上 下
253 / 616
第十二章

12-5.膠着期

しおりを挟む
 その後、仁たちは再度エルフィーナの話の続きに聞き入った。

 開戦からしばらく、強力な魔物を使役し、多数の亜人を引きつれた魔人族が順調に版図を広げていった。更に、元々配下にしていた蜥蜴人間リザードマンなどの他に、各地に点在していた現地の亜人たちも併呑し、戦力は拡大の一途を辿たどった。

 これには大陸東の国々の上層部も驚きを隠せなかった。亜人たちが他の種族と手を結ぶとは思ってもみなかったのだ。実際には実力差から従わざるを得なかった種族もいたようだが、人族から見ると、魔物扱いしてさげすんできたものたちが手を合わせて刃向ってきたように映ったのだろう。

 事ここに至って危機感を覚えた、とある小国の王子が東の国々で連合軍の結成を提言した。魔王軍の占領地から離れた国々にとっても対岸の火事ではなく、人族すべてにとっての危機であると訴えたのだ。

 結果として、後に大連合国と呼ばれることになる東の国々は、魔王軍に関する情報を共有し、共同して魔王軍の対処に当たることとなった。連合軍の設立までには各国の力関係や利権を巡っての紆余曲折があったが、それらに要した時間は魔王軍の占領地に近い国々を見捨てることで確保されたのだった。

 その一方で、連合軍に見捨てられた国々を手中に収めた魔王軍だったが、徐々に侵攻速度を遅らせていった。その大きな理由は国や村を治める人材の不足だった。魔王軍の主戦力は魔物や亜人であり、多くの土地を治めるにはそもそもの魔人族の数が圧倒的に足らなかったのだ。

 魔王というと、後世では残虐で非道なイメージが印象付けられているが、少なくともこの時点での魔王は、人族の土地を奪ったからといって、そこに住む人々を悪戯に傷つけるようなことはなく、新たな統治者として振る舞っていたのだった。

 それには魔人族も人族と変わらないという想いがあったのではないかと言われているが、事実として、統治するに足る人材の不足に加え、使役する魔物や亜人たちを養うための食糧問題、統治される側である人族の感情的な問題など、多くの問題を抱えることとなり、その結果、連合軍の結成も相まって、数年に渡る戦線の膠着こうちゃくを招いたのだった。



「こう言うと当時苦労した人たちに怒られてしまうかもしれませんが、何て言ったらいいか、思っていたより普通に戦争していますね……」

 仁はエルフィーナの話を聞く前、魔王軍が力に物を言わせて人々を蹂躙じゅうりんし、それに人族がエルフ族や獣人族と協力し、必死になって抵抗するといった様を想像していたため、魔人族が亜人や魔物を引きつれてはいるものの、大戦が“人”同士の戦争に思えたのだった。

 人同士でも人種や文化、価値観の違いによって問題は起こるし、人が急に増えれば食糧不足が起こる。それは魔人族でも人族でも、そしてエルフ族や獣人族でも同じことだった。

「ジン殿がそう思われるのも無理からぬことです」

 目を白黒させている仁に、エルフィーナが、くすりと微笑んだ。

「実際に魔王軍と相対していた兵士はともかく、もしかすると当時の人々の中にもジン殿同様に拍子抜けした者がいたかもしれませんね。国を治める者が人族か魔人族かという違いはあっても、人族存亡の危機とはとても言えなかったことでしょう」

 エルフィーナの話によると、魔人族の管理しきれない部分で亜人が統治下の人々に虐待を加えたり惨殺したりしたという話も残っているが、それも人同士の戦争でも往々にして起こり得ることだ。

「魔人族は他の全種族、もちろんエルフ族に対しても宣戦布告していたわけですが、争いを嫌うエルフ族は戦地になりそうな場所から早々に退去していたこともあり、特に混乱なく日々暮していたそうです」
「ということは、エルフ族はその大連合国や連合軍には参加していなかったということですか?」

 仁の持つ前情報ではエルフ族も人族と一緒に戦ったはずだった。仁が小首をかしげていると、エルフィーナは首を縦に振った。

「エルフ族にとっても魔王軍の戦力が脅威だったのは間違いありませんが、魔人族が統治者として振る舞うのであれば、人族との決着が付かぬうちに人里離れた地で暮らすエルフ族に兵を送り込むとは考えにくく、静観していたようです」
「それがどうして、エルフィーナさんやアシュレイのご先祖様が魔王討伐に加わることになったのですか?」

 仁がそう尋ねると、エルフィーナが表情を曇らせた。仁は玲奈と顔を見合わせ、皆と一緒に話の続きに耳を傾ける。

「魔王軍と連合軍の戦線が膠着こうちゃくして数年が経ったある日、とある情報が大連合国や各地に点在するエルフの里にもたらされたのです。それは――」



 大都市の消滅。一夜にして広大な都市が文字通り消滅したというしらせに、大連合国の上層部も、エルフの里の長老たちも耳を疑い、大いに困惑したという。

 その大都市は城壁の内に広大な穀倉地を持つ、珍しい都市だった。魔物に荒らされる心配のない田畑は実り豊かで、当時、食糧不足に悩んでいた魔王軍が、かの都市を落とそうと躍起になるのは不思議なことではなかった。

 しかし、何年でも籠城できるように城壁内に田畑を構え、領民の暮らしを第一に考えてきた領主が守りをおろそかにするはずがなく、対人、対魔物問わず、防衛用の高性能の魔道具が配備されていたため、魔王軍の攻め手は苦戦を強いられたのだった。

 また、連合軍もその都市が魔王軍に奪われることの危険性を理解しており、膠着期で最大の激戦区だったと言われている。

 そして、長期に渡る都市での攻防が魔王軍優勢に傾き、連合軍が更なる援軍を派遣したとき、一夜にしてその大都市が丸ごと消え失せたのだ。攻め寄せる魔王軍も、迎撃する連合軍も、魔王軍に怯えながらも日々を必死に生きていた住民たちも、豊かな田畑も、家畜の飼育場も、堅牢な城壁も、雑多な中に機能性を感じさせた街並みも、その全てが跡形もなく消滅したのだった。

 援軍として到着した連合軍の兵士が見つけたのは、街が存在した地に残る、ざっくりと抉られたような、剥き出しの大地だけだったという。



「その当時、我々一族の暮らしていたエルフの里の長老も大いに頭を悩ませたと言います」

 仁は「それはそうだろう」と口には出さずに納得する。食料を求めていた魔王軍の仕業とも思えず、もちろん魔王軍から都市を守ろうとしていた連合軍も同じだ。それに、都市や住民が消滅してしまっては統治も何もあったものではない。

 そもそも、そのような広大な土地を持つ大都市が一夜で消えるなど、何をどうすれば起こり得るのだろうか。仁はその跡地を思い浮かべながら、そこに生きていた人々に思いをせる。

 ふと、心の奥がざわめいた。

「それで、その原因はわかったのですか?」
「はい」

 仁がどこか薄ら寒さを感じながら恐る恐る尋ねると、エルフィーナは確信を持って口にした。

「後になって同様の事象が確認されたことにより、それが魔王の魔法によるものだと判明しました」

 仁が、ぶるっと身を震わせる。板張りの間の気温が、一気に下がったような気がした。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

月が導く異世界道中extra

あずみ 圭
ファンタジー
 月読尊とある女神の手によって癖のある異世界に送られた高校生、深澄真。  真は商売をしながら少しずつ世界を見聞していく。  彼の他に召喚された二人の勇者、竜や亜人、そしてヒューマンと魔族の戦争、次々に真は事件に関わっていく。  これはそんな真と、彼を慕う(基本人外の)者達の異世界道中物語。  こちらは月が導く異世界道中番外編になります。

勇者一行から追放された二刀流使い~仲間から捜索願いを出されるが、もう遅い!~新たな仲間と共に魔王を討伐ス

R666
ファンタジー
アマチュアニートの【二龍隆史】こと36歳のおっさんは、ある日を境に実の両親達の手によって包丁で腹部を何度も刺されて地獄のような痛みを味わい死亡。 そして彼の魂はそのまま天界へ向かう筈であったが女神を自称する危ない女に呼び止められると、ギフトと呼ばれる最強の特典を一つだけ選んで、異世界で勇者達が魔王を討伐できるように手助けをして欲しいと頼み込まれた。 最初こそ余り乗り気ではない隆史ではあったが第二の人生を始めるのも悪くないとして、ギフトを一つ選び女神に言われた通りに勇者一行の手助けをするべく異世界へと乗り込む。 そして異世界にて真面目に勇者達の手助けをしていたらチキン野郎の役立たずという烙印を押されてしまい隆史は勇者一行から追放されてしまう。 ※これは勇者一行から追放された最凶の二刀流使いの隆史が新たな仲間を自ら探して、自分達が新たな勇者一行となり魔王を討伐するまでの物語である※

転生したら、全てがチートだった

ゆーふー
ファンタジー
転生した俺はもらったチートを駆使し、楽しく自由に生きる。

特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった

なるとし
ファンタジー
 鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。  特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。  武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。  だけど、その母と娘二人は、    とおおおおんでもないヤンデレだった…… 第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。

彼女をイケメンに取られた俺が異世界帰り

あおアンドあお
ファンタジー
俺...光野朔夜(こうのさくや)には、大好きな彼女がいた。 しかし親の都合で遠くへと転校してしまった。 だが今は遠くの人と通信が出来る手段は多々ある。 その通信手段を使い、彼女と毎日連絡を取り合っていた。 ―――そんな恋愛関係が続くこと、数ヶ月。 いつものように朝食を食べていると、母が母友から聞いたという話を 俺に教えてきた。 ―――それは俺の彼女...海川恵美(うみかわめぐみ)の浮気情報だった。 「――――は!?」 俺は思わず、嘘だろうという声が口から洩れてしまう。 あいつが浮気してをいたなんて信じたくなかった。 だが残念ながら、母友の集まりで流れる情報はガセがない事で 有名だった。 恵美の浮気にショックを受けた俺は、未練が残らないようにと、 あいつとの連絡手段の全て絶ち切った。 恵美の浮気を聞かされ、一体どれだけの月日が流れただろうか? 時が経てば、少しずつあいつの事を忘れていくものだと思っていた。 ―――だが、現実は厳しかった。 幾ら時が過ぎろうとも、未だに恵美の裏切りを忘れる事なんて 出来ずにいた。 ......そんな日々が幾ばくか過ぎ去った、とある日。 ―――――俺はトラックに跳ねられてしまった。 今度こそ良い人生を願いつつ、薄れゆく意識と共にまぶたを閉じていく。 ......が、その瞬間、 突如と聞こえてくる大きな声にて、俺の消え入った意識は無理やり 引き戻されてしまう。 俺は目を開け、声の聞こえた方向を見ると、そこには美しい女性が 立っていた。 その女性にここはどこだと訊ねてみると、ニコッとした微笑みで こう告げてくる。 ―――ここは天国に近い場所、天界です。 そしてその女性は俺の顔を見て、続け様にこう言った。 ―――ようこそ、天界に勇者様。 ...と。 どうやら俺は、この女性...女神メリアーナの管轄する異世界に蔓延る 魔族の王、魔王を打ち倒す勇者として選ばれたらしい。 んなもん、無理無理と最初は断った。 だが、俺はふと考える。 「勇者となって使命に没頭すれば、恵美の事を忘れられるのでは!?」 そう思った俺は、女神様の嘆願を快く受諾する。 こうして俺は魔王の討伐の為、異世界へと旅立って行く。 ―――それから、五年と数ヶ月後が流れた。 幾度の艱難辛苦を乗り越えた俺は、女神様の願いであった魔王の討伐に 見事成功し、女神様からの恩恵...『勇者』の力を保持したまま元の世界へと 帰還するのだった。 ※小説家になろう様とツギクル様でも掲載中です。

私の家族はハイスペックです! 落ちこぼれ転生末姫ですが溺愛されつつ世界救っちゃいます!

りーさん
ファンタジー
 ある日、突然生まれ変わっていた。理由はわからないけど、私は末っ子のお姫さまになったらしい。 でも、このお姫さま、なんか放置気味!?と思っていたら、お兄さんやお姉さん、お父さんやお母さんのスペックが高すぎるのが原因みたい。 こうなったら、こうなったでがんばる!放置されてるんなら、なにしてもいいよね! のんびりマイペースをモットーに、私は好きに生きようと思ったんだけど、実は私は、重要な使命で転生していて、それを遂行するために神器までもらってしまいました!でも、私は私で楽しく暮らしたいと思います!

システムバグで輪廻の輪から外れましたが、便利グッズ詰め合わせ付きで他の星に転生しました。

大国 鹿児
ファンタジー
輪廻転生のシステムのバグで輪廻の輪から外れちゃった! でも神様から便利なチートグッズ(笑)の詰め合わせをもらって、 他の星に転生しました!特に使命も無いなら自由気ままに生きてみよう! 主人公はチート無双するのか!? それともハーレムか!? はたまた、壮大なファンタジーが始まるのか!? いえ、実は単なる趣味全開の主人公です。 色々な秘密がだんだん明らかになりますので、ゆっくりとお楽しみください。 *** 作品について *** この作品は、真面目なチート物ではありません。 コメディーやギャグ要素やネタの多い作品となっております 重厚な世界観や派手な戦闘描写、ざまあ展開などをお求めの方は、 この作品をスルーして下さい。 *カクヨム様,小説家になろう様でも、別PNで先行して投稿しております。

転生王女は異世界でも美味しい生活がしたい!~モブですがヒロインを排除します~

ちゃんこ
ファンタジー
乙女ゲームの世界に転生した⁉ 攻略対象である3人の王子は私の兄さまたちだ。 私は……名前も出てこないモブ王女だけど、兄さまたちを誑かすヒロインが嫌いなので色々回避したいと思います。 美味しいものをモグモグしながら(重要)兄さまたちも、お国の平和も、きっちりお守り致します。守ってみせます、守りたい、守れたらいいな。え~と……ひとりじゃ何もできない! 助けてMyファミリー、私の知識を形にして~! 【1章】飯テロ/スイーツテロ・局地戦争・飢饉回避 【2章】王国発展・vs.ヒロイン 【予定】全面戦争回避、婚約破棄、陰謀?、養い子の子育て、恋愛、ざまぁ、などなど。 ※〈私〉=〈わたし〉と読んで頂きたいと存じます。 ※恋愛相手とはまだ出会っていません(年の差) ブログ https://tenseioujo.blogspot.com/ Pinterest https://www.pinterest.jp/chankoroom/ ※作中のイラストは画像生成AIで作成したものです。

処理中です...