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第十四章

14-17.微笑

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 玲奈が揺らめく炎を見つめながら溜息を吐いた。焚き火越しにその様を眺める仁は、どう話を切り出すべきか思い悩んでいた。炎の弾ける音だけが辺りに響く。

「心配かけちゃってごめんね。後でロゼにも謝らないと」

 しばらくすると、玲奈が顔を上げた。晴れやかとは言い難い微笑を浮かべる玲奈に、仁の胸が締め付けられる。仁はこのまま流れに身を任せてしまいそうになるが、元の世界にいる頃から自身の心の支えになっていた大好きな玲奈の心からの笑みを思い出し、何とか踏みとどまる。

 仁は深呼吸をしてから背筋を伸ばし、真正面から玲奈を見据えた。

「玲奈ちゃん。双頭毒蛇ツインヘッドポイズンスネークを倒した後のことだけど」

 仁がそう切り出すと、玲奈の肩がビクッと揺れた。玲奈はどこか怯えたような表情で仁を窺い見る。仁は胸中の不安を隠し、真摯な瞳で玲奈を見つめ返す。

「俺の言ったことに何か納得できないところがあるなら教えてほしい」

 仁は視線を逸らさない。一方で玲奈が僅かに目を伏せた。玲奈の視線は再び揺らめく炎に向けられていた。

「納得できないわけじゃないよ。うん。仁くんは間違ってない。ううん。仁くんは正しい」

 玲奈が小声で話し始める。仁は一言一句聞き逃さないよう、しっかりと耳を傾ける。

「きっと、私がままなだけ。それはわかってるよ。だけどね、仁くん。世の中には正論だけじゃ片付けられない気持ちもあるんだよ」

 玲奈の独白は続いた。



 玲奈は最初に帝都から脱出する際に、仁の隣に並んで立ちたいと願った。その想いは今も変わっていない。むしろ、様々な出来事を経てその気持ちはより一層強くなっている。メルニールを発つ少し前の晩、玲奈は恥ずかしさを我慢して仁との魔力操作の訓練に挑み、それをきっかけとして更なる努力を重ねて新たな力を手に入れた。

 そして、その力の一つで刈り取り蜥蜴リープリザードに止めを刺すことができた。ドラゴンとの戦いでは時間稼ぎしかできなかったことと比べれば、それは大きな進歩だった。相手の格は落ちるだろうが、それでもかなりの強敵相手に活躍できたことを本当に嬉しく思っていた。

 恐るべき鉤爪テリブルクローとの戦いでは特段活躍は出来なかったが、その後の石灯籠型転移用アーティファクトの破壊に挑む仁に、もう一つの力を頼りとされ、内心でとても歓喜していたのだった。

 しかし、今日の双頭毒蛇ツインヘッドンポイズンスネークとの戦いの後、仁の言葉を聞いて、玲奈は気付いてしまったのだ。

 仁の言い分では、玲奈たちは仁と一緒に戦った。それぞれの役目を果たすことで無事魔物の討伐を終えた。だからそれは肩を並べて戦ったことと同義であり、玲奈が恥じる必要も悔やむ必要もない。

 役目の度合いを無視すれば、確かにそれはそうだろう。ミルやロゼッタたちの気持ちを否定するつもりも玲奈にはない。玲奈にしても、初めて仁と共闘した魔人もどき戦を彷彿とさせる作戦で、当時以上のことをやってのけたのだ。一時的とはいえ、それなりの強敵を拘束して動きを止めることは誰にでもできることではない。そのこと自体は玲奈も嬉しくなかったと言えば嘘になる。

 それではなぜ玲奈は仁の言葉を素直に受け入れることができなかったのか。それはひとえに、双頭毒蛇ツインヘッドポイズンスネークという仁ひとりでもどうとでもなる敵を相手に、仁の力を借りなければならなかったことだ。

 仁は玲奈たちだけでも勝てただろうと言うが、玲奈はそうは思っていない。毒の光線がたまたま小盾を構えているところに来たから無事だったものの、それ以外の場所を狙われていたら、それだけで玲奈は自身が戦闘不能に陥っていた可能性が高いと思っていた。

 そもそも、戦闘中に、尻尾に顔があったという事前情報と違う事態に遭遇しただけで戸惑っているようでは話にならないのだ。そんなことでは仁の役に立つことなんてできるはずがない。

 そして玲奈は気付いてしまった。自身の不甲斐なさと、その心の内に潜む、浅ましさに。

「私は、助けられるばかり、頼ってばかりじゃなくて、仁くんと肩を並べて一緒に戦えるようになりたかった。その気持ちに嘘はないよ。だけど、それと同じか、もしかしたらそれ以上に、私は仁くんの役に立ちたかったんだって気付いちゃったんだよ」

 仁には告げないが、玲奈は自身のその想いに気付いたとき、崩落事故に巻き込まれたヴィクターやファムたちの捜索隊としてダンジョンに赴いた仁と離れ離れになったときのことを思い出したのだった。

 仁の役に立ちたいというのは、仁に捨てられたくないという、自分勝手な浅ましい執着心の裏返しなのだ。

 だからこそ、玲奈は自身の心根の醜さから目を逸らすために、より一層、我武者羅に力を求めたのだ。仁の役に立てるくらい強くなれば、自然と仁と肩を並べて戦えるはずなのだから。

 長く語り続けた玲奈が口を閉じる。



「えっと……」

 玲奈は仁と一緒に戦ったが役に立ったわけではない。それが玲奈の主張だということは仁にも理解できたが、玲奈が仁の役に立ちたいと思っていることをまるで悪いことのように語っていることが腑に落ちない。玲奈がそう思ってくれているという事実は、仁にとっては非常に喜ばしいことなのだ。

 最後の最後で玲奈は肝心なところを話していないため、仁が理解できないのは当然だと言える。しかし、今の玲奈はそれ以上語る気はないようで、口を閉ざしたままだった。

「その、玲奈ちゃんの気持ちも考えず、強引に考えを押し付けるようなことをして、ごめん」
「仁くんが謝る必要はないよ。仁くんは間違っていないし、あのとき仁くんが言ったみたいに、逆の立場だったらきっと私も同じことをしたはず」

 その結果、仁が玲奈と同じ想いを抱くかどうかはわからないが、それは玲奈にとっても確かなことだった。

「さっきも言ったけど、これは私の問題なんだよ。だけど、仁くんやロゼ。ううん。きっとミルちゃんやイムちゃん、それにカティアも。気付かれないように振る舞ってたつもりだったけど、みんなに心配をかけちゃった。私の方こそごめんなさい」

 玲奈が深く頭を下げた。焚き火越しにそれを見つめる仁には玲奈の表情は見えないが、玲奈は瞳をきつく閉じ、思いつめたような顔をしていた。

「仁くん。話を聞いてくれてありがとう」

 慌てた仁が玲奈に顔を上げるよう言い募った結果、仁が対面したもの。それは心中に何かを抱えたままの、仁が望んだものとは違う淡い微笑だった。
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