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第十二章

12-19.恐るべき鋭い鉤爪

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 エルフの里を襲った恐るべき鉤爪テリブルクローの群れは4体だけではなかった。その事実が仁に自責の念を抱かせる。恐るべき鉤爪テリブルクローは仁の予想通り群れで狩りをするかの如く村に攻め入ってきたが、それが群れの全てだとなぜ思い込んでしまったのか。

 仁は目の前の5体の魔物に目を向ける。群れのボスと思しき恐るべき鋭い鉤爪テリブルシャープクローを除いた4体の内の2体があのとき取り逃がした個体だと思いたいが、悪い事態を想定するのであれば、アシュレイの考察通りに威力偵察を終えた2体が魔王妃の元に報告に戻り、残った群れで一番脅威だと判断された仁を狙ってきたと考えるべきだろう。

 最悪を想定するのであれば、これでもまだ群れの全員ではなく、同時にエルフの里にも再度襲撃をかけているという事態だが、仁自身が玲奈の特殊従者召喚で呼び出されていない以上、そのようなことはないと思いたかった。

「イム。もしかしたら俺は玲奈ちゃんに召喚されるかもしれない。いつでも逃げられるように上空にいるか、なんとか俺がこいつらを抑えている間に洞窟に急ぐんだ」

 竜の棲家まではまだ少し距離があったが、恐るべき鉤爪テリブルクローたちが空でも飛べない限り、イムがどうこうなることはないだろうと仁は考える。

 仁が自身の顔の横を飛んでいるイムをチラリと見遣ると、イムは戸惑うように顔を忙しなく動かしていた。

「イム」

 仁は諭すように名を呼ぶ。出会ったばかりの頃だったら、仁が言うまでもなく一人で逃げていたかもしれないし、そもそもこうして二人で出歩くこともなかったに違いない。

「俺のことなら心配しなくても、こんなところで倒れたりしないぞ? こいつら、素早い代わりに防御が弱いから、攻撃を当てさえすればどうということはないよ」

 実際、刈り取り蜥蜴リープリザードと違って、恐るべき鉤爪テリブルクローに黒炎が効くことは分かっている。上位種と思しき恐るべき鋭い鉤爪テリブルシャープクローは未知数だが、恐るべき鉤爪テリブルクローとの違いは鉤爪の形状と羽毛の色くらいであるため、想定を大きく超えるような動きはしてこないだろうと当たりを付ける。

 注意すべきは属性耐性が違った場合だが、それでも刈り取り蜥蜴リープリザードの体毛ほどの防御力を備えているとは考えにくかった。

 仁はじりじりと自身を包囲するかのように扇を広げていく恐るべき鉤爪テリブルクローたちから目を逸らさないまま、ゆっくりと後退する。

 まずは周りの恐るべき鉤爪テリブルクローを倒す。仁がそう考え、その手法を脳内で検討していると、仁の歩調に合わせて飛んでいたイムが徐々に高度を上げ始めた。

 それと同時に、恐るべき鋭い鉤爪テリブルシャープクローが顔を斜め上方に向け、2度短く鳴いた。それに応じるように、扇状に広がった4体の恐るべき鉤爪テリブルクローが仁とイムに向かって一斉に駆け出す。

「イム! 上空へ退避!」

 仁の鋭い指示を受け、イムが翼を羽ばたかせて一気に高度を上げる。その一方で仁は瞬時に黒炎を纏って待ち受ける。両手の黒炎刀の先端が揺らめいた。

 頭を低くした恐るべき鉤爪テリブルクローは遮るもののない草原を、ものすごい速度で駆ける。

 仁は四方から迫り来る赤茶色の弾丸に動じず、腰を深く落とし、体の前で交差させた両腕を僅かな時間差で一気に横薙ぎにした。瞬時に何倍もの長さに伸びた二振りの黒炎刀が、宙に赤黒い2本の軌跡を描く。

 一本は仁の正面を地面に水平に、そしてもう一本は恐るべき鉤爪テリブルクローの跳躍した先を的確に捉えていた。

 二つに切り分けられた赤茶色の塊は、仁の元に辿り着く前に勢いを失った。真ん中の二体は既に絶命し、残りの二体も虫の息。辛うじて命を繋いだ二体が憎々しげな眼を仁に向けるが、仁は元の長さに戻した黒炎刀をそれぞれ上下に振るい、黒炎斬で止めを刺した。

 後は恐るべき鋭い鉤爪テリブルシャープクローのみ。仁がそう思って正面を見遣ると、そこに銀毛の魔物の姿はなかった。

「グルゥッ!」

 頭上からイムの鳴き声が聞こえた直後、仁は背後に熱気を感じて振り返る。灼熱の火炎の柱の向こうに、急制動をかけてから後ろに跳んで距離をとった銀色の魔物がいた。いつの間に背後を取られたのか、仁にはわからなかった。

「イム。ありがとう。助かった!」

 仁は上空からの火炎の吐息ブレス恐るべき鋭い鉤爪テリブルシャープクローを退けたイムに感謝の言葉を贈るが、視線は恐るべき鋭い鉤爪テリブルシャープクローに固定されていた。仁の背筋に悪寒が走る。

 驚異的なスピードと身のこなしだった。恐るべき鉤爪テリブルクローを大きく超える敏捷性は脅威以外の何物でもない。仁の額から一筋の汗が流れ落ちた。

 草が焼け落ちて土が剥き出しになった地面を挟み、仁は恐るべき鋭い鉤爪テリブルシャープクローと対峙する。開けた草原で縦横無尽に動かれたのでは苦戦は避けられない。

 しかし、一つだけ僥倖ぎょうこうと言えたのは、恐るべき鋭い鉤爪テリブルシャープクローも火属性に耐性を持っていないことだった。イムの火炎を避けたということは、その証拠と言えた。ならば。

 仁は左の黒炎刀を体の正面に突き出し、その先端から渦巻く黒炎を放射する。轟々と空気中のちりを燃やしながら、青銀の魔物を呑み込まんと迫った。次の瞬間、恐るべき鋭い鉤爪テリブルシャープクローの姿が消えた。

 仁が視線を辺りに巡らせた刹那、仁は自身の体のすぐ左側に気配を感じ、左の黒炎刀を体側へ引き戻すように素早く動かす。直後、黒炎刀に強い衝撃を感じた。辛うじて踏みとどまった仁が僅かに体勢を崩しながら遅れて視線を向けると、そこには黒炎刀とクロスして動きを止めていた鋭く湾曲した刃が見えた。

 仁は慌てて左腕に力を込めて黒炎刀を押し込み、その反動を使って横っ飛びする。着地と同時に二振りの黒炎刀を構える仁に、凶爪による斬撃が襲い掛かった。恐るべき鋭い鉤爪テリブルシャープクローは器用にバランスを取りながら二本の鋭爪を振るう。

 仁も二振りの黒炎刀を振るって応戦するが、恐るべき鋭い鉤爪テリブルシャープクローの跳躍力と機敏さを活かした立体的な動きに全神経を集中せざるを得ず、遠隔魔法や黒炎による攻撃に意識を割く余裕はなかった。

 しばらくの攻防の後、かかと落としでもするように頭上から振り下ろされた強烈な一撃を、仁は黒炎刀を交差させて受け止めた。恐るべき鋭い鉤爪テリブルシャープクローは小さな跳躍から人をゆうに超える体重で押し込み、仁が体勢を崩す。その隙を、逆の爪の刃が襲う。

 仁の視線が、眼前に迫り来る鋭利な凶爪に釘付けになっていた。目に映る光景はスローモーションのようにも感じるのに、体が言うことを聞かない。

「グルゥ!」

 黒炎の膜で体や軽鎧を覆っているが耐えられるだろうか。耐えられるといいな。仁はそんなことを呆然と考えながら、瞬きすることなく刃の切っ先を眺め続ける。

 視界いっぱいに、日の光を反射した刃の輝きが広がっていくようだった。

 不意に、仁の視界を鮮やかな赤が遮った。
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