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第十一章

11-15.事後

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 あの後、仁は「下着と水着は違う!」と声を大にする玲奈に、日を改めるか、着替えてくるよう促したが、意地を張った玲奈はそれらを拒否し、そのまま魔力操作の訓練を行った。それでも流石に下着姿は恥ずかしかったようで、玲奈は仁に後ろを向かせている間にネグリジェの裾を胸の下までたくし上げ、剥き出しになった下の下着を掛布団で覆い隠したのだった。

 仁はそんな玲奈の姿に興奮を覚えずにいられなかったが、玲奈の頑固さに内心で感謝しながらも、玲奈に嫌われたくないため、感情が表に出ないように表情を引き締めた。玲奈が目をつむると、仁は気を静めるために深呼吸を繰り返し、玲奈の下腹部に手を伸ばした。



 玲奈の希望で普段よりも長時間、じっくりとお互いの魔力を絡み合わせた結果、玲奈は何かを掴んだのか、満足そうな笑みを浮かべ、そのまま眠るように気を失った。

「玲奈ちゃん、お疲れ様」

 仁は極度の疲労に肩を上下させながら玲奈の呼吸が整っていることを確認し、玲奈に労いの言葉を投げかけた。仁は名残惜しさを感じながら、吸い付くように玲奈の肌にピッタリと貼り付いていた手を離すと、コテンとそのまま横向きにベッドに倒れ込んだ。仁は意識が朦朧もうろうとする中、自身の枕に後頭部を埋めた玲奈の横顔を見つめ続ける。

 不思議な感覚だった。仁としては今までやってきたのと同じように玲奈の体内に魔力を流し込んでいたのだが、途中から、今まで感じたことのないような感覚を味わった。玲奈の体内で混ざり合った仁の魔力と玲奈の魔力が、仁の中にも逆流してきたのだ。

 渾然一体こんぜんいったいとなった仁と玲奈の魔力が手のひらを通して仁の体内にも入り込み、荒々しく動き回った。それは仁がこれまで皆に施してきたような繊細な魔力操作とは一線を画していたが、仁は今まで以上に玲奈と一つになったような感覚を覚えたのだった。

「今のは、玲奈ちゃんが……?」

 仁の視界がぼやけ、段々と意識が遠のいていく。汗をかいたままお腹を出して眠っている玲奈をそのままにしておいていいのかと頭の片隅で警鐘が鳴っていたが、重い瞼と体が言うことを聞かず、仁はそのまま意識を手放した。



「仁……くん……」

 ささやき声が吐息と共に仁の耳元を撫で、仁に覚醒を促す。身動みじろぎした仁がゆっくりと瞼を上げると、目と鼻の先に玲奈の寝顔があった。頬に玲奈の唇がくっついてしまいそうな近さに、仁はビクッとして身を仰け反らせようとするが、体が僅かにしか動かない。

 仁のぼやけた頭が一気に覚醒していく。仁の脳が今の状況の検討に入ると、すぐさま答えが導き出された。今、仁は玲奈の抱き枕になっていた。仁が寝ている玲奈に抱き付き癖があることを思い出していると、仁を抱きしめている腕の力が僅かに増した気がした。当然のことながら玲奈の体が密着していて、心地よい柔らかさや弾力が仁の脳へ強制的に快感を送り込む。仁の心臓が爆音を響かせ、玲奈の胸の鼓動とハーモニーを奏でた。

 仁が玲奈ととこを同じくして抱き付かれるのは初めてではないが、決して慣れるということはなく、嬉しさと恥ずかしさ、幸福感と緊張がごちゃ混ぜになり、玲奈に申し訳なく思うものの、仁はいつまでもこの時間が続くように願った。

 仁はそう願ってしまった罪悪感から首を僅かに回して玲奈の寝顔から目を逸らすが、視界が捉えたのは白い肌と、ずり落ちたネグリジェの肩紐によって隠されていた下着の紐だった。その先に、下着の本体と魅惑の谷が見え、仁の心臓が一際大きく跳ねる。寝ている間にネグリジェが胸と臍の間に集まった結果、今の玲奈はほとんど下着だけの姿だった。

 下着姿の玲奈に抱き付かれているという事実が仁の脳を沸騰させ、一時的に思考力を奪い去る。僅かに残った理性が、仁の視線を目の前の玲奈の顔に引き戻した。玲奈の小さな顔の全部を視界に収められないほどの至近距離で、仁は玲奈を見つめ続ける。

 長いまつげや、小振りですっとした鼻。くすみのない肌理きめの細かな肌に、つややかで張りのある瑞々みずみずしい小振りな唇。

「玲奈ちゃん……好きだ……」

 一拍後、仁は自身の口から思わず零れた言葉にハッとする。その『好き』は、憧れのアイドル声優としての『好き』か、一人の女の子としての『好き』なのか、今の仁にはわからなかった。

 その瞬間、部屋のドアが遠慮がちにノックされ、仁はビクッとしながら反射的に返事をしてしまう。仁はすぐに「しまった!」と慌てるが、時すでに遅く、部屋のドアノブが外から回され、シルフィが顔を覗かせた。

「ジン様、お休みのところ失礼します。今しがたリリー様が――」

 仁がやむを得ず玲奈の拘束を強引に振り払って上半身を起こすと、シルフィは仁の隣に目を向けたまま固まっていた。

「シ、シルフィさん、違うんだ……!」

 仁がかすれた声でどこぞのアニメや漫画のようなセリフを絞り出す。シルフィは一瞬だけハッとした表情を浮かべるが、すぐに視線をほとんど下着姿で寝ている玲奈から仁に移し、僅かに目を泳がせながらも表情を改める。

「ジン様。起き抜けに申し訳ありませんが、リリー様がお越しです」

 見てはいけないものを見てしまった動揺を隠すためか、シルフィの口調はサラを真似たような事務的なものだった。

 仁はシルフィの誤解を解くべく、何か言い募ろうとするが、ようやくシルフィの言葉の意味を理解し、口を半開きにしたまま動きを止める。

「ジン様。普段通り、リビングにお通ししてよろしいですか?」
「え、あ、うん」

 実際には仁に非があるわけでもなんでもないのだが、何か罪悪感のような感情が仁の胸中に湧き上っていた。

「それから、リリー様はまだ昼食を取られていないとのことですが、ご一緒に用意してもよろしいでしょうか?」
「うん。お願い……。え? 昼食?」

 仁が呆然と頷きながら目を丸くして窓に目を向けると、カーテン越しでも窓の外が日の光で明るく照らされているのがわかった。

 昨夜の玲奈との訓練で思っていた以上に疲労していたのかと、仁はまるで他人事のように考える。それがただの現実逃避であることを理解していても、仁の頭は上手く働かなかった。

 玲奈に対する感情の吐露、シルフィの誤解に、リリーの来訪。混乱する頭では対処不可能な事態の連続で、仁の頭はショート寸前だった。

 シルフィがリリーを案内するために仁の部屋を去ると、仁は抱えた問題を一旦棚上げし、大きく溜息を吐いた。何の問題も解決していないにも関わらず、何となく安堵したような気分に浸る仁は、殊更に頬を赤くしたまま薄目を開けている玲奈に気付くことはなかった。
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