上 下
296 / 616
第十四章

14-1.危機

しおりを挟む
「それでは、よろしくお願いします」
「承知しました」

 仁とアシュレイの見送る中、黒装束の精兵たち数人がアーティファクトに触れてエルフの里から転移していく。

「無事帰って来てくれるといいけど……」
「転移先はここから離れている。流石にそこまでは帝国の手は回っていないだろう」

 心配そうに呟いた仁に、アシュレイが泰然と答えた。

「そう……だね……」

 アシュレイも不安がないわけではないだろうが、里の兵の指揮を執る者として弱気は見せられないのだろうと、仁はアシュレイの横顔を眺めながら考える。

 今見送ったエルフの精兵は、メルニールへの使者だ。仁が帝都に赴いた際にコーデリアと接触できず、リリーとも遭遇できなかったため、魔王妃と帝国の動きに関する事情をバランに伝えるために仁が手紙をしたためたのだった。

 帝国とメルニールは平和条約を結んでいるため、直接的な支援を期待することはできないが、事情を知らせておくことは無駄ではない。メルニールが積極的に帝国の戦争に加担するとは思えないが、バランならば帝都にいる冒険者たちに巻き込まれないよう注意を促すくらいはするはずだ。

 それと合わせて、カティアが持っていたコーデリアからルーナリアへの書状も届ける案もあったが、万が一にも帝国に奪われる可能性を恐れ、今は仁がアイテムリングの中に預かっている。そのため、それとは別にルーナリア宛ての手紙も仁が用意した。

 ルーナリアには皇女としての立場から情報収集をお願いしたいところだが、ルーナリアの立場に配慮してそれは行わないでおく。帝国の怪しい動きを知らせれば、ルーナリアならば仁が頼まずともそのくらいのことはしてくれるのではないかという浅ましい思いもないではないが、仁もエルフたちも必死なのだ。



 仁がエルフの里に帰還してから既に半月が経過していた。仁の持ち帰ったしらせに、エルフの里は一時騒然となったが、今では落ち着きを取り戻し、情報収集や対応策を練る日々となっていた。

 当初は帝国所属の騎士ということでエルフ族の中にはカティアに懐疑的な目を向ける者たちもいたが、里の恩人である仁が保証したこと、カティアの主人が帝国の皇女でありながら里の危機を仁経由で知らせてくれたこと、そして、カティア自身がその使者であることなどから、徐々に受け入れられていった。それにはカティア自身がエルフと同様に帝国で差別を受けている獣人であることも幸いしたかもしれない。

 そんなカティアは今頃、玲奈たちと一緒に鍛錬に励んでいるはずだ。エルフの里への道中で仁やロゼッタとの力の差を痛感したカティアは、自分の身は自分で守れるように、そして主人の元に戻ったときに助けとなるため、今以上の力を求めたのだった。



「ジン殿!」

 背後から呼ばれて仁が振り向くと、里に通じる内門からロゼッタが駆け寄って来ていた。その後ろにカティアの姿も見えた。

「ジン殿。使者殿はもう出立されましたか?」
「うん」
「そうですか。それでは、その……」

 若干白い頬を朱に染めつつ歯切れが悪くなるロゼッタに変わり、カティアが口を開く。

「ジン。そろそろわたしとロゼさんとの訓練の時間」
「あ、うん。そうだったね」

 仁は頬を掻きながら、照れた様子のロゼッタに苦笑いを送る。恥ずかしい気持ちはありつつも、やはり魔力操作の訓練が大好きなロゼッタだった。

 今では仁の訓練も兼ねて2人同時が恒例となっている魔力操作の訓練だが、ロゼッタとの場合、もう1人は決まってカティアとなっていた。

 どうやらカティアはロゼッタを慕っているようで、仁や玲奈を呼び捨てにしてもロゼッタは「さん」付けで呼んでいる。ロゼッタはカティアに「殿」を付けているし、仁としてはそれに対して何か思うところがあるわけではないが、元の世界でいうと同じネコ科の猫と虎の獣人だからかなどと考えている。

 そんなわけでロゼッタにくっついていることの多いカティアだが、エルフの里の人々はもちろんのこと、玲奈やミル、イムらとも友好的な関係を築けているようで、仁はホッとしていた。

 決意を持って仁たちと行動を共にする選択をしたカティアが肩身の狭い思いをしていては、カティアやコーデリアに申し訳が立たなくなってしまう。

 帝国からの侵略という問題を抱えている以上、今後はどうなるかわからないが、一応の平時である今だけでも獣人差別や奴隷差別のないこの里で伸び伸びと暮らしてほしいという思いを、仁は抱いていた。

 仁はカティアに促されるままアシュレイと別れ、長老の屋敷に足を向ける。その道中、大自然と調和したエルフの里と、そこで暮らす人々を眺め、仁はこの里が戦禍を被ることがないよう願ったのだった。



 しかし、非情な現実ほど、いつも唐突に訪れる。



 数日後、いつものように見回りに出ようとしていたエルフの戦士から、帝国と魔王妃の繋がりを、そして帝国がエルフの里への侵攻をくわだてていることを裏付けるような報告がもたらされた。

 仁も帝都との往復に用いた魔の森内の転移用アーティファクトが、敵の手に落ちたのだ。

 実際にはどういう状態か正確にはわからないのだが、ただ一つ確かなことは、エルフの里からくだん石灯籠いしどうろう型アーティファクトへの転移ができなくなったということ。

 帝国の侵攻の兆候を見逃さないためにも帝国に近いアーティファクトを用いて巡回を厚くしていたのだが、その日の朝、戻って来るはずの人員の未帰還を危ぶんで、追加の要員を派遣しようとしたところ、転移できないことが発覚したとのことだった。

 別の場所のアーティファクトへの転移は正常に働いたため、くだんのアーティファクトだけに何かが起こったとしか考えられない。

「アーティファクトが故障しただけならいいのだが……」

 長老の屋敷の広間に集まった面々が暗く沈む中、アシュレイが重々しい口調で呟いた。

 設置されたのがいつかわからないほど昔から存在しているアーティファクトに不調が起こったとしても、特段おかしくはない。今このタイミングでという思いはあるにしても、アーティファクトと言えど、元の世界の機械と同じでいつかは壊れてしまうものなのかもしれない。

 しかし、そうでなかった場合。

 仁はアシュレイの言外の不安を汲み取り、表情を険しくした。

「昨晩の報告では特に異常はなかったんだよね?」
「ああ。転移は問題なく行えたし、転移先にも異常は見られなかったとの報告を受けている」
「となれば、何かあったとすれば、その後ということか……」

 今も戻らない、昨夜出立した巡回の兵士たち。アーティファクトが故障しただけならば、彼らは別の手段で帰ってくるだろう。しかし。

「ジン。お前はどう考える」
「こんなこと考えたくないけど、魔王妃がアーティファクトを使用できないようにした、とか……」

 仁の脳裏に、光と共に現れた刈り取り蜥蜴リープリザードの姿が浮かんだ。玲奈をはじめ、仁と経験を同じくする面々が眉間にしわを寄せ、喉を鳴らした。

「アーティファクトの機能を上書きすることができるなら、当然、無効にすることも可能だと言いたいのだな」

 確認するように問うたアシュレイに、仁はゆっくりと大きく頷く。仁は巡回の兵士たちの無事を願いながら、皆を見回す。

「アーティファクトが、魔王妃。いや、帝国の手に落ちたと考えるべきだ」

 重々しい空気が場を支配する。もし仁の推測が正しければ、それはエルフの里にかつてない危機が迫っていることを意味していた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【R18】ひとりで異世界は寂しかったのでペット(男)を飼い始めました

桜 ちひろ
恋愛
最近流行りの異世界転生。まさか自分がそうなるなんて… 小説やアニメで見ていた転生後はある小説の世界に飛び込んで主人公を凌駕するほどのチート級の力があったり、特殊能力が!と思っていたが、小説やアニメでもみたことがない世界。そして仮に覚えていないだけでそういう世界だったとしても「モブ中のモブ」で間違いないだろう。 この世界ではさほど珍しくない「治癒魔法」が使えるだけで、特別な魔法や魔力はなかった。 そして小さな治療院で働く普通の女性だ。 ただ普通ではなかったのは「性欲」 前世もなかなか強すぎる性欲のせいで苦労したのに転生してまで同じことに悩まされることになるとは… その強すぎる性欲のせいでこちらの世界でも25歳という年齢にもかかわらず独身。彼氏なし。 こちらの世界では16歳〜20歳で結婚するのが普通なので婚活はかなり難航している。 もう諦めてペットに癒されながら独身でいることを決意した私はペットショップで小動物を飼うはずが、自分より大きな動物…「人間のオス」を飼うことになってしまった。 特に躾はせずに番犬代わりになればいいと思っていたが、この「人間のオス」が私の全てを満たしてくれる最高のペットだったのだ。

【完結】酔い潰れた騎士を身体で慰めたら、二年後王様とバトルする事になりました

アムロナオ
恋愛
医療費が払えず頭を抱えていたアニーは、ひょんな事から浮気されヤケ酒で潰れていた騎士のダリウシュを介抱する。自暴自棄になった彼は「温めてくれ」と縋ってきて……アニーはお金のためそして魔力を得るため彼に抱かれる。最初は傷つけるようにダリウシュ本位の行為だったが、その後彼に泣きながら謝罪され、その姿に絆されてしまったアニーは、その出来事をきっかけにダリウシュが気になり始める。 しかし翌朝、眼が覚めるとダリウシュはお金を残して消えていたーー。 ーー二年後、力に目覚めたアニーはそれを利用しイカサマしてお金を稼いでいたが、悪事が放置されるはずもなく、とうとう逮捕されてしまう。 国王の前で裁かれたアニーは再びダリウシュと再開し、彼のおかげで軽い罰で済んだ……のだが、アニーを助けたダリウシュは「一緒に国王を倒そう!」と言ってきて!? 愚直なマイペース好青年ダリウシュ×コミュ障一匹狼アニーのエロありのサクセスストーリーです! 途中重いテーマも入りますが、楽しんで頂けると嬉しいな♬ ※えち描写あり→タイトルに◆マークつけてます ※完結まで毎日更新

二人の公爵令嬢 どうやら愛されるのはひとりだけのようです

矢野りと
恋愛
ある日、マーコック公爵家の屋敷から一歳になったばかりの娘の姿が忽然と消えた。 それから十六年後、リディアは自分が公爵令嬢だと知る。 本当の家族と感動の再会を果たし、温かく迎え入れられたリディア。 しかし、公爵家には自分と同じ年齢、同じ髪の色、同じ瞳の子がすでにいた。その子はリディアの身代わりとして縁戚から引き取られた養女だった。 『シャロンと申します、お姉様』 彼女が口にしたのは、両親が生まれたばかりのリディアに贈ったはずの名だった。 家族の愛情も本当の名前も婚約者も、すでにその子のものだと気づくのに時間は掛からなかった。 自分の居場所を見つけられず、葛藤するリディア。 『……今更見つかるなんて……』 ある晩、母である公爵夫人の本音を聞いてしまい、リディアは家族と距離を置こうと決意する。  これ以上、傷つくのは嫌だから……。 けれども、公爵家を出たリディアを家族はそっとしておいてはくれず……。 ――どうして誘拐されたのか、誰にひとりだけ愛されるのか。それぞれの事情が絡み合っていく。 ◇家族との関係に悩みながらも、自分らしく生きようと奮闘するリディア。そんな彼女が自分の居場所を見つけるお話です。 ※この作品の設定は架空のものです。 ※作品の内容が合わない時は、そっと閉じていただければ幸いです(_ _) ※感想欄のネタバレ配慮はありません。 ※執筆中は余裕がないため、感想への返信はお礼のみになっておりますm(_ _;)m

『覇王アンシュラオンの異世界スレイブサーガ』 (旧名:欠番覇王の異世界スレイブサーガ)

園島義船(ぷるっと企画)
ファンタジー
★【重要】しばらくは本家の「小説家になろう」のほうだけの更新となります★ ――――――――――――――――――――――― 【燃焼系世界】に転生した少年の、バトルあり、ほのぼのあり、シリアスあり、ギャグありのバトル系ハーレム物語(+最強姉)。  生まれ変わったら、「姉とイチャラブして暮らしたい。ついでに強い力で守ってあげて、頼られたい」。姉属性大好きの元日本人のアンシュラオンは、そんな願いをもって転生したものの、生まれた異世界にいた姉は、最高の資質を持つはずの自分すら超える【最強の姉】であった。  激しく溺愛され、その重い愛で貞操すら(過去に自ら喜んで)奪われ、半ば家畜同然に暮らしていたが、ようやく逃げ出すことに成功する。常に支配され続け、激しいトラウマを負った彼が次に求めるのは、「従順な女性とイチャラブしたい」という願望。そこで目をつけたのがスレイブ(奴隷)である。  「そうだ。スレイブならば、オレを支配しないはずだ。何でも言うことを聞いてくれるし」  そんな単純で不純な動機でスレイブに手を染めるのだが、それが彼の運命を大きく変えていくことになる。  覇王アンシュラオンと『災厄の魔人』である最強姉のパミエルキが織り成す、異世界バトルハーレムファンタジー! ―――――――――――――――――――――――――――――――――――――  ここはフロンティア。安っぽい倫理観などなく、暴力と金だけが物を言う魔獣溢れる未開の大地。嫌いなやつを殺すことも自由。奪うのも自由。誰かを愛するのも自由。誰かを助けるのも自由。そんな中で好き勝手に生きる少年が、お姉さんとイチャついたり、女の子たちを優遇したり、おっさんと仲良くしたり、商売を始めたり、都市や国を創ったり、魔獣を飼い慣らしたりする物語。 ――――――――――――――――――――――――――――――――――――― ※しばらく毎日更新予定。最低でも【午前一時】に1話アップ ※よろしければ評価、ブックマークよろしくお願いします(=^^=) ※以前のもの「欠番覇王の異世界スレイブサーガ」とは異なる新バージョンです。草案に基づいてリメイク、違う展開の新版として再スタートしています!旧版は作者HPで掲載しています。 〇小説家になろう、カクヨムでも同時連載しています。 https://ncode.syosetu.com/n7933hg/ https://kakuyomu.jp/works/16816700429162584988 〇HP https://puruttokikaku.com/ 〇ブログ https://puruttokikaku.muragon.com/

今さら、私に構わないでください

ましゅぺちーの
恋愛
愛する夫が恋をした。 彼を愛していたから、彼女を側妃に迎えるように進言した。 愛し合う二人の前では私は悪役。 幸せそうに微笑み合う二人を見て、私は彼への愛を捨てた。 しかし、夫からの愛を完全に諦めるようになると、彼の態度が少しずつ変化していって……? タイトル変更しました。

少年はメスにもなる

碧碧
BL
「少年はオスになる」の続編です。単体でも読めます。 監禁された少年が前立腺と尿道の開発をされるお話。 フラット貞操帯、媚薬、焦らし(ほんのり)、小スカ、大スカ(ほんのり)、腸内洗浄、メスイキ、エネマグラ、連続絶頂、前立腺責め、尿道責め、亀頭責め(ほんのり)、プロステートチップ、攻めに媚薬、攻めの射精我慢、攻め喘ぎ(押し殺し系)、見られながらの性行為などがあります。 挿入ありです。本編では調教師×ショタ、調教師×ショタ×モブショタの3Pもありますので閲覧ご注意ください。 番外編では全て小スカでの絶頂があり、とにかくラブラブ甘々恋人セックスしています。堅物おじさん調教師がすっかり溺愛攻めとなりました。 早熟→恋人セックス。受けに煽られる攻め。受けが飲精します。 成熟→調教プレイ。乳首責めや射精我慢、オナホ腰振り、オナホに入れながらセックスなど。攻めが受けの前で自慰、飲精、攻めフェラもあります。 完熟(前編)→3年後と10年後の話。乳首責め、甘イキ、攻めが受けの中で潮吹き、攻めに手コキ、飲精など。 完熟(後編)→ほぼエロのみ。15年後の話。調教プレイ。乳首責め、射精我慢、甘イキ、脳イキ、キスイキ、亀頭責め、ローションガーゼ、オナホ、オナホコキ、潮吹き、睡姦、連続絶頂、メスイキなど。

モブだった私、今日からヒロインです!

まぁ
恋愛
かもなく不可もない人生を歩んで二十八年。周りが次々と結婚していく中、彼氏いない歴が長い陽菜は焦って……はいなかった。 このまま人生静かに流れるならそれでもいいかな。 そう思っていた時、突然目の前に金髪碧眼のイケメン外国人アレンが…… アレンは陽菜を気に入り迫る。 だがイケメンなだけのアレンには金持ち、有名会社CEOなど、とんでもないセレブ様。まるで少女漫画のような付属品がいっぱいのアレン…… モブ人生街道まっしぐらな自分がどうして? ※モブ止まりの私がヒロインになる?の完全R指定付きの姉妹ものですが、単品で全然お召し上がりになれます。 ※印はR部分になります。

【R-18】踊り狂えその身朽ちるまで

あっきコタロウ
恋愛
投稿小説&漫画「そしてふたりでワルツを(http://www.alphapolis.co.jp/content/cover/630048599/)」のR-18外伝集。 連作のつもりだけどエロだから好きな所だけおつまみしてってください。 ニッチなものが含まれるのでまえがきにてシチュ明記。苦手な回は避けてどうぞ。 IF(7話)は本編からの派生。

処理中です...