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第十一章

11-14.涙目

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「や、約束?」

 玲奈に見惚みとれながら、仁がぎこちない口ぶりで尋ねる。

「うん、約束。ロゼもミルちゃんもセシルさんも、コーディーさんまでしてもらったのに、私だけ、まだしてもらってない……」

 仁はハッとして目を見開く。そこまで言われてしまえば、心当たりがないとはとても言えなかった。ウルウルと見つめる玲奈を目の前に、仁は自身の頬が熱を持つのを感じた。仁は改めて玲奈の格好に目を遣り、生唾を飲み込む。玲奈のネグリジェから、薄らと肌の色が透けていた。

「ダメ、かな?」
「ダメじゃない、けど……」

 玲奈は仁の視線が自分の胸元や太ももの付け根辺りに向いていることに気付き、身をよじって胸の前で手を組んだ。玲奈が膝をもじもじと擦り合わせる度にネグリジェの裾がひらひらと動き、白い太ももの露出した部分が入れ替わる。

 玲奈が恥ずかしそうに視線を落とした拍子に長い黒髪が左右に分かれ、うなじが覗く。仁の胸の鼓動が早鐘のように速まった。

「あのさ、玲奈ちゃん」
「な、なに……?」

 チラリと首だけ回した玲奈が涙目で見上げた。仁に断られると思ったのか、赤く染まった玲奈の表情の中に悲しさの色が混じり、唇が僅かに尖っていた。

「その、約束したし、こう言っちゃなんだけど、正直役得な部分もあるから、玲奈ちゃんが望むならいくらでも訓練に付き合うけど……」
「けど?」
「えっと。本当に今ここでするつもり……?」

 玲奈は怪訝そうに首を傾けるが、視線を彷徨さまよわせながらもチラチラと何度も体に目を向けてくる仁の様子から何かを察したのか、慌てて口を開いた。

「あ、あのね。この格好はね、仁くんが喜ぶからってルーナが」
「ルーナが?」
「う、うん。サラさんが、殿方が喜ぶって言ってたって。このネグリジェ、シースルーで恥ずかしいから、下に下着は着けちゃってるけど……」

 無表情のドヤ顔が仁の脳裏に浮かぶが、今回ばかりは文句を言う気にはなれなかった。目を凝らして玲奈の腕の隙間から胸の辺りを見てみると、ネグリジェの下に同系色の布地が透けて見えるのがわかった。

「仁くんのえっち……!」

 肩を抱く力を強くした玲奈が胸を隠すように前傾姿勢をとり、首だけを捻って仁に抗議の視線を送る。その頬は茹蛸のように赤く染め上っていた。

「あ。ご、ごめん!」

 仁は慌てて目を逸らすが、触れるか触れないかの距離から注がれる玲奈の視線を肌で感じ、全身の火照りは治まりそうになかった。

 玲奈の可愛らしいうなり声で耳を癒しながら、このままでは話が進まないと仁は腹をくくる。仁は勢いよく立ち上がると、玲奈の正面に移動した。

「玲奈ちゃん。本当に今から魔力操作の訓練を始めていいんだね?」

 仁が真剣な口調で尋ねると、玲奈は体を起こし、両手を下ろして気丈な表情で仁を見上げる。

「う、うん。そのつもりだよ。ロゼやミルちゃんを見てて、やっぱりこの方法が一番強くなるための近道かなって思うし。すっごく恥ずかしいけど、大丈夫。覚悟はしてきたよ」
「わかった。玲奈ちゃんがそう言うなら、俺も覚悟を決めるよ」
「仁くん……」

 自身の願いが受け入れられ、玲奈が柔らかく微笑む。仁も玲奈に釣られるように笑みを浮かべた。

「じゃあ、お願いします」

 玲奈が小さく頭を下げ、仁が頷きで答える。仁が玲奈にベッドに横になるように促すと、玲奈は一瞬だけ躊躇するような様子を見せたが、自身に言い聞かせるように小さく頷くと、すぐにベッドに上がり、仰向けになった。

 仁は先ほどまで自分が寝ていた場所に玲奈が寝ているという事実に全身の血が湧き上がるような感覚を味わうが、恥ずかしさを我慢している玲奈の手前、無理やり興奮を抑え込む。

 こちらの世界に召喚されてから、仁はなんやかんやと玲奈と同じ宿の部屋で暮らし、同じベッドで一緒に寝たこともあったが、自分だけの部屋を玲奈が訪れ、自分だけのベッドに玲奈が寝ているという状況は、まさに夢のようだった。これから行う行為を思い、仁はゴクリと生唾を飲み込む。

「仁くん?」

 ベッドの脇で立ち尽くしている仁に、玲奈が首を回して少しだけ不安げな声を出した。仁は頭を左右に小刻みに振って、やましい考えを振り落す。一番恥ずかしい思いをしている玲奈を不安がらせるわけにはいかなかった。

「ごめん。すぐ始めるね」

 仁は笑顔で答え、ベッドに上がり込む。仁が膝立ちになって横から玲奈を見下ろすと、玲奈は顔を真上に戻し、キュッと目を瞑った。

「じゃあ、失礼して――」

 仁はバクバクと心臓を高鳴らせながら、玲奈の膝の上の辺りに手を伸ばし、ネグリジェの裾に手をかける。仁は荒くなりそうな息を深呼吸で鎮めると、ゆっくりとめくり上げる。玲奈の引き締まった太ももがあらわになり、ネグリジェより少し濃いピンクの布の端がチラリと覗いた。

「玲奈ちゃん。腰を上げて」
「う、うん……え?」

 玲奈は言われるまま僅かに腰を浮かすと同時に戸惑ったような声を上げ、目を開いて枕から後頭部を離すように頭を持ち上げた。

「きゃっ!」

 玲奈は一瞬固まった後、勢いよく上半身を起こして仁の手からネグリジェの裾を払いのけ、膝を抱え込んだ。

「あ、ごめん。上からの方が良かった?」

 仁は中途半端に浮いたままの左手を引き戻すと、今度は右手を玲奈の肩口に伸ばす。

「じ、仁くん!?」

 玲奈が目を見開いてパチパチと素早くまばたきを繰り返す。

「ご、ごめん。べ、別に俺が脱がす必要なんてないよね。何やってんだか……」

 仁はネグリジェの肩紐に狙いを定めていた右手を引き寄せ、照れたように頭を掻いた。

「じゃ、じゃあ、玲奈ちゃんお願いします」
「え?」
「その、恥ずかしいかもしれないけど、下着なんて水着と大した差はないから大丈夫だよ。ほら、最新の写真集で水着姿披露していたから、俺も見るのは初めてじゃないし」

 仁は玲奈と一緒にこの世界に召喚されるきっかけになったニューシングル発売記念握手会の一月ひとつきほど前に発売された玲奈の最新写真集を思い出す。玲奈はそれまでにも何冊か写真集を出していたが、その写真集で初めて水着姿を披露したのだった。飾り気のないシンプルな水着や、ふりふりのフリルをあしらった可愛らしい水着など、どの水着も玲奈の可愛さを引き立てていたのを仁は覚えている。

「あの、仁くん。何を……? 脱ぐって……。え?」

 怪訝そうに眉をひそめる玲奈に、仁は戸惑いの表情を浮かべた。

「え、あ、ほら。その、ネグリジェ脱ぐか、ずり下ろすか捲り上げるかしないと、えっと、その、直接触れられないし……」

 仁は玲奈から目を逸らしながら口を小さく動かした。もしかして玲奈は気付いていなかったのではないかと、仁の胸中に嫌な予感がむくむくと姿を現す。玲奈は自身の体を見下ろし、仁の言わんとしていることを理解したのか、一気に顔を紅潮させた。ネグリジェが上下に分かれていない以上、仁の言葉は間違ってはいなかった。

「だから、今すぐこの場でしていいのかって何度も確認したのに……」

 ボソッと口にした仁を、真っ赤になった玲奈が涙目で睨みつけたのだった。
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