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第十二章

12-14.分担

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 時を僅かにさかのぼる。石灯籠いしどうろう型転移用アーティファクトのある広場に入り込んだ恐るべき鉤爪テリブルクローの対処を仁に任せた面々は、アシュレイの後に付いて壁の上を移動し、内壁に向かった。広場と里を結ぶ道を囲った壁の上の通路を駆け、内門の上に達した。

「なんだ、これは……!」

 アシュレイが目を見開く。里のところどころに薄い緑の霧が広がり、何人ものエルフの住人や兵士が地に倒れ伏していた。

 目に映る範囲に少なくとも3体の恐るべき鉤爪テリブルクローが存在し、その内の1匹はうつ伏せに倒れた人を鉤爪で地面に縫い付け、肩口の辺りをついばんでいる。恐るべき鉤爪テリブルクローに喰われている住民が僅かに身動みじろぎし、まだ息があること示していた。

 そして、もう1体は里の中央を走る大通りの真ん中で、エルフィーナと対峙している。エルフィーナの後ろにはエルフの子供たちの姿があった。子供たちは怯えた表情で身を寄せ合い、がたがたと体を震わせている。

 最後の1体は逃げ遅れた人を狩っていたのか、大樹の枝の上にある家屋の扉から顔を覗かせた。そのくちばしのない尖った口の周りが血で濡れている。

「ミル。すまないが、負傷者の治療を頼む」
「わかったの」

 ミルが真剣な表情で応じる。ミルの傍らに滞空しているイムが、ミルに付いて行くと主張するかのように一声鳴いた。アシュレイはイムの意思を察して頷きを返し、自身の部下たちに向き直る。

「お前たちの半数は長老の援護と負傷者の救助、ミルの支援を。もう半数は、私とレナ、ロゼが奴らの1体を倒すまで、何としてでももう1体を足止めするんだ。敵が3体とは限らない。注意を怠るな。緑の霧にも要注意だ」
「はっ」

 30人近いエルフの精兵たちの誰からも異論は出ない。それぞれに危険な任務だが、アシュレイがそれ以上何も言わずとも、部下たちはすぐさま二手に分かれて行動を開始する。

「レナ。ロゼ。力を貸してくれ」

 アシュレイは玲奈とロゼッタが頷くのを待たず、再び倒れたエルフ族に噛みつこうとしている1体を見据えた。

「行くぞ!」

 皆が覚悟を持って応じる中、アシュレイが内門の脇の階段を駆け下りる。その後ろを玲奈、ロゼッタ、ミル、イム、そしてエルフの戦士たちが続き、それぞれに散っていくのだった。



 ミルは別の方向に進んでいく玲奈たちの背中を一瞬眺めてから、険しい顔で周囲を見回す。ミルは心細さを感じていたが、イムが自らの存在を主張するかのように鳴くと、ミルの強張った表情が僅かに和らいだ。

 ミルは気合を入れ直して周りを観察し、目に見えない場所にいるであろう負傷者はアシュレイの部下たちに任せ、魔物の位置と、倒れている人たちの場所を把握して救助の順番を定める。

 恐るべき鉤爪テリブルクローに生きたまま喰われている人が最も重傷のように思えたが、ミルが自身に任された役目を果たすためには魔物に近付くわけにはいかなかった。威力を重視した大振りだったとはいえ、仁の攻撃を容易たやすかわした様を見ていたミルに油断はない。

 未知の緑の霧が不安要素ではあったが、倒れている人の多くは薄い霧の中にいるため、避けて通ることは出来そうになかった。ミルが覚悟を決めて走り出そうとしたとき、里の中央のエルフィーナが大声を上げた。

「奴らの吐く緑の霧は体を麻痺させます! 致死毒ではないようですが、注意してください!」

 エルフィーナの注意を促す言葉で大勢の人が外傷を伴わずに倒れている理由が明らかになり、ミルは小さく頷く。中には怪我をしている人もいるかもしれないが、基本的には毒を治せば良いと、方針を決めた。

 ミルは左手の薬指の指輪に視線を落とす。この耐毒の指輪はメルニールのダンジョンで毒蛇王バジリスクを倒した後で、ミルが仁から貰ったものだ。装着した者を毒から守るというこの指輪があれば、ミルは緑の毒霧を恐れる必要はない。ミルは仁に守られているような安心感を覚え、改めて自分が決して一人ではないと自覚した。

「イムちゃん。行くの!」
「グルッ!」

 ミルが勢いよく駆け出す。ミルは3体の恐るべき鉤爪テリブルクローの動向に気を付けつつ、続々と地に伏している人々から麻痺毒を取り除いていく。

 動けるようになった人たちの中で兵士を中心とした約半数はミルの手伝いに残り、もう半数は近くの家屋に避難するか、最後の砦となっている長老の屋敷を目指した。

状態異常回復リカバリー!」

 ミルの左の手のひらから淡い光が広がり、更にもう1人、恐るべき鉤爪テリブルクローの麻痺毒から救われた。何度かの仁との魔力操作の訓練や実戦を経たミルは、回復魔法を無詠唱で扱えるようになっていた。

 回復したエルフの若い男性がミルに感謝を伝えて走り去る。ミルは男性の背を見送り、小さく息を吐いた。今助けた人が、この辺りで倒れていた最後の一人だった。

「グルゥ?」
「大丈夫なの。まだやれるの」

 心配そうに鳴いたイムに、ミルは微笑んで見せた。その瞬間。

「きゃあああ!」
「うわぁああ!」

 ミルの手伝いをしていた人たちが一斉に悲鳴を上げた。ミルは反射的に顔を上げた後、恐怖に顔を引きつらせた人たちの視線の先を振り返る。

 バタバタと倒れる黒装束の精兵たちの間を、赤茶色の魔物が飛ぶように駆けていた。緑の霧が棚引く風となり、魔物の左右を通って後ろに流れていく。

「みんな、逃げるの!」

 硬直したまま動けないでいるエルフの人たちの前に、ミルが躍り出る。

「イムちゃん!」

 イムが一陣の風となってミルの顔の横を通り抜け、ミルの小麦色の髪を揺らす。イムは小さな口をめい一杯に開くと、真っ直ぐに迫り来る魔物目掛けて火炎の吐息ブレスを扇状に放った。轟々と襲い掛かる灼熱の火炎を、恐るべき鉤爪テリブルクローが一足飛びで跳び越える。イムが首を反らして火炎で追従するが、届かない。

 イムの吐息ブレスを振り切った恐るべき鉤爪テリブルクローは空中で体を僅かに背後に倒し、両足の鉤爪を前面に突き出していた。最大の武器は毒ではなく鉤爪だと主張するかのように、鋭く湾曲した鉤爪の先端がミルの正面を捉えていた。

 ミルが慌てて横に飛び退くと、その直後、赤茶色の弾丸が地面を穿うがつ。その魔物の名の由来にもなっている鉤爪がガッチリと地を捕らえ、恐るべき鉤爪テリブルクローの強靭な脚がしなる。

「ダメなの!」

 ミルが両親の形見の短剣を逆手に持って恐るべき鉤爪テリブルクローに斬りかかるが、それより早く、赤茶色の魔物は再び弾丸と化した。今度は頭から突っ込み、大口を開けた。のこぎりのように並んだ上下の歯が、ミルの手伝いをしていたエルフの青年の頭と顎に突き刺さる。

 一瞬の静寂の後、一際大きな悲鳴が轟いた。着地した恐るべき鉤爪テリブルクローが顔の先端を天に向け、球状の塊を砕いて飲み下す。

 ミルと恐るべき鉤爪テリブルクローを繋ぐ直線上に、一部の欠けた物言わぬ肉塊が横たわっていた。
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