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第十七章

17-6.隠し部屋

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 ロゼッタが迷宮王牛ミノタウロスを単騎で撃破した後、当初の予定通り、仁たちは一旦引き返して10階層の隠し部屋の前に来ていた。

 仁と玲奈が目配せし、二人同時に壁に隠された仕掛けを押し込むと、壁の一角が音を立てて開いた。ぽっかりと壁に開いた入口から覗く部屋の中には1個の宝箱が安置されている。

 仕掛けから手を放しても一定時間は入口が開いたままなのは前回で確認済みだ。

「仁くんの言った通り、罠が復活してるね」
「うん。何が出てくるかはわからないけど」

 隠し部屋の中を覗き込んでいた玲奈が振り返り、ロゼッタとミル、イムと顔を見合わせた。事前の打ち合わせは既に地上で済ませているため、頷き合うだけで最後の確認を終える。ロゼッタも余力が十分あるようで、これから隠し部屋のぬしに挑むのに支障はなかった。

 玲奈たちが緊張した様子で入口をくぐり、仁は後ろから付いていく。

 仁が壁際に立って見守る中、三人と一体が木箱の周りに集まった。三人は再び頷き合うと、ミルを残して部屋主が出てくる方へ数歩、歩み寄り、それぞれに武器を構えた。イムは二人とミルの間に浮かんでいる。

「じゃあ、開けるの」

 ミルが宣言し、木箱の蓋を勢いよく持ち上げた。当然中には何も入っていない。間髪入れずにミルがバッと振り向くと、部屋の奥の地面がせり上がり、部屋主が姿を現す。

 最初に赤い鶏冠とさかが覗き、その後、10メートルを超す青みがかった灰色の蛇の胴体が現れ、最後に8本の蜥蜴の足が岩肌剥き出しの地面を力強く踏みしめた。

毒蛇王バジリスク!」

 玲奈が叫び、事前の打ち合わせを一瞬で頭に描く。

「ミルちゃんはあまり前に出過ぎないで!」
「はいなの!」

 玲奈はミルに指示を出しながら、前へ出る。毒蛇王バジリスクと視線を合わせないように気を付けながら正面に躍り出て、氷砲アイスシェルを撃って注意を引く。その間にロゼッタが側面へと回り込む。

「ガァアアア!」

 毒蛇王バジリスクの咆哮が轟き、ぱっくりと大きく開かれた蛇の口から火炎放射が放たれた。正面から呑み込まんと迫る火炎を、玲奈が火竜鱗の小盾タージェで受け止める。極太の火炎放射はそれでも玲奈を焼き尽くさんと盾の曲面に沿って周囲に拡散していくが、小盾を通じて玲奈の魔力の盾が傘のように広がり、炎を受け流す。

「イムちゃん!」

 玲奈が声を張り上げた直後、玲奈の背中からイムが飛び出す。火炎の残滓を物ともせずに玲奈の頭上に舞い上がったイムは、小ぶりな頭を後方に引き、長い首をしならせた。

「グルゥァア!」

 イムの頭が勢いよく前方に振られ、お返しとばかりに火炎の吐息ブレスを放つ。放射状に広がったイムの火炎が、毒蛇王バジリスクの顔を覆い隠す。毒蛇王バジリスクは炎から逃れんと顔を上げ、忌々しそうな視線を小さな炎竜フレイムドラゴンに向けた。

「グルッ!」

 毒蛇王バジリスクの視線は、ばっちりとイムを捉え、イムの目も怪しく輝く蛇の瞳に向いていたが、イムが石化することはない。ドラゴンの本能なのか、石化の魔眼が効かないことを初めから知っていたかの如く、イムが勝ち誇ったように一鳴きした。

 激昂した毒蛇王バジリスクが大口を開けてイムに迫る。覗いた鋭い牙からは毒々しい緑の液体が滴り落ちていた。

 イムは上方に逃れ、後を追うように伸びた蛇首を、真下から玲奈が火竜鱗の剣で突き上げる。玲奈の魔力を纏った剣が浅く突き刺さった。緑の液体が染み出すが、玲奈の魔力で強化された火竜の素材製の剣を侵食することはなかった。

 怯んだ毒蛇王バジリスクに、イムが体当たりを敢行する。上空から勢いをつけてぶつかった衝撃で、毒蛇王バジリスクの蛇の頭が大きく斜め下に振られ、地面に顔を打ち付けた。

「ロゼ!」

 苦悶の表情を浮かべる毒蛇王バジリスクの眼前に、これまで隙を窺っていたロゼッタが躍り出る。ロゼッタは玲奈の声に、槍を2度突き出すことで答えた。

 電光石火の如く放たれた2回の突きは、寸分の狂いなく毒蛇王バジリスクの両眼を穿うがっていた。毒蛇王バジリスクがのた打ち回る。

 正確な突きの代償としてロゼッタの足が膝の辺りまで石化するが、玲奈が庇うように間に入り込み、暴れ狂う蛇の頭を受け止め、受け流す。その間に、毒蛇王バジリスクの死角に待機していたミルが颯爽とロゼッタに駆け寄り、左手を患部に当てて石化を解いた。

 ロゼッタの感謝の言葉を待たず、ミルは毒蛇王バジリスクに跳びかかり、右手の血喰らいの魔剣ブラッドイーターで青い鱗を切り裂く。両目を潰した今、ミルが後方に控えている意味はなくなっていた。

 ミルが縦横無尽に跳び回りながら切り刻み、ロゼッタが幾度となく突きを繰り出す。イムは仲間を巻き込まないように気を付けながら毒蛇王バジリスクの顔目掛けて火炎の吐息ブレスを吐き掛けて注意を引き、玲奈が一旦距離を取って左手に魔力を集める。

 何度かロゼッタが尾の一撃を受けていたが、直撃は避け、少々の傷はミルが回復魔法で癒した。虎の子の毒蛇王バジリスクの猛毒もミルには効かず、ロゼッタが攻撃の反動で多少の毒に侵されても、ミルが適宜治していった。

 周囲に毒と血と炎が溢れ、激しい戦闘は戦乙女の翼ヴァルキリーウイングに大した被害の出ないまま優位に推移していく。

 しかし、いかに幼生体とはいえ、仁や玲奈の元の世界で神話に語られる化け物の名を冠するだけあり、毒蛇王バジリスクの生命力は高かった。

「イムちゃん!」

 その決め手に欠ける状況に、玲奈の鋭い声が響き渡る。

 イムは玲奈の正面に毒蛇王バジリスクの頭を誘導すると、蛇のあぎとが目一杯開かれたのを確認してから急いで高度を上げた。その直後。

 毒蛇王バジリスクが火炎を放った瞬間、黄金の一矢が駆け抜けた。

 凄まじい魔力の込められた光の矢は易々やすやすと火炎を切り裂き、毒蛇王バジリスクの口内を貫通していった。

 蜥蜴の足から力が失われ、長大な蛇の傷だらけの胴体が地に伏す。玲奈の真正面に降ってきた蛇の頭は、地面を大きく揺らした後、二度と動くことはなかった。

「やったの……?」

 光の弓が消えても残身の姿勢を取ったままの玲奈が、放心したように呟く。

「レナお姉ちゃん、やったの!」
「レナ様、お見事です!」
「グルゥ!」

 二人と一体が玲奈に駆け寄り、強張こわばっていた玲奈の顔が徐々に緩んでいく。

「そうだ、宝箱は――」

 宝箱があれば、確実に倒した証拠と言える。

 そう考えた玲奈が振り向くが、玲奈の視線は宝箱を捉える前に止まった。

「玲奈ちゃん、みんな。お疲れ様。やったね!」

 笑顔で歩み寄る仁の姿が、まごうことなき勝利の証となった。
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