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三章 破滅のタルタロス
影の王
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アグラタムは師の勝利を信じ、必死に駆け抜けていた。玉座の間がそこだったのだから、既にタルタロスの王は近くにいるだろうと。
そしてそれは間違っていなかった。とある扉を強引に開けた時、広々とした空間が広がった。
「到着したか。改めて、ようこそ。我が城へ」
「……貴様が王か」
淡々とした声とは裏腹に私は憎しみを込めて問いかける。
「その通りだとも。このタルタロスを統べる王……覚えておくと良い。名はコキュートス、という」
「ここまで来て自己紹介か。随分と余裕なのね?」
今度はイシュリア王が声を上げる。イシュリア王は敵に洗脳されることを恐れて包囲を指示していない。故に今は広々とした空間に対峙しているだけであった。
「余裕?……さて、それはどうかな?我々には語るべき事、語るべき時間も無い。後は戦うのみ。……最後に自己紹介ぐらいしたっていいのではないか?特に……そこの貴方は」
そう言ってイシュリア王を見る。警戒しながらもイシュリア様はそれに応えた。
「……そうね。横の男や他の人の素性は案内屋を通じて知っているものね」
「ご明察。そして貴方だけが分からない、ということは普段前線に出ない実力者……。つまり、王だ。そうだろう?」
一度学院で影を葬った時、イシュリア王は姿を隠していた。それも相まってイシュリア王は認知されていないのだろう。
「……冥土の土産に、その推察にお答えしましょう。私はイシュリア。イシュリア皇国を統べる王にして民の為に戦う王」
その名前をじっくりと聞くように頷くと、不意に目を開けた。
「その名前。しかと覚えた。よくぞこの王の間へ。名前は知っているとは思うがここは愛しのティネモシリと過ごした場所。幾ら破滅に向かう世界とはいえ、思い出を我は壊したくない……。場所を変えないか?そう、庭などはどうだ。ここよりもずっと広大な庭が後ろにあるぞ?」
その提案の言葉に笑いは一切なかった。至って真剣な声だった。どうするべきか、考えていると不意にイシュリア王が声を発する。
「いいでしょう。貴方の思い出の場所……。それを無碍にすることは出来ませんが、それよりもこの空間で両者暴れて両者御免……というのも後味が悪い。きっちりと貴方だけを倒し、タルタロスを滅ぼしましょう」
「……本当に、貴方は賢明だ。そして優しい。我が愛したティネモシリのように。一つ約束をしよう。今から庭へ案内する。が、その賢明さに応じて庭へ出て合図をするまで攻撃、洗脳……その他の行動を我は一切しないと約束しよう」
その言葉に軍がザワつく。本来ならばその間にトドメを刺し、終わらせるべきだ。けれど……。
(……出来ない。そんな闇討ちのような事は)
そう思うと私も声を出す。
「ならばコキュートス王。貴方の勇気に敬意を。庭に着くまで全軍、攻撃はしない事を約束しよう。ただし、罠や援軍の探知などだけはさせてもらう」
「……甘い男だ。だが……我はそういった相手に合わせる精神は好ましく思うぞ。こちらだ」
そう言ってコキュートスは歩き始める。扉を開け、バルコニーに出る。
「魔術師、罠や伏兵は?」
「……反応無しです」
それを聞くと後ろから着いていく。外に出ると、既に庭と呼べない、枯れ果てた地が広がっていた。
「……ここにはティネモシリが愛した花もあった。一生懸命、使いに任せず自分で育てていた花が。……そして我がそれを奪った。分かっている。愛したティネモシリの記憶、構築する身体、光。全て集めてもティネモシリは戻ってこない。……ならば。せめてどちらかが王妃の庭で散ろうではないか」
そう言って庭へと飛んで着地する王。その姿も影に包まれている。自分の身体からも光を奪うほど、憧れていたのだろう。
次々と庭へと着地するイシュリア側に対してコキュートスは悲しそうに言う。
「……我が賢王、と呼ばれている事は知っているな?」
「ええ。案内屋から聞きましたから」
その言葉にコキュートスは天を向いて話し出す。
「……本来ならば。愛しのティネモシリが亡くなったその時に民を立ち直らせるべきだったのだ。だが我は諦めたくなかった。それが遠く叶わぬ夢だとしても、だ。我はティネモシリと共にいたかった。それだけで良かった。民が喜び、時に民を失ったことを憂い、祭りを開催し……そんな日常を望んだだけだったのだ」
このコキュートスの言葉、まるで自分のように刺さる。まるで……まるで。
自分の師のように。
「……コキュートス王。私からも話しても良いですか」
「聞こう。戦いの前にしか聞けぬことだ」
「……私は以前、同じような事を……そう、貴方と同じだ。私は体験している。私は自分を鍛え、それでもまだ学ぶべき事があった師を治らない病気で無くした」
「……同情のつもりか?」
「そんなつもりは一切ない。だが……もしも、王妃ティネモシリが奇跡的にも一度現れる事があれば、一つだけ望むがよい」
帯剣した剣を抜きながら、その言葉を言い放つ。
「『ならば、祈るのだ。』……と。異界からの転生というものがあるなら、今度はイシュリアにて……仲睦まじく暮らすが良い」
そしてそれは間違っていなかった。とある扉を強引に開けた時、広々とした空間が広がった。
「到着したか。改めて、ようこそ。我が城へ」
「……貴様が王か」
淡々とした声とは裏腹に私は憎しみを込めて問いかける。
「その通りだとも。このタルタロスを統べる王……覚えておくと良い。名はコキュートス、という」
「ここまで来て自己紹介か。随分と余裕なのね?」
今度はイシュリア王が声を上げる。イシュリア王は敵に洗脳されることを恐れて包囲を指示していない。故に今は広々とした空間に対峙しているだけであった。
「余裕?……さて、それはどうかな?我々には語るべき事、語るべき時間も無い。後は戦うのみ。……最後に自己紹介ぐらいしたっていいのではないか?特に……そこの貴方は」
そう言ってイシュリア王を見る。警戒しながらもイシュリア様はそれに応えた。
「……そうね。横の男や他の人の素性は案内屋を通じて知っているものね」
「ご明察。そして貴方だけが分からない、ということは普段前線に出ない実力者……。つまり、王だ。そうだろう?」
一度学院で影を葬った時、イシュリア王は姿を隠していた。それも相まってイシュリア王は認知されていないのだろう。
「……冥土の土産に、その推察にお答えしましょう。私はイシュリア。イシュリア皇国を統べる王にして民の為に戦う王」
その名前をじっくりと聞くように頷くと、不意に目を開けた。
「その名前。しかと覚えた。よくぞこの王の間へ。名前は知っているとは思うがここは愛しのティネモシリと過ごした場所。幾ら破滅に向かう世界とはいえ、思い出を我は壊したくない……。場所を変えないか?そう、庭などはどうだ。ここよりもずっと広大な庭が後ろにあるぞ?」
その提案の言葉に笑いは一切なかった。至って真剣な声だった。どうするべきか、考えていると不意にイシュリア王が声を発する。
「いいでしょう。貴方の思い出の場所……。それを無碍にすることは出来ませんが、それよりもこの空間で両者暴れて両者御免……というのも後味が悪い。きっちりと貴方だけを倒し、タルタロスを滅ぼしましょう」
「……本当に、貴方は賢明だ。そして優しい。我が愛したティネモシリのように。一つ約束をしよう。今から庭へ案内する。が、その賢明さに応じて庭へ出て合図をするまで攻撃、洗脳……その他の行動を我は一切しないと約束しよう」
その言葉に軍がザワつく。本来ならばその間にトドメを刺し、終わらせるべきだ。けれど……。
(……出来ない。そんな闇討ちのような事は)
そう思うと私も声を出す。
「ならばコキュートス王。貴方の勇気に敬意を。庭に着くまで全軍、攻撃はしない事を約束しよう。ただし、罠や援軍の探知などだけはさせてもらう」
「……甘い男だ。だが……我はそういった相手に合わせる精神は好ましく思うぞ。こちらだ」
そう言ってコキュートスは歩き始める。扉を開け、バルコニーに出る。
「魔術師、罠や伏兵は?」
「……反応無しです」
それを聞くと後ろから着いていく。外に出ると、既に庭と呼べない、枯れ果てた地が広がっていた。
「……ここにはティネモシリが愛した花もあった。一生懸命、使いに任せず自分で育てていた花が。……そして我がそれを奪った。分かっている。愛したティネモシリの記憶、構築する身体、光。全て集めてもティネモシリは戻ってこない。……ならば。せめてどちらかが王妃の庭で散ろうではないか」
そう言って庭へと飛んで着地する王。その姿も影に包まれている。自分の身体からも光を奪うほど、憧れていたのだろう。
次々と庭へと着地するイシュリア側に対してコキュートスは悲しそうに言う。
「……我が賢王、と呼ばれている事は知っているな?」
「ええ。案内屋から聞きましたから」
その言葉にコキュートスは天を向いて話し出す。
「……本来ならば。愛しのティネモシリが亡くなったその時に民を立ち直らせるべきだったのだ。だが我は諦めたくなかった。それが遠く叶わぬ夢だとしても、だ。我はティネモシリと共にいたかった。それだけで良かった。民が喜び、時に民を失ったことを憂い、祭りを開催し……そんな日常を望んだだけだったのだ」
このコキュートスの言葉、まるで自分のように刺さる。まるで……まるで。
自分の師のように。
「……コキュートス王。私からも話しても良いですか」
「聞こう。戦いの前にしか聞けぬことだ」
「……私は以前、同じような事を……そう、貴方と同じだ。私は体験している。私は自分を鍛え、それでもまだ学ぶべき事があった師を治らない病気で無くした」
「……同情のつもりか?」
「そんなつもりは一切ない。だが……もしも、王妃ティネモシリが奇跡的にも一度現れる事があれば、一つだけ望むがよい」
帯剣した剣を抜きながら、その言葉を言い放つ。
「『ならば、祈るのだ。』……と。異界からの転生というものがあるなら、今度はイシュリアにて……仲睦まじく暮らすが良い」
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