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第十七章

17-31.フラン

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「話は分かった。こちらに敵対する意思はない」

 アシュレイがそう告げると、対面に座るゲルトは大きく安堵の息を吐いた。

 仁が仲介する形でアシュレイとゲルトの間の話し合いは滞りなく行われ、お互いに敵対するつもりがないことを確認し合うと、アシュレイは調査隊が無暗に敵対しないよう、すぐにでも伝令を出すことを約束した。

 ちなみに、板張りの広間には仁とアシュレイ、ゲルトの3人しかいない。玲奈とミルは仁と共にゲルトを長老の館へと案内した後、リリーに引っ張られるように去っていった。

 玲奈は仁に縋るような目をしていたが、仁は悲劇的な人生を歩んだ可能性のあるフランの話を玲奈やミルに聞かせずに済むと考え、そのまま見送ったのだった。

「そちら側も、すぐにでも同胞にその旨を伝えてもらいたい」
「え。す、すぐにですか?」
「貴殿も疲れているだろうから今すぐにとは言わん。だが、できる限り早急に頼みたい。こちらから手を出すつもりはないが、そちらから敵対的な接触があった場合、抵抗せざるを得ない。不幸な事故が起こる前に、我々に敵意がないことを伝えてもらいたい」
「わ、わかりました……」

 ゲルトが歯切れ悪く応じ、仁は首を傾げる。武装集団に所属する者はこの場にはゲルトしかいないのだから、疲労があろうが、ゲルトが戻って伝えてもらうしかない。里の者を代わりに使者としても、それが本当にゲルトからの使者なのか証明するすべがないのだ。

 仮にゲルトだと示す何かがあったとしても、本人に勝る証拠はない。双方の衝突を避けたいと願っているはずのゲルトが渋る理由が仁にはわからなかった。

「それで、ジン。他にも話があるということだが」

 アシュレイがゲルトから仁に視線を移す。仁はゲルトの不可解な様子を一旦棚上げにし、真剣な表情でアシュレイを見つめ返した。

「アシュレイ。ゲルトは……ゲルト・リガーは、フランの子孫だそうだ」
「なにっ!?」

 アシュレイが身を乗り出す。アシュレイは端正な顔に驚愕の表情を浮かべ、ゲルトを見つめた。

「彼の5代前の先祖がフランの養子に当たるそうだよ」

 仁はフランが生涯独身だった代わりに養子をとったのだというゲルトに聞いた話を、そのままアシュレイに伝える。

「一般には広まっていない俺の姓を知っていたし、少なくともフランか、俺たちの仲間の誰かの関係者であることは間違いないと思う」

 仁がそう締めくくると、アシュレイは「そうか」と呟き、嬉しさと辛さのい交ぜになったような表情を浮かべた。

「フランがあの戦いを生き延びたと知っていれば……。いや、姫を失って抜け殻のようになっていたあの頃の私では、それを知ったところで何ができたわけでもないか……」
「アシュレイ。フランがあの後どんな人生を送ったのか、俺と一緒に聞いてくれないか?」

 僅かに顔を伏せていたアシュレイが顔を上げ、静かに頷く。仁とアシュレイの真摯な瞳が、畏まった様子のゲルトの姿を映した。

 ゲルトは曾祖母から聞いた話だと前置きし、ラインヴェルト王国が滅亡した後のフランの生について語り始めた。



 フランはラインヴェルト王国の敗戦が濃厚となり、クリスティーナが降伏を決めたとき、クリスティーナの“命を繋いでほしい”という願いを叶えるべく、白虎族のリーゼが決死の想いで切り開いた血路を通って落ち延びた。

 仁を魔王、クリスティーナを魔女と断じていたグレンシール王国を中心とする連合国が、例え降伏したとしても魔王軍の幹部と目すフランを生かしておくはずがない。

 そう確信していたクリスティーナはラインヴェルト城が完全に包囲される前にフランとリーゼに脱出するよう指示していたようだが、二人は自らの意志で王国最後の時まで戦い抜く道を選んだのだった。

 戦う以外にも多くの人々を救うことのできるフランを生かすために我が身を顧みず戦ったリーゼの生存は絶望的だったが、事実としてフランは生き延びた。

 その後は追っ手の目を掻い潜り、各地を転々としながら隠遁生活を続けていたが、数年の後、ラインヴェルト城からグレンシール王国が撤退したという噂を聞いたフランは城の近くを訪れることにした。

 そこでフランは自分と同じように連合国の手から逃げていた元ラインヴェルト王国の騎士や兵士とその家族たち、そして、村を焼かれて故郷を離れた国民たちが集い、隠れ住んでいる村の存在を知った。

 村人たちに乞われ、その隠れ里に身を寄せることにしたフランは、名を変え、リガー姓を名乗り、細々と回復魔法で村人たちを助けながら、戦争孤児たちを養子として育てていくことになる。

 そしてフランは、仁を真似た魔力操作の訓練を希望した子供たちに施し、後進の育成に励んだという。

 残念ながら回復魔法の適性を持つ子は多くはなかったが、大切なものを守りたいというフランの遺志と、命を繋ぐというクリスティーナの願いは今も子孫たちに受け継がれているのだった。



「そして、俺たち一族が命を繋いできた理由。それは――」

 ゲルトが体ごと仁に向き直る。仁は意志の籠ったゲルトの視線に射抜かれ、ゴクリと喉を鳴らした。

「兄貴の、ジン・ハヅキの力になるためだ」
「俺の……?」

 仁は予想だにしていなかった理由に、目を見開く。

「ああ。ご先祖様は、兄貴がいつの日か、再びこの地に召喚されると確信していた。そして、そのとき、兄貴の力になること。それが俺たち一族に課せられた義務で、ご先祖様から受け継がれてきた、俺たち一族の願いだ」
「フラン……クリス……」

 仁の脳裏に二人の顔が鮮明によみがえる。フランに命を繋ぐよう願い、想いを託したのはクリスティーナだ。だとすれば、仁が再びこの世界に召喚されることを予期していたのは厳密にはクリスティーナということになる。

 クリスティーナはアシュレイにも同じことを示唆していたと、仁は以前アシュレイから聞いていた。

 仁は事ここに至り、あの召喚魔法陣が勇者を召喚するものではなく、仁個人を召喚するものだという説が非常に濃厚になったと悟る。

 理由は皆目見当もつかないが、仁は自身が二度この世界に召喚されたことは偶然ではないと強く感じた。

 クリスティーナは何を知り、仁に何をさせたいのか。長命なアシュレイだけならいざ知らず、フランにまで仁の力になるように子孫を残させる。それだけの理由が仁にはあると、脳裏に浮かんだクリスティーナの顔とその瞳から流れる一筋の涙が雄弁に語っていた。

「まさか俺の代でとは今でも信じられないが、俺は兄貴と出会えたことを嬉しく思う。だから兄貴。俺と一緒に、俺たちの村に来てくれないか? 頼む」

 ゲルトが頭を下げる。考えのまとまらない仁はどう答えるべきか分からず、ゲルトの頭頂を見つめ続けたのだった。
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