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三章 破滅のタルタロス

光無き地 1

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「これでどうかしら?」
イシュリア王は闇を纏うとみるみる敵で見た人の影の姿になっていく。
「……やはり、魔術学院に現れた蜃気楼のような救援というのは」
自分がポツリと漏らすとクスリと笑う。
「あら、貴方の可愛い同室の子に分かるように伝えておいたはずだけれど?」
「当の本人も混乱していた上に自分を誤魔化すのに必死だったので勘弁してくださいよ……」
そう言って自分も闇を纏うと影の姿になる。アグラタムも頭を抱えて影になると、門を開きながら苦言を呈する。
「ただ現れた助っ人で良かったでは無いですか、王よ……。師をあまり困らせないでいただきたい……」
「それだと私が敵に思われちゃうじゃない?ご意見箱で蜃気楼のような人が突然魔術学院を助けて去っていったので礼を言っておいて欲しい、なんて届いた日には恥ずかしくて仕方ないわよ」
クスクスと笑いながらこの人は各地にある教会から届くご意見箱の中身をきちんと見ているんだな、と感じる。
「因みにフードの事も届いていたわよ。人気者ね?」
「……何とも言えませんね。それよりも早く行きましょう。時間は有限です」
自分の話題になったので無理くり切り上げると、少しプクッと頬を膨らませながら笑うイシュリア様が入り、慌てて自分が続く。最後にアグラタムが入って自分達は敵が攻めてきた異界へと侵入することになった。

「……仄暗い、な。本当に」
そこで見えた空は最早空と呼んでいいのかすら分からない。
雲がうっすらとかかり、青白く光る雷が明かりになっているがそれ以外に明かりという明かりが無い。イシュリアの白さとは対象に、こちらは灰色の国という感じだ。
「前回、私が撃退した地点がここです。そして、前方に見える街が情報を集めた街になります」
「……割と遠いわね?」
確かにここから見ると割と小さく見える。しかし彼は首を横に振ると、こう伝える。
「そもそもの街自体が小さいのです。なので見た目よりも距離はありません。さぁ、行きましょう」
そう言ってアグラタムの先導で街へと歩き出す。地面には草が生えているものの、その先端に花と呼ぶべきものは無い。いや、そもそも歪な色と形をしたコレは植物と呼べるのかすら怪しい。
そんな事を思いながら歩き続けると、街に到着する。門番は居ないようだ。
「さて、どこから情報を集めましょうか?」
真剣な声でイシュリア様が言うと、アグラタムが答える。
「仮にも街なのですから、泊まる場所や人が集まる場所……宿屋や酒場があるはずです。探してみましょうか」
そう言って街の中に入ると、周りを見渡す。
湾曲した形の家に、辛うじて家の中だけを照らせるであろう明かりが窓から漏れている。戦線の街というのだからもっと兵が居ても良いと思うのだが、見て回った感じ至って普通の街である。
「……酒場、ありませんね。それどころか泊まる場所すら……」
「いえ、あれを見て。多分あそこは宿屋じゃないかしら?」
看板がボロボロになっているが、一箇所だけ他の居住区画……かどうかは分からないが、何かかかっている場所がある。文字は読めないが手がかりがない以上行くしかない。
「……自分が行きます。アグラタムとイシュリア様、特にアグラタムは声でバレる可能性もあるから発言に気をつけてください」
「わかったわ」
「了解しました、師よ。先導を頼みます」
了承を得ると三人でガラリと扉を開ける。
「オヤ、メズラシイ。イラッシャイ」
気の良さそうな影の店主がこちらに寄ってくる。自分は話しかける。
「……ここはどこだろう。我ら三人、何も分からない」
「オヤ……キオクソウシツ、ダネ。ゼンカイノイクサノギセイシャカナ?」
「……前回の、戦……?」
そう言うと、店主は記憶喪失ということが響いたのか色々な事を教えてくれた。
まず、この街は最前線……つまり敵陣地に攻めるときの拠点で間違いはない。
しかし前回、敵の国に攻めた時……つまりイシュリアに攻めた時だろう。その時に大量の同胞を失い、自分達のような記憶喪失の人が増えたらしい。
「キオクソウシツ、オオイネ。ココノジュウニンノヒトモオオクイルヨ」
「そんなに……我らのような人々が……」
「ウン。ミヤコカラヤッテキタヒトモモドレナクテアンナイシタコト、イッパイアルヨ」
「……みやこ?」
ミヤコ、とは都だろうか。つまり首都。その話についても店主は話してくれた。
前回の攻撃では都から多くの兵とその家族がこの街に入ったらしい。しかし、兵は戻らずそのショックにより記憶喪失になった。その結果、残った家族はここの街を彷徨う亡霊のようになってしまったらしい。
「ダカラ、ナモナキドウホウヲミヤコニカエス。ソレガイマノシゴトダヨ」
「……我らも、都から来たのだろうか」
「タブンネ。ミチ、オシエヨウカ?」
渡りに船とはこの事である。都であればもっと沢山の情報を得られるであろうし、何よりタルタロスについての情報を沢山得られるだろう。上手く行けば生贄の使い道を知る標にもなる。
とにかくこの異界は分からない事だらけだ。一礼すると、道を教えてもらう。
何人も案内しただけあって、的確でわかりやすい。記憶喪失の人を案内しているので具体的な街の名前ではなく、形を教えてくれるのもありがたい。
「ありがとう、良き店主よ」
「イイノヨ。ミヤコ、モドレルトイイネ」
そう言葉と礼をして外に出る。
「都、ね……」
「とりあえず向かいましょうか」
先程聞いた会話にどこか違和感を感じる。言葉遣いではない、何かを。
「……どうかしましたか?師よ」
「いや、何でもない。行きましょう」
頭から振り払って行く。何度も言うが、時間は有限。この世界とイシュリアの時間が同じとは限らないのだから。
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