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第十四章

14-35.問題

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「君に聞きたいことがあるんだけど……」

 仁が怯えた様子で後ずさる白い一角馬ユニコーンに一歩近づいた。

「仁くん。目が怖いよ?」

 眼光鋭く一角馬ユニコーンを見据えている仁の前に、玲奈が一角馬ユニコーンかばうように立ち塞がる。仁は、首を傾げながらも苦言を呈する玲奈の両肩に手を置いた。

「玲奈ちゃん。これはとても大事なことなんだ。これだけは絶対に確認しておかないといけない」

 仁は僅かに力を込めながら、真剣な視線で玲奈を見つめる。初めは困ったような表情を浮かべていた玲奈だったが、仁の必死さが伝わったのか、溜息を吐きながら道を譲った。

 一角馬ユニコーンが玲奈に縋るような視線を寄越していたが、玲奈は「ごめんね」と謝る。

「大丈夫。仁くんは悪い人じゃないから。時々、ちょっと、その……。うん。大丈夫。きっと、たぶん……」

 目を泳がせる玲奈の自信なさげな物言いに、一角馬ユニコーンは絶望した様子でぶるぶると体を震わせた。謎の緊張感が辺りに満ち、玲奈かミルかロゼッタか、はたまたカティアか。誰かが息を呑み、ごくりと喉を鳴らした。皆の注目が集まる中、仁がゆっくりと口を開く。

「君、まさかとは思うけど、オス、じゃないよね……?」

 競馬の世界などではオスの馬のことを牡馬ぼばメスの馬のことを牝馬ひんばと呼ぶが、元の世界にいるときも馬と縁のなかった仁は知らない。

「「……え?」」

 玲奈とカティアの口から呆けたような声がこぼれた。

 緊迫感を孕んだ空気が一気に霧散し、玲奈は「あ。これはいつものあれな仁くんだ」などと思っていたが、仁の鋭い眼光を受け続ける一角馬ユニコーンは必死に首を左右に振り続ける。

 仁はそんな一角馬ユニコーンをしばらく見つめ続けていたが、嘘ではないだろうと判断し、急に表情を和(やわ)らげた。

「そっか。疑ってごめん。君とは仲良くできそうだ。これからよろしく!」

 仁は笑顔を見せる。仁としては相手が人型だったなら握手をしてぶんぶんと上下に振りたい気分だったが、一角馬ユニコーンは首を振る向きを縦に変えるだけだった。

『あの、あるじ……?』
「うん?」

 念話が届き、仁が振り返ると、八脚軍馬スレイプニルが仁の顔色を窺うように見ていた。念話を通して、どことなく不安そうな気持ちが伝わってきた。

『その、オスだと何か問題でもあるんですか……?』
「大ありだろう!」

 当然だと大声で返す仁に、八脚軍馬スレイプニルがビクッと大きな体を揺らす。

「玲奈ちゃんが、オスに、男に跨るなんて、問題ないわけないじゃないか!」
『……え?』

 それのどこが問題なのかわからない八脚軍馬スレイプニルの困惑する感情が、念話となって仁の心に流れ込む。

「君は人の言葉はわかっても、人の感情まではあまり理解できないみたいだね」

 仁が大きく溜息を吐くと、八脚軍馬スレイプニルがショックを受けたように身を引いた。

「あの、仁くん。同じ人間の私にもわからないんだけど」
「え? わからないの!?」

 今度は仁が大げさに背を反らし、目を見開く。

「う、ううん。仁くんの言いたいことは何となくわかるといえばわからないこともないんだけど、あんまりわかりたくないっていうか……」

 玲奈が仁から目を逸らし、ぼそぼそと言葉を紡いだ。

「ロゼはわかるよね!?」
「あ、はい。そうですね。一角馬ユニコーンメスでよかったですね。あ、先ほど確認したところ、この子も雌みたいですから、もしこの子がレナ様を乗せることになっても大丈夫ですよ」

 突然水を向けられたロゼッタは動じることなく、双角馬バイコーンの首を撫でながら、立て板に水の如く、すらすらと答えた。そんなロゼッタに、玲奈とカティアが信じられないといった表情を向けていた。

「カティア殿はともかく、レナ様が戸惑われることはないのでは? レナ様のことが大好きで仕方がない、いつものジン殿ですよ」

 ロゼッタはそう言って、生暖かい目で仁を眺める。

『あの、あるじ……? よくわからないんですけど、そちらのレナさん? を乗せなければ、ボクには関係ない話ですか? その、ボク――』
「うん。そうだね。玲奈ちゃんを乗せないなら性別なんてどっちでもいいね。ただ、もし君がオスなら――」

 仁はそこで言葉を切って目を細める。現状では八脚軍馬スレイプニルが玲奈を乗せるようなことにはならないだろうが、この先、何があるかわからない。もしかすると乗せざるを得ない状況になるかもしれないことを考えると、仁は八脚軍馬スレイプニルの性別も確認しておくべきなのではないかと思い直す。

 火急の際にそんなくだらないことを気にしている暇はないのではという考えが仁の頭の端の方に浮かんでいたが、そもそも八脚軍馬スレイプニルメスなら何の問題もないのだ。

 もしオスだったとしても、他に仁を乗せてくれる相手はいないのだが、仁はそのことには気付かない。

「君は……」
『だ、大丈夫です! 誰に頼まれたって絶対にその人は乗せませんから! 絶対です! だから、ボクを捨てないでくださいぃいいい!』

 必死に訴える八脚軍馬スレイプニルに、我に返った仁が、玲奈の命の危険に関わるようなときは構わず乗せるよう説得するのにかなりの時間を要したのは言うまでもない。

 そんな仁たちの様子をミルが不思議そうに眺めている隣で、イムが溜め息をつき、呆れたように「グルゥ」と鳴いたのだった。



 その後、玲奈と一角馬ユニコーンたちの召喚契約は滞りなく終わった。仁の予想通り、召喚契約はアーティファクトを媒介にして行われ、召喚獣の証である透き通った青い勾玉のような首飾りが一角馬ユニコーンと双角馬(バイコーン)に装着されていた。

 その勾玉が一角馬ユニコーンたちの縄張りである湖周辺の洞窟内にある転移用のアーティファクトと対になっていて、玲奈の求めに応じて玲奈の元に二頭を送り、また、同様に洞窟まで転移させるというものだった。本来は召喚される側が洞窟のアーティファクトの効果の範囲内にいないといけないそうだが、玲奈には特殊従者召喚の技能があるため、一角馬ユニコーンたちは自由に出歩いていても問題ないらしい。

 ちなみに、双角馬バイコーンも形式上は玲奈の召喚獣となったが、基本的にはロゼッタに従うとのことだった。



「君は良かったの?」
『ボクはいつでもあるじと一緒ですから』
「まぁ、いつでもは困るけど」
『困るんですか!?』

 仁の照れ隠しに八脚軍馬スレイプニルが本気で慌て、仁は「いじわるしちゃダメなの!」とミルに叱られ、玲奈たちが笑顔を見せた。

 元の世界の馬と違って言葉で意志の疎通ができることから短い時間で乗馬の練習を終えた仁たちは、他の馬の魔物たちに見送られながら湖を後にする。

 先頭はイムで、そのすぐ後ろにミルと仁を乗せた八脚軍馬スレイプニル、続いてロゼッタとカティアを乗せた双角馬バイコーン。そして最後尾に玲奈を乗せた一角馬ユニコーンという隊列だった。一角馬ユニコーンが一番後ろである理由は言うまでもない。

 長いようで短く、短いよう長い今回の旅も、帰路を残すのみとなった。乗馬に慣れるためにまずはゆっくりと歩いて進むが、追々は駆けて帰ることになる。必然的に往路よりも帰路が早くなるのは間違いない。

 仁は八脚軍馬スレイプニルの背に揺られながら薄暗い森の先を見据え、エルフたちの出す結論に思いを巡らせるのだった。
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