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第十一章

11-4.目星

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 皆の視線が一点に集まる中、フェリシアが施錠済みだった鳳雛亭の食堂の扉を開けに向かう。何があるというわけではないと思いながらも、念のためにと仁がフェリシアの後に続いた。

「はいはい~。今開けますね~」

 若干の緊張感を抱いている仁とは対照的な、フェリシアの気の抜けるような声だった。

「あ、フェリシアさん、こんばんは。ジンくんはいるかい?」

 開いた扉の隙間から見知ったイケメン顔が覗き、仁は安堵から盛大に溜息を吐いた。先ほどまでの話の流れから、もしかしたら脳裏に浮かんでいた女性がやって来たのではないかと心のどこかで身構えていたのだった。

「ヴィクターさん、こんばんは。どうしてここが?」
「ああ、ジンくん。よかった。屋敷でここにいるって聞いてね」

 仁とフェリシアはヴィクターを迎え入れ、食堂の奥へと戻る。ヴィクターは玲奈やガロンたちと一通り挨拶を終えると、空いていた席に腰を下ろした。そこへフェリシアが酒の注がれたグラスを差し出す。ヴィクターは感謝しながら受け取り、少しだけ杯を傾けた。

「ヴィクターさん。それで、俺に何か用でしたか?」
「大した用というわけではないんだけど……」

 ヴィクターはグラスを丁寧な仕草でテーブルに置くと、真摯な瞳を仁に向ける。

「ジンくん。気を悪くしないでもらいたいんだけど、最近、この街の一部でジンくんに関するあまり良くない噂が流れているのを知っているかい?」
「ええ。先ほど、この宿の冒険者の方から教えてもらったところです」

 丁度そのことを話していたところだと伝えると、ヴィクターは神妙な面持ちで小さく頷いた。

「ジンくん。君のことだからそんなことはないと思うけど、若い女性に恨まれているなんてことはないかい?」

 仁の片眉がピクッと持ち上がる。目ざとく仁の小さな動きに気付いたヴィクターが目を細めた。

「心当たりがあるのかい?」

 しくもヴィクターが訪ねてくる直前と似た流れになり、皆の注目が仁に集まる。

「ええ、そうですね。心当たりは、あります」
「仁くん……」

 仁は心配そうに見つめる玲奈に大丈夫だと頷いてみせ、ヴィクターに向き直った。

「ヴィクターさん。どうして俺を恨んでいる相手が女性だと思ったんですか?」
「ああ、それはね――」



 日中、ヴィクターがファムと一緒に復興作業に従事していると、そこにダンジョンから帰還したキャロルがやってきた。ヴィクターは仁がガロンたちを呼びに行ったのは知っていたが、まさかこれほど早く戻って来るとは思っておらず、大いに驚いた。ヴィクターはキャロルに休むように言ったが、キャロルは街の惨状にショックを受けつつも、自分も手伝うと言って聞かなかった。

 ヴィクターは疲れが溜まっているであろうキャロルの体調に不安を抱きながらも、人手が足らない現状を鑑み、キャロルの厚意を受け入れることにした。キャロルはヴィクターの心配を余所に元気を見せ、ダンジョンの帰り道で仁と話せたことや、道中で目にした仁の力のすごさをヴィクターたちに誇らしげに語った。

 その後、日が暮れ始めた頃、ヴィクターはキャロルの帰還祝いも兼ねて、ファムとキャロル、途中で合流していたキャロルと仲の良い友人を加えて一緒に夕食を取ることにした。魔物の襲撃から数日の今日、まだ営業を再開できていない店の多い中、4人は何とか開いている店を見つけて入店した。

 裏通りにあるその店は、混んでいるかもしれないと思っていたヴィクターの予想に反してがらんとしていて、ヴィクターたちの他にはカップルと思しき2人の男女がいるだけだった。ヴィクターがそれとなく尋ねてみると、店長の話では元々常連相手に細々と営業してきた店で、その常連にも死傷者が出たとのことだった。

 ヴィクターたち4人の周りではそこまで直接的な被害が出ていなかったが、改めて今回の件の爪跡の大きさを思い知り、ヴィクターたちは黙りこくってしまった。店長は気にすることはないと言ってくれたが、ワイワイと騒ぐ気にはなれなかった。そんな中、店内にいた男女の会話がヴィクターたちの耳に届いた。

 男はヴィクターがダンジョンの上層でたまに見かけたことのある探索者だった。その探索者の男に薄布越しに柔からな体を押し付け、だらしなくしな垂れかかっている女の言葉は、ヴィクターたちにとって耳を疑うものだった。

 あの魔物の氾濫による混乱の最中、殺人蟻キラーアントの脅威から仁によって救われたと話すその女は、見返りとして体を要求されたというのだ。ヴィクターは何かの間違いか冗談だろうと思ったが、男が「君が噂の被害者だったのか」と女の話を疑うことなく嫌らしい手付きで女の肩を強く抱き寄せた辺りで、何かがおかしいと感じた。そして、ヴィクターが話を聞くために腰を上げるより早く、男女の元に駆け寄ったのがキャロルだった。



「もう、すごい剣幕でね。ジンくんがそんなことするはずがないって必死に訴えていたよ。女性に掴みかかったときは驚いたけど、それだけジンくんのことを思っているっていうことなのかな」

 思わず笑みをこぼすヴィクターに、仁は嬉しいような恥ずかしいような、曖昧な笑顔を返した。

「まぁ、流石に殴りかかって問題になったら困るから、その前になんとか引き剥がしたけどね」

 そう続けたヴィクターが、ふと表情を曇らせた。仁がその理由を問うと、ヴィクターが引き剥がそうとキャロルの肩を掴んだ瞬間、それまでの剣幕が嘘のように、キャロルが全身を脱力させたという。

 ヴィクターが拍子抜けするくらい小さな力で引き剥がされたキャロルがそのまま床に座り込んだのとは対照的に、それまでキャロルに反論して口汚く仁を罵っていた女は、何かにハッとしたように背筋を伸ばした後、うつろな視線を彷徨さまよわせながら、男やヴィクターの制止を聞かずに立ち去った。

 それから、ヴィクターはぐったりと放心した様子のキャロルをファムたちに任せ、仁の屋敷を訪ねて鳳雛亭にいることを知ったのだった。

「それで、話が戻るけど、ジンくん、その女性に心当たりがあるんだね?」
「その女性は俺と同じくらいの歳で、ボブカットから少し長くなったようなブラウンの髪でしたか?」
「ああ、そうだね。それと、キャロルと言い争っているときの憎しみに満ちた瞳が印象的だったな」

 真摯な視線で仁の様子を窺うヴィクターに、仁は大きく頷く。おそらく間違いないだろうと、仁は半ば確信を得て口を開く。

「その女性はおそらくユミラさ――ん。もと、ということになるのかな? 帝国第二皇女コーデリア付きのメイドで、ドラゴンの帝都襲撃の最中さなかに行方不明になっていた、俺のことを殺したいほど憎んでいる女性です」

 そう言って歯を食いしばる仁に、玲奈をはじめ、仁を見守っていた皆が、程度の差はあれど一様に目を見開き、息を呑んだのだった。
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