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第十一章

11-25.選択肢

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「では、ジンは、先ほどの罠が魔王妃まおうひの仕業だと言うのか?」
「断言はできないけどね。それに、より正確に言うなら、魔王妃の魂にりつかれた“誰か”の仕業、かな」

 アシュレイの問いに答えた仁の頭に、一人の女性の姿が浮かんでいた。仁は自身の考えが当たっていてほしいような、外れていてほしいような、複雑な感情を抱いていた。

「だが、ジン。ダンジョンから戻った者らはギルドの者が見張っていたのだろう? 街を出て森に入るようなことがあれば、知らせが来るのではないか?」
「そうだね。ギルド長からはそういう報告は聞いていないね」
「ではなぜ――」
「もしかして……」

 怪訝けげんな顔をしたアシュレイの言葉を、玲奈の呟きがさえぎる。玲奈が地面に向けていた顔を上げた。

「もしかして、仁くんはユミラさんに魔王妃の魂が乗り移っているって考えているの?」

 皆の視線が仁に集まる中、仁は真剣な表情で力強く頷く。

「ジン。お前がユミラとやらの生存を信じたい気持ちは理解しているつもりだが……」

 当たり前のことだが、ユミラはダンジョンの攻略班の一員ではなく、それはありえないだろうとアシュレイが首を横に振った。だが、当然ながら仁もそのことはわかっていた。アシュレイが言うようにユミラに生きていてほしいという思いが無意識に思考を誘導しているのではという危惧がないではなかったが、それでも仁にはそれに対する反論の用意があった。

「ユミラさんはダンジョンから帰った攻略班の一人と直接接触している。魔王妃の魂がどうやって人に憑依するのかわからないけど、人から人に乗り移ることができると考えてもいいんじゃないかな」

 実際には攻略班の誰かに憑りついているということも予想でしかないのだが、確証が持てない以上、どちらにしてもそうだという前提で考えるしかない。そして、封印されていた魔王妃の魂が人に憑りつけるのであれば、仁の話もないとは言い切れない。

 もう少し早くその可能性に気付いていればバランに伝えられたのにと仁は後悔するが、今それを言っていても仕方がないと気持ちを切り替える。今大事なのは、これからどうするかということだ。

 仁が自らの心の内と対話をしていると、玲奈がハッと息を呑んだ。

「……キャロルちゃんだっけ? ヴィクターさんとよく一緒にいるって言うサポーターの女の子」

 玲奈の口から飛び出した、かつて同じ境遇にいた知らない仲ではない少女の名に、ミルの犬耳がピクリと動く。

「その子にりついていた魔王妃の魂が、ユミラさんと接触したときにユミラさんに乗り移った……?」
「そして、何らかの事情で殺人を犯し、街を出て森に逃げ込んだところで、この転移用アーティファクトを見つけた、か……」

 玲奈の言葉をアシュレイが引き継いだ。二人の思考は仁のそれを言い当てていた。仁は二人に大きく頷く。

「ヴィクターさんによると、キャロルちゃんと接触してからユミラさんの様子がおかしかったっていう話だし、俺はその可能性は低くないと思っている」
「でも、仁くん。ユミラさんは戦えるほどの力を持っていなかったんだよね? 魔王妃の魂が憑依したからって、いきなり強くなるのかな?」

 玲奈の疑問はもっともだった。仁の話が正しいとするなら、大して戦う力を持たなかったユミラが多くの魔物の生息する魔の森をたった一人でここまで踏破し、さらに現代には使い手のいない付与魔法を用いてアーティファクトの効果を書き換えたというのだ。

 仁の知っている元の世界の創作物だと、自分の体ではないからという理由で、普段無意識にかけているリミッターを超えて持てる力を最大限発揮する、といった話や、憑代よりしろとなった体がりついた魂の元の体に近付く、などといった話がよくあった。ただ、だからと言って、この世界でもそうだと言い切ることはできない。

 仁は僅かに沈思黙考してから口を開く。

「それはわからない。魂というものがどういうものかもわからなければ、憑依された人の魂がどうなるかも、何もかも確かなことなんてわからない。だから、俺の説が正しい保証なんて何もない」

 仁はそう言い切ってから、不安そうに見つめてくる玲奈を、眉間に皺を寄せているアシュレイを、真剣な眼差しを向けてくるミルとロゼッタを、ミルの腕の中で大人しくしていながらも話が気になるのかチラチラと視線を送ってくるイムを、皆をゆっくりと見回す。

「それを踏まえた上で、これからどうするか、みんなの意見を聞きたい」

 この後、仁たちの採れる選択肢はいくつかあった。1つ目は、再び転移を試す道。この場合、先んじて転移した者がエルフの里で何かを仕出かすのを防げるかもしれないが、再び刈り取り蜥蜴リープリザードか、それと同等の強力な魔物が出現する恐れもある。

 2つ目は、このまま魔の森を進み、当初の予定通り別の転移用アーティファクトを目指す道。この場合、罠は回避することはできる。その反面、エルフの里に着くのが遅れ、罠を仕掛けた者が悪意を持ってエルフの里を訪れていた場合、手遅れになる可能性がある。

 他にもメルニールに引き返す、帝都のコーデリアの元を訪ねる、獣王国や小都市国家群など別の国に身を寄せるなどの案もあるが、それはエルフの里に起こっているかもしれない問題や、魔王妃に関わるかもしれない問題を放置することになる上に、エルフの里に戻るアシュレイと別れることになる。

 仁としては玲奈たちを危険な目に極力合わせたくはなかったが、友好的に迎えてくれたエルフの里の人々やアシュレイを見捨てる選択肢も採りたくなかった。また、この問題を放置した結果、巡り巡って玲奈たちの危機に繋がる可能性もないとは言い切れない。

 誰であれ、アーティファクトに細工を施すことができるような者を警戒しないわけにはいかない。善人とは行かないまでも、特段悪意を振り撒くような人物でなければ仁たちも少しは安心できるのだが、少なくとも人死にが出てもおかしくない罠を仕掛ける人物であることだけは確かだった。

 そして、魔王妃が人族やエルフ族と敵対していたことも、言い伝えを信じる限りでは事実だった。

 仁は無言で顔を伏せて考え込む仲間たちを再び見回しながら、自身でもどうするべきか思い悩む。玲奈たちの身の安全や、故郷や家族が危険な目に遭っているかもしれないアシュレイの心の内、そして、ユミラが生きていて関わっているかもしれないという可能性によって視野狭窄に陥っているのではないかという不安。様々な要因が混ざり合い、仁は結論を出すことができないでいた。しかし、第1案か第2案を選ぶのであれば、どちらを選ぶにしても悩んでいる時間が惜しい。

 仁の視線が、顔を上げたアシュレイのものとぶつかった。

「ジン、レナ、ミル、ロゼ、イム。お前たちを私の事情に巻き込んでしまうのは申し訳ないが、私と一緒にこのままエルフの里に来てほしい。そして、もし何かしら問題が起こっているのであれば、手を貸してほしい」

 アシュレイは自身を見遣る10の瞳をそれぞれ見つめ、深く頭を下げた。
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