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第十一章

11-23.しこり

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 光の矢がつむじ風の中心を貫いた。空気の渦を弾き飛ばし、そのまま一直線に刈り取り蜥蜴リープリザードの口内に飛び込んだ輝く矢が、一条の光となって天に消える。後に残ったのは、無残にも内から弾け散ったような肉片を首の上に頂く、物言わぬ肉塊だった。

 一瞬の出来事に、仁は目を丸くし、光の矢の消えた先を呆然と眺めていたが、徐々にその顔に喜色が浮かんでいく。

「玲奈ちゃん――」

 仁が振り向くと、左手で握りしめていた光の弓を消失させた玲奈が、ふらりと体を揺らした。仁は魂喰らいの魔剣ソウルイーターを手放して急いで駆け付け、倒れ込む玲奈を滑り込んでギリギリで受け止める。仁はそのまま玲奈を地面に座らせ、肩を支えた。

「玲奈ちゃん、大丈夫?」
「う、うん。大丈夫。ちょっと眩暈めまいがしただけだよ」

 仁の腕の中で、玲奈が淡く微笑む。仁は衰弱したような玲奈の様子から、おそらくMP不足だと当たりを付け、アイテムリングから魔力回復薬マジックポーションを取り出して玲奈に手渡す。

「ありがとう」
「いや、お礼を言うのは俺の方だよ。玲奈ちゃんのおかげで刈り取り蜥蜴リープリザードを倒すことができた。ありがとう」

 実際のところ、火竜ファイヤードラゴンを倒したときに用いた“消滅エクスティンクション”を使えば仁にも倒すことはできたかもしれない。しかし、下手をしたら魔力を使い果たして命を落とすことになるかもしれず、気軽に使うことはできない上に、闇属性の魔法が刈り取り蜥蜴リープリザードに効くとは限らなかった。闇属性も併せ持つ黒炎や黒雷の効き目が薄いことからも、仁は刈り取り蜥蜴リープリザードの羽毛は闇属性に対する耐性も高いのではないかと推測していたのだった。

「仁くんの役に立てて良かった……」

 両手で回復薬のびんを握りしめ、視線を手元に落として柔らかくはにかむ玲奈に、仁の心臓が強く脈打つ。仁は思わず玲奈を支える腕や手に力を込めた。

「仁くん……?」

 顔を上げて首を回した玲奈が不思議そうな表情で仁を見上げた。自然と上目遣いになった玲奈に、仁の鼓動がドクンドクンと早鐘を打つ。思いつめたような仁の表情に、玲奈が小首を傾げた。

「ジンお兄ちゃん! レナお姉ちゃん!」
「わわっ」

 小走りで駆け寄ってきたミルが、仁と玲奈の首に両手を回すように抱き付いた。玲奈が可愛らしい声を発し、仁は倒れないように力を込めてミルを受け止めた。いつの間に戻ってきたのか、ミルのすぐ後ろにイムが浮かんでいた。その更に後方に、ロゼッタとアシュレイの姿が見える。アシュレイはロゼッタに支えられながらも、自分の足で歩いていた。

「アシュレイ!」

 仁がハッとして叫ぶと、仁と玲奈の間に顔をうずめて頬ずりしていたミルが僅かに顔を離し、にっこりと笑顔を見せた。

「アシュレイお姉ちゃんは大丈夫なの!」
「そっか。ミルのおかげだね。ありがとう」

 仁はアシュレイからミルに視線を戻す。仁が片手でミルの頭を撫でると、ミルは気持ちよさそうに目を細める。再び仁と玲奈の間に顔を突っ込んだミルの犬耳がピクピクと動き、尻尾がパタパタと左右に揺れていた。

「ジン、レナ」

 アシュレイは声をかけながら、ロゼッタの手を借りて仁たちの前に腰を下ろす。ロゼッタがアシュレイの背を支えた。

「アシュレイ。無事でよかった」
「なに。大した傷ではなかったさ。それに、ミルがすぐに治してくれたのでな」

 仁はホッと胸を撫で下ろす。アシュレイが刈り取り蜥蜴リープリザードに切り裂かれたときは肝を冷やしたが、盾にした剣が勢いをかなり削いでいたようだった。アシュレイの咄嗟の判断だったが、それがなかったら胴が切断されていたかもしれないと冗談っぽく語るアシュレイに、仁は苦笑いを浮かべるしかなかった。

 それはおそらく責任を感じているであろうロゼッタに対するアシュレイなりの配慮だったのだが、介添えをしているロゼッタは沈痛な面持ちで顔を伏せた。

「ロゼ。何度も言っているが、私はお前を、仲間を助けられて嬉しく思っている。気にするなとは言わないが、顔を上げてくれないか」
「しかし、自分のせいでアシュレイ様は……」

 アシュレイは溜息を吐くと、まじめな表情でロゼッタに語りかける。

「あの場面で呆けてしまったのは良くないが、それも経験のなさにるものだ。だが、もう同じ失敗はしないだろう? 次、もし誰かが今回のお前と同じように動けなかったとき、今度は、ロゼ。お前が助けてやればいい。だから顔を上げるんだ。下ばかり向いていては、助けられるものも助けられなくなるぞ」

 唇を強く噛むロゼッタに、アシュレイは温かな視線を送る。仁はゆっくりと顔を上げるロゼッタと微笑を浮かべて出迎えるアシュレイを見守りながら、かつてクリスティーナに召喚されたばかりの頃を思い出す。

 ダンジョンでの立ち回りについてはラストルから学んだが、基本的な戦闘技術を仁に指導したのはアシュレイだった。当然のことながら元の世界で平和に育った仁はそれまで殴り合いの喧嘩すらしたことがなく、まともに戦えるようになるのかと幾度も落ち込んだ。その度に、アシュレイは厳しさの中にも優しさを持って仁を導いてくれたのだった。

 仁が懐かしそうに目を細めていると、視線を感じたのか、ふと顔を向けたアシュレイと目が合った。

「ジン。どうかしたか?」

 仁はゆっくりと首を横に振ると、照れ臭さを誤魔化すように口を開く。

「できることなら、ロゼには自分も傷つかない方法にしてもらいたいけどね」
「まっ、それはそうだな」

 冗談っぽく言った仁の言葉を受け、アシュレイは笑みを浮かべながら肩を竦(すく)めた。

「ジン殿。肝にめいじておきます」

 仁とアシュレイが笑い合っていると、ロゼッタが涙に濡れた瞳を仁に向け、笑顔で口にした。仁はそんなロゼッタを助けてくれたアシュレイに感謝すると共に、ロゼッタを、アシュレイを自身の手で助けられなかったことを悔いる。

 刈り取り蜥蜴リープリザードがどうしてこの場に現れたのかわからないが、だからこそ再び遭遇しないとは限らない。刈り取り蜥蜴リープリザードでなくても、この世界にはまだまだ自身が知らない強力な魔物が存在していることを、今回の件で仁は痛感したのだった。

「じ、仁くん?」
「ジンお兄ちゃん。ちょっとだけ苦しいの」
「あ。ごめん!」

 いつの間にかミルごと玲奈を強く抱きしめてしまっていることに気付いた仁は慌てて両手を離す。

「グルゥ!」

 ミルが苦しそうにしていたことに抗議するようにイムが一鳴きし、仁の頭の上に降り立った。イムが小さな足で仁の頭を小突くと、仁は「ごめんごめん」と両肩をすくめながら、右手を頭の上に上げ、イムの体をポンポンと軽く叩く。

「グ、グルッ!」

 イムが慌てた様子で翼を広げて飛び立ち、仁と玲奈から体を離したミルの腕の中に収まった。仁が苦笑いを浮かべていると、仁の肩に横顔を押し当てたままの玲奈が小さく笑い声を上げた。それに釣られるように、ミル、ロゼッタ、アシュレイの顔にも柔らかな笑みが浮かんだ。

 皆の笑顔を守りたい。仁がそう思うのは自然なことだった。そして、そのためには力が必要だ。

 もっと強くなりたい。仁が皆の笑顔を眺めながらそう強く思ったとき、仁はふと視線を感じたような気がして首を回すが、そこには誰もいなかった。仁は僅かに首をかしげる。

「仁くん。どうかしたの?」

 仁は心の片隅に僅かなしこりを感じたが、自身に体重を預けたまま上目遣いで見上げてくる玲奈の可愛さに心を奪われ、すぐに気にしなくなってしまった。先ほど仁が視線を向けていた辺りの地面には漆黒の大剣が残されたままになっていたのだが、仁がそれに気付くことはなかった。
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