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第十四章
14-3.光
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エルフの里に被害を及ぼさず、アーティファクトの強固な防御を破る。それを実現する魔法に、仁は1つだけ心当たりがあった。
「玲奈ちゃん」
仁が見つめたまま呼ぶと、未だ首を傾げている玲奈が歩み寄ってくる。
「玲奈ちゃん、力を貸してほしい」
「うん。何をすればいいかな」
迷いなく頷いた玲奈に、仁は自身の考えを伝える。一抹の不安はあるが、一応の平時である今だからこそ、試しておく価値はあるように仁には思えた。参考にした魔法の威力を考えると、あまり好き好んで使う気にはなれないが、だからと言って使用する選択肢を端から捨て去る気にも慣れない。
これからの戦いで、ドラゴンをも屠ることのできる切り札を捨て札にする余裕はきっとない。であるならば、なりふり構っていられなくなってからぶっつけ本番で行うより、ずっと良いはずだ。
「仁くん。本当に大丈夫なの? また倒れちゃったりしない?」
不安を覗かせる玲奈の視線が仁を射抜く。
「理論上は大丈夫だと思う」
仁と玲奈。二人の視線が交わる。どちらも互いの目を正面から見つめたまま逸らさない。
「わかった。仁くんを信じる。でも、無理はしちゃダメだよ?」
「うん。わかってる。ありがとう」
仁が頷きを返すと、玲奈がすぐさま仁の右手を取った。玲奈の迷いのない行動に、仁はドキッとするが、今はそのような場合ではないと気持ちを切り替える。仁が左の手のひらを石灯籠型転移用アーティファクトに向けた。
「じゃあ、玲奈ちゃん。最初はほんの少しずつで、俺が魔法を放ったら量を増やしてね」
「うん。わかった」
玲奈が緊張の面持ちで答える。
仁は石灯籠に目を向けながら、玲奈が魔力譲渡の技能を披露してくれたときのことを思い出す。仁のために技能を身に付けた玲奈の苦労を無駄にしないためにも、仁は上手くいくよう強く願った。
「行くよ」
そう宣言し、仁は瞼を閉じる。一度使ったことのある魔法だが、強力な故に膨大な魔力を練り上げると共に、強固なイメージを必要とする。
仁は火竜戦の折に垣間見た知らない記憶、おそらく真の意味での魔王がドラゴンの大軍を滅ぼす光景を頭に浮かべる。あのときほど鮮明には思い出せなかったが、光景の意味を知った今だからこそ理解できるものもある。
あの魔王の魔法の本質は、仁の想像通り、やはり消滅。ブラックホールのように光すら呑み込む究極の黒。その闇の内には、いかなるものも存在することを許されない。
仁は意識を集中させ、自身の魔王に対する恐怖の象徴となった光景を極小で再現する。今の仁にあの規模の魔法は必要でもなければ、それを放つだけの魔力もない。
ふと、仁の脳裏に、なぜ魔王の記憶が自分にあるのかという疑問が過った。疑問は瞬く間に不安となって仁の全身を駆け巡る。集中が途切れ、心の底から得も知れない恐怖が湧き上り、寒気が背筋を駆け昇った。
このままでは魔法は完成しない。
仁が諦めかけたとき、右手に伝わる温もりを感じた。優しく温かな熱が仁の体内に入り込み、不安を中和していく。その正体が玲奈から譲渡された玲奈の魔力であることは明白だ。
玲奈の魔力が仁の魔力と混ざり合い、一つになる。それはぽかぽかと温かく、とても心地よかった。
玲奈という光に照らされ、仁の胸中から黒い影が消える。仁は再び自身の内に集中し――
「仁くん、大丈夫?」
仁の上気した顔を、玲奈が間近から心配そうに覗き込む。仁は今、地面に膝をついた状態で玲奈の腕に抱かれていた。右手は繋がれたままだが、既に玲奈からの魔力譲渡は行われていない。
「大丈夫。ちょっと、ふらついただけだよ」
何でもないと玲奈に笑いかけようとした仁の表情が固まった。仁の正面に、先ほどまでと変わらない光景が広がっていた。
「ダメか……」
仁が表情を曇らせる。玲奈から魔力譲渡を受けながら“消滅”の魔法でアーティファクトを破壊する目論みは失敗に終わった。
いつまで経っても魔法を発動できなかった仁は、結果的に過剰な魔力譲渡を受けた形となり、意識を朦朧とさせてその場で倒れかけたのだった。仁は未だボーっとした頭で何が悪かったのか考えるが、以前一度とはいえ放つことのできた魔法が今回発動できなかった理由はわからなかった。
「ジンでも無理となると……」
離れて様子を窺っていたアシュレイが石灯籠に近付き、眉間に深い皺を刻んだ。このままアーティファクトが破壊できなければ、いつ魔王妃の眷属の魔物や帝国兵が送り込まれてきてもおかしくないのだ。
「いや、まだ無理と決まったわけじゃない」
玲奈の手を借りて仁が立ち上がる。
「“消滅”は失敗したけど、別の方法でアーティファクトの守りを突破できるだけの威力を出せればいい」
「できるのか?」
「破壊できる保証はないけど、試させてほしい」
仁が真剣な表情でアシュレイを見つめる。アシュレイは仁と目を合わせて頷いた。
「我々に無理だと悟ったからお前を頼ったんだ。まだできることがあるというのなら、我々はそれに縋るしかない」
アシュレイは躊躇うことなく仁の提案を受け入れるが、仁の言葉にはまだ続きがあった。
「この辺り一帯が吹き飛ぶかもしれないけど、いいかな」
アシュレイが目を見開く。
「里までは被害が及ばないようにしたいけど、威力を抑えてしまうとアーティファクトが破壊できるだけの威力が出るかわからないんだ。もっとも、最大火力でぶっ放したところで、それで壊せるかどうかはやってみないとわからないけど……」
仁は少し弱気になりながら僅かに顔を伏せた。“消滅”が使えなかったという事実に、仁は自身で思っていた以上にショックを受けているのか、どこか自信を持てずにいた。
しかし、やるしかない。仁の右手が優しくも力強く握られ、そこから伝わる温もりが仁の決意を後押しする。
仁は気合を入れ直し、左の拳を強く握りしめた。
「いや、俺の手で必ず壊してみせる。だから、アシュレイ。この一帯を吹き飛ばす許可をくれないか」
向かい合う仁とアシュレイを、仲間たちがハラハラした様子で見守る。玲奈は仁の横で、仁と一緒にアシュレイを見つめた。アシュレイが硬くなっていた表情を、フッと緩める。
「先ほど述べた通り、我々はジンに任せると決めた。そのジンが必要だというのなら、多少の被害など、喜んで受け入れよう」
「アシュレイ……」
「だから、ジン。必ずお前の手でアーティファクトを破壊してくれ」
「ああ!」
仁が力強く頷くと、アシュレイはすぐに踵を返し、部下たちに撤収の指示を出し始めた。
幸いなことに、アーティファクトは里から飛び出した広場に設けられていた。仮にこの一帯が吹き飛んでも、アーティファクトを壊すという決断をした里に、実質的な被害はない。
「仁くん。どうするつもりなの?」
仁を斜め下方から見上げる玲奈の視線に、仁は苦笑いを返す。
「簡単な話だよ。可能な限りの魔力を込めて、今の俺にできる最大火力の魔法を放つだけだよ」
「……私も傍にいていい?」
「それは……」
術者の手を離れた魔法は、術者にも影響を及ぼす。仁としてはもちろん自身の魔法に巻き込まれないようにするつもりだが、放つ魔法の実際の威力がわからないため、絶対ではない。何度も悠長に試していられる時間的猶予はなく、威力を抑えることもできないのだ。
口ごもった仁だったが、先ほどまで玲奈に散々助けられていたことを思い出す。玲奈を危険な目に会わせたくない気持ちは今も昔も変わっていないが、玲奈に助けられているのも事実なのだ。
「仁くんのことだから、きっとありったけの魔力を込めて、また倒れちゃうよ。だから、私に助けさせてくれないかな?」
「そうならないようにするつもりだけど、もしそうなったら、その……よろしく」
二人は至近距離で見つめ合い、微笑み合う。仁の手は、未だ握られたままだった。
「玲奈ちゃん」
仁が見つめたまま呼ぶと、未だ首を傾げている玲奈が歩み寄ってくる。
「玲奈ちゃん、力を貸してほしい」
「うん。何をすればいいかな」
迷いなく頷いた玲奈に、仁は自身の考えを伝える。一抹の不安はあるが、一応の平時である今だからこそ、試しておく価値はあるように仁には思えた。参考にした魔法の威力を考えると、あまり好き好んで使う気にはなれないが、だからと言って使用する選択肢を端から捨て去る気にも慣れない。
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「仁くん。本当に大丈夫なの? また倒れちゃったりしない?」
不安を覗かせる玲奈の視線が仁を射抜く。
「理論上は大丈夫だと思う」
仁と玲奈。二人の視線が交わる。どちらも互いの目を正面から見つめたまま逸らさない。
「わかった。仁くんを信じる。でも、無理はしちゃダメだよ?」
「うん。わかってる。ありがとう」
仁が頷きを返すと、玲奈がすぐさま仁の右手を取った。玲奈の迷いのない行動に、仁はドキッとするが、今はそのような場合ではないと気持ちを切り替える。仁が左の手のひらを石灯籠型転移用アーティファクトに向けた。
「じゃあ、玲奈ちゃん。最初はほんの少しずつで、俺が魔法を放ったら量を増やしてね」
「うん。わかった」
玲奈が緊張の面持ちで答える。
仁は石灯籠に目を向けながら、玲奈が魔力譲渡の技能を披露してくれたときのことを思い出す。仁のために技能を身に付けた玲奈の苦労を無駄にしないためにも、仁は上手くいくよう強く願った。
「行くよ」
そう宣言し、仁は瞼を閉じる。一度使ったことのある魔法だが、強力な故に膨大な魔力を練り上げると共に、強固なイメージを必要とする。
仁は火竜戦の折に垣間見た知らない記憶、おそらく真の意味での魔王がドラゴンの大軍を滅ぼす光景を頭に浮かべる。あのときほど鮮明には思い出せなかったが、光景の意味を知った今だからこそ理解できるものもある。
あの魔王の魔法の本質は、仁の想像通り、やはり消滅。ブラックホールのように光すら呑み込む究極の黒。その闇の内には、いかなるものも存在することを許されない。
仁は意識を集中させ、自身の魔王に対する恐怖の象徴となった光景を極小で再現する。今の仁にあの規模の魔法は必要でもなければ、それを放つだけの魔力もない。
ふと、仁の脳裏に、なぜ魔王の記憶が自分にあるのかという疑問が過った。疑問は瞬く間に不安となって仁の全身を駆け巡る。集中が途切れ、心の底から得も知れない恐怖が湧き上り、寒気が背筋を駆け昇った。
このままでは魔法は完成しない。
仁が諦めかけたとき、右手に伝わる温もりを感じた。優しく温かな熱が仁の体内に入り込み、不安を中和していく。その正体が玲奈から譲渡された玲奈の魔力であることは明白だ。
玲奈の魔力が仁の魔力と混ざり合い、一つになる。それはぽかぽかと温かく、とても心地よかった。
玲奈という光に照らされ、仁の胸中から黒い影が消える。仁は再び自身の内に集中し――
「仁くん、大丈夫?」
仁の上気した顔を、玲奈が間近から心配そうに覗き込む。仁は今、地面に膝をついた状態で玲奈の腕に抱かれていた。右手は繋がれたままだが、既に玲奈からの魔力譲渡は行われていない。
「大丈夫。ちょっと、ふらついただけだよ」
何でもないと玲奈に笑いかけようとした仁の表情が固まった。仁の正面に、先ほどまでと変わらない光景が広がっていた。
「ダメか……」
仁が表情を曇らせる。玲奈から魔力譲渡を受けながら“消滅”の魔法でアーティファクトを破壊する目論みは失敗に終わった。
いつまで経っても魔法を発動できなかった仁は、結果的に過剰な魔力譲渡を受けた形となり、意識を朦朧とさせてその場で倒れかけたのだった。仁は未だボーっとした頭で何が悪かったのか考えるが、以前一度とはいえ放つことのできた魔法が今回発動できなかった理由はわからなかった。
「ジンでも無理となると……」
離れて様子を窺っていたアシュレイが石灯籠に近付き、眉間に深い皺を刻んだ。このままアーティファクトが破壊できなければ、いつ魔王妃の眷属の魔物や帝国兵が送り込まれてきてもおかしくないのだ。
「いや、まだ無理と決まったわけじゃない」
玲奈の手を借りて仁が立ち上がる。
「“消滅”は失敗したけど、別の方法でアーティファクトの守りを突破できるだけの威力を出せればいい」
「できるのか?」
「破壊できる保証はないけど、試させてほしい」
仁が真剣な表情でアシュレイを見つめる。アシュレイは仁と目を合わせて頷いた。
「我々に無理だと悟ったからお前を頼ったんだ。まだできることがあるというのなら、我々はそれに縋るしかない」
アシュレイは躊躇うことなく仁の提案を受け入れるが、仁の言葉にはまだ続きがあった。
「この辺り一帯が吹き飛ぶかもしれないけど、いいかな」
アシュレイが目を見開く。
「里までは被害が及ばないようにしたいけど、威力を抑えてしまうとアーティファクトが破壊できるだけの威力が出るかわからないんだ。もっとも、最大火力でぶっ放したところで、それで壊せるかどうかはやってみないとわからないけど……」
仁は少し弱気になりながら僅かに顔を伏せた。“消滅”が使えなかったという事実に、仁は自身で思っていた以上にショックを受けているのか、どこか自信を持てずにいた。
しかし、やるしかない。仁の右手が優しくも力強く握られ、そこから伝わる温もりが仁の決意を後押しする。
仁は気合を入れ直し、左の拳を強く握りしめた。
「いや、俺の手で必ず壊してみせる。だから、アシュレイ。この一帯を吹き飛ばす許可をくれないか」
向かい合う仁とアシュレイを、仲間たちがハラハラした様子で見守る。玲奈は仁の横で、仁と一緒にアシュレイを見つめた。アシュレイが硬くなっていた表情を、フッと緩める。
「先ほど述べた通り、我々はジンに任せると決めた。そのジンが必要だというのなら、多少の被害など、喜んで受け入れよう」
「アシュレイ……」
「だから、ジン。必ずお前の手でアーティファクトを破壊してくれ」
「ああ!」
仁が力強く頷くと、アシュレイはすぐに踵を返し、部下たちに撤収の指示を出し始めた。
幸いなことに、アーティファクトは里から飛び出した広場に設けられていた。仮にこの一帯が吹き飛んでも、アーティファクトを壊すという決断をした里に、実質的な被害はない。
「仁くん。どうするつもりなの?」
仁を斜め下方から見上げる玲奈の視線に、仁は苦笑いを返す。
「簡単な話だよ。可能な限りの魔力を込めて、今の俺にできる最大火力の魔法を放つだけだよ」
「……私も傍にいていい?」
「それは……」
術者の手を離れた魔法は、術者にも影響を及ぼす。仁としてはもちろん自身の魔法に巻き込まれないようにするつもりだが、放つ魔法の実際の威力がわからないため、絶対ではない。何度も悠長に試していられる時間的猶予はなく、威力を抑えることもできないのだ。
口ごもった仁だったが、先ほどまで玲奈に散々助けられていたことを思い出す。玲奈を危険な目に会わせたくない気持ちは今も昔も変わっていないが、玲奈に助けられているのも事実なのだ。
「仁くんのことだから、きっとありったけの魔力を込めて、また倒れちゃうよ。だから、私に助けさせてくれないかな?」
「そうならないようにするつもりだけど、もしそうなったら、その……よろしく」
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