上 下
135 / 198
三章 破滅のタルタロス

影の王

しおりを挟む
アグラタムは師の勝利を信じ、必死に駆け抜けていた。玉座の間がそこだったのだから、既にタルタロスの王は近くにいるだろうと。
そしてそれは間違っていなかった。とある扉を強引に開けた時、広々とした空間が広がった。
「到着したか。改めて、ようこそ。我が城へ」
「……貴様が王か」
淡々とした声とは裏腹に私は憎しみを込めて問いかける。
「その通りだとも。このタルタロスを統べる王……覚えておくと良い。名はコキュートス、という」
「ここまで来て自己紹介か。随分と余裕なのね?」
今度はイシュリア王が声を上げる。イシュリア王は敵に洗脳されることを恐れて包囲を指示していない。故に今は広々とした空間に対峙しているだけであった。
「余裕?……さて、それはどうかな?我々には語るべき事、語るべき時間も無い。後は戦うのみ。……最後に自己紹介ぐらいしたっていいのではないか?特に……そこの貴方は」
そう言ってイシュリア王を見る。警戒しながらもイシュリア様はそれに応えた。
「……そうね。横の男や他の人の素性は案内屋を通じて知っているものね」
「ご明察。そして貴方だけが分からない、ということは普段前線に出ない実力者……。つまり、王だ。そうだろう?」
一度学院で影を葬った時、イシュリア王は姿を隠していた。それも相まってイシュリア王は認知されていないのだろう。
「……冥土の土産に、その推察にお答えしましょう。私はイシュリア。イシュリア皇国を統べる王にして民の為に戦う王」
その名前をじっくりと聞くように頷くと、不意に目を開けた。
「その名前。しかと覚えた。よくぞこの王の間へ。名前は知っているとは思うがここは愛しのティネモシリと過ごした場所。幾ら破滅に向かう世界とはいえ、思い出を我は壊したくない……。場所を変えないか?そう、庭などはどうだ。ここよりもずっと広大な庭が後ろにあるぞ?」
その提案の言葉に笑いは一切なかった。至って真剣な声だった。どうするべきか、考えていると不意にイシュリア王が声を発する。
「いいでしょう。貴方の思い出の場所……。それを無碍にすることは出来ませんが、それよりもこの空間で両者暴れて両者御免……というのも後味が悪い。きっちりと貴方だけを倒し、タルタロスを滅ぼしましょう」
「……本当に、貴方は賢明だ。そして優しい。我が愛したティネモシリのように。一つ約束をしよう。今から庭へ案内する。が、その賢明さに応じて庭へ出て合図をするまで攻撃、洗脳……その他の行動を我は一切しないと約束しよう」
その言葉に軍がザワつく。本来ならばその間にトドメを刺し、終わらせるべきだ。けれど……。
(……出来ない。そんな闇討ちのような事は)
そう思うと私も声を出す。
「ならばコキュートス王。貴方の勇気に敬意を。庭に着くまで全軍、攻撃はしない事を約束しよう。ただし、罠や援軍の探知などだけはさせてもらう」
「……甘い男だ。だが……我はそういった相手に合わせる精神は好ましく思うぞ。こちらだ」
そう言ってコキュートスは歩き始める。扉を開け、バルコニーに出る。
「魔術師、罠や伏兵は?」
「……反応無しです」
それを聞くと後ろから着いていく。外に出ると、既に庭と呼べない、枯れ果てた地が広がっていた。
「……ここにはティネモシリが愛した花もあった。一生懸命、使いに任せず自分で育てていた花が。……そして我がそれを奪った。分かっている。愛したティネモシリの記憶、構築する身体、光。全て集めてもティネモシリは戻ってこない。……ならば。せめてどちらかが王妃の庭で散ろうではないか」
そう言って庭へと飛んで着地する王。その姿も影に包まれている。自分の身体からも光を奪うほど、憧れていたのだろう。
次々と庭へと着地するイシュリア側に対してコキュートスは悲しそうに言う。
「……我が賢王、と呼ばれている事は知っているな?」
「ええ。案内屋から聞きましたから」
その言葉にコキュートスは天を向いて話し出す。
「……本来ならば。愛しのティネモシリが亡くなったその時に民を立ち直らせるべきだったのだ。だが我は諦めたくなかった。それが遠く叶わぬ夢だとしても、だ。我はティネモシリと共にいたかった。それだけで良かった。民が喜び、時に民を失ったことを憂い、祭りを開催し……そんな日常を望んだだけだったのだ」
このコキュートスの言葉、まるで自分のように刺さる。まるで……まるで。
自分の師のように。
「……コキュートス王。私からも話しても良いですか」
「聞こう。戦いの前にしか聞けぬことだ」
「……私は以前、同じような事を……そう、貴方と同じだ。私は体験している。私は自分を鍛え、それでもまだ学ぶべき事があった師を治らない病気で無くした」
「……同情のつもりか?」
「そんなつもりは一切ない。だが……もしも、王妃ティネモシリが奇跡的にも一度現れる事があれば、一つだけ望むがよい」
帯剣した剣を抜きながら、その言葉を言い放つ。
「『ならば、祈るのだ。』……と。異界からの転生というものがあるなら、今度はイシュリアにて……仲睦まじく暮らすが良い」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

異世界転生令嬢、出奔する

猫野美羽
ファンタジー
※書籍化しました(2巻発売中です) アリア・エランダル辺境伯令嬢(十才)は家族に疎まれ、使用人以下の暮らしに追いやられていた。 高熱を出して粗末な部屋で寝込んでいた時、唐突に思い出す。 自分が異世界に転生した、元日本人OLであったことを。 魂の管理人から授かったスキルを使い、思い入れも全くない、むしろ憎しみしか覚えない実家を出奔することを固く心に誓った。 この最強の『無限収納EX』スキルを使って、元々は私のものだった財産を根こそぎ奪ってやる! 外見だけは可憐な少女は逞しく異世界をサバイバルする。

三歳で婚約破棄された貧乏伯爵家の三男坊そのショックで現世の記憶が蘇る

マメシバ
ファンタジー
貧乏伯爵家の三男坊のアラン令息 三歳で婚約破棄され そのショックで前世の記憶が蘇る 前世でも貧乏だったのなんの問題なし なによりも魔法の世界 ワクワクが止まらない三歳児の 波瀾万丈

ラスボスドラゴンを育てて世界を救います!〜世界の終わりに聞いたのは寂しがり屋の邪竜の声でした

犬型大
ファンタジー
世界が滅びるその時に聞いたのは寂しがり屋の邪竜の声だった。 人類は敗北した。 99個のゲートをクリアせよという不思議な声と共に平和だった世界はモンスターが現れる危険なものへと変わってしまった。 覚醒者と呼ばれるモンスターと戦う力を持った者が必死に戦ったけれど人類は邪竜の前に滅ぼされてしまったのである。 たった一人を除いて。 愛染寅成(アイゼントモナリ)は人類最後の一人となった。 けれどトモナリもモンスターの攻撃によって下半身が消し飛んでいて、魔道具の効果でわずかな時間生きながらえているに過ぎなかった。 そんな時に新たなスキルが覚醒した。 戦いに使えないし、下半身が消し飛んだ状況をどうにかすることもできないようなスキルだった。 けれどスキルのおかげで不思議な声を聞いた。 人類が滅びたことを嘆くような声。 この世界に存在しているのはトモナリと邪竜だけ。 声の主人は邪竜だった。 邪竜は意外と悪いやつじゃなかった。 トモナリは嘆くような邪竜の声に気まぐれに邪竜に返事した。 気まぐれによって生まれた不思議な交流によってトモナリと邪竜は友達となった。 トモナリは邪竜にヒカリという名前を授けて短い会話を交わした。 けれども邪竜と友達になった直後にトモナリは魔道具の効果が切れて死んでしまう。 死んだのだ。 そう思ってトモナリが目を覚ましたらなんと信じられないことに中学校の時の自分に戻っていた。 側には見覚えのない黒い卵。 友といたい。 そんな邪竜の願いがトモナリを過去へと戻した。 次こそ人類を救えるかもしれない。 やり直す機会を与えられたトモナリは立ち上がる。 卵から生まれた元邪竜のヒカリと共に世界を救う。 「ヒカリと一緒なら」 「トモナリと一緒なら」 「「きっと世界は救える」」

婚約破棄と領地追放?分かりました、わたしがいなくなった後はせいぜい頑張ってくださいな

カド
ファンタジー
生活の基本から領地経営まで、ほぼ全てを魔石の力に頼ってる世界 魔石の浄化には三日三晩の時間が必要で、この領地ではそれを全部貴族令嬢の主人公が一人でこなしていた 「で、そのわたしを婚約破棄で領地追放なんですね? それじゃ出ていくから、せいぜいこれからは魔石も頑張って作ってくださいね!」 小さい頃から搾取され続けてきた主人公は 追放=自由と気付く 塔から出た途端、暴走する力に悩まされながらも、幼い時にもらった助言を元に中央の大教会へと向かう 一方で愛玩され続けてきた妹は、今まで通り好きなだけ魔石を使用していくが…… ◇◇◇ 親による虐待、明確なきょうだい間での差別の描写があります (『嫌なら読むな』ではなく、『辛い気持ちになりそうな方は無理せず、もし読んで下さる場合はお気をつけて……!』の意味です) ◇◇◇ ようやく一区切りへの目処がついてきました 拙いお話ですがお付き合いいただければ幸いです

異世界召喚されたのは、『元』勇者です

ユモア
ファンタジー
突如異世界『ルーファス』に召喚された一ノ瀬凍夜ーは、5年と言う年月を経て異世界を救った。そして、平和まで後一歩かと思ったその時、信頼していた仲間たちに裏切られ、深手を負いながらも異世界から強制的に送還された。 それから3年後、凍夜はクラスメイトから虐めを受けていた。しかし、そんな時、再度異世界に召喚された世界は、凍夜が送還されてから10年が経過した異世界『ルーファス』だった。自分を裏切った世界、裏切った仲間たちがいる世界で凍夜はどのように生きて行くのか、それは誰にも分からない。

ブラッド・ファイヤーフォース 鮮血の消防士団

ユキトシ時雨
ファンタジー
この世界には人ならざる存在が潜んでいるという。 そんな人外たちが起こす災害に立ちむかう救命機関こそ「特務消防師団」であった。 青い炎を操る妖魔に憑かれてしまった少年・明松周哉はその身に余る力で家族を燃やしてしまった。 そんな絶望の際へと追い詰められた彼のもとに人工吸血鬼を名乗る特務消防師団の団長、不知火鈴華が現れ一つの交渉を持ち掛ける。 「その力を正しくコントロールする方法が知りたくはないか?」と─── 蒼い炎の災禍に、紅い血で立ち向かう救命アクションストーリー、ここに始動!

異世界でぼっち生活をしてたら幼女×2を拾ったので養うことにした

せんせい
ファンタジー
自身のクラスが勇者召喚として呼ばれたのに乗り遅れてお亡くなりになってしまった主人公。 その瞬間を偶然にも神が見ていたことでほぼ不老不死に近い能力を貰い異世界へ! 約2万年の時を、ぼっちで過ごしていたある日、いつも通り森を闊歩していると2人の子供(幼女)に遭遇し、そこから主人公の物語が始まって行く……。 ―――

私は逃げます

恵葉
ファンタジー
ブラック企業で社畜なんてやっていたら、23歳で血反吐を吐いて、死んじゃった…と思ったら、異世界へ転生してしまったOLです。 そしてこれまたありがちな、貴族令嬢として転生してしまったのですが、運命から…ではなく、文字通り物理的に逃げます。 貴族のあれやこれやなんて、構っていられません! 今度こそ好きなように生きます!

処理中です...