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第十三章

13-6.手応え

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「玲奈ちゃん、どうしたの?」
「夜遅くにごめんね。ちょっとだけ時間もらえるかな?」
「うん。大丈夫だよ」

 仁は内側に開いたドアを手で押さえて玲奈を自室に招き入れながら、少し前に似たようなことがあったことを思い出す。仁たちがメルニールを離れることを決めた日の晩。あのとき、玲奈は以前から約束していた魔力操作の訓練をするために仁の部屋を訪れたのだった。

 仁は静かにドアを閉めると、ベッドの脇に向かう玲奈を見遣る。長く綺麗な黒髪に沿うように上から下に視線を動かす。以前の玲奈はサラに乗せられたルーナリアの助言を受けて赤いスケスケのネグリジェを身に着けていたが、今日はまだ鎧を外しただけの姿だった。

「仁くん。どこを見てるのかな?」

 仁が残念なようなホッとしたような複雑な感情を抱いていると、玲奈が不意に振り向いた。玲奈は前かがみから見上げるように仁を覗き込む。小悪魔めいた笑みを浮かべる玲奈の見透かすような視線に、仁は反射的に目を逸らした。

「まったく、仁くんはいったい何を思い出してるのかな?」
「な、何のことかな?」

 仁はとぼけるが、仁の考えが玲奈にお見通しなのは疑う余地がない。玲奈は小さく含み笑いをすると、ベッドの脇からベッドの端を指さした。

「えっちな仁くん。そこに座ってください」

 仁は促されるまま、ベッドの端に腰を下ろす。怒られるのかなと、仁は少しだけビクビクしながら目線だけで様子を窺うが、玲奈は機嫌良さそうに笑みをたたえていた。

「仁くん。今、魔力減ってる?」

 仁がどういうことだろうかと疑問に思っていると、玲奈から予想外の質問が飛んできた。仁はますます首を傾げながらも目を閉じ、自身のステータスを表示する。

 おそらく玲奈の言う魔力とは魔法の強さを示す魔力の数値そのものではなく、魔力量、すなわちMPだと察し、仁は自身のステータスの該当部分を確認してから目を開けた。

「少しだけど減っているね。明日の朝には回復しているだろうけど」

 仁は午前中のエルフの少女たちへの魔力操作の訓練の他に、午後の話し合いが終わってから旅の準備をするかたわら、黒炎と黒雷を同時に使用する練習などを行っていたため、満タンではなかったが、一晩寝れば十分に全回復する程度の減りだ。

 諸々の準備が終われば近日中に、できるだけ早く出発するつもりでいるため、魔力の消費を無理のない範囲に抑えていた結果だった。

「よしよし」

 仁の返答を受け、玲奈の口角が吊り上がる。仁は訳が分からず、頭を逆側に傾けた。

「じゃあ、仁くん。手を出して」
「手?」
「うん。私と握手しよう!」

 どうして突然そうなるのか、仁はもう何が何だか分からなかったが、にこやかな笑みを浮かべる玲奈の魅力に抗えず、正面で両手を広げて待ち構える玲奈の前に右手を差し出した。

「仁くん。左手も」

 言われるまま仁が左手も差し出すと、玲奈は仁の左右の手のそれぞれの指の間に、自身のそれを交互に挿し入れる。玲奈が指を折り曲げ、仁もそれにならった。押し合いをしているのでなければ巷の恋人たちがイチャついているようにも見える格好に、仁の心臓が高鳴り始める。

「ちょっとだけそのままにしててね」

 玲奈がそう言ってゆっくりとまぶたを下ろした。

 仁はどこかボーっとした頭で、メルニールからエルフの里に向かう途中で何度か玲奈に握手をせがまれたことを思い出すが、仁の脳はそれが何を意味するか思考できるほど正常に働いてはいなかった。

 仁は玲奈の手のひら全体から伝わる温もりに身をゆだねながら、大好きな玲奈の可愛らしい顔を無遠慮に見つめる。美人と言うよりは愛らしさの目立つ、まさに可愛いとしか言い表せない顔だった。

 次第に仁の視線が玲奈の口に引き寄せられる。キュッと結ばれた瑞々しい唇が、とても美味しそうに感じられた。二人の繋いだ手がますます熱を持っていく。それに伴って仁の体全体がぽかぽかと火照ほてり、ふかふかの布団に包まって微睡まどろみの中にいるような気さえしてきた。

 おぼろげな意識の中で仁が玲奈の唇の味に思いを馳せていると、玲奈の長く伸びた睫毛まつげがゆっくりと瞼を持ち上げ、パッチリとした二重瞼を作り上げた。玲奈がまなじりを下げ、柔らかそうな頬が口角ごと吊り上がる。

「仁くん。私としては手応てごたえがあったんだけど、どうかな?」

 玲奈が問いかけるが、仁は心ここに非ずといった様子で玲奈を見つめたまま微動だにしない。

「おーい。仁くーん」

 玲奈が仁と繋がった手をにぎにぎと動かすと、仁がビクッと両肩を揺らした。

「あ、ごめん。なんだかボーっとしちゃって……」

 仁はまばたきを繰り返し、脳に再起動を促す。仁の体の火照りは徐々に引いて行くが、じんわりとした温かさは居座ったままだった。

「じゃあ、仁くん。もう一度ステータスを確認してみて」

 玲奈が繋いだ手を離しながら、にこやかに告げた。仁は両の手のひらから失われた柔らかな感触に名残惜しさを感じつつ、少しだけはっきりとしてきた頭で自身のステータスを確認する。

「……え?」

 閉じられた仁の瞼がピクリと震えた。直後、目を見開いた仁は驚きの声を上げた。

「玲奈ちゃん、これは……!?」

 仁の減っていたはずのMPが回復していた。そればかりか、僅かではあるが、上限を超えていたのだ。

「よかった。成功したみたいだね」

 玲奈は引き寄せた右手を胸に当て、安堵の息を吐き出した。次いで、玲奈はお預けをくらった雛鳥のように自身を見上げる仁を見つめて小さな笑い声を上げてから、仁の望む回答を口にする。

「えっとね。私の魔力をね、少しだけ仁くんに渡したの」
「……え!?」

 簡潔かつ的確に語られた玲奈の言葉に、仁が大口を開けたまま固まる。

「この部屋に来たとき、私の魔力は満タンだったんだけど――」

 玲奈はそう言ってから仁に魔眼を使って自分を鑑定するように促す。仁が玲奈の声に従って左目の魔眼を発動させると、玲奈のステータスの内、MPが減少していることがわかった。

 この減っている分のMPが仁に渡ったというのか。仁が生唾を飲み込む。

 仁が驚愕の中、視界に表示された玲奈のステータスをそのまま順に追っていくと、特殊技能の欄に見覚えのない技能が追加されていることに気付いた。

「魔力譲渡……!」

 仁が呟くように言うと、当の玲奈本人がさも嬉しそうに、パーッと表情を輝かせたのだった。
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