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第十四章

14-14.大蛇

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 玲奈と目を合わせた大蛇の魔物の口内に魔力が集まる。玲奈の頭の中に警鐘が鳴り響いた。玲奈が咄嗟に小盾タージェを胸と顔の下半分を隠すように構えると同時に、魔物の口の中で黒い光がまたたいた。

「うっ!?」

 玲奈がたたらを踏む。何かが光ったと思った瞬間、小盾の中央に衝撃を感じたのだ。戸惑う玲奈がチラリと盾に視線を向けると、鮮やかな赤い盾の表面が、黒い液体で濡れていた。小盾の跳ね返した黒の残滓が地面を溶かす。

 再び大蛇の尻尾の顔付近に魔力の高まりを感じ、玲奈はハッと顔を起こした。

石壁ストーンウォール!」
「仁くん!?」

 魔物と玲奈の中間点の地面から石の壁がそそり立つ。直後、壁の向こう側からいくつかの衝突音が聞こえてきた。

「今のはたぶん毒弾っていう技能だと思う」

 仁が玲奈に近付き、遠隔魔法で作り出した石の壁を見つめる。仁の魔力感知の技能によると、蛇の魔物はまだ先ほどまでと同じ木の上にいると思われるが、毒弾のぶつかる音は聞こえなくなっていた。

「イム!」
「グルゥ!」

 イムは仁の続く指示を待つことなく動き出し、仁たちの頭の上を飛び越える。仁の意図を正しく読んだイムは石壁の上部に張り付いて顔だけで向こう側を覗き込むと、仁に振り返って力強く鳴いた。

「ジンお兄ちゃん。魔物はジッとしてるって」

 仁は通訳してくれるミルに頷きを返す。厚さ50cmほどの石の壁は毒弾を防ぐことに成功したが、守りは万全なわけではない。その証拠に、毒弾の発射が止んだ今でも石の壁からは石の溶解する音が聞こえている。

 このまま魔物が立ち去るのであれば仕切り直すのも手だが、近くに潜んでいた意図はどうあれ、今回はこちらから手を出した以上、あの魔物が身の危険を感じない限り、そうはならないだろうと仁は考えていた。

「グルッ!」

 イムが鋭く鳴くと同時に、仁は壁の向こうで魔力が膨れ上がるのを感じた。仁たちが身構えた瞬間、ジュウジュウと一際大きい音が響いた。仁の視線の先で、石壁の一点から黒がにじんでいた。

「みんな、避けて!」

 仁が叫んだ直後、石の壁から一筋の黒い光線が飛び出した。レーザーのような、どす黒い線が仁と玲奈の間を通過し、背後に抜けていく。石壁と森の木々を結ぶかのような黒い液体の糸が後方の太い木のみきを貫通し、貫いた周囲から順に朽ちさせる。

「圧縮された毒液のレーザーだ。気を付けて」

 仁はチラリと背後を振り返り、誰にも被害が及ばなかったことに安堵するが、すぐに安心するにはまだ早いことを悟った。毒光線が朽ち行く石壁を切り裂くかのようにゆっくりと動き始めたのだ。仁の目には、それが毒液によるウォータージェットのように見えた。

石柱ストーンピラー!」

 仁は遠隔魔法で極太の石の柱を造り出し、毒の光線をさえぎるが、少しの時間稼ぎにしかならないことは明白だった。かといって、石の障害物から出た瞬間、狙い撃ちされてしまいそうな予感があった。

「玲奈ちゃん。凍結フリーズの魔法で蛇の動きを止められないかな?」

 僅かな時間でも大蛇の首の動きを止められれば、その間だけは毒光線の照射される角度は固定されるはずだ。

「わかった。やってみる……!」

 玲奈が決意の表情で拳を握った。仁は玲奈が壁の向こうを見据えて魔力を練る間、石の柱を増設し、時間稼ぎを続ける。その代償として一時的に毒の射線が見えなくなってしまっていたが、イムが何も言ってない以上、魔物は特段別の動きをしているわけではなさそうだった。

「ミル、ロゼ、カティア」

 仁が呼ぶと、3人の視線が仁に集まった。嬉しそうな顔、やる気に満ちた顔、不安げな顔。三者三様の表情ながら、そのどれもが真剣さを湛えていた。仁が手早く作戦を伝えると、3人は力強く頷いた。

「仁くん。みんな。行くね――凍結フリーズ!」

 玲奈が地面に両手を突き、魔法を発動させる。玲奈と石壁を氷が繋ぎ、あっという間に壁の下部を凍りつかせた冷気がその先に抜けていく。玲奈の手によって指向性を持たされた氷魔法は辺り一帯を凍結させてしまうことなく、氷の道は真っ直ぐに石の壁の先に向いていた。

「どうかな!?」
「グルゥ!」

 冷ややかな空気が漂う中、玲奈が天を仰ぎ見ると、イムの元気な声が降ってきた。ミルの通訳を待つまでもなく、仁たちは作戦の第一段階が成功したことを悟った。

 ミルとロゼッタがそれぞれ石の柱を両サイドから回り込む形で勢いよく駆け出し、カティアが僅かに遅れてロゼッタの後を追う。

 仁が自身の足元から石の柱を生み出して体を跳ね上げると、仁の視界に、木の幹にとぐろを巻いたまま首元まで氷漬けにされた大蛇の姿が飛び込んできた。

 両手に黒雷刀を携えた仁は、遠隔魔法で石の道を作る。走るミルとロゼの足先から同時に生えた石の道は、凍りついた木の上の大蛇の顔の先まで続いていた。ミルたち3人が坂を駆け上がる。

 大蛇の魔物は何とか氷から抜け出そうともがいていたが、その望みが叶う前に大蛇にとっての死神たちが辿り着く。ロゼッタの槍が蛇の左目をえぐり、ミルの魔剣が反対の瞳を貫く。

「カティア殿!」

 ロゼッタが道を譲り、必死の抵抗で氷の呪縛を破らんと身動ぎする蛇の口から伸びた長い舌を、カティアの赤い剣が切り落とした。その間も突き刺したままのミルの魔剣が大蛇の血と魔力を吸い上げ、蛇の口が力を失くして閉じていく。

「グルッ!」

 ミルたち3人が役目を果たせたことに安堵の表情を見せたのも束の間。石の壁の上からミルたちの戦いを見守っていたイムがミルたちの頭上に目を向けて鋭く鳴いた。3人が見上げた木々の枝葉の先に、黒い影が落ちていた。

「そこかっ!」

 仁が石の柱の上で両手をそれぞれ斜めに振り抜き、漆黒の刃を放つ。それと同時にミルたち3人が飛び降りる。

 左右の黒雷斬が交差したまま黒い影に向かい、濃緑の葉々を切り裂いた。その先に爬虫類を思わせる硬質な鱗があったが、それも同じことだった。

 空で紫が弾け、赤い雨が降る。

 地面と木の上を繋いだ2本の石の坂の間に紫の塊が落下し、氷の道が赤く染まっていく。坂の下に逃れていた3人が、今度こそ心からの安堵の息を吐いた。

「グルッ?」

 石の壁の上で、イムが仁を振り返る。

「イム、ありがとう。助かったよ」
「グルッ」

 イムは短く一鳴きすると、仁からそっぽを向いて、石の壁から飛び立った。仁はパタパタとミルの元へ飛んで行くイムを見送る。その視線の先ではロゼッタがカティアの肩を誇らしげに叩き、ミルが身振り手振りを交えながらカティアに笑みを向けていた。

「仁くん」

 仁が呼び声のした方に顔を向けると、心配そうに見上げる玲奈と目が合った。

「よっと」

 掛け声をかけて仁が飛び降る。

「うん。大丈夫。上手くいったよ」
「そっか。良かった……」

 緊張を解いて肩を脱力させた玲奈は、ホッとしたような微笑みを浮かべた。しかし、それは仁の知る玲奈の心からの笑みではないことに、仁は気付いていた。
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