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第十章

10-14.後処理

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 仁は女帝殺人蟻エンプレスキラーアントが動かなくなったのを確認し、両手で握った極大の黒炎刀を消し去り、深く息を吐いた。今回の騒動を収めるためには仕方がなかったとはいえ、結果的に戦意を失くして逃げ惑うものをひたすらなぶり殺しにしたみたいになり、後味が良くなかった。それが魔物だとしても、恐怖に怯えた声を聞いてしまえば、仁がそう思うのも無理からぬことだった。それに、女帝殺人蟻エンプレスキラーアントの言葉から察するに、女帝殺人蟻エンプレスキラーアント魔王妃まおうひに利用されただけのように感じた。

 仁は首を左右に振って気を取り直す。魔王妃の真意がどうであれ、例え女帝殺人蟻エンプレスキラーアントの動機が人への復讐だったとしても、殺人蟻キラーアントによってメルニールが被害を受けたことに変わりはない。

 仁が辺りを見回すと、部屋の外周に集まっているいくつかの黒い群れが、命令を出すものを失って右往左往していた。仁はアイテムリングから取り出した魔力回復薬マジックポーションをがぶ飲みしてから、両手をそれぞれの集団に向けた。



 仁はダンジョンマスターになったことで新たに獲得した“ダンジョン転移”の技能を使って、一旦マスタールームに戻った。仁はダンジョン核を操作し、先ほどまでいた大部屋を消去する。女帝殺人蟻エンプレスキラーアント女王殺人蟻クイーンキラーアントの素材を勿体なく思ったが、それが生き残りがいないか確認する最も確実な方法だった。

 続いて、大部屋から続く急勾配の通路も消そうとするが失敗し、仁は眉をひそめる。3Dマップに目を遣ると、通路の入口に人が1人いることがわかった。

「えっと。こういう場合は……」

 仁はそれが誰か確認する方法がないか、右の人差し指で頭を軽く小突きながら脳内に刻まれたダンジョン核の仕様を思い出す。

「ああ、そうだそうだ」

 仁は小さく2度頷いてからマップを拡大する。仁が青い光点に指先で触れると、ホログラム上に別のウインドウが現れ、光点の示す人の名が表示された。

「ヴィクターさん?」

 今は行き止まりになった急勾配の通路をゆっくりと進んでいる光点を、仁は眉根を寄せて眺める。

 仁はラストルの残したこのダンジョンを、可能な限りこのままの状態にしておきたかった。ダンジョン核が悪用されないためにも、仁は自身がダンジョンマスターを継いだことをあまり広めたくなかったが、既に観測者やダンジョンのできた経緯を話しているヴィクターならば大丈夫かと考え、ヴィクターのすぐ後ろに転移を実行する。



「ヴィクターさん」

 仁が背後から声をかけると、ヴィクターは素早く振り向き、手にした槍の穂先を仁に向けた。

「な、なんだ、ジンくんか……。さっきまで誰もいなかったのに、急に現れるから焦ったよ」
「それはすみません」

 ヴィクターが安堵の息を吐き、仁は苦笑いを浮かべた。

「って、ジンくん!? 帰っていたのか!」
「あ、はい。ちょうど今日戻ってきたところです」
「そうか。それなら今の街の状況はわかっているね。僕は急に殺人蟻キラーアントたちの侵出が止まったという話を聞いて様子を見に来たんだ。この未知の通路の先に何か秘密があるかもしれない。危険かもしれないが、ジンくんも一緒に来てくれないか?」

 ヴィクターが真剣な表情で仁の目を見つめる。仁は右手で後頭部を掻く。どう伝えるか悩んだが、とりあえず事実だけを伝えることにした。

「えっと。ヴィクターさん。この先は行き止まりで何もありませんので、一旦戻りましょう」
「なんだ。ジンくんもここが怪しいと踏んで、もう確認してくれていたのか」
「えっと、まぁそんな感じです」

 ヴィクターはそれなら手間が省けたと爽やかな笑みを浮かべる。

「それと、ダンジョン内での殺人蟻キラーアント大量発生に関しては片が付きました。後は地上に残った魔物を一掃すれば、とりあえず今回の件は終わりです」
「それは本当なのかい!?」

 ヴィクターは笑顔を一転、目を見開き、勢い込んで仁との距離を詰めるが、すぐにトーンダウンして元の場所に戻る。

「いや、君がこんなことで嘘や冗談を言う人間じゃないことはよくわかっている。君がそう言うのなら、そうなんだろう。何があったのかは気になるけどね」
「地上も片が付いたら、まとめて説明します」
「わかった。そういうことならここで時間を無駄にしている場合ではないね。僕もすぐに地上に戻るよ」
「はい。俺もあと少しだけ用事を済ませたら、後を追います」
「わかった」

 ヴィクターが仁を追い越し、急勾配の通路を上がっていく。仁はヴィクターの背中を眺めながら、再びマスタールームに戻るべく、ダンジョン転移を発動させた。

「あ、そうだ、ジンくん。こんなときだけど、おかえ――」

 一旦足を止めて振り向いたヴィクターが目を丸くし、きょろきょろと辺りを見回して首を傾げる。ヴィクターの視線の先に、既に仁の姿はなかった。



 マスタールームに戻った仁は3Dマップでヴィクターが通路から出たのを確認し、ダンジョン核を操作して急勾配の通路を消去した。仁はざっとマップを見回すが、不自然に魔物が大量に密集しているような場所は見当たらなかった。崩落事件の際の洞窟状の通路をどうするか悩んだが、先ほどの通路と違って多くの人々に存在が知られてしまっているため、そのままにすることに決めた。2階層と12階層が繋がってしまっているのはラストルの想定外のはずだが、このくらいは許してほしいと、仁は心の中でラストルに謝罪したのだった。



 その後、仁は周囲に誰もいない地点を確認し、1階層に転移した。仁がダンジョンを出ると、塔の前で戦っていた冒険者の姿が見えなかった。仁は一瞬だけ疑問を覚えるが、すぐにヴィクターが仁の話を伝えたのだろうと思い至る。

 仁が街で生き残っている殺人蟻キラーアントを探そうと一歩踏み出すと、冒険者ギルドの方角から近づいてきている漆黒の戦斧を手にした強面こわもての男が目に入った。男は年季の入った鎧を纏っている。そのすぐ後ろにはヴィクターの姿もあった。

「ジンくん。無事でよかった。すぐ姿が見えなくなったから、心配したよ」

 ヴィクターが安堵の表情を浮かべる。仁がヴィクターに答えるより早く、バランが口を開いた。

「ジン。ヴィクターにした話は本当だな」
「はい」
「そうか。既に街中の冒険者や探索者に伝えるよう指示を出した。これ以上魔物が増えないことがわかれば、何とか踏ん張れるだろう。ヴィクター、お前も再度スラム街に魔物がいないか確認してくれ。他の連中ではどうしても後回しにしてしまうだろうからな」
「わかりました」

 バランの指示を受け、ヴィクターが走り去る。仁はバランの言葉から、ヴィクターはダンジョンの様子を見に来る前はスラム街で殺人蟻キラーアントたちと戦っていたのだろうと考えた。先ほどまでのヴィクターの様子から、きっとファムたちは無事なのだろうと仁は胸を撫で下ろす。

「ジン。お前たちが戻っていてくれて助かった。感謝する」

 バランが手を差し出した。仁はがっしりとした手を見つめ、バランと初めて会ったときのことを思い出す。一瞬だけ躊躇ちゅうちょしてしまったことに苦笑いを浮かべながら、仁はその手を取った。もちろん、仁の背筋を不快な感覚が駆け上ることはなかった。

「それで、ジン。お主、ダンジョンマスターという言葉に聞き覚えはないか?」

 仁はバランの口から飛び出した想定外の単語に、ビクッと背筋を震わせたのだった。
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