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第十五章

15-23.密着

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 ガウェインが去った後、部下の指示で、仁と奴隷騎士隊は武装を解除され、そのまま拘束されることとなった。

 両手を頭の後ろで組んだ姿勢で固定され、コーデリアの命を保証する代わりに一切の抵抗を禁じられた。仁だけはその状態でも黒炎黒雷や遠隔魔法によって反撃することは可能だったが、人質を取られている以上、安易に実行することはできなかった。

「さて、どうしたものか」

 仁は獄中で一人呟いた。

 今、仁がいるのは城内の地下室に置かれた檻の中。以前、仁がコーデリアやセシルと共に第二皇子に捕まったのと同じ場所だ。同じ地下室内の少し離れたところには別の魔封じの檻があり、そちらにも何人かの奴隷騎士が囚われている。

 第二皇子に捕まった際とは異なり、地下室は照明の魔道具で煌々と照らされていた。仁は牢屋や監獄というものに対して、何となく薄暗いものだという印象を持っていたが、虜囚を監視するには明るい方がいいのかもしれないという考えを抱く。

 なぜなら、これほど明るいと、鎖を解くとすぐにバレてしまうのだ。仁は見張りをしている帝国兵にほどいていいかと確認したが、ダメだと言われてしまった。

 捕まった当初、仁はすぐにでも処刑されるのではないかと戦々恐々としていたのだが、どうやらガウェインはすぐに仁の命を奪うつもりはないようだった。

 仁は自身の命とコーデリアやセシルたちの命を天秤にかけずに済んだことに心の底から安堵し、魔封じの檻の中でこれからのことを考えていた。

 そんな仁の頭に真っ先に浮かんだのは赤髪の少女の笑顔だった。

 メルニールが帝国に占領されたというガウェインの言の真偽を確かめるすべはないが、どうか無事でいてほしいと切に願う。メルニールに向かっている玲奈たちも心配だが、エルフの子供たちを連れての道程だということを考慮すれば、まだメルニールに到着しているとは考えにくく、また、何か異変があれば仁を召喚するはずだ。

 仁は一瞬、玲奈に召喚されれば無事脱出できるのではと考えたが、仁が脱走したと知ったガウェインがどういう行動に出るかわからず、それを待つのも得策ではないように思えた。

 論理的に考えれば、逃げた仁と再び敵対した際のために人質として生かしておく可能性が高いが、コーデリアとセシル、仁と関わりの深い2人のどちらかがいれば十分だと考える恐れがある。それこそ、あのガウェインのことだ。仁が逃げようが逃げなかろうが、見せしめとして一人を殺すくらいはしてもおかしくはない。

 そう思うと、あまり悠長に構えてもいられない。実際、仁の目に映る範囲に何人かの奴隷騎士を収監しているのも、仁に対して何らかの要求をする際に目に見える人質にするためのように思えた。

 しかし、いろいろと考えを巡らせても、どうにも八方塞がりとしか思えなかった。

 人質を取られてしまった以上、その人質を見捨てて逃げるか、見捨てずガウェインの言いなりになるか、二つに一つしかない。

 玲奈を元の世界に返すという仁の最大の目的を果たすためには人質を見捨てて脱走する方を選ぶべきだが、だからと言って、コーデリアやセシルたちを簡単に切り捨てられるほど、仁は冷徹ではない。

 人質を助けて一緒に逃げるという選択肢もないではないが、どこに囚われているかわからないコーデリアと奴隷騎士隊の全員を救出するのはあまり現実的とは言えなかった。それに、仮に無事全員で逃げられたとして、メルニールが本当に帝国の手に落ちたのであれば、行く当てがないのだ。

 あるとすればエルフの里くらいだが、いくら帝国との戦争を覚悟しているとはいえ、帝国にエルフの里に攻め入る口実を与えるわけにもいかない。

 仁が眉間に皺を寄せていると、なぜか同じ檻に囚われているファレスが口を開いた。

「意外と冷静なんですね」
「うん? そう見える? けっこう一杯一杯なんだけどな」

 仁は苦笑いを返す。仁の胸中では様々な感情が渦巻いているが、感情に身を委ねている場合ではないという思いが、今後取るべき道を思案するだけの冷静さを与えていた。

「そういうファレスさんこそ、随分と余裕に見えるけど」
「そうですか? それこそ気のせいですね」

 仁の目には真顔に見えたファレスだったが、それがどうやら怒りを通り越した上での無表情なのだと仁は悟る。

「そ、そっか。こんなこと言っても仕方がないのはわかっているけど、なんていうか、その、ごめん」
「なぜあなたが謝るのですか? あなたもあの男に利用された被害者でしょう」
「いや、俺がいなければこんなことにはならなかったかもしれないし」

 自身の存在がコーデリアの反逆の証拠だとガウェインに言われた仁は少なからず責任を感じていたのだが、ファレスは静かに首を横に振った。

「カティアの不在が知られてしまっている以上、あなたがいなくても結果は変わらなかったでしょう。むしろ私はあなたがいてくれたことに感謝しているくらいです」
「感謝?」
「ええ」

 ファレスは手足を拘束されたまま、体を引きずって仁に近付く。

「ファレスさん?」

 密着するくらい仁の傍までやってきたファレスは、そのまま仁にしな垂れかかる。先ほどまでの真顔はどこへやら。どこか妖艶な空気を漂わせたファレスが流し目を送ってきた。

「私はあなたがご主人様を見捨てて妙なことを企まないか、監視するためにあなたと同じ檻に入れられているわけだけど、この役目が隊長やエリーネに奪われなくてよかったわ。だってそうでしょう?」
「ファ、ファレスさん!?」

 戸惑う仁に構わず、ファレスはそれまでと違う艶やかな声と口調で告げる。これまで甲冑の中に隠されていた柔らかくも張りのあるファレスの肢体が、仁に押し付けられていた。

「私たちもご主人様も、もうお仕舞よ。きっと反逆罪で処刑されるに決まっているわ。だったら、私は残された時間を男の人と過ごしたいわ。あなたも一人っきりより、私がいて嬉しいでしょう?」
「え、ええ!?」

 体が石になってしまったかのように硬直する仁の耳に、ファレスの口が触れてしまうくらい近付いた。唇が小さく動き、微かに空気を震わせた。

「……え?」

 直後、小さくすぼめられた口から息が吐き出され、仁の体がビクッと跳ねる。小さく笑ったファレスが、顔を檻の外に向けた。

「ねえ、そこの見張りの兵士さん。脱走するわけでもないし、鎖を解いてくれないかしら。拘束されたままだと、満足にできないわ」
「ダ、ダメに決まっているだろう! 大人しくしていろ」
「そう。残念だけど、仕方ないわね」

 ファレスは露骨に溜息を吐くと、再び仁の耳に顔を寄せて息を吹きかける。

「このくらいならいいわよね?」

 ファレスが仁の肩に寄りかかり、仁の一挙手一投足に目を配っている年若い見張りの兵士に妖艶な笑みを向けた。

「私、前のご主人様にいろいろと仕込まれてから、男の人とするのが大好きになったの。だけど、奴隷騎士隊って女性が多いでしょう? 正直、いろいろと溜まっていたの。だから、このくらい、いいでしょう?」

 赤い顔で「大人しくしていろ」と繰り返していた兵士だったが、ファレスが何度も何度も仁の耳に吐息を吹きかけ、更には耳たぶを咥え出すと、遂に諦めたのか、いちゃつく仁とファレスから目を逸らしがちになった。

 それには、あからさまに緊張した様子で硬直し、吐息がかかるたびにビクビクと身を震わせている、魔王らしくない仁の姿も大きな要因となったのかもしれない。

 ともかく、ファレスは見張りの兵士の隙を伺い、仁といちゃつく振りをしながら、小声であることを伝え続けた。
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