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四章 黄昏のステラ

基礎というもの

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「アグラタム様!」

自分が廊下を歩いていると、声をかけられる。おや、と声の方向に振り向いて見ると新兵を連れた教官がいた。

「これから訓練ですか。……最近、魔物をイシュリアで見たとの報告が多く挙がっています。異界だけが脅威では無いことを頭に入れながら訓練に励みなさい」

「はい!ありがとうございます!」

次々とありがとうございます!と幼い新兵が言う。それに対して、微笑みを返す。
国の最重要機関ではあるが、このようにガチガチに上下関係がある訳では無い。
それは主であるイシュリア様が様々な意見を聞けるように、風通しを良くしたためである。

様々な意見といえば、師は転生前……まだベッドの上に転がっていたが元気だった時に言った。

「技術は見て盗め、という言葉があるけれど自分はそれが全てだとは思わない。
確かに剣技、魔法、それらを見て真似る事は大事だ。けれど根本的な事が分からなければ真似をしたところで盗める技術なんてない。
もしお前が強くなりたいと願うならば剣を交わす前に言葉を交わせ。魔法を打つ前にもう一度理屈を確認してみろ。
案外、新たな発想というのはそんな場所から出てくるものだ」

それを思い出して教官と新兵に問いかける。

「皆、素直な意見を聞かせて欲しい。訓練で大事な事はなんだと思う?」

すると、新兵は次々に答える。

ある者は体力をつける事だと。
ある者は魔力を自在に操る事だと。
ある者は武技を高める事だと。

その意見を聞いて、自分は頷く。

「その通りだ。そのどれもが間違ってはいない。体力が無ければ戦えず、魔力が無ければ魔法は撃てない。武技の練度を高めなければ戦う相手に合わせられない。
しかし、しかしだ。それを忘れては決していけない。何故なら、本物の戦場に立った時一番忘れるのはその『基礎』なのだ。
敵に立ち向かおうとがむしゃらに戦えば体力は尽き、魔力を無駄に消費し、磨いた武技も思うように動かない。
先程も言ったが、魔物が増えている。そして魔物は学院や人の訓練とは違い、本気でこちらを殺す気で来る。その時にどれだけ訓練の成果を発揮できるか。
分からない事があれば教官にでも誰にでも聞きなさい。体力をつけるコツ、魔力消費を抑える技、素早く身体を動かすためのしなやかさ。それは見るだけでは覚えられないのですから」

ありがとうございます!と礼を言われて訓練場に向かう新兵達を見ながら、玉座の間に向かいながら考える。

(……魔物が確かに徐々にではあるが増えてきている。あのステラという者の言葉を信じるのであれば、イシュリアは近い未来に災厄に襲われる事になる……)

さてどうしたものか、と考えていると不意に横から優しい声が聞こえる。

「あら、アグラタム?どうしたの?難しい顔をして」
「イシュリア様!?……いや、その。なんですか、その格好は」

イシュリア様の格好は女王としての衣装から、どちらかと言うと国民に近い装束になっていた。

「あら、不思議かしら?」
「不思議ですよ」

即答すると、ふふっとイシュリア様が笑う。そして大抵このような事をする時は嫌な予感がするものだ。

「今年、武術学院と魔術学院にそれぞれ孤児が入ったらしいのだけれど。流石に私といえども愛しい民を全て見守ることは出来ないわ。……という事で考えたのよ!」
「……何をですか」

まずい、とんでもない事をこの人はしようとしている気がする。その予想は大当たりした。

「私が学院に乗り込んで、実態調査をするの!ほら、去年のシアちゃんといい、孤児でもSクラスに入る子が多くなったじゃない?その裏で何か起きないように、というのと……。後は貴方の師への接触ね。ただ女王の姿だと行けないから、魔法で子供姿になってそっと混ざろうと思うの!」

「……」

立場を弁えてください、と言いたい。とても言いたい。が、確かに自分も気になってはいた。

Sクラス、それも国立。貴族と孤児では圧倒的に資料の数と技の練度が離れているはずなのだ。
それなのにも関わらず、去年、今年と孤児がSクラスに入っている。あの親友であり、学院長として誇りを持つジェンスが不正したとは到底思えない。
技は基礎あって盗める物。しかし、孤児ならではの練習方法や特訓の仕方があるのかもしれない。
もし、それを取り入れる事が出来ればイシュリアの護りは一層強固になるだろう。

が、それでも聞きたい。答えは分かっていても聞きたいことはあるのだ。

「……何故自分ではなく、イシュリア様が?」

すると目を輝かせて嬉しそうに言う。

「だって!私、学院に行くだけで恐れられるのよ?それに去年公式に訪問したアグラタムと違って私は隠れてでしか訪問していないのよ!
ずるいわ!私だってたまには調査と息抜きと貴方の師と話して王の責務から逃れたいわ!」

「最後の一言で本音が漏れてますよ!」

はぁ、と溜息をついて頭に手を当てる。さて、ジェンスにどう報告したものか。

「あ、ジェンスにはキチンと報告してあるわよ。設定としては地方では強力すぎる為に、中央の魔術学院に短期留学する『リアー』という少女ね!」

根回しが済んでいた、もう無理だ。行く気満々だ。

「……では、守護者としてではなく、アグラタムとして一言。
……貴方が作り上げた学院を、楽しんできてください」

その言葉にニッコリ微笑むと、イシュリア様が縮んでいく。
ピンク色のボブの髪の毛に、魔術学院の制服。そして抑えられている魔力。

さて、王の責務はどうしたものか。ある程度は済ませているであろうが、流石に全て自分が処理する訳にもいかない。

笑顔なイシュリア様を見ながら、玉座の間に唸り声が響き渡った。
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