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第十章

10-16.伝言

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「そこにいるのは誰だ!」
「ノクタさん。俺です。“戦乙女の翼ヴァルキリーウイング”の仁です」

 仁は薄暗い通路の先から誰何すいかする声に答える。仁が徐々に近づくと、見知った顔が集団の先頭で盾を構えていた。

「え、ジンさん!?」
「何? 兄ちゃんだと?」
「英雄殿が参られたのか?」

 ノクタの驚きの声を皮切りに、冒険者たちの集団にざわめきが伝播していく。害意がないことを示すように、武器を持たない両手を頭の後ろで組んで歩み寄った仁を、ガロンたちが取り囲んだ。

「おう。兄ちゃん。無事に帰っていたのか」
「ええ。お陰様で」

 仁が答えると、ガロンが背伸びをしながら仁の来た側の通路を覗き見る。

「兄ちゃん。嬢ちゃんたちは一緒じゃないのか?」
「はい。えっと、訳あって今は別行動を取っています。俺がここに来たのはギルド長に伝言を頼まれたからです」
「ギルド長がか? 兄ちゃん。上で何かあったのか?」

 ガロンが眉根を寄せた。仁は興味深そうにこちらの様子を窺っている他の冒険者や探索者、サポーターたちを見回す。この中に魔王妃の魂に憑依された人がいるかもしれないと仁は考えていたが、それを判別する手段など持ち合わせてはいなかった。

 仁のその態度から、他の人には聞かせられない話があると勘違いしたガロンが皆に待機を言い渡し、仁の肩に手を回して集団から少しだけ距離を取った。再びざわめく集団を、ノクタとクランフスがなだめる。

「それで兄ちゃん。何があった」

 仁はダンジョンマスターや魔王妃についてこの場で話すつもりはなかったため、特に他の皆に聞かれて困るわけではなかったが、いきなり皆に伝えて混乱を招くよりはリーダーであるガロンから話してもらったほうがいいと考え、そのまま密談でもするようにガロンと鼻を付き合せた。仁が今回の騒動と今の地上の様子について説明してバランからの言葉を伝えると、ガロンは表情を歪め、坊主頭に片手を乗せた。

「なんてこった。俺らがいない間にそんなことが起こるなんてな」
「ダンジョン内の異変はとりあえず解決しましたので、今は早く地上に戻ることだけを考えてください。おそらく今日中には地上に残っている玲奈ちゃんや冒険者の方たちが何とかしてくれると思っていますけど」
「わかった。このことは皆に知らせても問題ないわけだな?」
「ええ。お願いします」

 少し離れたところで待機している皆に伝えるため、ガロンがきびすを返した。仁はその広い背中を眺めながら、ガロンが仁の知るガロンのままだったことにホッとする。そこでふと、魔王妃は妃というのだから当然女性のはずで、女性の魂が憑依するのであれば男性ではなく女性なのではという考えが仁の頭に浮かんだ。

 仁はガロンから話しを聞いて様々な表情を見せている集団を眺める。30人を超える集団の中には少ない数の女性が含まれていた。仁が話したことのある人、見たことのある人、見覚えのない人。その全員を普段と違いがないかどうか判断することは仁だけでは不可能だった。

 仁が頭を悩ませていると、ざわめきの収まらない集団の中から、小学校高学年から中学校に上がったくらいの年齢に見える一人の女の子が抜け出した。仁はあんなにも小さな女の子も参加していたのかと、目を丸くする。ミルの友人のファムと同じくらいの背丈の少女が仁に近付いてくる。

「あれ? 君は……」
「ジ、ジンさん! 以前は助けていただき、ありがとうございました!」

 少女はガバッと勢いよく頭を下げた。

「えっと、君は確か――」
「ファ、ファムの友達のキャロルです。あ、あの、またご一緒できて、嬉しいです!」

 顔を上げた少女の顔はリンゴのように真っ赤になっていた。キャロルはそのまま仁に背を向けると、集団の中に駆け込んでしまった。途中、キャロルがごつごつした地面に足を取られそうになり、仁は思わず手を伸ばすが、キャロルはなんとか体勢を持ち直す。仁は安堵の息と共に中途半端に浮いた腕を所在無げに下ろしたのだった。

「よう。兄ちゃん、待たせたな。皆の了承は得たんで、急いで地上に戻るとするぜ」

 キャロルと入れ替わるように、ガロンが仁の元にやってくる。今度はノクタとクランフスも一緒だった。

「兄ちゃん。今、皆に荷物の整理をしてもらっているんだが、ヴィクターのときみたいに兄ちゃんに運んでもらえねえか? 皆も疲労が溜まっているんで、少しでも足を軽くしてえんだが」
「ええ。構いませんよ」
「そうか。兄ちゃんならそう言ってくれると思ってたぜ。荷物の大半を任せきりにしちまってるサポーターの連中が特に疲れてるだろうからな。助かるぜ」
「サポーターと言えば、あんなに小さな子も参加しているとは思っていませんでしたよ」
「ああ、キャロルの嬢ちゃんのことか?」

 ガロンが仁の視線を辿る。大人たちが屈んで荷物を整理しているため、僅かだがキャロルの姿が覗いていた。キャロルはサポーターの大人たちに混じって、必死に荷物の仕分けに勤しんでいる。

「俺も初めは反対してたんだがな。何が起こるかわからない上に、下層を目指していたからな。上層での活動のメインにしている嬢ちゃんには難しいと思ったんだ」
「それならなぜ?」

 仁が疑問をぶつけると、ガロンは苦笑いを浮かべながら頭を掻いた。

「いやあ、兄ちゃんたちに救われた命をメルニールのために使いたい。兄ちゃんたちが帰ってくる場所を守りたいって、それはもう真剣に訴えられちまってなあ。もともと慎重に事を進めるつもりだったし、未知の危険があればすぐ引き返すつもりだったんで、参加を許可しちまってな。でも、キャロルの嬢ちゃんは本当に頑張っていてな。皆も負けられんって気合を入れるもんで、結果的には一緒に来てもらってよかったと思ってるぜ」

 仁は目を僅かに見開いて、キャロルを眺める。小さい体で一生懸命働く姿に、仁の心の内が温かな気持ちで満たされていく。

「そうですか。それは俺ももっと頑張らないといけませんね」
「おう。それで、ノクタと一緒に道中の先陣を任せていいか?」

 仁が頷くと、ガロンはニカッと笑って仁の背中をバンッと強く叩いた。

「じゃあ、兄ちゃん。こっちに来て荷物を頼むぜ」

 仁がガロンに続いて集団に近付くと、仁を知る人たちから歓迎の声が上がった。地上の様子や家族の安否を聞きたがる人たちもいたが、仁は全てに答えることができず、歯がゆい思いを抱く。地上は玲奈たちが何とかしてくれていると仁は信じているが、人的被害がないとは言えない状況だった。この集団の中の家族や知人が皆無事でいる保証はどこにもなかった。

 仁が困り顔を浮かべていると、ガロンがパンパンと手を叩き、出発を促した。仁はガロンに感謝を伝え、ノクタと共に先陣を切る。そんな仁の後ろ姿に、キャロルが熱っぽい視線を送り続けていたのだった。
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