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第十三章

13-24.魔の手

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「いや。俺たちが、というより、エルフの里か……!?」

 仁の額に冷や汗がにじむ。

 カティアが聞いた、戦争に巻き込まれるかもしれないというセシルの独り言には主語がなかった。初めは奴隷騎士隊の面々が戦争に駆り出されるかもしれないと嘆いていたのかと思ったが、コーデリアからの伝言と合わせて考えれば、別の可能性が出てくる。

 仁の脳内で様々なピースが一つに組み上がっていく。

魔王妃まおうひからエルフの里の存在を知らされたガウェインが帝国内でエルフの里への侵攻を主張していて、コーディーはその事実を俺たちに何とか知らせようとした……?」

 書状か伝言かの違いはあれど、カティアの任務がコーデリアの言葉をルーナリアか仁に伝えることだったのは、仁の居場所が特定できないための処置だったのではないかと推測された。

 それに、カティアが仁と面識がない以上、居場所が明確で、身分と素性が確かなルーナリアを頼るのは妥当な判断だと言える。ルーナリア宛ての書状の中身は不明だが、おそらくルーナリアから仁に伝わることを前提としていたと思われる。

 カティアが仁の真贋しんがんを慎重に見極めようとしていたのは、そうした背景があるのだろうと仁は考えた。コーデリアにしてもカティアにしても、メルニールへの道中で仁と遭遇するのはイレギュラーな事態だったはずだ。

 もしそうであるなら、仁にとって幸運なことと言える。カティアがルーナリアの元に辿り着いたとしても、仁たちはメルニールにはいない。そして、ルーナリアも今の仁たちの居場所を知ってはいるが、エルフの里に知らせる伝手も、里に直接赴く方法も持ち合わせていないのだ。

「カティアさん。奴隷騎士隊が近頃、帝都周辺の治安維持や魔物退治の活動を行わずに、城にこもっていた理由を聞かせてくれるかな?」
「わたしたちのような下っ端には待機の命令があっただけ。ただ、ご主人様や隊長は会議やその準備にとても忙しそうにしていた」

 仁はカティアの返答から、おそらくコーデリアやセシルは帝国軍によるエルフの里への侵攻を止めるためにいろいろと動いてくれていたのだろうと当たりを付ける。

 元々、コーデリアは帝国の他国への侵略を止めるために皇位を望んでいる。そんなコーデリアが戦争阻止に動くことは当然だと言えるし、仁たちは元より、エルフの里に暮らす人々と交流を持っていたセシルが、彼らが戦禍に見舞われるかもしれないと危惧しても不思議はない。

 確証はないまでも、仁はコーデリアからの伝言の解釈を自身の内で固めていく。

 こうなってくると、帝都の城門の門番が仁たちのみならず、サンデルら城に出入りする商人たちまで入城を認めなかったのは、情報の漏洩ろうえいを防ぐためにガウェインが手を回していたように思えてくる。

 仁の想像通り、エルフの里の情報が魔王妃からもたらされたのであれば、コーデリアとセシルを除けば、魔王妃と繋がっているであろうガウェイン以外、帝国内部でエルフの里の場所どころかその存在を知っているものはいないだろう。

 だとするならば、奇襲をかけるために情報が外部に漏れないように手を回すのはおかしなことではない。

 仁はメルニールでのいくさの折の、目の前まで軍を進めてから行われた宣戦布告という名の降伏勧告を思い出した。事前の宣戦布告という慣例を無視した帝国の、ガウェインのやり口だ。

 あのときメルニールではロゼッタを手中に収めようとしていた馬鹿な帝国貴族のお陰で事前の準備を行えたが、今回、コーデリアと、そのめいで命がけの任務に臨んだカティアがいなかったらと考えると、仁はゾッとする思いだった。

 エルフの里はシルフィーナの遺志を継いで魔王妃との戦いへの準備を始めたところだが、それは決して帝国のような大国との戦争を想定したものではないのだ。

「ガウェイン……!」

 仁の口から低い声がこぼれた。

 メルニールに続き、この世界では異分子である自身や玲奈を受け入れてくれたエルフの里。かつての苦い記憶を共有する仲間アシュレイの故郷であり、姉のように慕っていたクリスティーナとも所縁ゆかりのある里を、そこに暮らす何の落ち度もない人々を蹂躙せんとする帝国とガウェインに対する仁の怒気が、黒いもやとなって仁の全身からゆらゆらと立ち昇る。

 メルニールでの敗戦で勢力を落としたはずのガウェインに、コーデリアをはじめ、帝国内の様々な部署に圧力をかけるだけの権力があるのか疑問は残るが、仁の胸中で、帝国がエルフの里への侵攻を企てているということが確定した事実になろうとしていた。

 怒りに身を焦がしそうになっていた仁の手を、澄んだ白い手が包み込んだ。

「ロゼ……」

力いっぱい握りしめていた仁の拳が、溶けた氷のように解けていく。

「ジン殿。エルフの里に帝国軍の魔の手が迫っているのですね」
「確証はないけど、おそらく……」

 仁が顔を伏せると、仁の手を握るロゼッタの手に力が籠められた。滑らかな肌に点在する硬いロゼッタの努力の結晶が、仁の心を落ち着かせる。

「ジン殿」

 柔らかな中に意志の強さを感じさせる声だった。

「ジン殿お一人を戦わせるようなことはいたしません。かつての自分は口だけでしたが、今こそ、あのときの誓いを果たす時」

 顔を上げた仁を、ロゼッタの澄んだ瞳が見つめていた。

「今度こそ、大切なものを守るため、自分はあなたの槍となりましょう」

 仁は目を見開く。仁はどこまでも真っ直ぐなロゼッタの眼差しに、かつての仲間を幻視した。

 理不尽にも魔王の仲間とされ、今に至る白虎族迫害に拍車をかける原因になってしまった白虎族の戦士。大器晩成と言えば聞こえはいいが、その実、成長が遅く、そこに至れるものがほとんどいないために非力とされてきた白虎族でありながら、努力の果てに無双の槍使いとして名を馳せ、仲間のために戦い続けた槍使い。

 そして、異世界から来たという荒唐無稽な仁の話を信じ、怨んでさえいた見知らぬ白虎族の戦士に敬意を抱き、同種の武器を手に努力を重ね、悩み、挫折を乗り越えながら仁や玲奈の力になろうとしているロゼッタ。

 しくも同じ白虎族の槍使いとして白槍と評される仁の自慢の仲間たちは、時を越え、同じ目をしていた。

 気が付くと、仁の心の内でとぐろを巻いていた黒い感情が姿を消していた。

「ロゼ、ありがとう」

 仁が告げると、ロゼッタは整った顔に柔らかな微笑を浮かべた。

 感情的になってしまっては守れるものも守れなくなってしまう。仁は自身に言い聞かせるように強く念じ、握られたままのロゼッタの白い手を、空いた手でそっと握り返した。

「ロゼ。里に帰ろう」

 仁の下した決断に、ロゼッタが力強く頷いた。
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