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四章 黄昏のステラ

学年対抗戦 魔術学院 2

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結局シアは風邪を引くことも、体調不良になる事もなかった。ネイビア側からもシアに対して干渉は無かった。
例えば朝ごはんを食べている時、ネイビアは分かりやすく明るく振舞っている。
幼い子の相手が得意、と言っていたが周りを笑いの渦に巻き込んだり、輪にはいりにくそうな子に優しく話しかけたりと、コミュニケーション能力が高い子だった。
それと同時に時折、自分も含め先輩の人に話を聞きに来ることもあった。
それでもシアに対しては何も言及されず、ただの先輩後輩として対応していた。
しかし分かる。自分達二年生のSクラスと話している時、ちらりちらりとシアの方を見ていたことが。

(まぁ、やっぱりというか……意識せざるを得ないんだろうな)

その不思議な視線を察したダイナが教室でこっそり聞いてきた事があった。

「シア~。今年の首席のネイビアって子、シアの事よく見てるけどアレなの?シア、ネイビアと同じ孤児なの?」

ドキリ、と隣にいた自分もしてしまう。
隠していた事が、バレてしまうかもしれない。シアが一番恐れていたことが。
それに対してシアは微笑んで唇に人差し指を当てる。それで分かったのか、ダイナは去っていった。

「シア、いいのか?」
「うん」

その問いかけに小声で頷いた彼女は、どこか不安げだが以前自分に明かした時の様な悲しみは無かった。

そして学年対抗戦当日。自分は皆にシアから伝えられてくれ、と言われていた事をクラスの席で話していた。

「今年、シアが自分に任せなかったのは……いや、シアがやりたがったのは理由があるんだ」

「理由?」

ショウが首を傾げ、ニアがふと上を向くが、ハッとしてこちらを見る。

「……まさか?」

ニアの言葉に対して、伝えておいてと言われていた最重要事項を話した。

「シアは、元々ネイビアと同じ孤児院で育った孤児だ。だから慕ってくれた後輩の前に立ちたいと立候補したんだ」

一方で控え室。シアは大きく息を吸い、ゆっくりと吐く。

(……私は強くなった。強くなったつもり、じゃない。強くなったんだ。皆と切磋琢磨して)

係の先生に呼ばれると、シアは立ち上がって歩き出した。
私を慕ってくれた後輩に、正面からまず向き合うために。

対抗戦のフィールドに入ると、周囲から歓声が上がる。少し後に、対面からネイビアも入ってくる。歓声がまたあがった後に彼は話しかけてきた。

「シアさん……何故、帰ってこなかったんですか。孤児院は確かに帰るべき場所ではないかもしれません。ですが!俺たちは待っていたんですよ!魔術学院に入った貴女を!それに、手紙の一つも来ず……タルタロスの災害で貴女が死んだのでは無いのかと心配する仲間も沢山いました!」

その言葉に胸がチクリと刺される。だがこちらにも引けない理由がある。

「私は孤児院を出ていったの。だから戻るなんて事は出来ない。でも手紙を書かなかったことは悪いと思ったよ、ごめんね。心配、かけたね」

「……っ!貴女はいつもそうだ!孤児院でも心配をかけないようにして!強く振舞って!でもシアさん、貴女だって辛かったんじゃないですか!?孤児は周りから白い目で見られる事も多い!それが首都の魔術学院なら尚更だ!理解してくれる人がいたんですか!」

その嘆きのような問いかけに、確固たる意思を持って頷く。

「確かに私は怖くてクラスの皆にも孤児だっていうことは明かしてなかった。……でも、私を見抜いた人がいた。私を信じてくれた人たちがいた。私を護ってくれた人たちがいた。
逆に問うけれど、白い目で見られると知ってて尚首席の演説で孤児である事を公言したの?」

「そ、れは……」

狼狽える彼に対して、笑顔で言う。

「認めて欲しかったんでしょ?……ネイビアは優しいもの。ネイビア自身じゃなくて、私を。先に入った先輩に孤児が居ることを示して認めて欲しかった」

「……っ」

独善的で、ある意味身勝手かもしれない。しかし彼が私を救おうとした事は事実なのだ。
私は孤児である事が知られるのが怖かった。対してネイビアは、それを一方的に宣言した。先輩だからと言って私とは限らない。いざとなればバレなければ良い話だ。
それでもクラスの皆に事情を話す事を託せたのはネイビアのお陰だろう。

「今年は一緒に帰りましょうよ。孤児院にだって、居場所はあります。院長に言って取り付けてもらいました。だから……」

「それは出来ない」

キッパリと言い放つ。チラリと観客席の一部を見る。
彼と、彼の両親。私を家族と言ってくれた人達。もう孤児院に帰るつもりはない。

「私には孤児という事を関係なく、優しくしてくれた人がいた。家族が出来た。勿論孤児院にも顔は出したいと思う。
……でも、私が帰るべき『居場所』はそこなんだ」

「俺は守りたいだけなんだ!シアさんも、孤児院の皆も!」

「それは無理だよ、ネイビア。圧倒的な力を持つ人でさえ、守れないものがあった。落としたものがあった。それを私は痛いほど知っているから」

そうだ。武術学院のアステスさんは恐らくレテ君が守れなかった家族の生き残り。
どれだけ強くても、全てを一人で守ることは出来ない。だから、この場にて証明する。
ゆっくりと左手を下に構えて、集中して魔力を確かめる。

「だから私を越えられないようじゃ、ネイビア。あの人を……私を家族と言ってくれた友達に勝つのは無理。あの人でさえ、全てを守ることは出来なかったんだから」

そう言うとネイビアもゆっくりと手を構える。その目は真剣そのものだ。

「……対抗戦が終わったら、話を聞きに行きましょう。貴女と、その先輩に。けれど俺は貴女を越えてみせる。貴女を守れるように」

そうして互いの息が吐かれた時。
試合開始のブザーが鳴った。


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