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第十七章

17-4.権限

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 やる気をみなぎらせている玲奈とミル、ロゼッタの様子を眺め、仁は頬をほころばせる。イムだけは若干不満そうにしていたが、喜んでいるミルの手前、水を差すようなことをする気はないようだった。

 仁はここ最近の三人の様子を振り返る。

 メルニールが帝国の手に落ちたという事実が、三人にとってもショックでないはずがない。直接の知人らの大半は無事であることが確認されているが、それでもメルニールで見かけた人や言葉を交わした者たちが全員生き残っている保証はない。

 以前の帝国との戦争の際に、メルニールを生まれ故郷とするミルだけでなく、玲奈とロゼッタも街へ愛着を持っていることはわかっているのだ。

 事実を告げたとき、表面上は特段気にした風には見えなかったが、仁は空元気なような気がしていたのだ。そのため、仁はダンジョンに潜りたいという皆の気持ちを察し、少しでも気が晴れればと考えたのだった。

 しかも、それがエルフの里への貢献と戦力の増強に繋がるのだから、出し惜しみしている場合ではない。

 幸い、移住計画において仁たちがすぐにできることはなく、里の警戒についてもオニキスたち三頭がローテーションを組んで当たってくれている。

「でも、仁くん。その、大丈夫なのかな?」

 仁があれこれ考えていると、いつの間にか玲奈が心配そうな表情をしていた。

「ダンジョンで鍛えられるのは嬉しいし、魔石や素材で里のみんなの役に立てるのも喜ばしいことだけど、その、私は残った方が……」

 玲奈の尻すぼみの言葉に、ミルとロゼッタが喜色に満ちた表情を一転させた。

 玲奈が残れば、里に何かあったときに仁とロゼッタを召喚することができる。その場合、ミルとイムだけダンジョン内に取り残されてしまうが、緊急時に仁だけでもすぐに帰還できることのメリットを、三人はとても良く理解していた。

 そのため、仁は玲奈の言わんとすることは理解できるのだが、少し考えこんだ後、僅かに首を傾げた。

「あれ? 玲奈ちゃん。俺、みんなにダンジョンマスターになったっていう話をしたとき、ダンジョン転移の技能について説明しなかったっけ?」
「あ……あ! そっか。仁くんはダンジョン内だったら自由に転移できるようになったんだっけ」

 あの頃は噂のことがあったせいか、皆の記憶にあまり残っていなかったようだ。実際、その頃にダンジョンに潜ることはなかったし、仁がダンジョンマスターになったことがパーティに何らかの変化をもたらしたわけではなかったため、無理もないかと仁は納得する。

「じゃあ、私が一緒に潜っていても、仁くんだけなら自由に行き来できるんだね」
「うん、そうだね」
「うん。それなら、仁くんには手間を取らせちゃうけど、仁くんに定期的に里の様子を見に行ってもらえば大丈夫かな? もし里に何かあったときにすぐに力になれないのはもどかしいけど、先に仁くんに戻ってもらって、私たちもすぐに地上を目指せば……」

 玲奈は自分に言い聞かせるように頷く。ミルとロゼッタも一度は諦めかけたが、皆でダンジョンへ行ける希望が出てきたことで再度喜びの感情を表情に乗せた。

「ああ、それなら気にしなくて大丈夫だよ。ちょっとズルしちゃうみたいで気にならないわけではないけど、日帰りで潜るつもりだから」
「……日帰り?」

 三人が同じように目を丸くしてパチパチと瞬きを繰り返す様子に、仁は思わず吹き出しそうになる。

「仁くん、どういうこと?」

 以前ダンジョンに潜ったときは一週間以上潜りっぱなしだったし、より下層を目指すのであればそれ相応の期間を要することは冒険者や探索者にとって常識だった。

「実はさ――」

 仁はその常識をぶち壊す。仁は里にダンジョンを設置する際、あることができないか検証したのだ。それは仁がダンジョンマスターになる直前、ラストルの姿をした観察者に助けられたことに起因する。

 殺人蟻キラーアントの氾濫の折、観察者はダンジョンマスターの権限を使用して、倒れた仁をマスタールームに転移させたのだ。正式にダンジョンマスターとなった今の仁が、その権限を使えないわけがない。

 ダンジョン内を自由に転移できる仁がマスタールームに飛び、ダンジョン核を操作して玲奈たちを任意の場所に転移させる。そうすることで、僅かな手間さえ惜しまなければ、玲奈たちもダンジョン転移が使えるのと同じ結果を得られるのだ。

 それに、最悪の場合、仁がダンジョンの機能を停止すればダンジョン内の人々が外に排出されることは、既にメルニールで実証済みだった。

「だから、戻ろうと思えばいつでも戻れるし、日を跨いでも続きからスタートできるよ」

 仁がそうまとめると、玲奈とロゼッタは目を真ん丸にし、ミルは瞳を輝かせた。

 こうして仁の提案は快く受け入れられ、その後はダンジョンに潜る予定の者たちと打ち合わせを行うこととなった。



 既に里のダンジョンにも潜っている戦斧バトルアックスからガロンとノクタ。その日のうちに帰ってきたヴィクターと、孤児のサポーターの代表としてファムたち三人娘。近々挑戦する予定の奴隷騎士からセシルとカティア。そして冒険者志望の孤児の代表としてラウルと、アシュレイの要請を受けた黒装束のエルフの代表者。

 仁はその者らを一堂に集め、エクレアを中心に里のダンジョン使用に関するルールを決めた。

 話し合いは滞りなく行われ、奴隷騎士が武装して潜ることの許可も得た。

 仁はとりあえずダンジョン転移やダンジョン核を使用した転移に関して伏せておくことにしたが、必要に応じて開示していくつもりだった。

 今後の帝国との戦いを考えれば、子供たちはともかく、皆にも少しでも強くなってほしいという願いもあった。上から目線に思われてしまうかもしれないが、今のガロンやヴィクター、セシルにカティア、そしてエルフ族の精兵たちも、魔王妃の眷属と戦えるレベルにないことは明白だった。

 仁は自分も含めた戦乙女の翼ヴァルキリーウイングだけでなく、全体的に戦力の底上げをしたいと思っているが、どの程度干渉するかは本人たちのやる気次第だとも考えていた。手広く面倒を見られるほど、仁に余裕はない。

 仁は刈り取り蜥蜴リープリザードと、雷蜥蜴《サンダーリザード》の威容を思い出し、眉間に皺を寄せる。

 刈り取り蜥蜴リープリザード対策として既に玲奈には光属性を武器に付与できないかどうか検討してもらっているが、仁は自分だけの力で倒せるようになりたかった。何事も一人でやる必要はないが、いつでも協力できるとは限らないのだ。

 メルニールではサラの特殊技能のおかげで何とかなったが、誰の支援もない状況で戦わなければならない場面はきっとある。雷蜥蜴サンダーリザードに関しても、可能な限り早く倒さなければ相当の被害が出ることは火を見るより明らかだった。

 仁はそれぞれにやる気を見せている皆を見回し、自分のために、仲間のために、皆のために、何かできることはないか頭を悩ませた。
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