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第十三章

13-3.方針

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「アシュレイ。魔の森の転移用アーティファクトから別の場所に転移することは可能だと思う?」

 魔王妃に対抗するための準備で忙しく動いているエルフィーナが中座した後も、昼食後の話し合いは続く。

「正直なところ、わからないとしか言えないな。我々エルフは設置されたアーティファクト間を結ぶものだと認識しているが、それ以外の機能がないとは言い切れん」

 メルニール近郊の石灯籠いしどうろう型転移用アーティファクトに仕込まれた罠は、おそらく発動時に別の場所にいる魔物を召喚するものだったと推測される。例えば、それが別の石灯籠から召喚されたものなのか、全く別の場所から召喚されたものなのか、仁たちは判断する材料を持ち合わせていない。

 恐るべき鉤爪テリブルクローが魔王妃の眷属だとすれば、刈り取り蜥蜴リープリザードも同様だと考えるのが自然だが、魔王妃が眷属召喚の技能――玲奈の持つ特殊従者召喚に似た技能だと推測される――を持つことを考えると、あらかじめ魔の森に召喚されていたのか、それこそ大山脈の西側から直接召喚されたのか、それすらもわからないのだ。

「うーん。ユミラさんの行方を探すのも一筋縄ではいかなそうだなあ……」

 仁が体の前で両腕を組み、難しい顔で呟く。

「仁くん。ユミラさんの意識って、もう完全にないのかな?」
「どうだろう。魔王妃に体を乗っ取られた女性をシルフィーナが倒した際、魔王妃の魂が抜け出した後、死の間際にその女性が意識を取り戻したっていう事例もあったらしいけど、魂と肉体の関係については、イムのお父さんにもわからないことが多いみたいで」

 更に、体の主導権を奪われているときに元々の肉体の持ち主の魂や精神がどういう状態にあるのか不明なため、ユミラの状態を推測するのは難しかった。

 仁としてはできることならユミラの体を魔王妃から解放したかったが、隻眼の炎竜フレイムドラゴンによると、シルフィーナですら魔王妃の魂が体を取り換えるために自発的に出て行くのを待つしかなかったという。魔王妃の魂がその肉体を捨てるとき。それは即ち、その肉体が死ぬときだった。

「ただ、魔王妃は肉体の持ち主の記憶をある程度覗くことができたみたいだから、ユミラさんの縁故を利用する可能性はあるかもしれない」

 シルフィーナに追われていた魔王妃は肉体の持ち主に成りすますことも多く、シルフィーナも行方を探すのに苦労していたようだ。

「それも、また別の人に乗り換えられてしまったらお手上げだけどね」

 唯一の救いと言えるのは、魔王妃の魂がどうやら誰にでも乗り移れるわけではないらしいということだった。加えて言うのであれば、魂と肉体の相性が良ければ肉体の主導権を奪い取って元々の技能などを使用することもできるが、それもある程度は肉体の能力に依存するらしい。

 要するに、それは魔王妃が簡単にはユミラから別の誰かに乗り換えられない可能性と、戦闘力のそれほど高くないユミラの体では魔人族の優れた魔力を活かせない可能性を示していた。

 仁の考えが正しければ、魔王妃の魂は既に一度、キャロルからユミラに乗り換えている可能性が高いが、その二人の体がたまたま魔王妃の魂の乗り移ることのできる条件を満たしていたと思うしかない。

 仁が炎竜フレイムドラゴンから聞いた話を思い出しながら考え込んでいると、玲奈が頬に人差し指を当てながら小振りな頭を傾けた。

「ユミラさんの実家って、どこにあるのかな?」
「実家?」
「うん。ユミラさんって貴族の家柄なんだよね? えっと、詳しくないんだけど、貴族ならどこかに領地があるんじゃないのかなって」
「ああ、なるほど……」

 仁は玲奈の言いたいことを理解して顎に手を当てる。確かユミラはルーズワースという家名を持っていたはずだと思い出すと同時に、仁はルーナリアとの会話を思い起こす。ルーナリアの話では、コーデリアとルーズワース家の間で何らかの密約がなされてユミラの件はなかったことになっているだろうということだったが、何の手がかりもない今、尋ねてみる価値はあるように思えた。

「ルーナかコーディーに聞いてみようか。そうだな。他にもユミラさんの行きそうなところに心当たりがあるかもしれないし、コーディーに会いに行ってみるか」

 ユミラがメルニールで殺人の嫌疑がかけられて逃亡した件に関してはリリーからコーディーに伝えてもらう手はずになっていたが、こうなった以上、魔王妃の件についても話しておくべきだろうと仁は考える。

 大陸統一を標榜して強い力を求めている帝国が魔王妃のことを知れば利用しようと考えるかもしれないが、仁はコーデリアであれば心配いらないと思っていた。

「運よくリリーが帝都に来ていれば、バランさんたちに伝言を頼めるかもしれないしね」

 バランたちにはダンジョンから戻った攻略組の様子を見張ってもらっている。その線が完全に消えたわけではないが、新たに判明した事実を伝えておくべきだ。今後の魔王妃との戦いがどういったものになるかわからないが、エルフ族だけではなく、メルニールの冒険者たちにも協力してもらうことがあるかもしれない。

 仁がそんなことを考えていると、アシュレイが一旦話をまとめるべく口を開いた。

「では、そちらからの調査はジンに任せていいか? レナたちを連れて行くかどうかはお前の判断に任せる」
「ああ」
「リリーと会えなかった場合はメルニールへの使者はこちらで用意しよう」
「わかった」

 仁は頷きながら、誰を連れていくか思索を巡らす。ドラゴンの被害に遭った帝都にイムは連れていけない。となると、ミルも里に残ってもらうべきだろう。そして、もしものときのために特殊従者召喚の技能を持つ玲奈も。

 直近の恐るべき鉤爪テリブルクローの脅威は去ったかもしれないが、魔王妃に里のことが伝わった可能性を考慮すると、あまり無警戒ではいられない。

 ただ、仁が一人で行った場合、帝都で何かしらの情報を掴んだ際に動きづらい可能性がある。

「ロゼ。一緒に来てもらっていいかな?」
「じ、自分ですか……!?」
「うん。ロゼに一緒に来てほしい」

 ロゼッタは目を丸くした後、玲奈に目を向けた。玲奈が小さく頷くと、ロゼッタは嬉しいような申し訳ないような、複雑な表情で頭を下げた。

「で、では、自分がジン殿のお供をいたします!」

 奴隷の扱いの悪い帝都に奴隷二人だけで訪れることになるが、仁は、今は亡き奴隷騎士隊の隊長ジークのドラゴン退治に協力した冒険者として名を知られるようになったため、大丈夫だろうと結論付ける。

「うん。よろしくね」
「は、はい!」

 仁が答えると、ロゼッタは白く整った顔に満面の笑みを浮かべたのだった。
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