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第十四章

14-22.共通

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 翌朝、仁が目を覚ますと、すぐ目の前にミルの寝顔があった。仁はパチパチとまばたきを繰り返すが、眼前の光景に変化はない。

「ミル……? 玲奈ちゃんは……?」

 仁は僅かに頭を持ち上げる。記憶が正しければ、今ミルが寝ている場所には玲奈がいたはずだった。ふと、昨夜の出来事が夢だったのではないかという考えがよぎるが、あのとき耳と体と心で感じた玲奈の台詞が実際になかったこととは到底思えず、仁はミルの向こう側に目を向けた。

「カティア……?」

 仁に引っ付くように寝ているミルの向こうで、カティアが寝袋にくるまったまま膝を折って丸くなっている。

 仁は何だか猫っぽいなという感想を抱きながら、2人を起こさないようにそっと寝袋から抜け出す。仁がテントの出入口から外に顔を出すと、玲奈とロゼッタが焚き火の周りで軽く体を動かしていた。

「あ、仁くん。おはよう」
「ジン殿。おはようございます」

 爽やかな笑顔を見せる二人に、仁は挨拶を返す。

「えっと、寝過ぎちゃった?」

 仁が尋ねると、玲奈とロゼッタが揃って首を左右に振って否定した。

「ううん。私がちょっと早めに目を覚ましただけだよ」

 玲奈が言うには、昨夜、夜番を交代するのが普段より早かったため、睡眠不足と思われるミルとカティアに仮眠を取ってもらっているということだった。ロゼッタまで眠ってしまうと玲奈だけになってしまうため、ロゼッタは玲奈と見張りを続けていたらしい。

 仁はロゼッタこそ寝ていないのではと思ったが、ロゼッタは年長者としての務めを果たしただけだと笑っていた。

「それなら俺も起こしてくれればよかったのに」
「グルッ!」

 突然、仁は頭の上に衝撃を感じた。硬い爪が仁の頭皮に僅かに喰い込む。仁がイムを退けようと手を伸ばすと、イムの小さな体はするりとすり抜けて空へ逃れた。仁は滞空するイムに恨みがましい視線を向けた。

「イム。痛いじゃないか」

 仁の抗議に、イムはそっぽを向く。

「ジン殿。その、ミル様がジン殿と久しぶりに一緒に寝られると大喜びされまして……」
「ああ、なるほど」

 その結果、いつもミルに抱かれるか寄り添って眠っているイムは、仁に居場所を奪われて腹を立てているということのようだ。

 仁が納得していると、イムは鱗で覆われた翼を羽ばたかせてテントの中に消えていく。仁は出発までのもうしばらくの時間でイムが機嫌を直してくれることを祈った。ミルが頼めば案内はしてくれるだろうが、どうせ案内してくれるのなら機嫌よくしてもらいたい。

 仁はイムの小さな背中を見送ってから、視線を玲奈に移す。そのまま仁が見つめていると、玲奈はさも不思議そうに首を傾げた。

 仁としては昨夜の玲奈のお礼の真意を見極めたかったのだが、ただ本当にお礼として仁の好きそうなキャラを演じただけなのか、玲奈の表情から、心の内に潜んでいるかもしれない感情の有無を読み取ることは不可能だった。

「仁くん、どうしたの?」
「ううん。何でもないよ。今日も玲奈ちゃんは可愛いなって」

 一人で勝手に深読みをしていたようで恥ずかしくなった仁が冗談っぽく口にする。口調こそ冗談っぽいが、玲奈を可愛いと思う仁の心に偽りはない。

「も、もう。仁くんは……」

 玲奈が照れたような、呆れたような声を出す。小さく肩をすくめる玲奈を、仁は頬を緩めて眺める。仁は昨日の思い詰めた様子の玲奈を思い出し、絶対に離れないと改めて心に誓うのだった。



 その後、仁たちは簡単に身支度を整え、ミルとカティアが起きてくるのを待ってゆっくりとした朝を過ごした。

 エルフの里に危険が迫っているかもしれない以上、あまりだらだらとはしていられないが、無理をする必要もないため、僅かな時間ではあるが、ロゼッタにも仮眠を取ってもらった。

 ちなみに、仁が起きてきたカティアに自身と一緒のテントで寝ることについて意見を聞くと、特に問題ないという答えが返ってきた。

 夜番の組み合わせで色々と頭を悩ませていた仁は拍子抜けする思いだったが、カティアは仁にその気があるのであれば、拒むことはしないだろうと言ってのけた。

 仁が戸惑っていると、カティアは、可能ならば仁を手籠めにすることを主人から推奨されているという衝撃の事実を明かした。ただし、本人――この場合は仁ではなくカティア――が嫌でなければという条件は付くとのことだが、仁は帝都のあるであろう方角を向いてコーデリアへの恨み言を心の中で言い募ったのだった。

「もっとも、あなたはレナが好きなのだから、わたしに手を出すことはないだろうけど」

 そう言ったカティアの仁を見る目が、仁にはどこか生暖かいもののように感じられた。

 仁は色香で自身を取り込もうと考えているコーデリアに呆れつつ、命じるのではなく奴隷の意思を尊重していることにホッとした。推奨している時点でどうかとは思うが、もし命じられていたとしたら、奴隷騎士の女性と会うのが恐ろしくなってしまう。

 セシルが仁に色仕掛けを用いることはないだろうが、仁はまだ見ぬセシルやカティアの同僚の姿を思い描き、ぶるっと体を震わせたのだった。



 更に日が進む。ロゼッタは未だに婚約がどうの、婚約式がどうのと、ことある毎に持ち出し、玲奈が困ったような曖昧な笑みを浮かべていた。

 ミルはミルで、ロゼッタの策略とは思いたくないが、何度も仁と玲奈に結婚しないのかと無邪気に尋ねてきて、二人が否定すると「じゃあ、ミルがジンお兄ちゃんのお嫁さんになるの!」と可愛く元気に宣言して仁を困らせた。

 少し弛緩した空気の漂う中でも旅路は順調に進み、遭遇した魔物は玲奈を中心に討伐していった。仁とイムも少しだけ参戦したが、以前のように仁が手を出したからといってわだかまりが生まれるようなことはなくなっていた。

 仁が手を出さざるを得ないような強敵に出会うことがなかったからという面はあるにしても、馬の魔物の生息地に到着する前に懸念材料がなくなったことを、仁は素直に嬉しく思った。

「グルッ!」

 先頭のイムが鋭く鳴いて、皆を振り返った。

「ジンお兄ちゃん。この先にお馬さんの魔物がいるみたいなの」

 ミルが真剣な表情で通訳をする。仁たちは一旦足を止め、森の先を見つめる。豊富な枝葉を携えた木々が生い茂り、見通しは悪い。仁が意識を集中して辺りの魔力を探ると、イムの言う通り、いくつかの魔物と思しき魔力の反応があった。

「みんな。刺激しないようにそっと近づこう」

 仁の言葉に皆が無言で頷いた。

 仁たちは玲奈とイムを先頭にゆっくりと森の切れ目に歩み寄る。この先が馬の魔物の棲家であるならば、拓(ひら)けた土地に湖が広がっているはずだ。

 鬱蒼とした森を抜け、仁たちの頭上から燦々と日の光が降り注ぐ。

「あ、あれは……!」

 仁の視線の先で、数頭の馬型の魔物が湖の水に口を付けていた。馬の魔物は一部薄い灰色の個体もいたが、総じて全身が白い毛並をしていた。その中には輝かんばかりの純白の毛を周りに見せつけるかの如く、誇らしげに闊歩かっぽしているものもいる。

「仁くん。あれって……!」

 玲奈が感動したような声を上げた。仁が魔眼を発動させると、予想通りの結果が得られ、玲奈に頷きを返す。馬の魔物たちの頭には、共通の特徴があった。

一角馬ユニコーン

 額から真っ直ぐに鋭く伸びた円錐状の角。魔の森に住まう馬の魔物は、元の世界の伝承や創作物で一角獣の名で広く知られる架空の生物と、同じ名前をしていた。
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