上 下
192 / 198
四章 黄昏のステラ

たゆまぬ努力

しおりを挟む
「じゃあいつも通り、ベルを鳴らしたらスタートだ。……ああ、寸止めするんだよ。軽い怪我ならまだしも、脳震盪まで起こされちゃあこっちが責任問われるからね」

ミカゲ先生が笑いながら訓練場で言う。
爽やかな風が吹き抜ける。そんな中、アステスが私に問いかける。

「……以前、レテ先輩と手合わせしてもらいました」

「魔術学院の『顕現の神童』。……えぇ、私も手合わせした事がありますが、何か?」

「ナイダ先輩は、勝てましたか?」

その静かな言葉は、何か思うところがあるようだ。だから、素直に答える。

「……負けました。一学年の時、私も首席として全力で戦いました。
……けれど、届かない。基本魔術学院は身体を鍛えているとはいえ、それは魔力を補うためであって、決して近接戦闘や弓矢などを使った力ではありません。
ですが、彼はそれを難なくいなした。それが、どうかしましたか?」

そう言うと、アステスがゆっくりと拳を構える。

「……気になる事があるんです」

「気になる事?」

「ナイダ先輩は上級生の方でも太刀打ち出来るはず。それはミカゲ先生から聞いています。
……そんな貴方を負かし、一年違いとは言え両学院の首席をまるで試すかのような戦い。そんな、彼のような強さを貴女から少しでも学びたいのです」

「……」

正直な所、私は彼に敵わない。これは妄想でもなんでもなく、純然たる事実だ。
彼の正体を知って尚、私はライバルになると決めた。その為に鍛錬を重ねてきた。

(……だから、その強さを彼女に少しでも伝えたい)

私はゆっくりと木刀を構え、合図を待つ。

木に止まっていた鳥が鳴いた。その瞬間にベルが鳴り響く。

「ふっ!」

手加減などするつもりはない。一呼吸の間に間合いを詰めると、彼女の懐に入り込む。

「ふっ!」

そこを狙うかのような、正確無比な殴り込み。木刀を逆手に持つと、もう片方の手で伸びた腕を掴んで振り回し、遠くに飛ばす。

「くっ!」

その瞬間、彼女が光で周囲を覆う。しかし風の動きで何処にいるかは分かる。

(……いや?それだけ?彼女だって武術学院に通うなら風の動きで察知することを読むはず。……となるとッ!)

すぐに風魔法で周囲の空気を乱し、逆手に持っていた木刀を持ち直す。
風で彼女のいる位置は特定した。問題は、何をしてくるかだ。
光魔法により、様子見は不可能。ならば迎撃か、回避か。

(……迎撃)

それを選択すると、木刀を投擲する。
彼女が避けた気配がした後、光が晴れる。

その手には、光の玉が生み出されていた。

「ッ!?」

直ぐに飛んできたそれを回避する。それは爆弾のように爆発して消滅した。

(光魔法、それも知らない魔法。広域化系統でありながら、それを爆発に持っていく技術。……なるほど)

木刀は拾いに行ける場所にはない。ならば、肉体で勝負するのみ。

風魔法で身体を包むと、愚直な突進を仕掛ける。瞬間にお互いの拳がぶつかる。

そのままお互い、蹴りや殴りを駆使して、均衡を保つ。

(なるほど、強い。けれどまだ甘い)

腕を伸ばしたタイミングで今度は逆に掴まれる。だが、それを逆手にとって風で拳を強化すると一気に爆発させる。

「ッ!?」

拳から風が吹き荒れる。そして、もう片方の拳が彼女の顔の目の前で止まる。

「そこまでっ!」

ミカゲ先生の声が聞こえた。アステスは、どこか悔しそうだった。

______________________________

また、敵わなかった。そんな思いが胸を支配する。
分かっている。レテ先輩も、ナイダ先輩も相当な実力者だ。だからこそ悔しい。

(強さが……私にも守れる強さが……!)

そう思いながら帰っていると、ミカゲ先生がポン、と頭に手を置いてくれた。

「強さが欲しいのはわかる。悔しいのもわかる。……でもね、強さはそんな簡単に手に入るもんじゃないのさ。長い時間、たゆまぬ努力を重ねて重ねて、血が滲むほど重ねてやっと手にするものだ。……ナイダの手を見てご覧」

そう言われて、隣にいたナイダ先輩が不思議そうに手を見せてくれる。

「!」

そこには無数のタコ。ゴツゴツした手。およそ、歳頃の女の子とは思えない手。

「強さに裏がある、なんていったらそれは努力だ。才能があれど、努力をしなければ伸びやしない。才能が無くても、努力をしなきゃ強くなれない。
アタシはね。全員に才能があると信じてるのさ。無論、ナイダも君も、魔術学院の彼だって」

(……努力)

それが、年月の違い。一年という圧倒的な時間の違い。

その後に先生は続けた。

「……けどねぇ。魔術学院の彼は本当に別格だよ。ありゃあ才能で片付けていいものじゃない。才能があって、それでも時間をかけて……そう、私たちが思っている以上の長い長い年月をまるで全て魔術に捧げたような。そんな子だよ」

確かにそうだ。そうでなければ、魔術と武術、両方に長けることなどできない。
無論、武術よりも魔術の方が得意なのだろうと思う。それでも武術学院の生徒が魔法ありきとはいえ武術で勝てなかったということは、それだけ血が滲む程の努力をしたということ。

(……そうだ、レテ先輩はフェイクだとか、技の使い方とか、全部読んでいた。まるで実戦経験があるみたいに)

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

悪役貴族の四男に転生した俺は、怠惰で自由な生活がしたいので、自由気ままな冒険者生活(スローライフ)を始めたかった。

SOU 5月17日10作同時連載開始❗❗
ファンタジー
俺は何もしてないのに兄達のせいで悪役貴族扱いされているんだが…… アーノルドは名門貴族クローリー家の四男に転生した。家の掲げる独立独行の家訓のため、剣技に魔術果ては鍛冶師の技術を身に着けた。 そして15歳となった現在。アーノルドは、魔剣士を育成する教育機関に入学するのだが、親戚や上の兄達のせいで悪役扱いをされ、付いた渾名は【悪役公子】。  実家ではやりたくもない【付与魔術】をやらされ、学園に通っていても心の無い言葉を投げかけられる日々に嫌気がさした俺は、自由を求めて冒険者になる事にした。  剣術ではなく刀を打ち刀を使う彼は、憧れの自由と、美味いメシとスローライフを求めて、時に戦い。時にメシを食らい、時に剣を打つ。  アーノルドの第二の人生が幕を開ける。しかし、同級生で仲の悪いメイザース家の娘ミナに学園での態度が演技だと知られてしまい。アーノルドの理想の生活は、ハチャメチャなものになって行く。

特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった

なるとし
ファンタジー
 鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。  特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。  武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。  だけど、その母と娘二人は、    とおおおおんでもないヤンデレだった…… 第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

オタクおばさん転生する

ゆるりこ
ファンタジー
マンガとゲームと小説を、ゆるーく愛するおばさんがいぬの散歩中に異世界召喚に巻き込まれて転生した。 天使(見習い)さんにいろいろいただいて犬と共に森の中でのんびり暮そうと思っていたけど、いただいたものが思ったより強大な力だったためいろいろ予定が狂ってしまい、勇者さん達を回収しつつ奔走するお話になりそうです。 投稿ものんびりです。(なろうでも投稿しています)

ナイナイづくしで始まった、傷物令嬢の異世界生活

天三津空らげ
ファンタジー
日本の田舎で平凡な会社員だった松田理奈は、不慮の事故で亡くなり10歳のマグダリーナに異世界転生した。転生先の子爵家は、どん底の貧乏。父は転生前の自分と同じ歳なのに仕事しない。二十五歳の青年におまるのお世話をされる最悪の日々。転生チートもないマグダリーナが、美しい魔法使いの少女に出会った時、失われた女神と幻の種族にふりまわされつつQOLが爆上がりすることになる――

悪役令嬢に転生したら手遅れだったけど悪くない

おこめ
恋愛
アイリーン・バルケスは断罪の場で記憶を取り戻した。 どうせならもっと早く思い出せたら良かったのに! あれ、でも意外と悪くないかも! 断罪され婚約破棄された令嬢のその後の日常。 ※うりぼう名義の「悪役令嬢婚約破棄諸々」に掲載していたものと同じものです。

称号チートで異世界ハッピーライフ!~お願いしたスキルよりも女神様からもらった称号がチートすぎて無双状態です~

しらかめこう
ファンタジー
「これ、スキルよりも称号の方がチートじゃね?」 病により急死した主人公、突然現れた女神によって異世界へと転生することに?! 女神から様々なスキルを授かったが、それよりも想像以上の効果があったチート称号によって超ハイスピードで強くなっていく。 そして気づいた時にはすでに世界最強になっていた!? そんな主人公の新しい人生が平穏であるはずもなく、行く先々で様々な面倒ごとに巻き込まれてしまう...?! しかし、この世界で出会った友や愛するヒロインたちとの幸せで平穏な生活を手に入れるためにどんな無理難題がやってこようと最強の力で無双する!主人公たちが平穏なハッピーエンドに辿り着くまでの壮大な物語。 異世界転生の王道を行く最強無双劇!!! ときにのんびり!そしてシリアス。楽しい異世界ライフのスタートだ!! 小説家になろう、カクヨム等、各種投稿サイトにて連載中。毎週金・土・日の18時ごろに最新話を投稿予定!!

処理中です...