170 / 198
四章 黄昏のステラ
学年対抗戦 魔術学院 2
しおりを挟む
結局シアは風邪を引くことも、体調不良になる事もなかった。ネイビア側からもシアに対して干渉は無かった。
例えば朝ごはんを食べている時、ネイビアは分かりやすく明るく振舞っている。
幼い子の相手が得意、と言っていたが周りを笑いの渦に巻き込んだり、輪にはいりにくそうな子に優しく話しかけたりと、コミュニケーション能力が高い子だった。
それと同時に時折、自分も含め先輩の人に話を聞きに来ることもあった。
それでもシアに対しては何も言及されず、ただの先輩後輩として対応していた。
しかし分かる。自分達二年生のSクラスと話している時、ちらりちらりとシアの方を見ていたことが。
(まぁ、やっぱりというか……意識せざるを得ないんだろうな)
その不思議な視線を察したダイナが教室でこっそり聞いてきた事があった。
「シア~。今年の首席のネイビアって子、シアの事よく見てるけどアレなの?シア、ネイビアと同じ孤児なの?」
ドキリ、と隣にいた自分もしてしまう。
隠していた事が、バレてしまうかもしれない。シアが一番恐れていたことが。
それに対してシアは微笑んで唇に人差し指を当てる。それで分かったのか、ダイナは去っていった。
「シア、いいのか?」
「うん」
その問いかけに小声で頷いた彼女は、どこか不安げだが以前自分に明かした時の様な悲しみは無かった。
そして学年対抗戦当日。自分は皆にシアから伝えられてくれ、と言われていた事をクラスの席で話していた。
「今年、シアが自分に任せなかったのは……いや、シアがやりたがったのは理由があるんだ」
「理由?」
ショウが首を傾げ、ニアがふと上を向くが、ハッとしてこちらを見る。
「……まさか?」
ニアの言葉に対して、伝えておいてと言われていた最重要事項を話した。
「シアは、元々ネイビアと同じ孤児院で育った孤児だ。だから慕ってくれた後輩の前に立ちたいと立候補したんだ」
一方で控え室。シアは大きく息を吸い、ゆっくりと吐く。
(……私は強くなった。強くなったつもり、じゃない。強くなったんだ。皆と切磋琢磨して)
係の先生に呼ばれると、シアは立ち上がって歩き出した。
私を慕ってくれた後輩に、正面からまず向き合うために。
対抗戦のフィールドに入ると、周囲から歓声が上がる。少し後に、対面からネイビアも入ってくる。歓声がまたあがった後に彼は話しかけてきた。
「シアさん……何故、帰ってこなかったんですか。孤児院は確かに帰るべき場所ではないかもしれません。ですが!俺たちは待っていたんですよ!魔術学院に入った貴女を!それに、手紙の一つも来ず……タルタロスの災害で貴女が死んだのでは無いのかと心配する仲間も沢山いました!」
その言葉に胸がチクリと刺される。だがこちらにも引けない理由がある。
「私は孤児院を出ていったの。だから戻るなんて事は出来ない。でも手紙を書かなかったことは悪いと思ったよ、ごめんね。心配、かけたね」
「……っ!貴女はいつもそうだ!孤児院でも心配をかけないようにして!強く振舞って!でもシアさん、貴女だって辛かったんじゃないですか!?孤児は周りから白い目で見られる事も多い!それが首都の魔術学院なら尚更だ!理解してくれる人がいたんですか!」
その嘆きのような問いかけに、確固たる意思を持って頷く。
「確かに私は怖くてクラスの皆にも孤児だっていうことは明かしてなかった。……でも、私を見抜いた人がいた。私を信じてくれた人たちがいた。私を護ってくれた人たちがいた。
逆に問うけれど、白い目で見られると知ってて尚首席の演説で孤児である事を公言したの?」
「そ、れは……」
狼狽える彼に対して、笑顔で言う。
「認めて欲しかったんでしょ?……ネイビアは優しいもの。ネイビア自身じゃなくて、私を。先に入った先輩に孤児が居ることを示して認めて欲しかった」
「……っ」
独善的で、ある意味身勝手かもしれない。しかし彼が私を救おうとした事は事実なのだ。
私は孤児である事が知られるのが怖かった。対してネイビアは、それを一方的に宣言した。先輩だからと言って私とは限らない。いざとなればバレなければ良い話だ。
それでもクラスの皆に事情を話す事を託せたのはネイビアのお陰だろう。
「今年は一緒に帰りましょうよ。孤児院にだって、居場所はあります。院長に言って取り付けてもらいました。だから……」
「それは出来ない」
キッパリと言い放つ。チラリと観客席の一部を見る。
彼と、彼の両親。私を家族と言ってくれた人達。もう孤児院に帰るつもりはない。
「私には孤児という事を関係なく、優しくしてくれた人がいた。家族が出来た。勿論孤児院にも顔は出したいと思う。
……でも、私が帰るべき『居場所』はそこなんだ」
「俺は守りたいだけなんだ!シアさんも、孤児院の皆も!」
「それは無理だよ、ネイビア。圧倒的な力を持つ人でさえ、守れないものがあった。落としたものがあった。それを私は痛いほど知っているから」
そうだ。武術学院のアステスさんは恐らくレテ君が守れなかった家族の生き残り。
どれだけ強くても、全てを一人で守ることは出来ない。だから、この場にて証明する。
ゆっくりと左手を下に構えて、集中して魔力を確かめる。
「だから私を越えられないようじゃ、ネイビア。あの人を……私を家族と言ってくれた友達に勝つのは無理。あの人でさえ、全てを守ることは出来なかったんだから」
そう言うとネイビアもゆっくりと手を構える。その目は真剣そのものだ。
「……対抗戦が終わったら、話を聞きに行きましょう。貴女と、その先輩に。けれど俺は貴女を越えてみせる。貴女を守れるように」
そうして互いの息が吐かれた時。
試合開始のブザーが鳴った。
例えば朝ごはんを食べている時、ネイビアは分かりやすく明るく振舞っている。
幼い子の相手が得意、と言っていたが周りを笑いの渦に巻き込んだり、輪にはいりにくそうな子に優しく話しかけたりと、コミュニケーション能力が高い子だった。
それと同時に時折、自分も含め先輩の人に話を聞きに来ることもあった。
それでもシアに対しては何も言及されず、ただの先輩後輩として対応していた。
しかし分かる。自分達二年生のSクラスと話している時、ちらりちらりとシアの方を見ていたことが。
(まぁ、やっぱりというか……意識せざるを得ないんだろうな)
その不思議な視線を察したダイナが教室でこっそり聞いてきた事があった。
「シア~。今年の首席のネイビアって子、シアの事よく見てるけどアレなの?シア、ネイビアと同じ孤児なの?」
ドキリ、と隣にいた自分もしてしまう。
隠していた事が、バレてしまうかもしれない。シアが一番恐れていたことが。
それに対してシアは微笑んで唇に人差し指を当てる。それで分かったのか、ダイナは去っていった。
「シア、いいのか?」
「うん」
その問いかけに小声で頷いた彼女は、どこか不安げだが以前自分に明かした時の様な悲しみは無かった。
そして学年対抗戦当日。自分は皆にシアから伝えられてくれ、と言われていた事をクラスの席で話していた。
「今年、シアが自分に任せなかったのは……いや、シアがやりたがったのは理由があるんだ」
「理由?」
ショウが首を傾げ、ニアがふと上を向くが、ハッとしてこちらを見る。
「……まさか?」
ニアの言葉に対して、伝えておいてと言われていた最重要事項を話した。
「シアは、元々ネイビアと同じ孤児院で育った孤児だ。だから慕ってくれた後輩の前に立ちたいと立候補したんだ」
一方で控え室。シアは大きく息を吸い、ゆっくりと吐く。
(……私は強くなった。強くなったつもり、じゃない。強くなったんだ。皆と切磋琢磨して)
係の先生に呼ばれると、シアは立ち上がって歩き出した。
私を慕ってくれた後輩に、正面からまず向き合うために。
対抗戦のフィールドに入ると、周囲から歓声が上がる。少し後に、対面からネイビアも入ってくる。歓声がまたあがった後に彼は話しかけてきた。
「シアさん……何故、帰ってこなかったんですか。孤児院は確かに帰るべき場所ではないかもしれません。ですが!俺たちは待っていたんですよ!魔術学院に入った貴女を!それに、手紙の一つも来ず……タルタロスの災害で貴女が死んだのでは無いのかと心配する仲間も沢山いました!」
その言葉に胸がチクリと刺される。だがこちらにも引けない理由がある。
「私は孤児院を出ていったの。だから戻るなんて事は出来ない。でも手紙を書かなかったことは悪いと思ったよ、ごめんね。心配、かけたね」
「……っ!貴女はいつもそうだ!孤児院でも心配をかけないようにして!強く振舞って!でもシアさん、貴女だって辛かったんじゃないですか!?孤児は周りから白い目で見られる事も多い!それが首都の魔術学院なら尚更だ!理解してくれる人がいたんですか!」
その嘆きのような問いかけに、確固たる意思を持って頷く。
「確かに私は怖くてクラスの皆にも孤児だっていうことは明かしてなかった。……でも、私を見抜いた人がいた。私を信じてくれた人たちがいた。私を護ってくれた人たちがいた。
逆に問うけれど、白い目で見られると知ってて尚首席の演説で孤児である事を公言したの?」
「そ、れは……」
狼狽える彼に対して、笑顔で言う。
「認めて欲しかったんでしょ?……ネイビアは優しいもの。ネイビア自身じゃなくて、私を。先に入った先輩に孤児が居ることを示して認めて欲しかった」
「……っ」
独善的で、ある意味身勝手かもしれない。しかし彼が私を救おうとした事は事実なのだ。
私は孤児である事が知られるのが怖かった。対してネイビアは、それを一方的に宣言した。先輩だからと言って私とは限らない。いざとなればバレなければ良い話だ。
それでもクラスの皆に事情を話す事を託せたのはネイビアのお陰だろう。
「今年は一緒に帰りましょうよ。孤児院にだって、居場所はあります。院長に言って取り付けてもらいました。だから……」
「それは出来ない」
キッパリと言い放つ。チラリと観客席の一部を見る。
彼と、彼の両親。私を家族と言ってくれた人達。もう孤児院に帰るつもりはない。
「私には孤児という事を関係なく、優しくしてくれた人がいた。家族が出来た。勿論孤児院にも顔は出したいと思う。
……でも、私が帰るべき『居場所』はそこなんだ」
「俺は守りたいだけなんだ!シアさんも、孤児院の皆も!」
「それは無理だよ、ネイビア。圧倒的な力を持つ人でさえ、守れないものがあった。落としたものがあった。それを私は痛いほど知っているから」
そうだ。武術学院のアステスさんは恐らくレテ君が守れなかった家族の生き残り。
どれだけ強くても、全てを一人で守ることは出来ない。だから、この場にて証明する。
ゆっくりと左手を下に構えて、集中して魔力を確かめる。
「だから私を越えられないようじゃ、ネイビア。あの人を……私を家族と言ってくれた友達に勝つのは無理。あの人でさえ、全てを守ることは出来なかったんだから」
そう言うとネイビアもゆっくりと手を構える。その目は真剣そのものだ。
「……対抗戦が終わったら、話を聞きに行きましょう。貴女と、その先輩に。けれど俺は貴女を越えてみせる。貴女を守れるように」
そうして互いの息が吐かれた時。
試合開始のブザーが鳴った。
0
お気に入りに追加
41
あなたにおすすめの小説
後妻を迎えた家の侯爵令嬢【完結済】
弓立歩
恋愛
私はイリス=レイバン、侯爵令嬢で現在22歳よ。お父様と亡くなったお母様との間にはお兄様と私、二人の子供がいる。そんな生活の中、一か月前にお父様の再婚話を聞かされた。
もう私もいい年だし、婚約者も決まっている身。それぐらいならと思って、お兄様と二人で了承したのだけれど……。
やってきたのは、ケイト=エルマン子爵令嬢。御年16歳! 昔からプレイボーイと言われたお父様でも、流石にこれは…。
『家出した伯爵令嬢』で序盤と終盤に登場する令嬢を描いた外伝的作品です。本編には出ない人物で一部設定を使い回した話ですが、独立したお話です。
完結済み!
異世界で等価交換~文明の力で冒険者として生き抜く
りおまる
ファンタジー
交通事故で命を落とし、愛犬ルナと共に異世界に転生したタケル。神から授かった『等価交換』スキルで、現代のアイテムを異世界で取引し、商売人として成功を目指す。商業ギルドとの取引や店舗経営、そして冒険者としての活動を通じて仲間を増やしながら、タケルは異世界での新たな人生を切り開いていく。商売と冒険、二つの顔を持つ異世界ライフを描く、笑いあり、感動ありの成長ファンタジー!
転生したら侯爵令嬢だった~メイベル・ラッシュはかたじけない~
おてんば松尾
恋愛
侯爵令嬢のメイベル・ラッシュは、跡継ぎとして幼少期から厳しい教育を受けて育てられた。
婚約者のレイン・ウィスパーは伯爵家の次男騎士科にいる同級生だ。見目麗しく、学業の成績も良いことから、メイベルの婚約者となる。
しかし、妹のサーシャとレインは互いに愛し合っているようだった。
二人が会っているところを何度もメイベルは見かけていた。
彼は婚約者として自分を大切にしてくれているが、それ以上に妹との仲が良い。
恋人同士のように振舞う彼らとの関係にメイベルは悩まされていた。
ある日、メイベルは窓から落ちる事故に遭い、自分の中の過去の記憶がよみがえった。
それは、この世界ではない別の世界に生きていた時の記憶だった。
勇者のハーレムパーティを追放された男が『実は別にヒロインが居るから気にしないで生活する』ような物語(仮)
石のやっさん
ファンタジー
主人公のリヒトは勇者パーティを追放されるが
別に気にも留めていなかった。
元から時期が来たら自分から出て行く予定だったし、彼には時期的にやりたい事があったからだ。
リヒトのやりたかった事、それは、元勇者のレイラが奴隷オークションに出されると聞き、それに参加する事だった。
この作品の主人公は転生者ですが、精神的に大人なだけでチートは知識も含んでありません。
勿論ヒロインもチートはありません。
そんな二人がどうやって生きていくか…それがテーマです。
他のライトノベルや漫画じゃ主人公になれない筈の二人が主人公、そんな物語です。
最近、感想欄から『人間臭さ』について書いて下さった方がいました。
確かに自分の原点はそこの様な気がしますので書き始めました。
タイトルが実はしっくりこないので、途中で代えるかも知れません。
とあるおっさんのVRMMO活動記
椎名ほわほわ
ファンタジー
VRMMORPGが普及した世界。
念のため申し上げますが戦闘も生産もあります。
戦闘は生々しい表現も含みます。
のんびりする時もあるし、えぐい戦闘もあります。
また一話一話が3000文字ぐらいの日記帳ぐらいの分量であり
一人の冒険者の一日の活動記録を覗く、ぐらいの感覚が
お好みではない場合は読まれないほうがよろしいと思われます。
また、このお話の舞台となっているVRMMOはクリアする事や
無双する事が目的ではなく、冒険し生きていくもう1つの人生が
テーマとなっているVRMMOですので、極端に戦闘続きという
事もございません。
また、転生物やデスゲームなどに変化することもございませんので、そのようなお話がお好みの方は読まれないほうが良いと思われます。
婚約者が、私より従妹のことを信用しきっていたので、婚約破棄して譲ることにしました。どうですか?ハズレだったでしょう?
珠宮さくら
恋愛
婚約者が、従妹の言葉を信用しきっていて、婚約破棄することになった。
だが、彼は身をもって知ることとになる。自分が選んだ女の方が、とんでもないハズレだったことを。
全2話。
婚約破棄されまして(笑)
竹本 芳生
恋愛
1・2・3巻店頭に無くても書店取り寄せ可能です!
(∩´∀`∩)
コミカライズ1巻も買って下さると嬉しいです!
(∩´∀`∩)
イラストレーターさん、漫画家さん、担当さん、ありがとうございます!
ご令嬢が婚約破棄される話。
そして破棄されてからの話。
ふんわり設定で見切り発車!書き始めて数行でキャラが勝手に動き出して止まらない。作者と言う名の字書きが書く、どこに向かってるんだ?とキャラに問えば愛の物語と言われ恋愛カテゴリーに居続ける。そんなお話。
飯テロとカワイコちゃん達だらけでたまに恋愛モードが降ってくる。
そんなワチャワチャしたお話し。な筈!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる