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第十五章

15-16.整理

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「ファレスの話はわかりました」

 セシルのテントに場所を移した後、ファレスはセシルに、先に仁に話したのと同様、セシルと仁を拘束した理由を説明することになった。一通りの事情を聞き終えたセシルは合点がいったと頷く。

「ただ、団長の私に黙って部隊を動かした件については、帝都に帰還後、コーデリア様の判断を仰ぎます」

 セシルが毅然と告げると、ファレスはただ黙って頭を下げた。その殊勝な態度から、仁はセシルへの疑いもすっかり晴れたのだと内心で安堵の息を吐く。ファレスはセシルが奴隷でないことに思うところがあるようだったが、コーデリアの奴隷であろうとそうでなかろうと、セシルがコーデリアを裏切るようなことはしないと、仁はファレスに信じてほしかった。

「ジンさん。ご迷惑をおかけしました。それと、エリーネと隊のみんなを救っていただき、ありがとございます」
「いや。元はと言えば俺があの上級騎士に手を出してしまったのがいけないわけだし」
「いえ。それも、私を助けるためのことです。その、ちょっとやりすぎだったかもしれませんけど、ジンさんが私やコーデリア様のために怒ってくれたことはとても嬉しかったです」

 セシルがはにかんだような笑みを見せる。仁は自身が思わず手を出してしまった理由を正確に指摘され、照れ笑いを浮かべながら頬を掻いた。

 二人の周囲に、何となく気恥ずかしいような、それでいて穏やかな空気が漂う。

「隊長に魔王様。お二人の世界に入られるのは結構ですが、せめて私がいないときにしていただけますか?」

 つい先ほどまでの殊勝な様子はどこへやら、ファレスが肩をすくめながら露骨に溜息を吐いた。

 意図せず見つめ合うような形になっていた仁とセシルは、ハッとしてファレスに向き直る。何か言おうするが言葉が出てこないのか、セシルの口が音を出さないままパクパクと動いた。

「そ、それで、ファレスさんが会ったっていうフードの女性だけどさ、たぶんエルヴィナさんじゃないかと思うんだけど」

 仁がやや強引に話を戻すと、ファレスもそれ以上からかうつもりはなかったのか、表情を引き締めた。

 仁は魔王妃に関して、元々話すつもりだったセシルはともかく、ファレスにどこまで話して良いものか悩んだが、後日コーデリアに口止めしてもらえば大丈夫だろうと考えて全てを打ち明けることにした。

 もっとも、結局は仁の推測であり、証拠があるものではない。

にわかには信じがたい話ですね」
「ジンさんの話ですから、信じたいですけど……」

 仁が一通り話し終えると、ファレスが眉間に皺を寄せ、セシルは困惑の表情を浮かべた。

 魔王妃の存在自体、人族には伝わっていないのだから、二人の反応は特段おかしなものではない。そんな存在がメルニールのダンジョン内に魂の状態で封印されていたことは元より、封印の解かれた魂が元コーデリアの配下のユミラにとり憑き、ガウェインと接触しているかもしれないなど、そう簡単に信じられる話ではない。

「二人の気持ちはよくわかる。だけど、俺はそれほど間違った推測だとは思っていない。何か思い当たる節はないかな?」

 仁は転移用アーティファクトが改変されていた件、エルフの里を襲った未知の魔物、その後にそれまで知られていなかったエルフの里の存在が帝国に知られた件など、状況証拠を挙げていく。

 併せて、カティアがエルヴィナと恐るべき鉤爪テリブルクローに狙われた可能性も伝えると、セシルが息を呑み、ファレスは目を細めた。

「ご主人様と隊長は、そのことを隠しておられたのですね……」
「ご、ごめんなさい。ファレスがエルフ族や獣人族を、その、よく思っていないのを知っていたから……」
「隊長が謝る必要はありません。私が亜人種に偏見を抱いているのは本当ですから。ただ、ご主人様の意思より個人の感情を優先すると思われたのは悲しいですが」
「ご、ごめんなさい……」

 仁は偏見だと気付いているなら考えを改めればいいのにと思うが、長年積み重ねてきた感情は一朝一夕で消えるものではない。偏見を偏見と思わない環境で生きてきたファレスにとって、偏見だと気付けているだけでも実はすごいことなのかもしれないと仁は思い直す。

「ともかく、今は魔王様の話についてです。隊長。近隣の村々から上がってきた魔物に関する報告を覚えていますか?」

 ファレスが話を戻すと、セシルはハッとした表情を浮かべた。

「確か、深夜、物凄い速さで走り去る魔物か何かの影を見かけたというものでしたね。調査をしようとしていたところ、部隊の外出禁止を言い渡されて、そのまま有耶無耶になってしまいましたが、まさか、それが……?」
「はい。時期も合致しますし、それが魔王様の話にあった未知の魔物の可能性が高いと思われます。上層部から突然出された外出禁止令も、我々の調査を妨害するためだとすれば納得できます」
「ごめん。その外出禁止令っていうのは?」

 仁は二人の会話の中に気になる単語を見つけ、口を挟む。仁は魔王妃とユミラに関する話をするためにコーデリアを訪ねようとして門前払いにあったことを思い出していた。その際、奴隷騎士隊が任務に出るのを待ち構えていたのだが、それも叶わなかったのだ。

 仁がその辺りの事情を告げると、セシルは困惑顔で首を傾げた。

 セシルの話では、コーデリアの抗議もむなしく奴隷騎士隊が城外に出るのを禁止されたが、城と城下との出入り自体を全般的に禁じるものではなかったという。

 そして、コーデリアは奴隷騎士隊の外出が禁止されたためにカティアを隠し通路を使って帝都を脱出させたのだという。ちなみに、そのことはセシルにしか知らされておらず、隠し通路の内側で入口を操作したのはセシルだということだった。

「ということは、やっぱりコーディーが関わっていたわけではないんだね」
「はい。コーデリア様は出入りの商人がなかなか訪れないのをいぶかしんでおられましたが、もしかして……」
「あー、うん。奴隷商のサンデルさんも取り次いでもらえないって困っていたよ」

 サンデルは情報を集めてみると言っていたが、仁とロゼッタはあの後カティアと出会ってエルフの里に帰ってしまったため、その後サンデルとは会っていない。もしかしたら仁たちが訪ねて来るのを待っているかもしれないと思い、事態が落ち着いたら再び訪ねようと心に決める。

「そういえば、エルフの里が襲われるかもってカティアから聞いたわけだけど、コーデリアはどうしてそのことに気付けたのかな?」
「詳しくはわかりません。ただ、ある日の会議から戻られた後、コーデリア様はガウェイン様がエルフの里の存在に気付いたかもしれないと私に打ち明けてくださいました」

 仁とセシルは難しい顔で考え込む。

「なるほど。不確かながら、いろいろと繋がってきたようですね」

 ファレスがそうまとめたとき、閉め切られたテントの中で、仁は不気味な風が頬を撫でたような気がした。
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