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第十三章
13-13.旧知
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「失礼します」
ウィスマン奴隷商の商館の応接間に場所を移した仁は、サンデルに促されてソファーに腰を下ろした。仁がチラリと背後に目を向けると、仁を守るように直立不動で控えるロゼッタの姿が目に入った。申し訳なさそうな仁の視線に、ロゼッタはほんのりと笑みを浮かべて返す。
仁としてはロゼッタも同様に扱ってほしかったが、この世界の、サンデルの暮らす帝国の常識に照らし合わせればそれが無理な願いなのは間違いなかった。仁をただの奴隷と侮らずに話を聞いてくれそうで、更に皇族との繋がりを持つサンデルの機嫌をここで損ねるわけにはいかない。
仁が心の中でロゼッタに謝罪をしてからサンデルに向き直ると、サンデルは仁とロゼッタに真摯な瞳を向けていた。
「ジン様。そちらの奴隷の女性は?」
「俺と同じ玲奈ちゃんの奴隷で、俺の、俺たちの大切な仲間です」
「なるほど。そうですか……」
サンデルは豊かな口髭を一撫でし、暫し考え込むと、ロゼッタにも着席を促した。仁とロゼッタは丸くした目でサンデルを見つめる。
「ジン様やレナ様のお仲間ということは、こちらの女性もおそらくドラゴンとも戦われたのでは?」
「それは……はい」
どうやらサンデルは仁と玲奈がジークのドラゴン討伐を手伝ったとされる冒険者であることを知っているようだった。
「ならば、彼女もまた我ら帝都の民の恩人。恩人を立たせたままとあっては、このサンデル、一生の恥となりましょう」
サンデルはそう言ってから仁とロゼッタに感謝の言葉を続け、再度着席を促す。ロゼッタは困惑の表情を浮かべるが、仁が頷くのを確認してから恐る恐るソファーに細い腰を沈めた。
今となってはメルニールやエルフの里で玲奈やミルらと席を同じくすることが日常となっていたロゼッタだが、いくら恩人とはいえ、差別意識が高く奴隷を物としか思っていないはずの帝国人にこのような扱いを受けるとは思ってもみなかったため、困惑するのも無理からぬことだった。
仁の顔にも驚きが浮かんでいたのか、サンデルは悪戯に成功した子供のような笑みを浮かべた。
「ここだけの話、巷で話題の奴隷騎士隊の方々はその大半が私どもの商会の出身でして。あの方々は奴隷と言えど騎士。礼をもって接しなければ罪となりましょう。ならば、奴隷冒険者も一冒険者として扱っても何の問題もありますまい。そもそも、奴隷だからという理由だけで、奴隷になった経緯も知らずに虐げ差別する今の風潮は、私はあまり好きではないのです」
サンデルは何でもないことのように言うが、仁は信じられない思いだった。
サンデルが奴隷である仁にも敬意を払ってくれていたのは仁が本来の意味での奴隷ではなく、異世界から勇者として召喚されたと知っているからで、ありがたいとは思っても不思議には思わなかったが、帝国を代表する奴隷商のサンデルがそのような考えを持っているとは思いもしなかった。
「ジン様の驚かれる気持ちもわかります。私の考えが帝国では異端とされることは重々承知しております。されど、特殊な生い立ちのジン様だからこそ、そういった奴隷商人もいるということを知っていただきたいのです」
「サンデルさん……」
「とはいえ、私と同じような想いを抱いている奴隷商はそう多くはありません。この辺りを拠点にしているものですと、私どもの他にはレヴェリー奴隷館くらいでしょう」
サンデルの口から飛び出した聞き覚えのある名称に、仁が隣に座るロゼッタを見遣ると、ロゼッタはビクッと身を震わせて硬直していた。レヴェリー奴隷商とはロゼッタを購入した商会に間違いない。仁はサンデルに向き直ると、緊張した硬い面持ちで口を開く。
「あの、サンデルさん。そのレヴェリー奴隷館は、その、無事なんですか?」
「無事、とは……?」
サンデルは不思議そうに仁とロゼッタの様子を観察していたが、すぐに何かに気付いたのか、ポンと手を打った。
「確かレヴェリー奴隷館は、以前はメルニールに居を構えていたのでしたな。帝国とメルニールでの戦争の折に帝都に移転したようですが、私どもの商館と同様にドラゴンからの被害も免れ、今も店を開いておりますよ」
「そうですか……! ロゼ、よかったね!」
仁が横を向くと、ロゼッタは瞼をキュッと閉じ、大きく頷いた。戦争時は準備に追われていてパーラの動向まで気を回せなかったため、仁は心の中でずっと引っかかっていたのだった。戦後、どうやらパーラが戦前にメルニールを去っていたらしいことは小耳に挟んだが、ロゼッタは気にする素振りを見せなかったのだ。
ロゼッタとしては玲奈に買われた以上、レヴェリー奴隷館やパーラとは関係ないというスタンスを取っていたのだろうが、契約を結ぶに至る過程のロゼッタとパーラとの関係を見るに、気にしていないわけがなかった。
それでいてこれまで確認を取ることをしていなかったのはロゼッタに甘えていたからだが、サンデルの口からレヴェリー奴隷館の名を聞いては、さすがに聞かなかったことにはできなかった。
メルニールを去ったからには帝都に向かったと考えるのが妥当だが、そうするとその後のドラゴン襲撃に巻き込まれた可能性があったのだが、こうして無事を知ることができ、仁は本当に良かったと心から安堵したのだった。
「そのご様子から察するに、あなたはレヴェリー奴隷館でジン様やレナ様とお会いしたのですね」
「はい」
ロゼッタは力強く応じると、フードを取った。隠されていたロゼッタの白い髪と虎耳が露わになる。
「自己紹介が遅れました。自分はレナ様の奴隷のロゼッタと申します。会長のパーラ様と、亡くなられた先代には大変お世話になりました」
ロゼッタが深く頭を下げた。仁が恐る恐るサンデルの反応を窺うと、サンデルは驚きで目を見開いていた。
「あなたがあの時の……!」
「サンデルさん。ロゼをご存じなんですか?」
「ええ。ロゼッタさんは覚えておられないかもしれませんが、ロゼッタさんがまだ幼い頃、一度だけお会いしたことがあるのです」
昔を懐かしむように言うサンデルに、今度はロゼッタが目を丸くする番だった。
「実は私とレヴェリー奴隷館の先代は旧知の仲でして。お互いに同じ奴隷商であるために商売上は好敵手といった関係でしたが、奴隷という形で保護した白虎人(しろとらびと)族の子供の件で相談を受けたことがあったのです。そのときは大した力になることはできませんでしたが、良い主人と巡り合えたようで、奴も喜んでいることでしょう」
サンデルは目尻を下げて優しい笑みをロゼッタに向けていた。
「ということは、サンデルさんはパーラさんともお知り合いなんですか?」
「ええ。先代が亡くなった際に若くして商会長を継いだ彼女が心配で支援を申し出たのですが、何をどうしたのか、私がレヴェリー奴隷館を金に物を言わせて乗っ取る腹積もりだと誤解されてしまいまして。奴隷商ギルドの会合などで顔を合わせることはあるのですが、声をかけるたびに悪態を吐かれてしまって困っています」
かつてレヴェリー奴隷館に足を運んだ際、入店早々に玲奈を煽り、ロゼッタを意に反して性奴隷にしようとしていた貴族に対して暴言を吐いていたパーラの様子を思い出し、仁は苦笑いを浮かべるサンデルに悪いと思いながらも小さく吹き出してしまう。
「レヴェリー奴隷館の対面に支店を構えているのが勘違いされる原因になったのでしょうか……」
サンデルが小さく呟くと、仁の横からも、くすくすと笑い声が聞こえてきた。
何とも言えない、それでいて穏やかな時間が流れる。しばらくするとサンデルが柏手を打ち、仁とロゼッタの注目を集めた。
「おっと、いけません。温かな空気が心地よく、ついついこのままジン様のお話を伺うのを忘れてしまうところでした。ジン様。今や名実ともに勇者――英雄になられたあなたが、しがない奴隷商の顔をただ懐かしく思って声をかけられたわけではないのでしょう?」
サンデルの言を受け、仁は居住まいを正す。懐かしさを感じていないわけではないが、サンデルの言うようにそれが声をかけた目的ではない。思わぬところで気がかりだったパーラの消息も知れたが、もちろん、そのためでもなかった。
仁はコーデリアと連絡の取れない現状を打破するために、サンデルから情報を得ようと考えたのだ。
先ほどまで仁は知らなかったことではあるが、コーデリアが奴隷を購入しているのがウィスマン奴隷商であるというのなら、この帝都でサンデル以上に仁の力になってくれそうな人に心当たりはなかった。
このチャンスは逃せない。そう仁は自身に言い聞かせ、ゆっくりと口を開いた。
ウィスマン奴隷商の商館の応接間に場所を移した仁は、サンデルに促されてソファーに腰を下ろした。仁がチラリと背後に目を向けると、仁を守るように直立不動で控えるロゼッタの姿が目に入った。申し訳なさそうな仁の視線に、ロゼッタはほんのりと笑みを浮かべて返す。
仁としてはロゼッタも同様に扱ってほしかったが、この世界の、サンデルの暮らす帝国の常識に照らし合わせればそれが無理な願いなのは間違いなかった。仁をただの奴隷と侮らずに話を聞いてくれそうで、更に皇族との繋がりを持つサンデルの機嫌をここで損ねるわけにはいかない。
仁が心の中でロゼッタに謝罪をしてからサンデルに向き直ると、サンデルは仁とロゼッタに真摯な瞳を向けていた。
「ジン様。そちらの奴隷の女性は?」
「俺と同じ玲奈ちゃんの奴隷で、俺の、俺たちの大切な仲間です」
「なるほど。そうですか……」
サンデルは豊かな口髭を一撫でし、暫し考え込むと、ロゼッタにも着席を促した。仁とロゼッタは丸くした目でサンデルを見つめる。
「ジン様やレナ様のお仲間ということは、こちらの女性もおそらくドラゴンとも戦われたのでは?」
「それは……はい」
どうやらサンデルは仁と玲奈がジークのドラゴン討伐を手伝ったとされる冒険者であることを知っているようだった。
「ならば、彼女もまた我ら帝都の民の恩人。恩人を立たせたままとあっては、このサンデル、一生の恥となりましょう」
サンデルはそう言ってから仁とロゼッタに感謝の言葉を続け、再度着席を促す。ロゼッタは困惑の表情を浮かべるが、仁が頷くのを確認してから恐る恐るソファーに細い腰を沈めた。
今となってはメルニールやエルフの里で玲奈やミルらと席を同じくすることが日常となっていたロゼッタだが、いくら恩人とはいえ、差別意識が高く奴隷を物としか思っていないはずの帝国人にこのような扱いを受けるとは思ってもみなかったため、困惑するのも無理からぬことだった。
仁の顔にも驚きが浮かんでいたのか、サンデルは悪戯に成功した子供のような笑みを浮かべた。
「ここだけの話、巷で話題の奴隷騎士隊の方々はその大半が私どもの商会の出身でして。あの方々は奴隷と言えど騎士。礼をもって接しなければ罪となりましょう。ならば、奴隷冒険者も一冒険者として扱っても何の問題もありますまい。そもそも、奴隷だからという理由だけで、奴隷になった経緯も知らずに虐げ差別する今の風潮は、私はあまり好きではないのです」
サンデルは何でもないことのように言うが、仁は信じられない思いだった。
サンデルが奴隷である仁にも敬意を払ってくれていたのは仁が本来の意味での奴隷ではなく、異世界から勇者として召喚されたと知っているからで、ありがたいとは思っても不思議には思わなかったが、帝国を代表する奴隷商のサンデルがそのような考えを持っているとは思いもしなかった。
「ジン様の驚かれる気持ちもわかります。私の考えが帝国では異端とされることは重々承知しております。されど、特殊な生い立ちのジン様だからこそ、そういった奴隷商人もいるということを知っていただきたいのです」
「サンデルさん……」
「とはいえ、私と同じような想いを抱いている奴隷商はそう多くはありません。この辺りを拠点にしているものですと、私どもの他にはレヴェリー奴隷館くらいでしょう」
サンデルの口から飛び出した聞き覚えのある名称に、仁が隣に座るロゼッタを見遣ると、ロゼッタはビクッと身を震わせて硬直していた。レヴェリー奴隷商とはロゼッタを購入した商会に間違いない。仁はサンデルに向き直ると、緊張した硬い面持ちで口を開く。
「あの、サンデルさん。そのレヴェリー奴隷館は、その、無事なんですか?」
「無事、とは……?」
サンデルは不思議そうに仁とロゼッタの様子を観察していたが、すぐに何かに気付いたのか、ポンと手を打った。
「確かレヴェリー奴隷館は、以前はメルニールに居を構えていたのでしたな。帝国とメルニールでの戦争の折に帝都に移転したようですが、私どもの商館と同様にドラゴンからの被害も免れ、今も店を開いておりますよ」
「そうですか……! ロゼ、よかったね!」
仁が横を向くと、ロゼッタは瞼をキュッと閉じ、大きく頷いた。戦争時は準備に追われていてパーラの動向まで気を回せなかったため、仁は心の中でずっと引っかかっていたのだった。戦後、どうやらパーラが戦前にメルニールを去っていたらしいことは小耳に挟んだが、ロゼッタは気にする素振りを見せなかったのだ。
ロゼッタとしては玲奈に買われた以上、レヴェリー奴隷館やパーラとは関係ないというスタンスを取っていたのだろうが、契約を結ぶに至る過程のロゼッタとパーラとの関係を見るに、気にしていないわけがなかった。
それでいてこれまで確認を取ることをしていなかったのはロゼッタに甘えていたからだが、サンデルの口からレヴェリー奴隷館の名を聞いては、さすがに聞かなかったことにはできなかった。
メルニールを去ったからには帝都に向かったと考えるのが妥当だが、そうするとその後のドラゴン襲撃に巻き込まれた可能性があったのだが、こうして無事を知ることができ、仁は本当に良かったと心から安堵したのだった。
「そのご様子から察するに、あなたはレヴェリー奴隷館でジン様やレナ様とお会いしたのですね」
「はい」
ロゼッタは力強く応じると、フードを取った。隠されていたロゼッタの白い髪と虎耳が露わになる。
「自己紹介が遅れました。自分はレナ様の奴隷のロゼッタと申します。会長のパーラ様と、亡くなられた先代には大変お世話になりました」
ロゼッタが深く頭を下げた。仁が恐る恐るサンデルの反応を窺うと、サンデルは驚きで目を見開いていた。
「あなたがあの時の……!」
「サンデルさん。ロゼをご存じなんですか?」
「ええ。ロゼッタさんは覚えておられないかもしれませんが、ロゼッタさんがまだ幼い頃、一度だけお会いしたことがあるのです」
昔を懐かしむように言うサンデルに、今度はロゼッタが目を丸くする番だった。
「実は私とレヴェリー奴隷館の先代は旧知の仲でして。お互いに同じ奴隷商であるために商売上は好敵手といった関係でしたが、奴隷という形で保護した白虎人(しろとらびと)族の子供の件で相談を受けたことがあったのです。そのときは大した力になることはできませんでしたが、良い主人と巡り合えたようで、奴も喜んでいることでしょう」
サンデルは目尻を下げて優しい笑みをロゼッタに向けていた。
「ということは、サンデルさんはパーラさんともお知り合いなんですか?」
「ええ。先代が亡くなった際に若くして商会長を継いだ彼女が心配で支援を申し出たのですが、何をどうしたのか、私がレヴェリー奴隷館を金に物を言わせて乗っ取る腹積もりだと誤解されてしまいまして。奴隷商ギルドの会合などで顔を合わせることはあるのですが、声をかけるたびに悪態を吐かれてしまって困っています」
かつてレヴェリー奴隷館に足を運んだ際、入店早々に玲奈を煽り、ロゼッタを意に反して性奴隷にしようとしていた貴族に対して暴言を吐いていたパーラの様子を思い出し、仁は苦笑いを浮かべるサンデルに悪いと思いながらも小さく吹き出してしまう。
「レヴェリー奴隷館の対面に支店を構えているのが勘違いされる原因になったのでしょうか……」
サンデルが小さく呟くと、仁の横からも、くすくすと笑い声が聞こえてきた。
何とも言えない、それでいて穏やかな時間が流れる。しばらくするとサンデルが柏手を打ち、仁とロゼッタの注目を集めた。
「おっと、いけません。温かな空気が心地よく、ついついこのままジン様のお話を伺うのを忘れてしまうところでした。ジン様。今や名実ともに勇者――英雄になられたあなたが、しがない奴隷商の顔をただ懐かしく思って声をかけられたわけではないのでしょう?」
サンデルの言を受け、仁は居住まいを正す。懐かしさを感じていないわけではないが、サンデルの言うようにそれが声をかけた目的ではない。思わぬところで気がかりだったパーラの消息も知れたが、もちろん、そのためでもなかった。
仁はコーデリアと連絡の取れない現状を打破するために、サンデルから情報を得ようと考えたのだ。
先ほどまで仁は知らなかったことではあるが、コーデリアが奴隷を購入しているのがウィスマン奴隷商であるというのなら、この帝都でサンデル以上に仁の力になってくれそうな人に心当たりはなかった。
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