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第十三章

13-9.名案

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「まさかセシルへの取り次ぎまで拒否されるとはなぁ……」

 日が傾きを増した頃、仁とロゼッタは帝都を出て街道を東に進んでいた。明日以降も門番に掛け合うなり、情報を集めて別の手を探すなり、何かしらの行動をするためには帝都に近い地点でキャンプを張りたかったが、あまり近くだと人の目が多く、なぜ帝都で宿を取らないのかと怪しまれる可能性があった。

 帝都の外壁の門は夜間には閉じられるため、来訪者の中には到着時間が遅れて門の外で夜営をする者もいるが、そう数が多いわけでもなければ、そういった人たちでも翌日以降は帝都の中で宿を取る。

 仁たちの場合、どのくらいの期間滞在することになるかわからず、目立つところで夜営をするのははばかられた。仁たちにやましいところはないが、どこの世界にもいろいろと邪推する者はいるものだ。それも奴隷だけでとわかれば、面倒事に巻き込まれないとは言い難い。

「セシルも奴隷騎士隊の隊長だから、奴隷如何はともかく、形式上の身分だけならかなり高いのかもしれないけど……」

 仁はどの辺りにキャンプを張るべきか考えながら愚痴をこぼす。

「しかしジン殿。コーディー様やセシル殿はともかく、奴隷騎士の誰かにすらも取り次がないのは、流石に門番の分を超えているのでは?」

 仁が半歩遅れて斜め後ろを歩くロゼッタに顔ごと視線を向けると、ロゼッタの表情には不満がありありと浮かんでいた。

 仁はコーデリアへの取り次ぎが無理ならセシルに、それでもダメなら奴隷騎士隊の一隊員でもと考えたのだが、門番は取りつく島もなかったのだった。

「まぁ、今回の件は俺たちが奴隷だからっていうのもあるんだろうけどね」

 仁も門番の肩を持つつもりはないが、端から奴隷騎士隊に入隊するのが目的だと決めつけられていたため、その関係者に会わせない心づもりだったのは見て取れた。しかし。

 憤慨しているロゼッタをなだめながら、仁は門番とのやり取りの一幕を思い出す。

 かたくなに仁たちの願いを拒絶し続けた門番が一瞬だけ別の反応を示したのが、仁がジークによるドラゴン退治に協力した冒険者だと告げたときだ。

 あの反応を見るに、門番は宿屋の店員と違って仁の名前を知っていた節がある。

 事前にギルド証を提示していたため、仁の名乗った名前が偽名でないことはわかっていたはずだ。だとすれば、偶然同じ名前だったことを利用しようとしたと思われたのか。それとも。

「だとしても、このようなことがまかり通っていては、帝国に益のある来訪者を門前払いにしてしまうという事態も起こりかねません!」
「いや、うん。ロゼッタの言うことはもっともだと思うよ」

 誰でも彼でも取り次ぎしていては切りがないという門番の事情は理解できるが、今回、仁は帝都を救った英雄ジークの協力者であり、コーデリアやセシルと知り合いだと告げたのだ。

 偽物だと門番が疑う気持ちもわからないではないが、仁がメルニールのギルドに所属している冒険者で同名だということは証明されている上に、奴隷騎士なら誰でもいいとまで譲歩したのだ。だとすれば、念のために取り次ぐくらいはしても罰は当たらないと仁は思っていた。

 実際、ロゼッタの言うように、仁の持つ情報は、コーデリアは元より、帝国にとっても価値のある情報だと言える。魔王妃の存在を後世に伝えていない人族が信じるかどうかは別として、魔王妃が魔族以外の種族と敵対していた過去がある以上、人族至上主義を掲げる帝国としてもその動向は掴んでおきたいと考えるのが道理だ。

 仁のもたらした情報をどう扱うかはコーデリアに任せるつもりだが、帝国内部に魔王妃の復活を知るものが誰もいないという状況は帝国に多大な被害をもたらすことに繋がりかねない。

 事実、恐るべき鉤爪テリブルクローがエルフの里を襲撃したように、いつ帝国に強力な魔物の魔の手が伸びてきてもおかしくはなかった。

 そんな貴重な情報を無償で伝えようとしている仁とロゼッタを門番の一存で拒絶するのは悪手にしか思えなかったが、当の門番に話したところで作り話だと一蹴されるのは目に見えている。

 それに、魔王妃の魂がユミラから体を取り換えていない保証もないため、あまり大っぴらにしたくない思いも仁にはあった。

「帝都が、帝国が今あるのはジン殿がドラゴンを倒したおかげだというのに……」

 仁が色々と思考を巡らせている間もロゼッタの気持ちは晴れなかったようで、仁は苦笑いを浮かべつつ、自身の代わりに怒ってくれていることを嬉しく思ったのだった。



「それでジン殿。どの辺りまで離れるおつもりですか?」

 しばらく街道を進んでいると、ロゼッタが仁に問いかけた。仁は思考を一旦停止して、はたと足を止めた。仁が振り向くと、まだ帝都の壁は見えるものの、かなり距離があることがわかった。

「ごめん、ロゼ。考え事をしていて、けっこう遠くまで来ちゃったみたいだ」
「いえ。そういうことであれば、もう少し早く声をかければよかったですね」

 こちらこそ申し訳ないと謝罪で返すロゼッタに、仁は改めて謝るが、このままでは互いに謝罪が続いてしまうと考え、話を進める。

「俺としてはこの辺りで大丈夫だと思うけど、どうかな?」
「はい。自分も異存はありません。辺りに人影もありませんし、今のところは魔の森からの魔物を警戒するだけで良さそうですしね」
「そうだね。でも、道中もそうだったけど、2人だと交互に見張りをするしかないのが辛いよね」

 テレビやパソコン、スマホなどのないこちらの世界では1人きりで夜番をするというのはなかなかに辛いものがある。もちろん夜番というからには周囲の警戒をしなければならないので、仮に娯楽や暇を潰せるものがあったとしてもそれに集中してしまっては本末転倒ではあるが、話し相手もいない中ですることもないというのは、慣れはしてもあまり歓迎したくない状況だった。

 2人ということは一人一人の担当時間も必然的に長くなるため、その思いが強くなる。

 見張りというのは得てしてそういうものかもしれないが、気軽にパソコンやスマホでインターネットにアクセスできた元の生活を、仁はふと懐かしく思った。

「せめてダンジョンの安全地帯のように、魔物が出ないとわかっていれば少しは気が抜けるのですが」

 ロゼッタが苦笑と共に同意を示す。仁はその後に小さく続いた、「それならレナ様の言いつけに反することにもなりませんし」というロゼッタの言葉を聞かなかったことしてキャンプの設営の準備に取り掛かろうとするが、急に動きを止め、その直後、バッと勢いよくロゼッタに顔を向けた。

「ロゼ。今なんて言った?」

 仁の反応に首を傾げながら、ロゼッタが再度繰り返す。

「ダンジョンのように安全地帯があれば魔物の心配をしないで済む分、少しは楽になると――」
「それだ!」

 仁は名案を思い付いたというように目を輝かせ、ロゼッタの首は益々傾きを増したのだった。
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