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三章 破滅のタルタロス

いつか、また

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「バカなッ!我が愛しのティネモシリが……ティネモシリが……いるはずなど……!」

取り乱しながら頭を抑えながらコキュートスの魔力が属性を持たずに爆発する。
未だ混戦状態の操られた兵士でさえ、その魔力に当てられて暴走する程に。

(ちっ、少し早すぎたか……?だが……今しかない!)

暴走兵を抑えている兵士に向けて光の騎士を顕現させると、援護に向かわせる。
空っぽだった騎士は、ティネモシリの魂によりその姿を変化させていった。
それは徐々に騎士よりも可憐な姫といった、小さな光の乙女に変化していった。

「……コキュートス……」

鈴が転がるような、それでいて悲しそうな声にコキュートスは更に頭を抱えてもがき始める。

「嘘だッ!ティネモシリはあの時死んだのだ!私の光を持ってしても!!魂すら残らずにッッ!!」

「ええ、私は死んだわ……。けれど、貴方の光は私の魂を繋ぎ止めた。貴方の行動が私がティネモシリとして復活……いいえ、正しくないわね。再構築された。だから貴方の言葉は正しい。私はティネモシリの記憶を掻き集めて造られた……」

「もういいッッ!」

そう言うとコキュートスは自分に向かって膨大な魔力を持って首に魔力の縄を付けた。

「ぐ、が……!」

首を抑えながら必死にもがく自分を見てコキュートスが叫ぶ。

「お前さえ……お前が……オマエ……!」
(まずい……息が……!)

呼吸が出来ない。息が回らない。視界がぼやけてきた。そんな時、横からふわりと花が咲いたような暖かい魔力が、縄を消し去った。

「……確かに、私を最後にティネモシリとして構築したのはこの子よ。でもそれまでに集めた光や記憶……その犠牲は。コキュートス。貴方がやったのよ……。ねぇ、なんで……?貴方が私を愛してくれているのは知っていた。けれど、犠牲を何よりも嫌った貴方が民を、他の世界まで犠牲にするなんて……」

「我はもう止まれない!……偽りの王妃であろうと、我が愛したティネモシリなら分かるであろう!我が諦めきれなかったことを!こうして其方はそこにいるのだぞ!?」

光を纏った王妃に対し、影で苦しみ悶える王。その様子はさながら母親を亡くした幼子のようであった。そっとティネモシリが近づくと、そっとコキュートスに抱きついた。

「……この身体も、記憶も、光も借り物。でも魂は……私の根底は変わらない。私はね。この手で貴方を抱きしめてあげたかった。何よりも犠牲を嫌った貴方、私を失って真っ先に自分を犠牲にした貴方。……きっと、光を奪うのも凄く考えたのでしょう」

「ぁ、あぁ……」

コキュートスから嗚咽が漏れる。暴走兵の動きが止まる。その様子を自分はそっとその場で見続ける。

「……私はそれで十分だった。貴方に会いたかった。病気で死んでしまって、悲しむ貴方に言いたかった。『貴方の妻で幸せだった。最期まで悔いはなかった』って。……でもね。あの子に言われたの」

「……何、を……」

「自分の世界に来なさいって。そう願って欲しいって。私も貴方も健康に暮らせる、光のある世界に」

その言葉にハッとしたようにコキュートスの目が動く。その影に隠れた両目から何かが流れるのが見えた。

「……そうだ。我も言われたのだ。ティネモシリ、其方に逢えたら……祈るのだと。我も同じ世界へと……」

「ええ、私達は……どの国へ行っても……どの世界でも……最高の家族よ」

「あ、ぁ、ああああああぁぁぁ……」

コキュートスが溢れる涙を隠さずにティネモシリにしがみつく。ティネモシリもそれを受け止め、頭を優しく撫でる。

「……我は……ただ……もう一度……」
「分かっているわ、コキュートス。でももう一度、なんて言わないで。今度こそ……あの人達の世界で暮らせるように……願いましょう……?」

そう言って透けていくティネモシリの身体。元々再構築された光を無理やり型に押し込んだのだ。長くは持たなかった。

──先に行くわ。待っているわ、愛しい貴方──

「ティネモシリ……」

光がキラリと空へと舞っていく。それを掴もうとして、コキュートスの手が空を切る。
それを耐え忍ぶかのようにぐっと片手でもう片手を抑えると、今度はしっかりと敵意のない目でこちらを見る。

「……ティネモシリを連れてきてくれた子よ。一つ頼みがある」

「……なんでしょう」

静かに問い返すと、コキュートスは空を見上げながら静かに、人を惹き付けるような……賢王としての声で話し始めた。

「我はこの世界の希望を全て奪った。それはこの世界の住人にとっても許されぬ話。……どうか、我に最期の償いをさせてくれ。この命を持って世界に光と王を再生させる。だが我には光がない。……光を、貸してくれ」

「……分かりました。賢王コキュートス」

頷くと、慈愛の盾を顕現させる。そこにはあらゆる愛が詰まっている。

「……!あぁ……ぁぁ……なんと暖かいのだ……これが……其方の本当の光……」

近づいてきてそっと盾に触れると、そこから眩い光が空いっぱいにまで溢れる。

「……盾から溢れる慈愛はその人の愛に寄る。貴方は本当にティネモシリを愛していた……。どうか、祈ってください。王妃ティネモシリと同じ世界へと……願わくば、我がイシュリアへと来れる事を」

「イシュリア、良い名前だ……。我が消えれば兵にかけた洗脳も解けるであろう。……あぁ、ティネモシリよ。我も行くぞ……」

そう言って盾から光を吸い上げると、その刃でコキュートスは自身を突き刺した。
その瞬間、コキュートスは笑みを浮かべながら影の身体を溶かしながら天へと昇っていった。
その光が空に達した瞬間。光無き空に光が射した。
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