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第十章
10-10.青銀
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「石壁!」
仁は身体強化を施してメルニールの建物の屋根の上に飛び乗ると、街の中央にそびえる白い塔の上部に向けて石の道を繋ぎ、その上を全力で駆け上がる。塔の頂上まで到達すると、仁は勢いをそのままに飛び降りる。
「黒炎!」
黒雷刀を一旦消し去り、下方に突き出した両の手のひらから赤黒い火炎を放射する。土砂降りの雨の中でもお構いなしに荒れ狂う黒炎が、眼下にひしめく殺人蟻をまとめて焼き払う。塔の内側が焼却場のように激しく燃え上がり、魔物たちの絶叫が響き渡った。その地獄絵図の渦中に、全身を黒炎の膜で覆った仁が降り立つ。着地の衝撃で地が抉れ、振動が地面を伝って広がっていく。
仁は黒炎刀を両手から生み出し、ダンジョンの入口を睨みつける。再び塔の内側に魔物が溢れ出すのは時間の問題だった。仁は黒く蠢く殺人蟻の群れのただ中へ突貫し、駆け抜け様に切り裂いていく。全身を覆う黒炎の薄膜が、飛び散る緑の体液を防いだ。
薄明りで照らされたダンジョン内にまで続いていた黒い波を、仁は一陣の風となって駆け抜ける。通路の幅いっぱいまで広げた黒炎の翼を地に平行に近付くように傾け、第三、第四の刃と化した。仁の通り過ぎた後に残ったのは、体の上部を切り裂かれて地を溶かす体液を垂れ流す黒い死骸だけだったが、それも程なくダンジョンに溶けるように消えていく。
仁が殺人蟻の波を遡(さかのぼ)っていくと、1階層の最奥に見覚えのない横穴ができていた。そのまま横道に突入し、急勾配を降っていく。その先も殺人蟻の列は途切れることなく続いていた。
「どれだけいるんだよ!」
仁は悪態を吐きながらも、足を動かし続けた。不幸中の幸いにもダンジョンの入口や塔に開いた穴が狭いために街に溢れ出す魔物の数が抑制されているが、このまま全ての殺人蟻が外に出ていたらと思うと、仁はゾッとした。もしそうなれば、いったいどれだけの被害が出るのか、想像もしたくなかった。殺人蟻1匹1匹はそれほどの強さではないが、高ランクの冒険者の多くがダンジョン攻略に向かって不在の今、それはメルニールという街の存続に関わる事態だった。
焦燥に胸を焦がしながら、仁は急勾配の通路の奥の大部屋に辿り着いた。仁は部屋の入口の前で黒炎刀を横薙ぎに一閃して数匹の殺人蟻をまとめて斬り飛ばし、薄明りの部屋の中に目を遣った。横幅3メートルほどの通路の入口周辺にごった返す殺人蟻の複眼が一斉に闖入者に向けられ、ギチギチと威嚇するように顎をけたたましく打ち合わせた。
仁の視界の先に広がるドーム球場ほどの空間が黒で埋め尽くされていた。濃い魔素に満たされたその奥に、4匹の巨大な銀の魔物の姿が見える。銀色の甲殻で全身を覆い、強靭な顎と長大な針を持つ姿は以前戦った女王殺人蟻そのものだった。大きく膨らんだ腹部の先から、現在進行形で子供たちが生み出されている。
ようやく元凶を見つけた仁は女王殺人蟻たちに鋭い眼光を送りつけるが、仁が斬り込むより早く、身の毛もよだつ耳障りな咆哮が響き渡った。その声の主は、4匹の女王殺人蟻の更に奥に位置していた。その魔物はダンプカー並みの女王殺人蟻より一回り大きな体躯を持ちながらも、動きやすそうなスリムな腹部をしている。女王殺人蟻に似た一際大きなその魔物は、仁に憎悪の視線を向けていた。
仁は僅かに身を竦めて左目の魔眼を発動させる。仁の左目が青白く輝き、視界の端に魔物の情報が表示された。
「女帝殺人蟻……!」
仁は輝くような滑らかな銀の甲殻に目を向けながら、竜の棲家で遭遇した猪豚人間皇帝を思い出していた。おそらく女王殺人蟻の上位種だと思われる魔物の存在に、仁はこの空間を満たす濃い魔素が進化を促したのではと考察する。
同胞を殺されたことに怒り狂っているのか、女帝殺人蟻が顎を激しく打ち合わせながら、円環状に広げた6枚の翅を細かく振動させて宙に浮かび上がった。淡い光に照らされた半透明の翅が光沢を放ち、美しいグラデーション模様を見せた。極太の触角が、仁に向いていた。その先端に魔力が集まる。
「くっ」
女帝殺人蟻の触角が僅かに震えると共に、極太の、青みがかった銀色の雷撃が迸る。仁は即座に全身を覆う黒炎を一旦解除してから黒雷に切り替え、突き出した両手の先に黒雷の障壁を作り出した。漆黒と青銀がぶつかり、バチバチと弾ける。
仁としては防御が間に合うかどうかギリギリのタイミングだと思っていたが、女帝殺人蟻の雷撃の速度は仁の予測を下回っていた。仁が僅かに首を傾げていると、女帝殺人蟻は苛立たしげに顎を打ち鳴らす。その音に呼応したかのように、仁の周りの殺人蟻たちが仁目掛けて殺到し始めた。
仁は疑問を一旦頭の端に追いやり、背から漆黒の翼を生やして黒雷の矢で弾幕を張る。前面の殺人蟻を一掃した仁は両手から黒雷刀を作り出し、乱舞するように黒雷斬を放つが、どれだけ倒しても次から次へと押し寄せた。
「くそっ。切りがないな」
仁は頭上に掲げた2振りの黒雷刀の先に一抱えほどの漆黒の雷球を作り出し、刀を一気に振り下ろす。その動きに連動するように勢いを付けた2つの雷球が射線上の殺人蟻たちを蹴散らしながら部屋の中ほどまで進み、一気に弾けた。殺傷力を持った黒い雷撃が広範囲に撒き散らされ、死の山を築く。
その直後、儚く散っていく子供たちを嘆くように顎を鳴らしていた4匹の女王殺人蟻の内の2匹が殺人蟻を産むのを止め、一際大きく顎を打ち鳴らすと同時に仁に向かって突進を開始した。まだ生き残っている殺人蟻たちが脇に避け、仁と部屋の最奥を結ぶ大きな道が出来上がった。
光の粒子となって消えていく死骸を跳ね飛ばす勢いで迫り来る銀色の巨体を眺めながら、仁は以前の女王殺人蟻との戦いを思い出す。あのとき、仁の放った雷魔法は銀の甲殻に受け流されていた。
仁は物凄い速度で6本の足を動かし、膨らんだ腹を引きずるように突進してくる女王殺人蟻を見据え、全身に纏った黒雷を解く。女王殺人蟻は一般道を走る車ほどの速度で迫って来るが、まだ十分な距離があるため、仁は落ち着いた心持ちで待ち構え、全身に黒炎の膜を巡らせた。
その瞬間、仁の視界の端に青い雷光が煌めく。仁は咄嗟の判断で再び黒炎を黒雷に切り替えようとするが間に合わず、部屋の最奥の上空から放たれた雷撃が仁の肩口を撃ち抜く。青銀の雷撃は先ほどとは段違いの速度で彼我の距離を零にして、黒炎の守りと火竜鱗の鎧を貫き、仁の体内を駆け巡る。仁の体表から青銀の残滓が零れた。
「ぐっ」
仁の口からくぐもった呻き声が漏れ、仁が片膝をつく。直後、苦痛に歪んだ仁の顔が凍りついた。2匹の女王殺人蟻の巨体が間近に迫っていた。1匹が譲るように速度を落とし、もう1匹が速度を増した。地を這うように大きく開かれた顎が、未だ動けないでいる仁の体に照準を合わせた。両の顎が打ち合わされる直前、仁は何とか力を振り絞って跳び上がる。仁の足元から甲高い金属音に似た音が鳴り響き、周囲の空気を揺らした。
間一髪難を逃れたかに見えた仁の体が、女王殺人蟻の銀の頭部に跳ね飛ばされ、宙を舞う。女王殺人蟻はそのままの勢いで通路の入口に突っ込む。
幸いにも通路の幅は女王殺人蟻の巨体が通り抜けられるほどではなく、凄まじい衝撃と共に女王殺人蟻の動きが止まった。ダンジョン全体を揺るがすような振動が、仁の横たわる通路の床を、壁を、天井を伝っていく。
女王殺人蟻は地に伏したまま動かない仁に赤く光る複眼を向けながらギチギチと悔しげに顎を鳴らした後、強靭な顎を左右に大きく開き、その奥にある口から毒液を吐き出す。毒々しい緑の液体が仁の体に降り注ぐ、その直前。突如、うつ伏せで倒れている仁の下の床が青白く輝いた。
次の瞬間、仁の姿は忽然と掻き消え、毒液で溶かされた地面からプスプスと煙が上がっていたのだった。
仁は身体強化を施してメルニールの建物の屋根の上に飛び乗ると、街の中央にそびえる白い塔の上部に向けて石の道を繋ぎ、その上を全力で駆け上がる。塔の頂上まで到達すると、仁は勢いをそのままに飛び降りる。
「黒炎!」
黒雷刀を一旦消し去り、下方に突き出した両の手のひらから赤黒い火炎を放射する。土砂降りの雨の中でもお構いなしに荒れ狂う黒炎が、眼下にひしめく殺人蟻をまとめて焼き払う。塔の内側が焼却場のように激しく燃え上がり、魔物たちの絶叫が響き渡った。その地獄絵図の渦中に、全身を黒炎の膜で覆った仁が降り立つ。着地の衝撃で地が抉れ、振動が地面を伝って広がっていく。
仁は黒炎刀を両手から生み出し、ダンジョンの入口を睨みつける。再び塔の内側に魔物が溢れ出すのは時間の問題だった。仁は黒く蠢く殺人蟻の群れのただ中へ突貫し、駆け抜け様に切り裂いていく。全身を覆う黒炎の薄膜が、飛び散る緑の体液を防いだ。
薄明りで照らされたダンジョン内にまで続いていた黒い波を、仁は一陣の風となって駆け抜ける。通路の幅いっぱいまで広げた黒炎の翼を地に平行に近付くように傾け、第三、第四の刃と化した。仁の通り過ぎた後に残ったのは、体の上部を切り裂かれて地を溶かす体液を垂れ流す黒い死骸だけだったが、それも程なくダンジョンに溶けるように消えていく。
仁が殺人蟻の波を遡(さかのぼ)っていくと、1階層の最奥に見覚えのない横穴ができていた。そのまま横道に突入し、急勾配を降っていく。その先も殺人蟻の列は途切れることなく続いていた。
「どれだけいるんだよ!」
仁は悪態を吐きながらも、足を動かし続けた。不幸中の幸いにもダンジョンの入口や塔に開いた穴が狭いために街に溢れ出す魔物の数が抑制されているが、このまま全ての殺人蟻が外に出ていたらと思うと、仁はゾッとした。もしそうなれば、いったいどれだけの被害が出るのか、想像もしたくなかった。殺人蟻1匹1匹はそれほどの強さではないが、高ランクの冒険者の多くがダンジョン攻略に向かって不在の今、それはメルニールという街の存続に関わる事態だった。
焦燥に胸を焦がしながら、仁は急勾配の通路の奥の大部屋に辿り着いた。仁は部屋の入口の前で黒炎刀を横薙ぎに一閃して数匹の殺人蟻をまとめて斬り飛ばし、薄明りの部屋の中に目を遣った。横幅3メートルほどの通路の入口周辺にごった返す殺人蟻の複眼が一斉に闖入者に向けられ、ギチギチと威嚇するように顎をけたたましく打ち合わせた。
仁の視界の先に広がるドーム球場ほどの空間が黒で埋め尽くされていた。濃い魔素に満たされたその奥に、4匹の巨大な銀の魔物の姿が見える。銀色の甲殻で全身を覆い、強靭な顎と長大な針を持つ姿は以前戦った女王殺人蟻そのものだった。大きく膨らんだ腹部の先から、現在進行形で子供たちが生み出されている。
ようやく元凶を見つけた仁は女王殺人蟻たちに鋭い眼光を送りつけるが、仁が斬り込むより早く、身の毛もよだつ耳障りな咆哮が響き渡った。その声の主は、4匹の女王殺人蟻の更に奥に位置していた。その魔物はダンプカー並みの女王殺人蟻より一回り大きな体躯を持ちながらも、動きやすそうなスリムな腹部をしている。女王殺人蟻に似た一際大きなその魔物は、仁に憎悪の視線を向けていた。
仁は僅かに身を竦めて左目の魔眼を発動させる。仁の左目が青白く輝き、視界の端に魔物の情報が表示された。
「女帝殺人蟻……!」
仁は輝くような滑らかな銀の甲殻に目を向けながら、竜の棲家で遭遇した猪豚人間皇帝を思い出していた。おそらく女王殺人蟻の上位種だと思われる魔物の存在に、仁はこの空間を満たす濃い魔素が進化を促したのではと考察する。
同胞を殺されたことに怒り狂っているのか、女帝殺人蟻が顎を激しく打ち合わせながら、円環状に広げた6枚の翅を細かく振動させて宙に浮かび上がった。淡い光に照らされた半透明の翅が光沢を放ち、美しいグラデーション模様を見せた。極太の触角が、仁に向いていた。その先端に魔力が集まる。
「くっ」
女帝殺人蟻の触角が僅かに震えると共に、極太の、青みがかった銀色の雷撃が迸る。仁は即座に全身を覆う黒炎を一旦解除してから黒雷に切り替え、突き出した両手の先に黒雷の障壁を作り出した。漆黒と青銀がぶつかり、バチバチと弾ける。
仁としては防御が間に合うかどうかギリギリのタイミングだと思っていたが、女帝殺人蟻の雷撃の速度は仁の予測を下回っていた。仁が僅かに首を傾げていると、女帝殺人蟻は苛立たしげに顎を打ち鳴らす。その音に呼応したかのように、仁の周りの殺人蟻たちが仁目掛けて殺到し始めた。
仁は疑問を一旦頭の端に追いやり、背から漆黒の翼を生やして黒雷の矢で弾幕を張る。前面の殺人蟻を一掃した仁は両手から黒雷刀を作り出し、乱舞するように黒雷斬を放つが、どれだけ倒しても次から次へと押し寄せた。
「くそっ。切りがないな」
仁は頭上に掲げた2振りの黒雷刀の先に一抱えほどの漆黒の雷球を作り出し、刀を一気に振り下ろす。その動きに連動するように勢いを付けた2つの雷球が射線上の殺人蟻たちを蹴散らしながら部屋の中ほどまで進み、一気に弾けた。殺傷力を持った黒い雷撃が広範囲に撒き散らされ、死の山を築く。
その直後、儚く散っていく子供たちを嘆くように顎を鳴らしていた4匹の女王殺人蟻の内の2匹が殺人蟻を産むのを止め、一際大きく顎を打ち鳴らすと同時に仁に向かって突進を開始した。まだ生き残っている殺人蟻たちが脇に避け、仁と部屋の最奥を結ぶ大きな道が出来上がった。
光の粒子となって消えていく死骸を跳ね飛ばす勢いで迫り来る銀色の巨体を眺めながら、仁は以前の女王殺人蟻との戦いを思い出す。あのとき、仁の放った雷魔法は銀の甲殻に受け流されていた。
仁は物凄い速度で6本の足を動かし、膨らんだ腹を引きずるように突進してくる女王殺人蟻を見据え、全身に纏った黒雷を解く。女王殺人蟻は一般道を走る車ほどの速度で迫って来るが、まだ十分な距離があるため、仁は落ち着いた心持ちで待ち構え、全身に黒炎の膜を巡らせた。
その瞬間、仁の視界の端に青い雷光が煌めく。仁は咄嗟の判断で再び黒炎を黒雷に切り替えようとするが間に合わず、部屋の最奥の上空から放たれた雷撃が仁の肩口を撃ち抜く。青銀の雷撃は先ほどとは段違いの速度で彼我の距離を零にして、黒炎の守りと火竜鱗の鎧を貫き、仁の体内を駆け巡る。仁の体表から青銀の残滓が零れた。
「ぐっ」
仁の口からくぐもった呻き声が漏れ、仁が片膝をつく。直後、苦痛に歪んだ仁の顔が凍りついた。2匹の女王殺人蟻の巨体が間近に迫っていた。1匹が譲るように速度を落とし、もう1匹が速度を増した。地を這うように大きく開かれた顎が、未だ動けないでいる仁の体に照準を合わせた。両の顎が打ち合わされる直前、仁は何とか力を振り絞って跳び上がる。仁の足元から甲高い金属音に似た音が鳴り響き、周囲の空気を揺らした。
間一髪難を逃れたかに見えた仁の体が、女王殺人蟻の銀の頭部に跳ね飛ばされ、宙を舞う。女王殺人蟻はそのままの勢いで通路の入口に突っ込む。
幸いにも通路の幅は女王殺人蟻の巨体が通り抜けられるほどではなく、凄まじい衝撃と共に女王殺人蟻の動きが止まった。ダンジョン全体を揺るがすような振動が、仁の横たわる通路の床を、壁を、天井を伝っていく。
女王殺人蟻は地に伏したまま動かない仁に赤く光る複眼を向けながらギチギチと悔しげに顎を鳴らした後、強靭な顎を左右に大きく開き、その奥にある口から毒液を吐き出す。毒々しい緑の液体が仁の体に降り注ぐ、その直前。突如、うつ伏せで倒れている仁の下の床が青白く輝いた。
次の瞬間、仁の姿は忽然と掻き消え、毒液で溶かされた地面からプスプスと煙が上がっていたのだった。
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