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第十一章
11-18.形跡
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「結局何も見つからなかったな……」
その日の夕刻、仁は溜息と共に諦めの言葉を吐き出した。このまま魔の森を西に進めば数日中には帝都の近くに出ることになるが、仁たちの目的地はそこではない。帝都から続く隠し通路がどこに繋がっているのか正確には分からないが、少なくとも仁たちの目指すエルフの里とはかなり距離があるため、この辺りで進む方向を修正すべきだと仁は考えた。
それに、メルニールから現時点までの間で仁たちも幾度となく魔物の襲撃を受けており、特に戦闘技術に長けているわけではないユミラがこの道程を無事に歩めるとは思えなかった。
「皆、ごめん。ここからは真っ直ぐエルフの里を目指そう」
「仁くん。いいの?」
「うん」
気遣わしげな視線を送る玲奈たちに、仁は笑顔を浮かべみせた。玲奈たちは、これ以上探索を続けても成果を挙げることは難しいだろうという仁の考えを言外に感じ取り、それ以上何か言うことはしなかった。
「じゃあ、アシュレイ。先導をお願いしていいかな?」
「ああ」
アシュレイは頷いてから、顎に手を当てて辺りを見回す。仁は僅かに首を傾げながら周囲に目を遣るが、特に変わった点は見当たらなかった。街道方向に目を凝らせば、たまたま上手く揃った木々の隙間から森の切れ目だと思われる明るい光が見えたが、それ以外は鬱蒼とした森がどこまでも似たような姿で広がっているだけだった。
「どうかしたの?」
「ああ、いや……」
アシュレイはしばらく目を閉じて考え込む素振りを見せると、小さく頷いた。
「ジン。少し早めだが、今日はこの辺りで野営にしないか?」
「それは構わないけど……」
仁は皆を見回して視線で尋ねる。玲奈は仁と同様に不思議そうな表情をしていたが、他の2人と1体は問題ないと同意を示した。
その後、その近辺で野営できそうな場所を見つけて手早く準備を整え、焚火を囲んで早めの夕食を終えると、アシュレイが少し辺りを見回って来たいと申し出た。
そこまで深くない場所とはいえ、多くの魔物の跋扈する魔の森を一人で行動させることに仁は難色を示したが、長い間この森で暮らしてきたアシュレイに大丈夫だと自信満々に言い切られてしまえば、多少不安を覚えながらも認めざるを得ない。
何か事情があるのだと察することはできたが、それを尋ねていいものか仁が頭を悩ませていると、アシュレイは小さく笑いながら、その理由を口にした。
「初めから理由を教えてくれればよかったのに」
「いや、すまん。ぬか喜びさせる結果になるかもしれないと思ってな」
仁が口を尖らせているのがおかしかったのか、アシュレイは笑い混じりで答える。
「はっきり言ってくれないから、エルフ族だけにしか知られちゃいけない何かがあるのかと思ったじゃないか」
「まぁ、そういったものがないわけではないが、それならそれで尋ねればいいじゃないか。私は言えないことなら言えないとはっきり言うぞ」
「それはそうかもしれないけどさ……」
「まあまあ、仁くん。結局話してくれたんだからいいじゃない」
玲奈が仁を宥めるが、仁は玲奈の言葉の内にも面白がっているような雰囲気を感じ、更に唇を尖らせたのだった。
アシュレイの話では、この辺りにエルフ族が古くに管理を放棄した石灯籠型の転移用アーティファクトがあるかもしれないとのことだった。仁はメルニール寄りのこんなところにまでそのようなものがあるのかと驚いたが、離れた場所にあってこそのものでもあるということに思い至る。
また、仮に魔の森で魔物討伐を行う冒険者が石灯籠を見つけたところで、エルフでなければ起動することができないため、問題になりそうになかった。それに、そもそも一般的な冒険者は好き好んで魔の森に足を踏み入れないし、入ったとしてもごく浅い層に止まるだろう。となれば、これまで知られていなくても不思議ではない。
もし今でもその石灯籠が使えるのならば、そこからエルフの里まで転移できるかもしれないとアシュレイは考えたのだった。
アシュレイは一人でそれを確認しに行くつもりだったのだが、仁は無駄に終わったならそれはそれでいいと、皆で行くことを提案した。アシュレイにしても、もし当てが外れた場合のことを考えて一人で行こうとしていただけなので、仁や皆が一緒に行くと言うのであれば、それを断る理由はなかった。そうと決まれば危険度の増す夜にわざわざ動く必要はなく、最初に夜番をする仁を残して皆は早めに休んだのだった。
翌日、仁たちは辺りを確認しながらゆっくり進むアシュレイに先導され、魔の森を奥に向かって進む。仁には同じような森にしか見えないが、アシュレイには違って見えているようで、慎重な足取りながらも迷いは感じられなかった。
「やはりこの辺りにあるのは間違いないな」
アシュレイが大きく頷き、皆を振り返った。
「以前の場所とは違い、魔物除けの結界は作動していないだろう。昨日までより強力な魔物が現れるかもしれない。十分に注意してほしい」
「はい!」
「はいなの!」
「心得ております」
元気よく答える3人に、仁とアシュレイは顔を見合わせて微笑み合う。アシュレイが歩みを再開すると、玲奈、ミル、ロゼッタが左右に目を向けながらアシュレイの背を追う。仁は背後を振り返って問題がないことを確認すると、魔力感知で周囲を探りながら後に続いた。
ほどなくして辿り着いたのは、エルフの里で使ったものと同じに見える石灯籠を中心に据えた、こじんまりとした広場だった。長らく誰の手も入っていないであろうにも関わらず、森の中でその一帯だけ木が生えてこないことを仁は不思議に思ったが、きっとそういうものなのだろうと納得させる。
石灯籠型アーティファクトに歩み寄ったアシュレイの周りを皆で囲み、広場の外に注意を向ける。ざわざわと、森が、木々がざわめく。魔物の気配は感じられないが、仁の胸の奥に何となく不安な気持ちが生じた。
「おかしい」
アシュレイが石灯籠を難しい顔で見つめていた。
「アシュレイ。どうしたの?」
「このアーティファクトには、つい最近、使用された形跡がある」
「……え?」
仁の口から思わず零れた声が、暗い森の中に吸い込まれていった。
その日の夕刻、仁は溜息と共に諦めの言葉を吐き出した。このまま魔の森を西に進めば数日中には帝都の近くに出ることになるが、仁たちの目的地はそこではない。帝都から続く隠し通路がどこに繋がっているのか正確には分からないが、少なくとも仁たちの目指すエルフの里とはかなり距離があるため、この辺りで進む方向を修正すべきだと仁は考えた。
それに、メルニールから現時点までの間で仁たちも幾度となく魔物の襲撃を受けており、特に戦闘技術に長けているわけではないユミラがこの道程を無事に歩めるとは思えなかった。
「皆、ごめん。ここからは真っ直ぐエルフの里を目指そう」
「仁くん。いいの?」
「うん」
気遣わしげな視線を送る玲奈たちに、仁は笑顔を浮かべみせた。玲奈たちは、これ以上探索を続けても成果を挙げることは難しいだろうという仁の考えを言外に感じ取り、それ以上何か言うことはしなかった。
「じゃあ、アシュレイ。先導をお願いしていいかな?」
「ああ」
アシュレイは頷いてから、顎に手を当てて辺りを見回す。仁は僅かに首を傾げながら周囲に目を遣るが、特に変わった点は見当たらなかった。街道方向に目を凝らせば、たまたま上手く揃った木々の隙間から森の切れ目だと思われる明るい光が見えたが、それ以外は鬱蒼とした森がどこまでも似たような姿で広がっているだけだった。
「どうかしたの?」
「ああ、いや……」
アシュレイはしばらく目を閉じて考え込む素振りを見せると、小さく頷いた。
「ジン。少し早めだが、今日はこの辺りで野営にしないか?」
「それは構わないけど……」
仁は皆を見回して視線で尋ねる。玲奈は仁と同様に不思議そうな表情をしていたが、他の2人と1体は問題ないと同意を示した。
その後、その近辺で野営できそうな場所を見つけて手早く準備を整え、焚火を囲んで早めの夕食を終えると、アシュレイが少し辺りを見回って来たいと申し出た。
そこまで深くない場所とはいえ、多くの魔物の跋扈する魔の森を一人で行動させることに仁は難色を示したが、長い間この森で暮らしてきたアシュレイに大丈夫だと自信満々に言い切られてしまえば、多少不安を覚えながらも認めざるを得ない。
何か事情があるのだと察することはできたが、それを尋ねていいものか仁が頭を悩ませていると、アシュレイは小さく笑いながら、その理由を口にした。
「初めから理由を教えてくれればよかったのに」
「いや、すまん。ぬか喜びさせる結果になるかもしれないと思ってな」
仁が口を尖らせているのがおかしかったのか、アシュレイは笑い混じりで答える。
「はっきり言ってくれないから、エルフ族だけにしか知られちゃいけない何かがあるのかと思ったじゃないか」
「まぁ、そういったものがないわけではないが、それならそれで尋ねればいいじゃないか。私は言えないことなら言えないとはっきり言うぞ」
「それはそうかもしれないけどさ……」
「まあまあ、仁くん。結局話してくれたんだからいいじゃない」
玲奈が仁を宥めるが、仁は玲奈の言葉の内にも面白がっているような雰囲気を感じ、更に唇を尖らせたのだった。
アシュレイの話では、この辺りにエルフ族が古くに管理を放棄した石灯籠型の転移用アーティファクトがあるかもしれないとのことだった。仁はメルニール寄りのこんなところにまでそのようなものがあるのかと驚いたが、離れた場所にあってこそのものでもあるということに思い至る。
また、仮に魔の森で魔物討伐を行う冒険者が石灯籠を見つけたところで、エルフでなければ起動することができないため、問題になりそうになかった。それに、そもそも一般的な冒険者は好き好んで魔の森に足を踏み入れないし、入ったとしてもごく浅い層に止まるだろう。となれば、これまで知られていなくても不思議ではない。
もし今でもその石灯籠が使えるのならば、そこからエルフの里まで転移できるかもしれないとアシュレイは考えたのだった。
アシュレイは一人でそれを確認しに行くつもりだったのだが、仁は無駄に終わったならそれはそれでいいと、皆で行くことを提案した。アシュレイにしても、もし当てが外れた場合のことを考えて一人で行こうとしていただけなので、仁や皆が一緒に行くと言うのであれば、それを断る理由はなかった。そうと決まれば危険度の増す夜にわざわざ動く必要はなく、最初に夜番をする仁を残して皆は早めに休んだのだった。
翌日、仁たちは辺りを確認しながらゆっくり進むアシュレイに先導され、魔の森を奥に向かって進む。仁には同じような森にしか見えないが、アシュレイには違って見えているようで、慎重な足取りながらも迷いは感じられなかった。
「やはりこの辺りにあるのは間違いないな」
アシュレイが大きく頷き、皆を振り返った。
「以前の場所とは違い、魔物除けの結界は作動していないだろう。昨日までより強力な魔物が現れるかもしれない。十分に注意してほしい」
「はい!」
「はいなの!」
「心得ております」
元気よく答える3人に、仁とアシュレイは顔を見合わせて微笑み合う。アシュレイが歩みを再開すると、玲奈、ミル、ロゼッタが左右に目を向けながらアシュレイの背を追う。仁は背後を振り返って問題がないことを確認すると、魔力感知で周囲を探りながら後に続いた。
ほどなくして辿り着いたのは、エルフの里で使ったものと同じに見える石灯籠を中心に据えた、こじんまりとした広場だった。長らく誰の手も入っていないであろうにも関わらず、森の中でその一帯だけ木が生えてこないことを仁は不思議に思ったが、きっとそういうものなのだろうと納得させる。
石灯籠型アーティファクトに歩み寄ったアシュレイの周りを皆で囲み、広場の外に注意を向ける。ざわざわと、森が、木々がざわめく。魔物の気配は感じられないが、仁の胸の奥に何となく不安な気持ちが生じた。
「おかしい」
アシュレイが石灯籠を難しい顔で見つめていた。
「アシュレイ。どうしたの?」
「このアーティファクトには、つい最近、使用された形跡がある」
「……え?」
仁の口から思わず零れた声が、暗い森の中に吸い込まれていった。
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