気がして、仁は安堵していいのかわからないまま、全身が熱を持つのをただ感じていた。

「レナさんもないわけじゃないですから、大丈夫ですっ。ジンさんは大きい方が好きみたいですけど、大きさだけで人の価値を決める人じゃないですよ」
「リ、リリー!?」
「ねっ、ジンさん。小さくてもレナさんのこと、好きですよね?」

 仁は二人に挟まれて肩身を狭くしていたが、リリーの問いに身を硬直させる。普段であれば当然だと即答していたはずだが、二人が部屋に来る直前まで玲奈に対する“好き”の気持ちの有り様に悩んでいた仁は、一瞬、恋愛的な意味で好きかと問われたのではないかという考えが頭にチラつき、声を詰まらせた。

 一拍の後、ハッとした仁は、すぐに取り繕うように頷いたが、時すでに遅し。両者から疑念に満ちた視線を向けられるのは避けられなかった。

「仁くん……?」
「ち、違うんだ、玲奈ちゃん。俺は玲奈ちゃんのことが大好きだよ!」

 仁は慌てて言い募るが、そのあまりに必死な形相に、玲奈は悲しそうに目を伏せた。

「あ、あー。レナさん、ごめんなさい。ジンさんがレナさんばっかり見てて、ちっとも振り向いてくれないから、ちょっと意地悪なこと言っちゃいました」
「う、ううん」
「ジンさんも意地悪な質問してごめんなさい。あんな聞き方じゃ、答えにくかったですよね」
「あ、いや……」

 玲奈もリリーが冗談で言っていたのはわかっているだろうし、リリーが悪いわけではないのだが、仁はそれ以上言葉が出てこない。

「とりあえず、この話はこれでお仕舞にしましょう」

 リリーは「自分でいうのも変な話ですけど」と僅かに暗くなったその場の雰囲気を吹き飛ばすかのように殊更明るく続けた。

「せっかくのパジャマパーティーなんですから、楽しくお話ししましょう。まずはそうですね……。ジンさん、レナさん。お二人の暮らしてきた世界がどんな世界なのか、わたしに教えてくださいっ」
「俺たちの世界のことを?」
「はいっ!」

 仁は悪役を買って出た形になったリリーに申し訳なさと感謝の念を抱きつつ、自分のせいでおかしくなった空気を変えようと気持ちを切り替える。

 形がどうあれ、玲奈を好きな気持ちに嘘偽りはないのだから、元の世界のことを話す中に、玲奈がどれだけ活躍し、仁がどれほど玲奈を好きだったかという話を盛り込めば、きっとその想いは玲奈に届くはず。

 仁はそう信じ、どこから話そうかと頭を悩ませる。

 玲奈の側から感じる圧力が少しだけ弱くなったのを寂しく思いながら、それでも離れることはしなかった玲奈の気持ちを嬉しく思いながら。
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