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第十三章

13-4.試み

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 方針は決まった。現状で持ち得た情報だけではこれ以上はどれだけ考えても推測と願望以上のものにはなりそうになく、話し合いはお開きに向かっていた。

 一つ懸念があるとすれば、仮に仁とロゼッタが帝都に向かっている間にエルフの里に何かしらの脅威が訪れた際、玲奈の特殊従者召喚ではロゼッタだけが取り残されてしまうことだ。ロゼッタはイムと違って空を飛べないため、一人で残された場合のリスクが段違いだった。

 ロゼッタも腕を上げているが、複数の魔物に囲まれたり、未知の強力な魔物と遭遇したりしないとは言い切れない。

 このまま里に何も起こらなければ問題ない話ではあるが、希望的観測にすがってばかりではいられない。

 報告に戻ったかもしれない恐るべき鉤爪テリブルクローから魔王妃がどの程度の情報を得られるかわからないが、魔王妃の魂がシルフィーナに封印された経緯を思えば、魔王妃がエルフに良い感情を持っているとは思えなかった。

 仁の懸念が顔に出ていたのか、ふと気が付くと、まじめな顔をした玲奈が仁を見つめていた。

「仁くん。心配事があるんだよね?」
「うん」
「ちょっと試してみたいことがあるんだけど……」

 仁が小首を傾げながら、視線で玲奈に続きを促す。

「前に試したときは無理だったけど、私も少しは強くなったし、できるようになってないか試してみたくて」

 玲奈の推測はこうだ。魔王妃の眷属召喚の技能と玲奈の持つ特殊従者召喚が似た技能であるのなら、玲奈も仁以外にも召喚することができるのではないかというのだ。即ち、玲奈の奴隷である仁が玲奈の従者として召喚できるのであれば、同じく玲奈の奴隷であるロゼッタも可能ではないかということだ。

 確かに玲奈の言う通り、魔王妃は複数の、また、複数種の眷属を召喚していると考えられるし、過去には実際に可能だったようだ。

 それに対し、玲奈の特殊従者召喚は仁にしか効果がないように思っていたが、それは経験則でしかない。

 仁は自身が召喚魔法陣の効果で隷属状態になっているという特殊な事例が反映された技能だと考えていたが、もしかすると特定の条件を満たした従者を召喚するものかもしれないという玲奈の推測が間違いだとは言い切れなかった。

 また、玲奈の成長によって技能の性能が拡張されることもあり得ない話ではない。

「もし、私がロゼも召喚できるようになれば、仁くんの心配もなくなるよね?」

 仁は玲奈が自身の懸念を正確に理解していたことが嬉しく、思わず顔を綻ばせた。



 話し合いを終え、アシュレイが仕事に戻った後、仁と玲奈は屋敷の表に出てきていた。ロゼッタは先ほどまでの広間に残り、イムとミルも付き添っている。

 緊張した面持ちの玲奈と仁に、道行く住民が、何が始まるのかとチラチラと視線を送ってくる。

「初めて俺を召喚したときみたいに、技能に頼るんじゃなくてロゼのことを強く思い浮かべてやってみよう」

 今の玲奈は特殊従者召喚の技能を発動しようと思っただけで仁を召喚できるようになっていた。仁は初めの頃みたいに自身を強く思って召喚してもらえなくなったことに少し残念な気持ちを抱いていたが、それも玲奈との絆が深まったためだと思うことにしていた。

 玲奈が頷き、小さく喉を鳴らした。玲奈の小振りの口から舌の先端が覗き、乾いた唇に僅かばかりの潤いをもたらす。

「できたらラッキーくらいの、気軽な気持ちでいいよ」

 仁が明るい調子で言うと、玲奈は淡く微笑む。仁の役に立ちたいと強く思っている玲奈にとっては気休めにしかならない言葉だったが、それでも玲奈は肩の荷が幾ばくか軽くなったように感じていた。

「じゃあ、やってみるね」

 玲奈がそう宣言して静かに両目を閉じた。仁は玲奈の体内の魔力が徐々に練り上げっていくのを感じた。周囲の人々も玲奈のまとう雰囲気が変わったのを感じ取ったのか、固唾を呑んで見守っている。

 本来であればあまり技能を知られないようにするべきだが、大半のエルフの里の人々は既に玲奈が技能で仁を召喚できることを知っている。

 仁が里を離れることを不安がっていた人々、特に幼い子供たちを安心させるために玲奈が伝えたと、仁は事後報告の形で玲奈から聞かされたが、仁は怒る気にはなれなかった。実のところ、里の大人たちは子供たちのための方便だと思っていたものも多いようだったが、里を挙げて共に魔王妃と戦う同志となった今、玲奈の力の一端を知ってもらうのも悪くはないと思う気持ちもあった。

 玲奈の集中が高まり、仁を含めて一同がハッと息を呑んだ。玲奈の正面に、淡い光が集まってきていた。

 光は徐々に輝きを増し、数瞬後、霧散するように空気に溶け入る。光の消え去った跡に、人影があった。

「やった! 玲奈ちゃん、成功だ!」

 仁が歓喜の声を上げると、玲奈がゆっくりと瞼を上げた。玲奈の視線の先で、ロゼッタがパチパチと瞬(まばた)きを繰り返している。玲奈の可愛らしい顔に喜色が浮かぶ。

「やったよ、仁くん!」

 玲奈がバッと振り向く。仁が思わず右の手のひらを自身の顔の高さまで持ち上げると、玲奈は迷うことなく仁の手をはたき、子気味こぎみ良い音が辺りに響く。玲奈は満面の笑みを浮かべていた。

 喜び合う仁と玲奈を囲んで、見守っていた人々が感嘆の声をもって玲奈を称える。

「ロゼお姉ちゃんが消えちゃったの! レナお姉ちゃん、すごいの!」

 屋敷の出入口から顔を覗かせたミルの元気な声が聞こえ、仁と玲奈は呆然と佇むロゼッタに向き直った。ロゼッタは自身の手足や体全体をジッと眺めていた。

「ロゼ。大丈夫だとは思うけど、どこかおかしなところはない?」

 仁が声をかけると、ロゼッタは顔を上げて首を縦に小さく動かす。

「よかった。これで仁くんの心配も解消できたね!」
「うん。ありがとう」

 嬉しそうにしている玲奈を前に、仁の頬はとろけそうになっていた。

「レナお姉ちゃん、すごいの!」

 バタバタと急いで駆け寄ってきたミルがニコニコ顔で玲奈を見上げ、再度称賛の声を送る。ミルの後ろを飛んできたイムも、ミルに同意するように小さな頭を何度も上下に振っていた。

「ロゼお姉ちゃん。レナお姉ちゃんに召喚されるとき、どんな気分だったの?」
「そうですね……。不思議な感覚でした。言葉にするのは難しいですが、レナ様の温もりとでも言いますか、温かなものに包まれるように感じました」
「温もり! そうなんだよね。玲奈ちゃんの温もり。ロゼもいいこと言うね!」

 ロゼッタがしみじみと答えると、質問したミルではなく、仁が前のめりになって食いついた。そこにミルも混じって仁たち3人がわいわいと盛り上がる。

「じ、仁くん。なんで成功したと思う?」

 流石に恥ずかしくなったのか、玲奈が頬を染めながら話題の転換を図った。

「そうだなー……。ちょっと思ったのは、玲奈ちゃんとの絆というか、召喚される側の玲奈ちゃんに対する好感度っていうのかな。それが一定以上だと召喚可能になるとか。それならこっちの世界に来て間もない頃から俺が召喚可能だったのも頷けるし」

 その頃から既に玲奈に対する好感度は天井知らずだとドヤ顔で語る仁だったが、すぐ近くから異議を唱える声が届く。

「ジン殿。それでは自分のレナ様への忠誠心が疑われてしまいます! 自分はレナ様の奴隷になったそのときから、レナ様に心酔していました!」

 まさかの反論に仁は僅かにたじろぐ。

「そ、そうだね。じゃあ、やっぱり玲奈ちゃんとの絆が深まったからじゃないかな。絆っていうのは、やっぱり徐々に深まっていくものだし」

 それならそれで、仁が玲奈と共に異世界召喚された当初から玲奈と絆があったことになるため、悪くない仮説だった。仁は実際にはあり得ないと思うものの、わざわざロゼッタの気持ちをないがしろにしてまで主張するようなことではなかった。

 仁とロゼッタのやり取りを紅潮した顔で居心地悪そうに眺めていた玲奈の服の袖を、ミルが引っ張った。

「レナお姉ちゃん。ミルもレナお姉ちゃんの奴隷にしてほしいの!」

 思わず絶句した玲奈が、真ん丸な目でミルを見つめたのだった。
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