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第十六章

16-10.放棄

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 仁はルーナリアとサラを八脚軍馬スレイプニルに乗せ、二人を振り落としてしまわないように速度を落として大通りを駆ける。

 この辺りの住人はヴォルグが門のところで刈り取り蜥蜴リープリザードを抑えている間に逃げ出したのか、人影はほとんどなかった。

 ダンジョンに向かうようルーナリアに言われた仁は一瞬戸惑ったが、魔の森でリリーらと別れる際のガロンからの言伝ことづてを思い出し、すぐにその理由に思い至った。

 メルニールを発つ前、ガロンたちはルーナリアからの依頼で、あるものをダンジョンの中に隠してきたという。リリーから借りたマークソン商会秘蔵の魔法鞄マジックバッグに入れられてダンジョン内に持ち込まれたそれは、仁と玲奈にとってこの上なく重要なものだった。

 勇者召喚魔法陣。今となっては本当に“勇者”を召喚するためのものか疑問の残るところではあるが、二度と帝国の手に渡してはならないものだ。

 ルーナリアはメルニールが陥落するという最悪の事態を想定して、事前に策を講じていたのだった。

 ダンジョン内であれば帝国軍が魔法陣を探す時間稼ぎにもなり、つ、ダンジョンの管理者たる仁ならばすぐに回収することができる。それに、万が一、回収前に魔法陣がダンジョンに取り込まれてしまったとしても、仁であれば対処可能なのだから、この上ない隠し場所と言える。

「ジン。瓦礫で道が塞がっています。2本先の右の脇道に入ってください」

 仁はルーナリアの指示通りに進むよう八脚軍馬スレイプニルに伝える。八脚軍馬スレイプニルが角(かど)を曲がると、路地の先に、キョロキョロと辺りを見回す恐るべき鉤爪テリブルクローの姿があった。

「あいつもいるのか……!」

 ここまでの道すがら、馬上でルーナリアから手短に聞いた話では、夜更けにメルニールを襲撃したのは3体の刈り取り蜥蜴リープリザードとのことだったが、いつの間にか恐るべき鉤爪テリブルクローも闇に紛れて侵入していたようだ。

黒雷牢獄ダークライトニングプリズン!」

 仁の魔法名の発声と共に、黒い魔法の檻が恐るべき鉤爪テリブルクローを囲った。恐るべき鉤爪テリブルクローの頭上の一点から四方八方に広がった漆黒のいかずちが重力に引かれるように地に突き刺さった様は、まるで鳥籠のようにも見えた。

 恐るべき鉤爪テリブルクローは突然の事態に驚きの鳴き声を上げたが、近付く馬の魔物を見つけ、憎々し気に唸る。その直後、檻を構成する黒雷が内側に向けて一斉に放電を始め、唸り声を断末魔の叫びへと変えた。

「何かを探していた……?」

 それが魔法陣かどうかはわからない。しかし、仁には帝国と魔王妃がダンジョンの独占以外に何らかの目的を持ってメルニールを狙ったように思えてならなかった。

 仁が眉間に皺を寄せている間も八脚軍馬スレイプニルは休むことなく足を動かす。ルーナリアの指示に従って瓦礫の散乱する路地を抜けると、ダンジョンの入口にほど近い広場に出た。

「あれは……!」

 仁の視界に、激しい戦闘の光景が広がっていた。鋭利な何かで半ばから切断された初代ギルド長の像の傍らで、バランが大声を上げていた。

「初代様の像は倒れても、我々が倒れる時は今ではない! 一陣、放てえ!」

 バランの掛け声に応え、何人もの冒険者たちが光魔法を放った。いくつもの光球が巨躯の魔物の腹にぶち当たる。

「二陣、放てえ!」

 一発一発は大した威力ではないかもしれないが、何発も同時に、そして更に、一陣のすぐ後に二陣が、その後には三陣がと、詠唱のタイミングをずらして間断なく撃ち出される光魔法に、流石の刈り取り蜥蜴リープリザードも煩わしそうに唸っている。

 刈り取り蜥蜴リープリザードのぎっしりと生え揃った上下の歯の間から放たれる渦巻く突風が魔法使いたちを襲うが、大盾で武装した冒険者たちが体勢を崩しながらも防ぎきる。それぞれの盾の表面で、赤い竜鱗が輝いていた。

「突撃ぃい!」

 3つのグループに分けられた光魔法の使い手たちが魔力回復薬マジックポーションあおるように飲んでいる間は、近接戦闘を主戦場とする冒険者たちの出番だ。

 バランの号令で十数名を超える冒険者たちが各々の武器を手に殺到していく。その中にはヴィクターやクランフスの姿もあった。冒険者たちの多くは火竜ファイヤードラゴンの素材で作られた武器を持ち、そのどれもが淡い白い光を放っていた。

 嵐の如く振るわれる鎌のような鉤爪の前に、冒険者たちは多くの被害を出しながらも、怯まず挑み続ける。にわかには信じがたいことだが、光りを放つ武具は僅かながら刈り取り蜥蜴リープリザードにダメージを与えているようだった。

「バランさん!」

 一旦指示を出し終えたバランが不意に体勢を崩し、大きくよろめいた。仁が馬で乗りつけると、何とか踏みとどまったバランは僅かに目を剥いた後、獰猛な笑みを浮かべた。バランはすぐに近くにいた老獪さを感じさせる冒険者風の老人に指揮を任せ、仁に向き直った。

「ジンか。良いところに来た。これで唯一の心残りも無事解消できそうだ」

 仁は街の外でバランが危ないと聞いていたが、命にかかわるような傷を負ったわけではないと察し、内心で安堵の息を吐く。しかし、安心してばかりもいられない。今も刈り取り蜥蜴リープリザードに立ち向かっている冒険者の中にも被害は増え続けているのだ。当然ながら、そうした者たちの中には死者も出ている。

 ヴォルグにルーナリアを託され、また、ルーナリアの頼みでもあり、自身と玲奈のためでもある魔法陣の回収をしなければならない仁は、加勢したい気持ちと板挟みになる。体がいくつあっても足らなかった。

 悩む仁に、バランが矢継ぎ早に現状を伝えてきた。



 後に聞いた話もあわせてまとめると、南門を鋭利な鉤爪で切り裂いて侵入した3体の刈り取り蜥蜴リープリザードはそれぞれ3手に分かれて街中で暴れ回り、対処に追われたバランと現場に居合わせた探索者ギルドの長は、遂に街の放棄を決めた。少しでも多くの住人を逃がすための苦渋の決断だった。

 その決断は商人ギルドの長や工房の代表者たちにも迅速に伝えられ、街中に知らされた。

 帝国と交渉しようにも降伏しようにも、メルニールに現れたのは魔物だけで、帝国軍の影も形もなかった。バランの見立てでは魔物が暴れるだけ暴れた後に乗り込んできて占領する手はずだろうとのことだが、それまでに出る被害を思えば、誰にもその決断を非難することはできない。

 今は刈り取り蜥蜴リープリザード1体を相手に善戦しているように見えるが、それも多くの犠牲を経て態勢が整ったからであり、あくまで住人が避難するまでの時間稼ぎをしているに過ぎない。

 ルーナリアも人質となることもいとわず、帝国軍との交渉に協力するつもりだったが、襲撃してきたのが意思の疎通のできない魔物のみではどうしようもなかった。

 ちなみに、ルーナリアが屋敷に立てこもるでもなく街から逃げ出すでもなく南門付近にいたのは、護衛としてかたくなにルーナリアから離れなかったヴォルグを刈り取り蜥蜴リープリザードに対する戦力とするためだったという。

 街に侵入した刈り取り蜥蜴リープリザード3体を、冒険者、探索者、ヴォルグがそれぞれ担当すること、商人や工房から提供された火竜ファイヤードラゴンの素材を用いた武具、そして仁も知らなかったサラの特殊技能によって、ようやく一時の仮初かりそめの均衡を作り出したのだ。



「ジン。メルニールは敗れるが、初代様のこころざしをこのようなところで終わらせるわけにはいかぬ。メルニールの核たるダンジョンを、帝国の手に渡すわけにはいかぬのだ」

 バランが意志の籠った目で仁を見つめる。

「ジンよ。初代ギルド長、メルニールの父ラストルの友よ。どうか、ダンジョンを頼む」

 真摯な言葉が、仁の胸に響いた。
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